一息吐き、一度落ち着いてから俺は口を開く…
「一応確認するが…お前、本来の『遠野志貴』の事を知っているな?」
コイツは見た目的にさっきまでここに居た『遠野志貴』と年齢はそう変わらないだろう…しかし性格はほとんど真逆と言って良い…そして『遠野志貴』では扱い切れない『七夜』としての身体能力、体術…それにナイフの上手さ…そこら辺を鑑みるにコイツは、もう出自からして『遠野志貴』とはまるっきり別物と思って良いだろう…
…だが、コイツはハッキリ『遠野志貴』と俺は別人と言い切った。つまりコイツは…『遠野志貴』と何らかの形で出会っている…まぁさっきの『遠野志貴』の反応を見るに、完全に初対面だったがな…恐らくコイツとは別の世界から来ているのだろう…並行世界なんて物が本当に有るかなんて考えるのは時間の無駄だ…何せ証拠は俺の目の前に実際に居るからな…
『遠野志貴』は何れ"俺"になるかも知れないが、コイツは恐らく俺と同じ末路を辿る事は無いだろう…何せ絶望など何があってもしないだろうからな…
「!…ああ、知っている。」
笑みを消し、何処か複雑そうな顔をしながら俺の質問に答えた『七夜志貴』…へぇ、面白い反応だな。
「…『遠野志貴』が気に入らないか?」
「さて…まぁ確かに色々と有ったがな…」
相容れ無いのは間違い無いだろう…言ってしまえばコイツと『遠野志貴』はコインの表と裏…どちらか片方が陽の当たる場所に出て行けば、必然的にもう片方は日陰でしか生きられない…と言うより、最早その存在は居ない物として扱われるも同然。だが、元々そのコインは一枚しか無いのだ…同一存在で有る以上、当人たちはお互いの事を認識するのは本来不可能。
どちらが表でどちらが裏かなんてのは…出会う事が無い以上分からないのだ…『遠野志貴』にとって『七夜志貴』は遠野家に引き取られなければ有り得たかも知れないあくまでもしもの存在…それは『七夜志貴』にとってもまた然りだ。
…ただ、仮に『七夜志貴』として闇の中たった一人で生きていたとすれば…色々苦悩しつつも明るい道を歩けていた『遠野志貴』を…どうあっても認められる訳無いだろう…もし何らかの理由で出会ってしまえば殺しにかかるのは容易に想像がつく…が、コイツの今の顔からはどうも恨んでるのとはまた違う色を感じる…
「既に吹っ切れているらしいな?」
「!…人の顔色を一々読まないで貰えるか?」
「ククク…いや、失礼。」
俺としてはどちらの抱く想いもある程度想像がついてしまうから…つい、な。
「まぁそれなら生い立ちについてはおさらいとしてざっと話すだけにしよう…紅赤朱…軋間紅摩に故郷を滅ぼされた志貴は混血の遠野家に引き取られ、『遠野志貴』になった…自分の存在に極たまに疑問を抱く事は合っても自分を遠野の人間と思い、生きて来た…ここまでは良いな?」
「ああ、その辺はきっと"奴"も変わらないだろう。」
奴、ね…
「まぁ自分の事を疑問視しなくなるまでそれなりに色々と有ったが、その辺は良いだろう…」
遠野四季によって傷を付けられた事が原因で、そのまま一時的に死亡…蘇生はしたが、記憶を消され…遠野の分家…有間家に送られていたと言うのは…この場では関係の無い話だ。
「そして志貴は"自分の運命"と出会う…真祖の姫…アルクェイド・ブリュンスタッド…」
そこまで言ったところで俺は苦笑を浮かべそうになる…"運命"とは…俺の事を話している訳では無いが、中々陳腐な表現だな…俺らしくも無いが、さっき上がったテンションがまだ下がりきっていないらしい…
「彼女と出会い…出会ったその日に殺人衝動により、訳も分からぬままいきなりバラバラに彼女を解体…その後彼女曰く「責任を取って貰う」為、彼女と共に町に現れた死徒との戦い…その内二人は結ばれ「なぁ?」…何だ?」
「その下りは必要なのか?」
あからさまにうんざりした顔をした『七夜志貴』から紡がれたその言葉に思わず吹き出す…これでも端折ってるつもりなんだけどな…まぁそりゃ、いくら暈してるとは言え…自分の同一存在のそんな話聞きたくは無いだろう…俺としてもわざわざ口に出したくは無い…ただな…
「ククク…いや、悪い…だが…コレは一応必要な話なんだよ。」
「本当か?」
「ああ…とにかくだ、『遠野志貴』は『真祖の姫』と結ばれ…遠野家を離れ、彼女と行動を共にする様になった…そこだけ頭に入れてくれれば良い。」
「分かった…それで?」
「…真祖の姫を狙う死徒や代行者などの者たちを狩って行く志貴…いつからか「死神」なんて言う物騒な二つ名で裏の世界では呼ばれる様になって行く……本人はただ心の底から愛する女を守ろうとしただけなんだがな。」
「だからそういう話は要らん。こっちは時間が無いんだ、事実だけを客観的に話せ……お前の話じゃないんだろう?」
つい悪ノリしたくなるんだ、許せ…とは言えこのまま話してたら脱線して終わらなさそうだな…下手な小説よりずっと濃くて面白い人生送ってる『遠野志貴』が悪いと言うのは…さすがにお門違いが過ぎるか…
「そうだな…じゃあここからは少し端折って話す…吸血鬼で有る以上、避けられない吸血鬼衝動…それが吸血そのものを厭う彼女にも起こってしまった…それが、『遠野志貴』にとっての悲劇の始まりだった…」
俺はそこで一旦言葉を切った…上がっていたテンションが一気に下がって行くのが分かる…それでも今も妙に芝居がかった言い方になってる自覚も有る…こんな物、結論だけ言えば物語どころか現実には有り触れた話と言っても過言では無い…だが、その時の『遠野志貴』の慟哭を…怒りを記録として知ってしまった俺には…ここからの話を感情を排して簡潔に…客観的に語るなんて芸当は…俺には到底出来そうも無かった…