「例え勝つ見込みが無くても、ここまで来て諦める理由も無い…とは言え、俺の使える武器は手に持つ七ッ夜…つまり、ナイフ一本…それ以外はこの身そのものしか無い…別に刃物に拘るつもりは無かったから、探索中に侵入した部屋の中に使えそうな物でも有れば、持ち出していたかも知れないが…残念ながら、俺の入った部屋にはどれも家具一つ無かった…運び出されたのか、元から置かれて無かったのかは知らないがな…」
「…で、結局アンタはどうした?」
「そのまま突っ込んだ。」
「は?」
「だから、そのまま突っ込んだんだ。あの男に向かってな…」
「……馬鹿もここまで極まると、最早笑えて来るな。」
「仕方無いだろう?力の流れが一切見えないければ躱す事すら出来無い…さっきは不意打ちだから分からなかったが、食らってればその内何か分かるかと思ったんだ…そんなに笑うなよ、なら…お前だったらどうするんだ?」
「俺なら…さっさと撤退して、村人を避難させに行くがな。俺やアンタが出来るのは所詮は近接戦のみ…近寄れないなら、はなから勝負にもならん。」
「それは無理だな。」
「何故だ?」
「あの人たちはあそこで生まれ、生きて…死ぬ…それが、宿命だと信じているからな…そもそも既に足を悪くして動けない人や、寝たきりの人も居たからな…」
「ならば仕方有るまい…この場合、その宿命とやらに従って死ぬのが…結局、そいつらの寿命だっただけの話だろう。」
「俺はそうは思いたくなかったんだ…だから、逃げる気は無かった。」
『ガハッ!…くそっ…』
『もう諦めたらどうですか?その手に持つ物を見るに、貴方は私に近付かないと攻撃出来無いのでしょう?』
『ハッ!誰が!』
「…咄嗟の行動だった……最早自分の意思ですら無かったのかも知れないな…奴がまた俺に掌を向けた瞬間、俺はその場で床に片手を着いて側転をした…今度はあの謎の衝撃波が俺に当たらなかったんだ。この時、漸く俺は突破口が見えた気がした…」
『ほう…!』
『ハッ…ハハハ!そう言う事か…!』
「奴はあの衝撃波を飛ばすのに、一々掌を俺の方に向ける動作が必要だ…ならば…」
「向けられる度に、その掌の向いている場所から位置をずらせば衝撃波は当たらない…そう言う事だな?…で、そこに気付くまでに、一体何度食らったんだ?」
「さぁな…途中から頭痛と、散々壁に打ち付けられた時の身体の痛みで半分朦朧としてたからな…」
『その身体で良く動く…しかし、いつまでもちますかね?』
『ふざけるな!お前を解体するまで、止まる訳無いだろ!?』
『では、これはどうしますか!』
『なっ…!』
「例の衝撃波が僅かに掠ったらしく、それに何度か身体を切り裂かれながら…それでも、何とか俺が奴の近くまで来れた瞬間、奴が掌を床に向けた。ちょうど、俺の足元くらいの位置にな…」
「アンタは空中に飛ばされた、か?」
「ああ…重力に逆らう様に俺の身体は天井近くまで飛んで行った…それでも、幸い天井に当たる事は無かったが…元々自分で飛んだ訳じゃない上、俺の身体はもうまともに動く状態じゃない…本来なら、それこそ自力で下に戻る事も出来た筈だが…あの時の俺に、そんな余裕は無かった…その状況で奴は下から掌を向けて来た…」
『空中ではもう躱せないでしょう…これで終わりです!』
『くそ…』
「次アレを食らったら…仮に生きていても俺はただでは済まない…それこそ意識を失い、俺は恐らく重力に引かれるように頭から下の床に落下する…確実に俺は死ぬ…だが、逃れる方法は一つだけ有った。」
「奴の力を魔眼で目視し、殺す…アンタが生き延びるにはそれしか無いな。」
「あの時、俺は見た…床に向けられた手が何故かゆっくり俺の方を向く…結構距離が有ったのに、奴の掌の模様までハッキリと見えていた…そして、奴の掌が僅かだがブレるのが確認出来た…奴の手そのものはほとんど動いた様子が無いのにだ…そして俺は、今思えばほぼ無意識の行動だろうな…ナイフを持つ右手を振るった。」
「線が見えたのか?」
「いや、恐らくだが…空気の振動から、奴の衝撃波が飛んで来るタイミングが何となくだが分かった…魔眼は関係無い…俺は衝撃波そのものを、斬り裂いたんだ。」
「何ともまぁ、デタラメな話だな…」
