「…で、結局彼らの育成をするのは引き受けたと……どう言うつもりなんですか?」
店の裏に着いたら着いたで、彼女は僕から一定の距離を保ち、相変わらず僕を睨み付けるばかりで何も話し掛けようとはして来ない……ついて来た訳だし、僕に用が有るのは間違い無いんだろう…ただ、彼女は自分から口を開きたく無いらしい…仕方無く、言いたい事が有るならさっさと言ってくれ…こちらがそう言った所で漸く彼女が口を開き、ある意味質問とも、一種の文句とも取れる言葉をぶちまけて来る…
確かに昨日、僕は彼女の質問には答えてはいない…だが、答える義理は無いとも言った筈だ。
「どうとは?」
「……何の為に、彼らを鍛えるんですか?」
……根底に有りそうな理由では無く、その後に繋がる目的を聞いて来たか…成程、確かにそれなら答えてみても良いのかもね…ただ…
「何の為にか…正直、何の為も何も無いんだよね…」
「嘘です。目的は有るんでしょう?……例えばそう、彼らを囮にでも使うとか…」
……鉱山のカナリア、と言う言葉を思い出した。鉱山で危機を察知して、すぐにでもその場を離れられる様炭鉱労働者がカナリアを籠にいれて坑道に入ったと言う所から来ている言葉だ…人間を除く動物の多くには人に飼われている個体にさえ、野性的本能が残っている…自然を離れて久しい人間にはもうほとんど失われてしまった能力だ……この場合だと、籠の中のカナリアが迫っている危機を察知してその鳴き声を止めてしまう様に…
ただ、カナリア自身は鉱山労働者が籠を落としでもしない限りは共に鉱山を出られるのにも関わらず、一般的にこの言葉は多くの場合…先導させた者に危険を探知、且つその危機に対しての捨て石に使う、と言う意味で使われている…要は彼女は彼らをある程度まで育てて、前線での切り込み役に据えようとしている…そう考えているらしい…
切り込み役は最前線に立ち、自らへの被害を度外視して真っ先に敵陣に飛び込む…後列の士気を上げるのには役立つが…非常に危険な役割でも有り、それ以上に…その人物が一撃離脱すら出来ずに倒れれば、逆にそれを見ていた後列の人間は恐慌状態に陥る事も有り…最悪の場合、撤退すら出来ずに全滅する事すら有り得てしまう…
……とまぁ、つい色々連想してしまったけど…元々僕は元より、キリト君にもその気は無いだろう…と言うかだね…
「いや、そんな気は毛頭無いね。」
「それ以外に有る訳「あのね、アスナ君…彼らは囮には全く向いていないよ」何故ですか?囮の役割なら弱くたって…」
「単に実力的に弱いだけなら、別に問題無いんだけどね…彼らの場合、恐らく敵に対してビビった後…敵を引き離す事すら無く、そのままこちらまで逃げて来ると思うよ。」
彼らは…脅威に出会えば普通に後列までソレを引き連れて戻って来てしまうだろう…自陣に敵を入れてしまう事程危険な事は無い…そんな事をされるくらいなら普通に精鋭が斥候でもやって、驚異の程を確認出来た瞬間に離脱して貰った方が良い…彼らの様なタイプは前線に居ても、大抵は余計な事しかしないのだ……経験を積めば、また話も変わって来るだろうけどね…キリト君も最初は前線には連れて行く気は有ったみたいだけど…正直、あれじゃあね…
「ハッキリ言うけど…僕自身は正直、彼らを前線に連れて行くつもりは全く無い。」
「じゃあ…何でなんですか…貴方たちは何で今になって…!」
「ハァ…そうだね、このまま放っておくとこちらの寝覚めが悪いのと、後は…一種の気紛れだね。」
実際、僕に無償の奉仕精神なんて物は元々存在しない。最近のキリト君は大抵僕が出した意見に同調する場合が多いから何とも言えないけど…多分、今は彼も多くは似た様な理由だろう…僕たちの中で真面目に彼らを育成する事を考えてるのは…実は後から加わったコペル君しか居ない。
今の所彼に直接伝えるつもりは無いけど…例え罪滅ぼしで有ろうと…その奉仕精神は本当に素晴らしいと思うね、僕には…とても真似は出来無い。
「そんな…そんな理由で…!」
「じゃあ聞くけど…アスナさん?君はそもそも何故ここに居るのかな?」
「どう言う意味ですか!?」
「君がそうやってここで僕を糾弾するのは…当然前に進む意思が有ったからこそ言えるんだよね?じゃあ何故、君はビギナーを見捨てたのかな?」
「!…それ、は…」
もう彼女に付き合うのはいい加減うんざりだ。ここらでそろそろ、心を折らせて貰う。
「そう、君だってビギナーなんだからそんな事をする必要は無いよね…だけどさ、ここまで来た君に…今更僕たちテスターを糾弾する資格って、有るのかな?」
「わっ、悪いのは貴方たちで「何故?僕たちだって単なるプレイヤーだ…テスター時代はデスゲームなんて体験してない…僕らだってそう言う意味では突然理不尽な状況に巻き込まれた被害者に過ぎない…何で僕たちが背負わなきゃならないんだ?」だって…貴方たちにはこのゲームの知識が…!」
「僕たちに有るのは…HPがゼロになってもリアルで死なないゲームの知識だけだ…デスゲームに巻き込まれた経験なんて…持っていないよ?」
「……」
「後さ、恐らくだけど…君ははじまりの街に残ったプレイヤーに同じビギナーだとは思われていないと思うよ。」
「!…そんな…私は…ゲーム自体初めてで…!」
「はじまりの街を出て行けたのはそいつらはテスターとしての知識を持っていたから…それが恐らく街に今も残っているだろうビギナーたちの共通認識だ。どう言う経緯が有ろうと、ここまで自力でやって来た君に…今更ビギナーの意思を代弁する資格なんて無い…君は、彼らにとってはテスターと何も変わらないんだよ。」
「違う…私…私は…!」
これくらいで良いだろう…僕は彼女の横を通り過ぎる…その直前、彼女の方に顔を向けて声を掛ける…
「あくまで自身をビギナーだと言うなら…はじまりの街にさっさと戻ったら良い……もう、僕たちに関わらないでくれ。」
……さすがにここまで言えば、もう彼女が僕の前に現れる事は無いだろう。やれやれ…漸く、肩の荷が下りたよ…