『俺の秘書艦になる気は無いか?』
あいつとの付き合いは長いと言えば長い、短いと言えば短い…そんな、まだ微妙な時間の長さの関係。顔は少し強面気味で、態度だけ見ればやる気も無さげ…精神的に不安定な上、艦娘としては致命的に欠陥を抱えてしまった私を拾ってくれた恩は有ったけど…それでも、先行きは非常に不安ではあった…まぁ、そうは言っても…私はもうあいつの下に着く以外に生きて行く方法は無かったんだけど…あの時既に解体の決まっていた私…別に解体と言っても、何も死ぬ訳じゃない…とは言え、それなりの時間艦娘として生まれ…生きて来た私が、今更艤装を外されて一般人女性として生きて行く自信なんて全く無かった…
と言うより、そもそも私が軍から普通に抜けられる選択肢自体最初から無かったかも知れない…当時私の居た鎮守府での出来事…今思えば、最後の時以外の事は何故か曖昧では有るんだけど…少なくともあの鎮守府の存在自体が機密事項と言われている…つまり、私はその機密保持の為に消される可能性すら有り得た訳で…気紛れにしろ何にしろ、あいつの提案に乗る以外私が生き残る道は無かった…あの日私だけ生き残って、一人だけただ生き続けてるのが辛くなかった訳じゃない…それでも、皆には悪いし…何より情けない話だけど、私だって死ぬのは怖かった…
あいつの前の提督の下に居た頃は自分の事を人間の様に思ってた記憶は無い…私は兵器…いつ死んでも構わない、代わりはいくらでも居る…多分そんな風に思ってたんだと思う…でも、今はそれが出来無い…自分の手で味方を殺してしまった事がトラウマになってるのは確かだろうけど、それ以上に…
『あ?怖い?…死ぬのが怖いなんて当たり前の事だろ、お前だって人間なんだからな…安心しろ、俺なんてお前の倍はビビりだからな…チッ、笑うんじゃねぇよ…もう相談なんて乗らねぇからな。』
私を"人間"だと言ってくれたあいつ…不思議とその事が私の中にストンと落ちた…あいつの言う通り、仕事上色々言った事は何度も有る…それでも、それは普通に民間で働いていて…提督業務が軍に入っての初仕事で有る以上仕方の無い事、寧ろ…丸っきりゼロからのスタートの相手に教えるより遥かに楽だったと思う。
だから、業務終了後は迷惑を掛けていたのは私の方で…
『あん?一人じゃ寝れない?…しゃあねぇな、ほら入って来い…いや、ガキに手出す程飢えてねぇよ。あ?ガキじゃない?……無理だろ、そんな震えてて手出せねぇわ…それで安心するとか言うならまだしも、少なくともお前はそうじゃねぇんだろ?』
私は"そう言う経験"は無い筈…ましてや、提督と"そう言う関係"になる艦娘は少なからず居るのは知ってる…それでも、私はあの頃そう言う事をしたいとは思えなかった…抵抗が有ると言うより、最早忌避してると言っても過言じゃなかった…そんな面倒臭い女をあいつは受け入れてくれた…ずっとケアし続けてくれた…だから、今はそんなあいつを…
「うん、熱い告白どうもありがとう…ご馳走様…いや、別にそこまで語ってくれなくて良かったんだけどね…とにかく、彼をどうしても助けたいって事で良いのね?」
「はい…すみません、こんな時間に呼び出してしまって…」
「…理由は言えないけど…今日はたまたま鎮守府の近くに居たし、今は手も空いてるからそれは別に良いんだけど…もう一度聞くわ、勘違いとかじゃないのね?」
「はい、提督は恐らくここに居ると思います…」
「根拠が勘じゃねぇ…改めて確認するけど、取り敢えず…提督の行方不明は確定…失踪や拉致の可能性は低く、あまり大事にもしたくない…そう言う事で良いのね?」
「ええ、だから貴女にだけ連絡させて貰いました。」
あの上層部に関する対策会議…その日現れた女性の片割れ…しつこいくらい私に絡んで来るもう片方と違い、あまり交流は無かったけど…
『ハァ…貴女も苦労するわね…私?私は良いのよ、上官と同僚が破天荒なのはいい加減慣れてるし…もう、そんな顔しないの…しょうがないわね、ほら…コレ、私の無線の周波数…何か有ったら連絡して来て…私も色々忙しいから、あまり出られないかも知れないけど。』
今日は例のあの人が来る…だから、今日は執務室には来ない様に言われてた…でも、加賀さんの部屋のベッドで眠りにつこうとした時…何故か胸騒ぎを覚えた…あの人がここに来る事は今まで何度か有った…あの二人は、そう言う仲になっても可笑しくないんじゃないか…そんな懸念は確かに有った…それでも、それは既にハッキリ気持ちを告げてる私が逆に今更どうこう言える事じゃない…結局選ぶのはあいつだから…だから、あの人が来る度に感じてたこの想いも…私にはひた隠しにする事しか出来無くて…
でも、今日感じたのは違った…それとは明らかに別物の危機感…まるで、今現在あいつの身に何か起こってる様な…そんな漠然とした想い…悩んだのは一瞬、気付くと私はベッドから出て…念の為服装を整えてから加賀さんを起こさない様、静かに部屋を出た。
