急に催してしまったので叢雲に加賀ともう一人が来たら待たせておく様、言い含めて急いでトイレに向かう。
……ここ数日で多少は慣れたのか、もうすぐ加賀たちが来るからかは知らんが…今回、叢雲はついて来ようとはしなかった…まぁ…どうせ向こうに行ったら俺たちから離れようとしないんだろうけどな…
そんな事を考えながら鎮守府内のトイレ前まで辿り着き、ドアに手を掛けた時…急にゾクッと言う寒気を感じ、同時に身体が強ばり、更には身体が勝手にガタガタと震え出した…
「っ…この感じ…!」
……嘗て俺は実際に…"そう言うモノ"が起こしたとしか思えない事象に遭遇した事が二回有る…その時感じた感覚と…今の俺の状況は良く似ていた。
「っ…焦んな…!落ち着け…!」
一度目…あの時に俺はとにかくビビりまくってしまい、その結果…俺は取り返しのつかないミスを犯した…
二度目…一度目がそうだった為に心構えは違ったが、結局正体を突き止める事は出来無かった……最もあの時…一緒に居た奴の手を引いて、脇目も振らず逃げ出したのは間違いでは無かったと思う…お陰で、犠牲は出なかった…
「今回は…躊躇する理由はねぇよな…」
この場には…俺しか居ないのだ…本来は逃げるのが正解なのだろうが…
「…正体を突き止める…それが依頼だからな…」
一度受けた以上、ビビってチャンスを逃したとか言うのは論外だ…俺のプライドが許さない…俺の命と天秤に掛けても今回はそれが勝つ……だが、それ以上に…
「叢雲には悪いが…会ってみてぇ…」
結局二度、チャンスは有ったのにどちらもろくに何も出来ずに終わっているのだ…代償が俺の命だけで済むのなら…行ってみるのは悪くない。
「…すぅ…」
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く…繰り返す内に身体の強ばりは解けて行った…さて。
「気配は…消えてねぇな…行くか。」
俺は今自分が今立っているドアの隣…女子トイレのドアに手を賭ける……特に抵抗無くドアは開き、俺は何となく音を立てない様にして隙間に身体を滑り込ませた。
…本来八つ有るだろう個室は半分が形を留めておらず、便器すら廃棄されたのか存在しない……そして、この本能的な恐怖を煽って来る異様な気配は…残り四つの内…一番奥の個室から感じられる…
「……開けたくねぇな。」
こうして入って来て何だが…正直に言えば非常に恐ろしい…身体の強ばりこそ今は無いが、まだ少し震えが残っている…
「チッ…」
舌打ちを一つ零し、俺は緩慢に…ほとんど引き摺るようにして、足を前に動かす……幽霊についての対処として先ずは一々ビビらないのが基本らしいが…無理だな…コレは本能的と言うか、もっと原始的な何かだ…人間は今でこそ火を自由に操るが、太古の昔…火は人類にとって恐怖の象徴だったと言う…なので火災に巻き込まれた者は本来急げは逃げられる筈の状況で動けなくなることが良く有ると言う…
コレは…そう言う遺伝子に刻まれた…未知への恐怖そのものって奴だな…
「……」
幸い、こうして下らない事を考えつつも足はゆっくり前に進んで行く…まるで…まるで何かに導かれる様、に……ん?
「可笑しい…!コレは俺の意思じゃねぇ…!?」
良く考えれば一人で行くのなんざ愚の骨頂だ…相手はヤンキーでもヤクザの類いでも無い…会うだけでこっちに不幸を撒き散らしかねない異質なモノだ…会ったところで俺には何も出来無い…
誘い出されていた事に俺は漸く気付いたが後の祭り…もう俺の足は俺の意思では制御出来無い!ゆっくりでは有るが勝手にどんどん前に進んで行く…!
「不味い…!考えろ…!どうすれば…!何か手を…!」
太腿を握った拳で叩くが、痛みこそ感じるものの歩みは止まらない…!どうすれば良い…!?…!
「なっ…!?」
後ろでガラスの割れる音が聞こえ、俺の頬を掠める様にして何かが降って来る…直後に声が聞こえた。
「何してるの!?早く戻って来なさい!」
一瞬誰の声か判断出来無かったが…現状俺の足は止まっている……足が…動く…!俺は身体ごと後ろに振り向き、ドアまで走り…体当たりする勢いでドアを押し開け、床に倒れ込んだ…