二人の家族の葬儀を終えた後、一番は仲間から離れ一人異人町の空を見上げていた。
(…どん底まで落ちちまやぁ後は上がってくだけ、そうっすよね若。)
自然と力が入り無意識に拳を握り締める。
涙は流さない。この想いも…思い出もそんなモンで流されて良いものではないから。
これから大変だ…星野を喪った星龍会のいざこざやコミジュルのネットワークの復旧に東京近江連合の残党狩り…やらなければならないことは山積みだ。
だからこそ、ほんの少しだけ助かったと思ってしまう…
家族を亡くした感傷に浸る暇も無い今のこの多忙が春日一番には有り難かった。
(そうだよな…何時までも塞ぎ込んでちゃあの世の親っさんに顔向け出来ねぇぜ!
やることなんていっくらでもあんだ!一番ホールディングスだって世界一の企業にすんだしよ!そうだ!いっそ皆もウチで雇っちまうか?
足立さんは結局退職金出てねぇから貯蓄もねぇって愚痴ってたし、ナンバだって弟が見つかったんだしそろそろどかっと腰据えて働けんだろ!?
さっちゃんは…キャバクラの仕事があっから厳しいか…?いや、こないだ店の女の子達が頑張ってるっつってたし誘うだけ誘ってみて…ハン・ジュンギは…アイツって、今無職じゃねぇか?
いや、コミジュルの構成員ではあるんだろうが…今のコミジュルにゃもう前程の資金力はねぇしその上横浜流氓との合併で大忙しの筈…の割にゃソンヒからハン・ジュンギを返してくれとか言われなかったな。まぁハン・ジュンギに抜けられちゃ困ってたろうから有り難かったけどよ…そうだ!いっそウチの経営の手伝いをコミジュルのシノギって事にしてハン・ジュンギを貸してもらうってのはどうだ?
ハン・ジュンギなら顔も良いしCMだって…ああいや、顔が売れちゃ不味いんだっけか?
後は趙だが…まぁイケるだろ。なんてったって趙は正真正銘の無職だしな。
なんだよ…こうやって考えてみりゃ結構皆職に苦労してそうだな。そりゃそっか…よくよく考えれば一緒にハローワークに通い詰めてたしな。)
自然と自分の表情が明るくなっている事に気付く。
自分はやはりあの名乗りもしなかった極道のような強さを手に入れられる気がしないが…それでも、仲間達とならなんだって出来るだろう。
「おーい、一番!お前中々クセぇ台詞吐いたみてぇだな?」
「私は良かったと思いますよ?一番さんらしくてね。」
「そだねー、確かにあーんな台詞シラフじゃ何度も言えないねぇ。」
「春日さん!私感動しました…これからも一緒に頑張って行きましょうね!」
「そうだぜ一番!その…これからもよろしくな!」
「モテモテねぇいっちゃん…もちろん私ともよろしくしてくれるんでしょ?」
振り向くとガヤガヤと騒ぐ仲間達の姿。
無意識に広角が上がる。
「おう!皆、これからもよろしくな!!あっ、後よ実は皆に提案があってよ…」
と、一番が今しがた思い立った一番ホールディングスへのスカウトの話題を切り出そうとした時に…
「ッ!!一番さん、後ろ!!」
「へ?」
これまでに聞いたことも無い程に焦った表情と声音で叫ぶハン・ジュンギに思わず振り返る。
それと同時に誰かにぶつかられたような衝撃がきて倒れてしまった。
(成程ね、後ろに人がいるから気ぃ付けろって事かい…でもなんだってあんなに焦って…)
とりあえず、手をついて立とうとして…失敗する。
(なんだこりゃ…?力が入らねぇ。
ミレニアムタワーでの無茶が今頃祟って来やがったか?)
一番は筋肉痛が運動した3日後に来ると話していた足立さんの哀しげな顔を思い出しながらぼんやりと考える。
(てか、力が入らねぇどころか眠くなって来ちまった…皆の顔見て安心したのかね…?)