「斬れたんだから仕方無いだろ。斬り裂けたのが分かった瞬間…何故か妙に俺の身体が軽くなったのを感じた…そのまま俺は空中で無理矢理体勢を変え、下まで一気に落下する…」
『馬鹿な…!?』
『斬る…!』
「苦し紛れに俺に掌を向けようとした手を腕ごと落とし、咄嗟に奴はもう片方の手に持っていた本を捨て「待て、本だと?」ああ…屋敷に入るまで、奴は手ぶらだった筈だが…あの時は何故か分厚い本を持っていたんだ…恐らく、奴の唱えていた呪文の書いてあった本じゃないかと思う…とにかく俺は…もう片方の手も落とし、床に落ちる直前に本を遠くまで蹴り飛ばしてから残りの部分の解体に移る…もう、奴は何の抵抗もせず…俺は淡々と線をなぞって行き、奴の身体は崩れた…だが、そこで話は終わらなかった…」
『ハァ…全く、手間をかけさせてくれたな…』
「取り敢えず、あの本ももう読めない様にバラバラにしておくか…そう考え、奴から視線を逸らした瞬間に奴の声が聞こえた…」
『ハッ…ハッハッハ…!』
『何だ…まだ息が有るのか…何が可笑しい?』
『終わったと思ったのですか!あれを見なさい!』
「アレ、と言われてもその時の俺にはすぐには何を差してるかは分からなかった…奴はもう動かす手も無いからな…だが、その意味はすぐに分かった…」
『……嘘だろ?』
『ハッハッハ!既に、手遅れだったのですよ!』
「例の肉塊を縛っていた鎖が…一本ずつガラスの割れる様な音を立てて、どんどん砕けて消えて行った…」
『くそ…!どういう事だ!?…チッ!死んでやがる…』
「奴は…さっきまで流暢に喋っていたのがまるで嘘の様に、既に事切れていた……ムカつく事に、俺を嘲り笑う顔のままでな…」
「とにかく、奴が何をしたかったのかは分からんが…封印とやらは解けてしまった訳だ…で、結局アンタはどうしたんだ?」
「もちろん残ったさ…と言うより、封印が解けたせいか…散々俺を圧迫していた存在感は更に大きくなっていて…もう立ってるのがやっとの状態だ…ついでに言うと、奴の衝撃波を斬り裂いた瞬間消えた筈のさっきの戦闘のダメージも戻って来たからな…文字通り、一歩も動けなくなったんだ…」
『チッ…』
「正直、もう何もする気力が湧かなかったな…俺がそのまま目の前の床に倒れ込みそうになった所で、俺が破壊した壁の穴の辺りに気配を感じた…」
『なっ…何でここに!?来るな!危ないぞ!?』
「いつ屋敷に入って来たのか…村人たちが穴の前に立っていたんだ…良く良く見ればもう寝たきりで、自力で動けない筈の爺さんもしっかりと両の足で立っていたんだ…」
「村人たちは、俺の声は全く聞こえない様子でな…やがて俺が見てる中…その寝たきりだった筈の爺さんが歩みこそ遅く…ゆっくりとだが、歩いて部屋の中に入って来たんだ…」
『おい!聞こえないのか!?逃げろ!』
「……俺は大声で呼び掛けたが、やはり聞こえてない様でな…そのまま爺さんはどんどん肉塊の方まで歩いて行くんだ…そして、爺さんが肉塊の前に着いた時…爺さんが目を閉じ、涙を流しながら両の手を合わせた……ちょうど神社で、願掛けをする時の様にな…そこであの肉塊が自分の身体の一部を伸ばして来たんだ…触手の様に。」
『くそ…!何だ!?』
「もう倒れてる場合じゃないからな、何とか俺は…ボロボロの自分の身体に鞭打って動こうとしたが…今度は疲れやダメージは関係無く、本当に全く動けなかったんだ……足を何かに掴まれている…それに気付き、俺は自分の足元を見た。」
『なっ…!くそっ、離せ!』
「例の触手が…俺の左足の足首に巻き付いていた…線をなぞり、斬り裂いたが…すぐに新しい触手が生えて来る…とても躱せないスピードでな。」
「本体を、解体すれば良かったんじゃないのか?」
「さすがにそんな体力残ってなかったし、そもそもそんな事も浮かばないくらい…俺はあの時、体力的にも精神的にも…追い詰められていた。」
『くそっ…!くそっ…!止せ!』
「爺さんの方に伸びた触手は首の辺りに巻き付いていたが…有れは締め上げてたんじゃない…首に張り付き、血を吸っていたんだと察せられた…爺さんの顔色がどんどん悪くなって行ったからな…だが、爺さんは振り払おうともしなかった…ただ目を閉じ、涙を流しながら何処か恍惚とした顔で…黙って受け入れていたんだ…やがて爺さんから触手が離れた時、爺さんが床に向かって倒れ始めたんだ…俺はもう一度足に巻き付いていた触手を斬り裂き、走った…何故か、今度は触手が伸びて来なかった…」
