謎のトカゲがやって来て 作:あるてぃまや
ここにいると、あんしんする
学校も無いこの日、俺は特にやることもなく、スマホのSNSを適当に眺めていた。SNSというのはほんとうに時間泥棒だと思う。次から次に新しい情報が流れてきて、ずっと惰性で見続けてしまう。こういうやることが何もない時なんかには、特に。
そうやってあてもなく、ぼぅ、とスマホを眺め座布団の上であぐらをかいていると、ベランダの窓が突然ガラガラと開かれた。そちらに目をやれば、銀色のドラゴンの姿があった。
「グァ」
「ん、おかえり」
口に手をあてて欠伸をしつつ、ゆらゆらと揺れながら俺に近づき、俺の腕と脇腹の間からするりと入る。俺の足の上に座り、体重をしっかりと預けてくる。なんとまぁ厚かましいことで。
「こら、重いだろ」
しかしそんな俺の言葉は知らんぷり。退かしたところでまた懐に入って座ってくるのは目に見えているので、ドラゴンとスマホの画面を一緒に見ることにした。
SNS内は、動画などがよく流れてくる。別に興味のないものならば、さっさとスワイプして別のを見る、のだが。
「ギャウッ」
何を思っているのか、ドラゴンは時折、スワイプを阻止してきたりする。ドラゴンが気になったのは、カードゲームのリプレイ。あまりカードゲームの話題に明るくないから、見てもさっぱり分からない。分かるのは、最初のターンが倍速をかけてるにも関わらず、とてつもなく長いことか。何故か手札が増え、山札からカードが出され、山札らしいところとは別のところにカードが置かれ、そこからまた何故かカードが出て、なんてのが繰り返されている。見てる限り難しいったらありゃしない。
「いやこれ面白いかぁ?」
「グァ」
こくりと頷かれる。
結局、その動画を全部見る羽目に。とはいえ、それ以外ドラゴンは概ね大人しくしていて、俺が見るものを止めてきたりなどはしてこない。基本は俺が主体、というのを理解してるが故なのだろうか。
「……ふぅ」
しばらく見てスマホの電源を落とし、机に置く。俺に座っているドラゴンは、もう終わりか、というように顎を上げて俺へと視線を向けた。そんなドラゴンを見つめ返し、ため息をつきながら、俺はひとつ、とっても重要な疑問を口にした。
「……お前さぁ、元の住処に帰る気とかそういうの、ないのか?」
「ウァ?」
──1週間。
このドラゴンが俺の家にやってきてから、あっという間に経過した日数である。
朝起きればおはようと言うように「グァ」と鳴かれ、学校に行く時は玄関で行ってらっしゃいと言うように「グァ」と鳴かれ、帰ってくればおかえりと言うように玄関で「グァ」と鳴かれる。
寝る時は俺のことなんて気にせず好き勝手に寝るから何も言われないが、そこはもうそういう話ではない。
そりゃあ、俺だって一人暮らしである。ただいまを言える相手がいることは、悪いこととは思わない。思わなくもないが、このドラゴンというのは、些か考えてしまう。
このドラゴンにまつわることについて、この1週間調べてみた。しかし、これといってドラゴンのことを指してそうな情報を見つけられることはできなかった。生き物ではなく幽霊やそういうものという可能性の低いものを考え、オカルトサイトなんてのも調べてみたが、何一つである。
それはそれで怖いものだ。今俺の足に座っている生き物は一体何か。それがまったく分からないのだから。
ここまでくると、もはや俺の想像したイマジナリーなお友達疑惑すら上がってきてしまうが、それは無い。
そう言いきれるのは、俺が帰ってきた時に、ベランダの窓越しに野良猫とドラゴンが威嚇しあってたからだ。こんなドラゴンに喧嘩を売るとはなんと肝っ玉な猫なのかと思ったものである。ともかく、野良猫に見えてるということは、俺の中にいる生き物ということはないということ。だとすると、またこのドラゴンを説明する理由が霧散してしまうわけだが。
