「まさか君が来るとは思わなかったよ……アスナ君?」
「……」
キリト君が部屋を出て少しした頃…僕の部屋に意外な来客がやって来た…
「それで?何か用が有って来たんだろう?」
「…コペルさんから聞いたんです…貴方とキリト君が例のビギナーたちの育成をしようとしてるって…」
そう言うアスナ君は先程からベッドに座る僕を睨んだまま…何が気にいらないんだ…?
「まだ本決まりじゃないさ…で、どうして君は僕を睨み付けてるのかな?」
「別に…睨んでなんて「この世界では感情がそのまま顔に出る…隠せないよ?」っ!」
部屋の椅子に腰掛けていたアスナ君は立ち上がり、僕の前まで来るといきなり胸ぐらを掴んで来た。
「……何の真似かな?」
「貴方たちは…ベータテスターなんでしょう?」
「…そうだね、それが?」
「っ!初日に私たちを見捨てた癖に!今になってビギナーに手を貸す!?そんなの「可笑しくは無いね、そもそもあの状況で声を上げる事…君なら出来たかい?」っ!」
SAOサービス開始初日…茅場晶彦を名乗るローブの怪人のデスゲーム開始宣言の直後、あの場は正しく阿鼻叫喚と化した…約1万人もの怒号と悲鳴が飛び交う恐慌状態の中…狼狽える群衆をまとめ上げられる程の傑物など…残念ながらそうは居ない。
「確かにあの日…はじまりの街に残って君たちにこの世界で生き抜く術を教えなかった事…それは僕やキリト君、テスター全員が負うべき罪だ…それは認めても良い…」
僕はテスターじゃないけど…少なくともこんな物を世に出してしまったその責任は確かに有る…だけど…
「それでも僕たちには何も出来無い。あの状況で僕たちに出来る最善は騒ぎに巻き込まれない事…このゲームから出る方法は恐らく、奴の言った通りこのゲームをクリアするか…ゲーム内で死ぬ以外には存在しない…ただ、僕たちを含めてほとんどの連中は死にたくは無い筈だ…なら、テスターである僕たちはクリアの為に自分を鍛え上げる以外に無いんだ…だって僕らがあの場で騒ぎに巻き込まれて死にでもしたら…本当にこのゲームはクリア出来ず閉じ込められたプレイヤーは死ぬ事になる…だから僕たちはあの日多くのビギナーを見捨てる事になるとしても前線に出た……何か間違っているかな?」
「そんなの…そんなのただの綺麗事で…!」
「綺麗事で結構。正直に言えば結局僕たちだって顔も知らない赤の他人の為に死にたくは無いんだ…大体、置いて行かれるのが嫌なら周りを見れば他と違う動きを見せるプレイヤーは必ず居た筈だ…そいつらについて行けば出遅れはしなかっただろう?」
「あの状況でそんな事出来る訳が「まだ分からないのかな?それは僕たちテスターにも言える事だよ?」それは…」
「あの狂騒の坩堝の中で冷静に周りを見るなんて出来る訳が無い…テスターとビギナー関係無く不安や恐怖は伝播し、皆頭の中は自分の事で手一杯…確かに僕たちは正式サービス開始前にこの世界に来ていたテスターでは有るけど…その実、ただの一般人に過ぎない…結局君たちと何が違うのかな?」
「じゃあ何故ですか…!何故今になってビギナーに手を貸そうなんて…!」
「それは僕とキリト君の勝手であって、君にどうこう言われる話じゃないね。」
「っ!」
頬に強い衝撃が加わり、顔が横に向く…溜め息を吐きたくなるのを堪え、顔を戻した。
「…無抵抗の人間を無闇に叩くなんてこの世界では止めた方が良い…ここが街中じゃなかったら君は犯罪者プレイヤーのレッテルを貼られる…今のこの世界でそうなったら…最悪の事態も有り得るよ?」
「そんなの…もうどうだって「良くは無い、君はこの世界で短くない時間を過ごすんだ…法もまともに機能しない世界でそんな身の上になったら……どうなるかくらいは予想出来るだろう?」っ!」
「いい加減現実を見たらどうかな?どうせ君は現実で積み上げた物を取り返したくて、はじまりの街で震える自分を叱咤し、恐怖を誤魔化して今日まで生きて来た…ゲームをクリアする、あるいは死ねば戻れる…君はそんな甘い幻想を今に至るまでまだ信じてるクチじゃないのかな?」
仮想世界に居るのに現実を見ろ、か…何とも滑稽な話だね…
「貴方に…貴方に何が分かるんですか…!?」
「知らないよ、君の事なんて知った事じゃない。僕は事実を述べているだけさ…先も言った通り、この世界を出る方法はこのゲームをクリアするか…この世界で死を迎える以外には無い…そして、ここで死ねばリアルでも死ぬ。それが…」
「認めない…!私は…帰るの!生きて帰ってそれから「残念だけどこのゲーム…恐らくクリア出来るのに早くても一年は掛かるだろう…仮に帰れたとしても、君に元通りの生活は返って来ない」じゃあどうしたら良いんですか!?帰れても私は…!」
「さっきも言った、君の事なんて興味は無い…人に当たり散らしてる暇が有るなら…それは自分の研鑽に当てるべきだ……単にレベルを上げるんじゃなく、死なない方法を模索する…その方が遥かに建設的じゃないかな?」
「……」
「…で、他に何か用は有るかな?無いならそろそろこの手を離して…出て行って貰いたいんだけど。」
何せそろそろ…僕も我慢の限界が来そうなんでね…
「分かりました…でも、私は貴方の事は絶対に認めない…!それだけは覚えていてください…!」
彼女が僕から離れ、背を向ける…その背に声を掛けた。
「好きにしたら良い…君に認めて貰えなくても僕には何の問題も無いからね。」
「……」
アスナ君はドアを開け、部屋を出て行った。