気の所為だといくら思ったところで、起きた事は覆せない…空耳の可能性は当然有るが、俺は確実に音が聞こえたと認識してしまっている…
「ハァ…」
暗闇の中でも肌が粟立っているのが分かる……何かどっと疲れたな…
「…もう良い…寝ちまおう…」
そう言いつつ、俺の足は寮の階段を上って行く……完全にビビった筈なのに鎮守府の執務室では無く、寮の空き部屋に向かおうとする辺り、相変わらず俺は変な度胸が有るな…最も単に疲れ果てて鎮守府に戻るのが面倒臭いだけなのが本音だが。
階段を上がり切り、最上階で有る三階に辿り着く…どの階に誰が住んでるのかきちんと把握はしてないが…少なくとも三階を使っている艦娘は現在居なかった筈だ…
「…ここで良いか。」
適当に目に付いたドアに一応紙が貼られていないのを確認してからドアを開け、鍵を掛ける。
……部屋の中は窓とクローゼットに机…後はベッドが有るくらいで何も無い……相変わらず殺風景な上、元がそもそも女子寮である事を考えると決して居心地が良くは無いが、海軍にとっ捕まって放り込まれたあの独房に比べたら何倍も良い…そもそもこの寮で寝るのは別に初めてじゃない…
何せ、叢雲の症状が比較的安定する頃にはこの寮も閑散としていたし…俺の出入りの制限ももう無い様なものだったからこの寮の空き部屋で寝たのは別に初めてじゃない…(たまに叢雲以外の駆逐艦が夜中に部屋に来るなんてパターンも無くは無かったから、本当に一人になりたいなら自動的にここに来るしか無かった…)
ベッドに座りながらさっきの事を再び思い起こす…アレは本当に久々にビビった…まぁ、普通は女子トイレに入る事は無いしな。
「……」
ベッドに横になる……汗はかいたが、さすがにこの暗闇の中ここの広い浴場を使う気にはなれんし(まぁ修復された鎮守府の浴場は更に広いし、それが嫌なら執務室にシャワー室くらいなら有るんだが)先程からやけに目蓋が重い…もうこのまま寝ちまおう…そう考え、俺は目を閉じた。
叢雲の汗ばんだ手を引きながらトイレを出る…取り敢えず次は…と。
「…んで、風呂場も一階か?」
「……ええ…そうよ…」
ほとんど消え入りそうな声で叢雲が返事をする…やれやれ…さっきの啖呵はどうしたよ?…まぁ、こっちは一々指摘しようとも思わねぇけどな…
実はすぐ真向かいにあった風呂場へのドアを開ける……最初に目に飛んで来たのは一般的な銭湯並に広い脱衣場だった。
「……広いな。」
「鎮守府の方はもっと広いじゃない。」
「半壊してるけどな。」
多少は調子が戻って来たのか、俺の感想に軽口で返す叢雲に相槌を打つ…あっちは湯船が壊れてて使えないんだよなぁ…そんな事を考えながら、辺りに懐中電灯を向けながら歩く…付近に有る脱いだ服を入れるのに使うのだろう棚には特に名前が付けられて無い…まぁつまり、艦娘ごとに必ず使う場所が決まってる訳じゃねぇんだろう。
「ん?」
銭湯の様な認識でいた為か、一瞬違和感を感じる物を見付けて懐中電灯を向ける……最も、寮で有れば普通に存在して当たり前なんだけどな。
「なっ、何…?」
「いや、何でもねぇよ。」
俺は視線を少し旧式の洗濯機から外し、一際大きなドアに目を向ける…
「この先が浴場か?」
「…ええ…開けるの?」
「当然中には入れねぇだろうが、確認はしなきゃなんねぇからな。」
叢雲に一旦離れてもらってドアに手を掛け、開く……ライトを当てれば、木製と言う違いはあれど…洗い場があって大きな浴槽と…俺の知る銭湯とそう変わらない風呂場が見えて来る…見える範囲は限られるが、特に気になる点は無い。
「…何か見える…?」
「そんな所に居ねぇで自分で見ろよ…」
実質先の誓いを自分で破っている叢雲に溜め息を吐きたくなりながら、後ろにいる叢雲にこっちに来る様に促す。
「……本当に何も無いの…?」
「全部見える訳じゃねぇが、取り敢えず異常は無しだ…」
叢雲に懐中電灯を渡し、ドアから離れた。
「……確かに、何も無さそうね…!」
かなり大きな物音が聞こえてそちらに視線を向ける…
「…入り口からだな…」
「ど、どうするの…!?」
「どうするも何も…音が聞こえたのはここの入り口だ…行くしかねぇだろ、ずっとここに居る気か?」
口を真一文字に結び、青い顔をした叢雲が渡して来た懐中電灯を受け取る……遠慮がちに出しては引っ込める手を掴んだ。
「…行くぞ。」
「……」
頷く叢雲の手を引いて入り口まで戻りドアを開ける……廊下には誰の姿も見受けられないが、足音の様なものが微かに聞こえる…
「…足音?」
「ああ…多分、階段を上ってんな…」
相手の姿が見えないのは、見える範囲に居ないからだろうな…
「追うぞ。」
「本気…?」
「ここの艦娘なら良いが、それこそ不審者の線も無くもねぇ…どっちにしろ、先ずは正体を確認しねぇと始まらねぇだろ。」
俺は動こうとしない叢雲の手を引いて廊下を歩き出した…