とにかく、分からない。得体が知れない。
やっぱりどこかの研究所で秘密裏に行われ、生み出された実験の産物なんじゃなかろうか。やたらとこちらの意思や言葉を理解してる節があるし、もはやそれくらいしか可能性が浮かばない。もしそうだとしたら、脱走したドラゴンを研究員は血眼になって探していることだろう。
……本当にそうだとしたら、俺はこんな呑気で居られない気もする。あまり考えたくない。
「なぁ、どうなんだ? 帰る気ないのか?」
頬をつまんで軽くグリグリといじる。ドラゴンは、もぁ、とどこから出してるのか分からない声をあげ、俺にされるがまま。答えは返ってこない。
なら、と質問を変える。
「……ここに住みたいのか?」
「グァウ」
こともなしに頷かれた。当たり前だろう、とでも言いたげに。
……まぁ、なんとなく察しはついていた。
1週間も居着いているのだ。逆にコレで違うなどと言われたら、じゃあなんでいるんだという話になる。
そうだよなぁ、とドラゴンの頬を伸ばす。
「なら、俺はお前の主人ってことになる。ここに住む以上、俺の言うこと聞くこと。聞かなかったら追い出す。わかったか?」
「……ウゥ〜?」
ドラゴンはぐるりと身体の向きを変え、どこで覚えてきたのか上目遣いで若干甘えるような声をあげる。
「そんな上目遣いで見てもダメ。ここは俺の家なんだぞ。お前は居候、立場を考えてみれば分かるだろう」
「……チッ」
顔を逸らして露骨に舌打ちしてきた。お前なぁ、と俺が言う前に、また身体の向きを変えてドスッと座り込む。軽く尻尾で俺の脇腹を攻撃したり、翼をはためかせてぶつけたりと、敬意など微塵たりたも感じられない。なんとまぁ可愛げのない新たな同居人、いや同居竜なことか。軽い脅しで、パンやらないぞ、と言うと途端に従順になるくらいしか可愛らしいと思えるところがない。
「はぁ。まぁいいや。とりあえずよろしく……」
とここまで言って、ふと思う。
このドラゴン、名前がない。当たり前といえば当たり前のことだ。一緒に暮らす予定なんて無かったし、変に名前なんてつければ、少なからず情が出てしまう。いや、若干このふてぶてしくて寝る時にぼんやり光ってウザったいドラゴンに、まったく情がないというワケでもないが。
「名前なぁ。白いドラゴンだから、シロとかどうだ?」
「ギャウァ!」
想定より強く怒られた。
シロはさすがに単純すぎてお気に召さないらしいので、少し考えてみる。
星々の光のような綺麗な銀色。空を翔ける流星が煌めき、尾のひく様子を彷彿とさせる、流線形のフォルム。そこには、どっしりとした安定感はない。まさに流星が燃え尽き消えゆく、そんな儚さを身にやつしている。
言うなれば、そう、星屑という言葉が似合っているような。
「……スターダスト、とか?」
「っ!」
そう呟いた瞬間、ドラゴンがぱっと目を見開いた。ドラゴンはぐるりと身体の向きを変え、少し立ち上がって俺の胸に両腕を当て、それそれと言うように何度もコクコクと頷く。
シロほどではないが、割とこれも単純な思考のもと出てきた名前である。それでも、様子から見て随分と気に入ったらしい。
「よし、スターダストで決まり。普段呼びはそれじゃあちょっと長いから、スターって呼ぶことにする」
「……ウウー?」
「そう、スター。嫌か?」
先程よりも若干不服そうな目になる。スターダストのままの方が好みらしい。少し考えたあと、仕方ないか、というようにため息をついて、渋々頷いた。
「じゃあ、改めてよろしく、スターダスト」
グァウ、とドラゴン──もといスターダストが元気よく返事する。
──俺の、特になんでもない日常。
そんな中に、ちょっぴりヘンテコな……いや、かなりヘンテコな生き物が、正式に加わった。
今日は、新しい同居竜のささやかな歓迎会でもしよう。そう、思った。
きょうはふわふわした食べ物、2枚くれた。
よくわからないけど、おいしかった。