「このッ!さっさと退かねぇか、このチンピラがぁ!!」
掠れてきた視界の端では足立が見知らぬ男を殴り飛ばしてこちらに駆け寄って来ている。
「血が…血が止まんないよ!!ナンちゃん!どうにか…どうにか出来ないの!?」
「待ってろよ一番!すぐに救急車が来るからな!!」
「私がもっと速くに気付いていれば…ッ!一番さん、気をしっかり持って下さいよ!」
「社長!イヤ…嘘ですよね、社長!返事をして下さい!」
「一番君!一番…オイ!死ぬんじゃねぇ!見捨てねぇって…一緒に居てやるって言ったろ!!」
「一番!クソッ!返事しろっ!一番!!」
(皆…何騒いでんだ?あぁ、でも…こんなねみぃのは久々だぜ。
最近……録に、寝れて…無かっ……)
「ん、ん~~!!くぁー!よく寝たー!」
身体をグッと伸ばせばバキバキと関節の鳴る音まで聴こえる。どうやら原因は公園の硬いベンチで寝転がっていたからだろう。
「おお!なんかよく寝たせいか身体が軽ぃや!」
何だかんだ四十代となった自身の身体…色々な無茶をしていたせいもあるが所々にガタが来ていたのだが、それが嘘のように軽い。
「ハン・ジュンギも睡眠の質がどうとか言ってたし…寝るのってやっぱ大事なんだなぁ…」
そうしみじみと感じ入って…ふと気付く。
「…てか、何処だ此処?」
確か自分は浜子さんの店の近くの橋の上に居たんじゃ無かったか?
(橋の上で寝だした俺を運ぶにしても流石に公園に放置はねぇだろ…てかあそこからなら浜子さんの店の二階のが近ぇだろ!!)
まぁ、考えても仕方ない…というか寝る前の記憶だと皆が駆け寄って来てたし、もしかすると自分は過労と言うやつで倒れたのかも知れない。
そう考えると辻褄も合う…流石に自分も何処でも構わず寝だすとは思いたくない。
「でもやっぱ公園はダメだろ…倒れたんなら病院とかじゃねぇのかよ?」
と、ぶつくさ文句を言いつつ公園を出ると…
「ん…?第三公園…??はぁ!?って事は神室町か!?何で!?」
公園の出入り口にあった看板で漸く此処が何処かを一番は理解した。
第三公園…その名前には心当たりが有った。神室町の裏通りにある公園。確かに言われてみればあたりの景色もなんとなく見覚えがあるように思えてくる。
しかし、自分の居場所は異人町なのだと啖呵を切っておいてこうも速くに神室町に来るとは…
「勘弁してくれよ…確かに寝ちまった俺も悪ぃだろうけどここまでするかフツー…?」
肩を落としながら異人町までの道を頭の中で整理していると後ろから走ってくるような足音が聞こえて振り向く。
「ハァ、ハァ…速いっすよ兄貴…一人で突っ走ってかないで下さいよ…」
「ミツ!?どうしたんだお前、こんな所で?」
走って来たのは安村光雄…一番の元弟分だった男だった。
「いや…どうしたんだって、さっきタバコ屋の前で言ったじゃないっすか…シノギっすよ、シノギ!」
「はぁ…?シノギってったってお前…近江も東城会も無ぇのになんでシノギなんか…」
「はぁ??寝ボケてんすか兄貴?
てか、来ましたよ!アイツがそうです!」
そうミツが指差した方向を見て…遅まきながら一番は違和感を抱く。
(ん??待てよ…なんか見覚えあんぞコイツ…
てか!よく見るとミツが滅茶苦茶若くねぇか!!?)
筋骨隆々の男…平塚を見て一番は困惑する。
(いや、間違いねぇ…平塚だ。十八年前の…年末に会った…)
「おいミツ…笑わねぇで正直に答えてくれ。
今は…、今は一体何年の何月何日だ?」
「兄貴…それ、いまじゃないとダメっすか?ただでさえ裏ビデオの件の金返すってのにこのシノギまで駄目でしたってんじゃ沢城のカシラに…」
「頼むっ!!今じゃなきゃ駄目なんだ…」
裏ビデオ、沢城のカシラ…最早殆ど正解を言っているようなものであったがそれでも一番は尋ねる。
なにかの間違いである可能性を信じながら。
「…2000年の12月31日ですよ。親っさんが二十世紀最後の日だって言ってたじゃないっすか。」
その台詞を聞いて崩れ落ちなかったのはなんとなくそうなのだろうと諦めていたからだろうか…
スッと自分の頭に手をやる。
パンチパーマを失敗されて出来たボンバーヘッド…でも、仲間達から自分のトレードマークだとまで言われたソレ。
しかし、手に触れるのは短く揃った髪の触感…身体が軽い筈だ。
此処は
登竜門という言葉がある。
中国に伝わる伝承で黄河の上流にある龍門と呼ばれる激流を登りきった鯉が龍に転ずると言う逸話。
しかして全ての鯉が龍に成るわけではない。
龍門を登りきれずに力尽きる鯉がその殆どであり限られた極一部のみが龍に至る。
そして、今まさに龍門を登り龍に転じようとする鯉を龍魚と言う。
これは龍魚の物語。
未だ何者でもない龍魚の物語。
これより龍魚が夢破れ鯉となるか…夢を叶え龍と転ずるか…
それはまだ誰にも解らない。
みたいなのが読みたいです。
後は皆が書いてくれよな!