「…で、その爺さんはどうなってた?」
「死んでいた…血を吸われ、完全に干からびていた…そして、気が付くと俺のそばに誰かが立っていた…あの日、俺を拾ってくれた爺さんと婆さんだ…」
「二人も、俺の抱えている爺さんと同じ様に黙って血を吸われていた…止めようにも、明らかに手遅れなのが分かってな…そして、俺自身も…その異様な光景に魅入られた様に動く気にならなかった…」
「気付けば…俺の周りは村人の死体だらけになっていた…」
『……満足か?腹、一杯に…なったのか?』
「奴はもう、俺には触手を伸ばしては来ない。結局奴は…村人全員の血を吸い、殺したが…俺には、そもそも手を出す気が無かったのかも知れないな…」
『なぁ、何とか言ったらどうなんだ?…それとも、喋れないのか?』
「呼び掛けても奴から返事が返っては来なかった。ただ…何となく感じていた……奴は、俺を観察しているのだと…俺は奴から視線を外さなかった…睨んでるんじゃない…ただ、見ていた…やがて…奴の姿は俺の前で薄れて行き、最後には…消えた。」
「消えた、だと?」
「ああ。まるで…初めからそんな物は存在しなかったかの様にな…だが、幻でない証拠に…俺の周りには村人の干からびた死体が転がっている…俺はその場で座り込んだ…」
『ハッ…ハッハッハ…アッハッハッハッハ…!』
「俺は嗤っていた…何も出来無かった自分の事をな…何かに取り憑かれたかの様に、泣きながら…狂った嗤い声を挙げ続けた……そして、そんな俺の周りにいた村人たちは…突然、起き上がった。」
「起き上がった?そいつらは死んでいたんじゃないのか?」
「ああ、死んでいたよ…死んで、死徒化して戻って来た…」
「俺は嗤いながらも立ち上がり、先ずは俺のすぐ横にいた寝たきりの爺さんの足を斬り、倒れた爺さんにトドメを刺すと、次の標的を解体して行った…もう、どうでも良かった…あれだけ守りたがっていた村人を…目の前で何も出来ずに死なせ、挙句に村人たちの仇を取ろうともせず、黙って見逃し…そして…今度は死徒化して蘇ったそいつらを俺が作業の様に解体していく現実…それを、全て否定したかった……その場に立っているのが俺だけになった時、既に日は沈んでいた。」
「俺は…一人で何日も掛けて村人たちの死体を運び、それぞれの家の前に埋めた。その後は三日ほど…村に残っていた物を食べながら生活し、俺は村を出た。」
「まぁその後は…出会す代行者や、死徒を片っ端から狩りつつ…あちこち彷徨い歩いて…有る時辿り着いた村で死徒を狩ったのを一般人に見られてな、そこの警察に捕まって…俺は日本に帰され、こんな所に来た訳だ…」
「……それは、本当の話か?」
「ああ、本当だよ…酷く退屈な、話だろ?」
俺が奴の質問に答えると、奴は何やら考え込み始めた……遠野志貴、一体何をしている?いつになったら、終わるんだ?
「ククク…成程、そう言う事か…面白くなって来たな…」
「何がだ?」
「敢えて俺からも七夜、と…呼ばせて貰うが…七夜、遠野志貴は今どうしてるんだろうな…さすがにもうとっくに、この馬鹿騒ぎの黒幕の所に辿り着いていても…良い頃合いだと思わないか?」
「何が言いたい?」
「俺やあいつは恐らく…アンタが居たからこの場に呼び出された…要はアンタの記憶を読み取っているんだろう…で、ここに来ているのは俺たちだけだと思うか?」
「まさか…奴も、ここに…?」
「その可能性が高いだろうな…それだけの内容なら、俺たちの事より強くアンタの記憶に刻まれてるだろうしな…」
チッ…道理で遅い訳だな…!
「くそっ…おい!七夜志貴!そこを、退いて貰うぞ…!」
俺はガラスナイフを向ける…今は、コイツに構っている場合じゃない…
「……心配するな、今はアンタの邪魔をするつもりは無い…そうだな、どうせなら俺も連れて行かないか?アンタと遠野志貴だけじゃ…さすがに荷が重いと思わないか?」
「チッ…話してる場合じゃない!ついて来るなら、勝手について来い!」
「ククク…仰せのままに、ってね。」