「にしても、まさかこんな厄介事を持ち込まれるとは思わなかったわ…」
「本当に申し訳「あー…良いの良いの、何か有ったら連絡してとか言ったのは私だし…まぁ、でも…内容が内容だし…最悪私もただじゃ済まないかも知れないし…さすがに愚痴の一つも言いたくなっただけ…ハァ…とにかく、気にしないで」はい…」
何だかんだ無線周波数を教えて貰って以来、私はこの人に連絡してしまうことが多い…包容力が有ると言うか、元が私と同じ駆逐艦とは思えないくらい大人っぽいから…つい、色々相談してしまって…今日だって…かなり無理なお願いをしたつもりなのにこうして、ここまで来てくれた…
「…とにかく、貴女は鎮守府内の同僚の部屋を出て執務室の様子を見に行ったけど部屋はもぬけの殻…一緒に居る筈の私の同僚の姿も無かった…一応、鎮守府の周囲も一通り確認したって事で良いのよね?」
「はい、そうです…」
「つまり残ってるのはここ、元艦娘寮だけと…ここがどう言う場所なのかは一応聞いてる…私も半信半疑では有るけど…とにかく…万が一を考えて、取り敢えず私を呼んだと…」
「その、何も無くて…全部私の勘違いだったって言うなら、それでも良い「うん、それだと私は困るんだけど」ごめんなさい「あー…ほら、冗談だからそんなに落ち込まないで…まぁ、確かに…何も無ければ良い、それに越したことは無いしね…どっちみち、仮に本当に何か起こってるなら…私としてもこのまま放置は出来無いわね…一応、私の同僚も巻き込まれる形になってる可能性が有るし…」……」
「それなりに広そうでは有るけど、人が隠れられそうな場所もそんなに多くなさそうね…そうね、もし二時間で私が戻って来なかったから…その時は諦めて上に連絡しなさい…さすがに監視付きの提督が行方不明となったら向こうも本腰入れて捜索に動くと思うから。」
「はい、分かりました…」
「じゃ、行ってくるわ…と、その前に…そこに隠れてる貴女、良ければ貴女も来る?」
「…マジかよ、こんなあっさりバレるのか…」
「これでも私も色々有ったからね…で、貴女もここの子でしょ?一緒に行く?」
「まぁ、一応オレもそのつもりでここに居たからな…ついていかせて貰うさ…あー…一応自己紹介とか「軽巡洋艦天龍型一番艦…名前はそのまま天龍…間違ってるかしら?」…いや、合ってるよ。まぁ、とにかく…オレは天龍だ、宜しく。」
「…私の方はさすがに自己紹介が必要かしらね、私は駆逐艦白露型の四番艦…夕立よ。」
「…夕立?」
「まぁ、私自身は現状普通の艦娘としては動いてないからね…正式な軍人扱いで登録されてるわ。」
「あー…だから軍服…え…いや、もしかして…あんたの階級「その手の扱いされるの好きじゃないのよね、今は半分プライベートみたいなものだし…口調とかは別に変えなくて良いわよ」…助かるな、オレそう言うの苦手だし。」
「見たまんまって感じね…ま、とにかく急ぐわよ。私としても、出来れば早めに決着着けたいから。」
「あいよ「天龍…」ん?何だ、叢雲?」
「その、あんたはそもそも何でここに居るの?」
「…お前と同じさ、胸騒ぎってやつを感じてね…ここまで来てはみたが、一人で踏み込んで何か起きたら不味いし…どうするか悩んでたらお前らが来たんでな、正に渡りに船って所だった訳だ。」
「とか言ってた割に私に指摘されるまで出て来なかったし、それに…二人で行ってもそんなに変わらないでしょ、あるいは…その船は泥舟かも知れないわよ?」
「ん?オレたちは艦娘だろ?船が沈んだら泳げば良いだろ。」
「…フッ…まぁ、確かにそうね…さてと、そろそろ行くわよ。」
「おう…ほら叢雲、そんな顔すんなって…多分提督は無事だからな。」
「うん…」
「簡単に言っちゃって…根拠は有るの?」
「ん?オレの勘。」
「また、勘…」
「気に入らないか?」
「…いえ、時にはそう言うのも当たるしね…まぁ、私はあまり戦闘に出なくなってそれなりに経つ所為か…昔に比べてそう言うの分からなくなってるけど。」
「…あんた、いくつなんだ?」
「女性に無闇に歳は聞かないものよ?いくら同性でもね…」
「…それもそうだな、悪かった「気にしてないわよ、味方殺しの元提督さん」…お前…」
「ま、一応そう言う情報がポンポン耳に入る立場に私は居るって事…理解出来た?」
「ああ、これ以上無いくらい分かりやすい自己紹介だったよ…」
……ここまで黙ってたけど、この二人の相性はあまり良く無いのかも知れない…やっぱり私もついて行った方が良いかも…
「あの、やっぱり私も行って良いですか?」
二人には難色を示されたけど、私は何とかついて行く事が出来た…何も無ければ良い、でももし…あんたが何かに巻き込まれているなら…私としてはある意味一つの転機。だって…私はまだ、あいつに何の恩も返せてないから…待ってて、今度は私があんたを助けるから…