オブリヴィジョン   作:縁迎寺

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 外に出たいって? 滅多なことを言うんじゃない。獣以外にも、外には危険なものが沢山あるんだ。…星が見たい、か。確かに、この街からだと見にくいからな。…でもダメだ。俺たちは待つしかないんだよ。いつか、この街から獣がいなくなることをな。


10.英断、果断、意志決断

 今は夜。大扉を背にして3人が街から遠ざかっていく。彼らの表情はいずれも険しく、彼らの歩むその道が穏やかなものに繋がっていないことを示していた。

 

「…どうして、なんでしょうね」

 

3人組の左側を歩く少女、アウラが悲しそうに言葉をこぼす。心なしか、その足取りもどこか重い。

 

「まあ、まだ死ぬと決まったわけじゃない。なるようになる、といいよな…」

「大丈夫だ。もう月も陰っているから、それなりに安全なはずだ」

 

沈んだ声色で呟く右側のシデロスに、中央のカルコスが声をかける。平然と語るその声色も、何処か悲しさを帯びていた。

 

 時は遡ること数時間前。アウラたち3人は、プロドの下に呼び出されていた。緊張を顔に浮かべる3人をよそに、プロドは気怠そうな顔をしていた。

 

「…喜びなさい。君たちに栄誉ある外地調査の任を託してやる。出発は今夜だ」

「え…?それって、どういう…」

 

唖然とする2人をよそに、アウラが不思議そうに尋ねる。聞き返されたプロドは溜め息をついた。

 

「…私が求めているのは了承だけだ。質問など求めていない。君たちは『わかりました』と言って準備をして、今夜出立すればいいんだよ」

 

大部分の怠惰に少しの怒気が混ざったような口調で話すプロドの表情は、より一層気怠さを増していた。

 

「いや、でも…」

「…了解、致しました」

「カルコスさん…!」

「…行くぞ、アウラ」

 

一言だけ了承の意を言葉にしたカルコスは、即座に振り向いて部屋を後にする。それに続くように、シデロスも続いて部屋を後にした。そして1人残されたアウラは、しばらく立ち尽くした後に、ゆっくりと部屋を後にするのだった。

 

「…フフフ、やっと行ったか。あのガキを留めようとしたその愚かさを、過酷な外地で少しでも改めるがいい…」

 

そして3人がいなくなった部屋で、プロドは密かに笑みをこぼすのだった。

 

 そして時と場所が変わって時刻は夕刻。太陽が沈みかけたその時間に、リトスはスクラと魔術の訓練に励んでいた。

 

「さあ、前回は中断してしまったからな。今日は蒼晶弾から始めていくぞ」

 

そう言ってスクラが杖を構えると、即座に励起した天素が5枚の盾の形をとり、彼の前に浮遊して留まった。

 

「要領は薄片刃と同じだ。礫をイメージしてみろ」

「うん…。やってみるよ」

 

リトスは目を閉じ、天素を励起させる。そして励起し蒼白く可視化した天素はいくつかの塊にまとまり始めた。しばらくしてリトスが目を開くと、彼の周りには、顔程の大きさの5つの蒼白い結晶の弾が浮遊していた。

 

「よしよし。少し大きいが、良い出来だ。それじゃあその弾を、それぞれこの盾に命中させてみろ。出来るか?」

「当てるだけでしょ?だったら…」

「初心者は皆そう言うものだぞ。まあ俺もそうだったんだが…。だからまずは、弾を個別に動かせるようにしてみるん、だ…」

 

スクラがそう言ってリトスの方を見た。しかしその時には、5つの弾がリトスの周りを付かず離れず飛んでいた。それらは時折連なって列を成したり、彼の周りを回ったりしている。

 

蒼護壁(そうごへき)の制御で、なんとなくどうすればいいかはわかってる。だから心配ないよ」

「そうか…。いや、上出来だ。ところで蒼護壁とは?」

「あの蒼い結晶板のことだよ。名前があったほうがいいかと思ったから、考えたんだ」

「蒼護壁か…。悪くないと思うぞ。じゃあ気を取り直して、盾に当ててみろ」

 

