「…んあ?」
何となくあの時の事を思い出しながら歩いていたら、当時の幽霊騒ぎの現場となった艦娘寮にいつの間にか辿り着いていた…そろそろ夜は冷え込む季節なのに、外気に晒されても気付かない程考え込んでたのか…
「……」
何となく、ドアの前に立ち手を掛ける…特に何の抵抗も無くドアは開いて行った…
中に入り…あの時の様に靴を脱いで暗闇の中、板敷きの廊下に上がる…そのまま電気のスイッチの有る壁に向かい、スイッチに手を掛けた…
「…あん?」
スイッチを何度か押すが電気は点かない…チッ、またトラブルか…ま、ここもそれなりに劣化して来たからな…
「……」
ここにはまだ数人の艦娘が住んでいる事になっているが、どうも今日はいる様な雰囲気が無い。…決して人員が揃ってるとは言い難かった昔と違って、今では鎮守府の方に姉妹艦や仲の良い艦娘が居る奴がほとんどだからな…今日はそっちに泊まってるんだろう…
そうでなくてもここは、元々鎮守府からそれなりに距離が有る…今ではあいつらに回せる仕事も有るし、下手すると朝早くから動かないといけない事も有る以上、不便さを考えればここに住もうとする奴も何れは居なくなるんだろう…まぁコネを作る為いくつかの鎮守府の連中と演習した際に宿泊施設として開放した事も有るから、これから先も使い道は有るだろうがな。
そんな事を考えながら靴下越しに冷たさの伝わって来る廊下を歩く(定期的に誰かが掃除はしてるんだろうが、さすがに傷んで来てるのか軋み音が中々激しい)…そして下駄箱のある列の前で屈む……「初雪」の名の有ったそこには、今では紙も貼られていない。試しにあの時の様に蓋を開けてみる……息を吸い、先が赤く灯ったタバコの僅かな灯りに下駄箱の中が照らされる…あの時と同じで中には何も無いが、さすがに元々使う奴が居なかったからか掃除をろくにしてないらしく、それなりの量のホコリを被っている……俺は蓋を閉じた。
「初雪…結局、お前は…叢雲を恨んでいたのか…?」
あの日聞けなかった疑問を声に出す……呟いた俺の言葉に、返事は返って来なかった…
廊下の端まで歩き、あのトイレの隣に併設された男子トイレに入り用を足す…スイッチを押して水が流れる中、手を洗い外に出る……少し歩いた後、何となく振り向いた…
「……」
来た道を戻る…あのトイレの前まで来て、俺はドアノブを掴んだ。
多少劣化が見られなくは無いが、あの日と中の様子に特別違いは見られない…俺はあの時ノックが返って来たドアの前に立った…叩こうとして手を握って扉に近づけた所で俺は我に返る…
「俺は何をしてるんだ…?」
今しようとしている事に意味は無い…仮に今現在も幽霊が存在するとして…特別それに対する報告が上がっていない以上、確認する義務は無い…だが、俺は何故か目の前のドアを叩いていた…三回、静まり返ったトイレの中で音が響く。
「……返事は無し、か…ふぅ。」
あの時と違って今度は音は返って来なかった…頬をツーっと流れる物が有る…ハハハ、冷や汗かいてやがるぜ…
「出るか…」
俺は踵を返し、入り口のドアノブに手を掛けた…!
「……俺は何も聞かなかった。」
自分に言い聞かせながらトイレを出て、ドアを後ろ手に閉めて早歩きでトイレからさっさと離れる……そうだ、今聞こえたドアを叩く様な音は、きっと気の所為だ…そうに決まっている…