構えた5枚の盾を、スクラが杖で軽く叩く。「ここに当ててみろ」と示しているのだろう。それに応えるように、リトスは弾の1つを示された盾に飛ばした。勢いよく飛んだ弾は、真っすぐに盾へ吸い込まれてゆく。そして弾と盾がぶつかると、それらは互いに砕け散り、床に零れ落ちて霧散し始めた。

 

「まあ基本的なところは出来ているな。じゃあこれならどうだ?」

 

霧散しかけている結晶片を見たスクラは、杖を地面に突き立てる。すると彼の前に浮いている4枚の盾が、激しく動き出した。それらは高速で回転したり、部屋の中を複雑な軌道を描いて飛びまわったりと様々だった。

 

「うわぁ…。何だこれ…」

「この4枚の盾の表面に当てるんだ。出来るか? 俺の方に飛んできても心配ないから、遠慮なくやってみるんだ」

「…逆に出来ないと思ってる?」

「強気だな。まあやってみたまえ」

 

スクラがそう言い終わるや否や、2発の蒼白い弾が部屋中を飛び交った。まずその1発が、部屋を高速で移動する盾の中心に当たり、砕け散った。高速で縦回転する盾に飛んだ弾は、正確に中心を捉えたが、当たったと同時に弾かれて大きく上に吹き飛び、天井にぶつかって砕けた。そしてそれから少しすると、盾の回転が次第に遅くなっていき、やがてそれは止まると同時に崩壊して霧散していくのだった。

 

「…ここまでは全弾命中だな。残りも上手く出来るか?」

「…当然!」

 

楽し気に語り掛けるスクラに、リトスも楽し気に語気を強めて答える。そして、その勢いのままに残っていた2発の弾を解き放った。そのうち1発は、大きくカーブを描いて、スクラの背後に浮遊する盾へ向かっていった。そしてその軌道が揺らぐことはなく、綺麗に命中して床に結晶片を零すのであった。そして最後の1発は、音を立てて横回転する盾へと向かっていく。先程の縦回転の時と似たように、盾の中心を正確に捉えた弾は命中こそしたものの、大きく横へと弾かれた。しかし今回はぶつかったと同時に盾だけが割れ落ちた。そして残った弾は弾かれた横方向、この部屋の出入り口の扉へと勢いよく飛んでいく。このまま扉に当たって砕けて終わるだろうと、この場にいる2人は確信していた。しかし、それは間違いであったとすぐに2人は気付くことになる。

 

「リトス! スクラ! アウラたちが外地に送られ、ぶほえェッ!?」

 

本来扉に受け止められるはずだった弾は、勢いよく扉を開け放ったセレニウスの顔面に受け止められ、弾け飛ぶのだった。

 

「セ、セレニウスさーん!!」

「……」

 

叫ぶスクラと、唖然とするリトス。そんな彼らをよそに、当の本人であるセレニウスは何が起きたか、いまいちわかっていないかのような不思議そうな表情をしていた。

 

「アウラたちが外地に送られたって、それはどういうことなんですか!?」

「…わからないけど、まあ大方、プロドの気に障ったのかもね」

 

普段の調子でセレニウスが答える。被弾箇所が若干赤くなっているものの、大したダメージになっていない様子だった。しかしどこか、彼女の表情は曇っていた。

 

「ね、ねえセレニウス。外地、って何?」

「…リトスは知らないよね。…外地はこの街の外、まあ正確には街の中ではあるんだけど…。まあ要するにここを囲っている壁の外のこと」

「街の、中でもある?」

「…そこから、話すよ」

 

引っ掛かりを覚えた個所を繰り返すリトス。セレニウスは一呼吸置き、話し始めた。

 

「本当はね、このペリュトナイの街はもっと広くて、賑やかな街だった。信じられないかもしれないけど、少し前まではすごかったんだ。でも、全部変わっちゃった」

 

悲しそうに目を伏せるセレニウスは、リトスが見たことのない表情を浮かべていた。深呼吸し、セレニウスは話を再開する。

 

「3年前に、このペリュトナイを治めていた王が殺された。…今でもよく覚えているよ。王を殺したのは…」

 

そこまで言いかけると、彼女は言いよどんだ。しかし一呼吸置くと、再び話し始める。

 

「…当時の第一王子、そして今のペリュトナイの大部分を支配する獣の王。…名前はエリュプス。それが今の私たちの『敵』よ」

 

その顔は、深い悲しみを湛えていた。それと同時に、懐かしんだ何かが、もはや戻っては来ないことを知っているかのように、何処か諦めたような表情を浮かべてもいた。

 

「…?」

「…セレニウスさんは、当時エリュプスの戦闘指導を担当していた。だから昔からあいつのそばにいたんだ。…事件が起こってからすぐは、ずっと沈みっぱなしだったよ」

 

その表情を不思議がったリトスに、スクラが答えを示した。

 

「…まあとにかく、そうして色々あった後で、私たちがどうにか住める壁に囲まれてるこの場所が、今『ペリュトナイ』って呼ばれてる場所。そして、壁の外のエリュプスたちが支配する場所が『外地』ってこと。それで外地調査っていうのが、その名前の通り、外地の調査のことだよ」

 

先程の様子とは打って変わって、いつもの調子に戻ったセレニウスが要約する。

 

「調査って…。数年前まで住んでいたところに調査も何も無いと思うんだけど…」

「まあそう思うのも当然だよ。でも実際に行われてることなんだよ。少し考えれば無意味だってわかることなのに」

 

まあ少し前に私が全部やったからもっと無意味なんだけどね。と、彼女は付け加えた。

 

「だったら、アウラたちが外地調査に送られた理由は…」

「懲罰的な意味合いだろうね。具体的な理由は知らないけど」

 

リトスの気付きは、あっさりとした肯定という形で、確実性を得た。そう聞くや否や、リトスは部屋を出ていこうとする。

 

「待てリトス。同じ過ちを繰り返すのか? 前回は運が良かっただけだ。今回も生き残れるとは思えないな。死ぬかもしれないぞ」

「それでも、行って守らなきゃ…」

「君は彼らを侮っているのか? そう心配することは無い。彼らは戦士たちの中でも上位の実力を持つ。特にアウラは経験こそ浅いが能力を有している。それも戦闘に向いているものをだ。だから心配はいらない」

 

外地へと出向こうとするリトスを、スクラが全力で止める。リトス自身が自覚していなくても、スクラは前回のリトスの生存を幸運であると知っている。だからこそ、スクラはリトスを止めるのだ。

 

「でも…。アウラたちはあの大きい獣に…」

「確かに、アウラたちはあのデカブツに手も足も出なかった。でもそれはリトスもでしょ? そんなリトスがアウラたちを守るって? あのねぇリトス…」

 

セレニウスは呆れたように溜め息をつく。そして聞き分けのない子供に言い聞かせるように、リトスに目線を合わせた。

 

「実力が伴っていない守りっていうのはね、むしろ邪魔に当たるものなの。今の貴方ははっきり言って弱い。今はまだ守られる側っていうことを自覚しなさい」

 

そして、はっきりと言い放つ。しかしリトスは俯かず、そのままセレニウスに目を合わせ続ける。

 

「でも、僕の能力は『守る』ための能力なんだ! 僕が守りたいって思ったから、この能力に目覚めたんだ! この思いが偽物だったとしても、僕はこの思いのままに守っていたいんだ!」

 

リトスも恐れることなく言い放つ。その言葉には、確かな芯と覚悟が伴っていた。それを感じ取ったセレニウスとスクラは顔を見合わせる。

 

「…いいかリトス。不確かなままに死地へと飛び込んでいく者は愚者と言える。俺たちは君を愚者にはしたくない」

 

先程と変わらない様子でスクラが語り掛ける。しかしその言葉の端には、何かの企みが含まれていた。

 

「だから私たちに考えがあるんだけど…」

 

セレニウスはそう言うと、ニヤリと笑った。その様子を見たリトスは、不思議そうに首をかしげたのだった。

 




第十話、締めです。ここから外地調査がしばらく続きます。
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