オブリヴィジョン   作:縁迎寺

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 ペリュトナイにおいて、月とは特別な扱われ方をしている。ある時までは、夜を導く良いものとして。今では、災厄がやってくる凶兆として。


11.回想、追想、意志転送

 アウラたち3人は、暗い廃墟を歩いていた。彼女たちの周りには明かりなど無く、月だけが、廃墟を淡く照らしていた。しかし幸いにも、彼女たちの周りには何もいない。それこそ、獣の影さえも。

 

「今のところ、異常は無いですか?」

「ああ。獣の影すら確認できない。シデロス、後方はどうだ?」

「…怪しいものは何処にもありません。しかし警戒をしておくに越したことは無いので」

 

人とは、どんな環境でもすぐに適応できるものだ。警戒こそ緩めずとも、既にこの状況に慣れてきていた。少しずつではあるが、歩みを進める。

 

「…これっていつまでやればいいんでしょうか」

「さあな。でも、日が昇ったら引き返そう。丁度いいだろ」

「…夜は長いですからね。死なないように頑張りましょう」

 

彼らの言葉には、普段通りの余裕さが出始めていた。ベテランのカルコスとシデロスはともかくとして、実戦経験の浅いアウラでさえ、余裕を見せ始めているのだ。もっとも、それは単に場の空気に流されているだけというのが大きいのだが。

 

「いやあ…。月が大きいですねぇ…」

「そうだなぁ…。こんなに明るいせいで、最近じゃよく眠れなくなってるよ」

「…それはいつもスクラさんとあの飲み物を飲んでるからじゃないですか? 俺もこの前飲んだんですけど、その日は眠れなくなりました」

 

そして遂には立ち止まり、他愛のない話に花を咲かせ始める。こうなってしまえばいつもとあまり変わりない。しかしそれは、突如終わりを迎える。

 

「ああ、何かおかしいと思ったらそういう…。しかし今夜は妙に明るいな」

「確かに…。それに少しずつ明るくなってきているような…。気のせいですかね?」

「…どうやら気のせいじゃないらしいぞ。カルコスさん、アウラ! 後ろだ!」

 

見えかけていた日常風景の片鱗は既に引っ込んだ。一気に警戒を強めた3人は後方に視線を向け、しかしすぐに光の根源たる上空に視線を向け直した。彼らの視線の先には、月の光とは明らかに違う蒼い光の塊が輝いていた。

 

「あれは…、魔術の光か! 獣の手勢に魔術師がいた、ということか…?」

「でもあの方向は私たちの街がある方向です! まさか、後ろに回られて…!?」

 

アウラとカルコスがそう言っている間に、光の塊は飛ぶ鳥のような速度で、彼らの下に向かってきていた。

 

「…その辺のことは後で考えよう。…来るぞ!」

 

光が彼らの上空に近付いた時には、アウラは刺剣を鞘から抜き、カルコスは槍を構え、そしてシデロスは腰の曲刀に手を掛けていた。そして、蒼い光が彼らの目の前に降りてくる。地面に降りてきた光は一際強く輝いた後、急激に弱くなって薄れていった。そして、光の中から何かが現れる。

 

「うう…。移動、荒すぎ…。吐きそう…」

「き、君は…」

 

それは、具合の悪そうな青い顔でうずくまっていた。それは、手に持ったやや長い杖を地面に突き立てて支えにしていた。そして、それは彼らにとっては見覚えがある人物だった。

 

「リトス!」

「…これは驚いたな。だが一体どういうわけで…」

 

驚きつつも何処か嬉しそうなアウラは、しんどそうにしているリトスに肩を貸して立ち上がらせた。そうして立ち上がったリトスは少し深呼吸すると、その顔色が少し血色を取り戻した。

 

「…ああ、すっきりした。だけど、まさか本当にここまで来ちゃうなんて…」

「そうだリトスよ。君は一体何故ここに? あの魔術は、とてもじゃないが君には使えないはずでは…」

 

この状況に軽く困惑しているリトスに、それ以上に困惑しているカルコスが疑問を投げる。突き立てていた杖を地面から離し、腰の鞘に収めた。

 

「良いですね、その腰のやつ。どうしたんですか?」

「…まあ、それも含めて説明すると…」

 

鞘を撫で、リトスは数時間前のことを話し始めた。

 

 少し取りに行くものがあると言って、スクラが部屋を出ていく。こうして部屋にはセレニウスとリトスの2人だけが残った。

 

「…その、さっきはごめん」

「ん? 何が?」

 

リトスがセレニウスに謝罪する。それに対する心当たりが無いためか、セレニウスは首を傾げた。

 

「あー…。もしかして、さっき顔に魔術ぶつけたこと言ってる? 別にあれぐらい気にしなくていいよ。大したことは無かったし」

「そうなんだ…。それなりに威力があったと思ったんだけど…」

「私って頑丈だからね。だからよっぽどのことでもない限りダメージにはならないんだよ」

 

アハハと笑って、彼女はリトスの肩を叩き、ドアを開けた。するとそこには今まさにドアに手を掛けようとしていたスクラが立っていた。

 

「…どうして俺が戻るタイミングがわかったんです?」

「勘。よくあることでしょ?」

 

セレニウスはスクラの手を引いて部屋に入れる。部屋に入れられたスクラは、大きめのカバンを手に提げていた。

 

「おかえりスクラ。…その手に持ってるのは?」

「ああ、リトス。さっき言っただろう。考えがあると」

 

そう言ってスクラは、カバンの中からベルトのようなものを取り出した。一見、普通の革ベルトのように見えるそれには、何かを収められそうな鞘のようなものが付いていた。

 

「まずこれは俺からのプレゼントだ。杖をずっと手に持っているのは邪魔だろう? だからその鞘に杖を収めておけば楽だろうと思ってな。早速杖を収めてみてくれ」

 

言われるがままに、リトスはベルトを腰に巻き、鞘に杖を収めた。収めづらくもなく、かと言って大きすぎるわけでもないそれは、彼の杖の為だけに誂えられたかのようだった。

 

「…うん。よく似あっているじゃないか。サイズもぴったりのようだしな。さて、これがまず1つ目だ」

「…ありがとう。大事にさせてもらうね。って、1つ目ってことは、まだ何かあるの?」

 

鞘の位置を少し調整しているリトスを前にして、スクラ今度はカバンから、少し大きな瓶を取り出した。その中には、淡く蒼白く発光する液体が入っていた。その光は、リトスにとって最早慣れ親しんだものであった。

 

「それは、一体何?」

「これが2つ目だ。君はこれから何が起こるかわからない、危険な場所に行くことになる。それこそ、あの獣がいるような領域だ。そうした状況で、1つの負傷が命取りになることは珍しくない。だからこれを、俺特製の治療薬を持っていくといい。傷に塗るだけですぐに治る優れものだ」

 

自慢げに話すスクラをよそに、リトスは彼のカバンを覗く。しかし中に入っていたのは先程の2つだけだったようで、既に中身は空だった。

 

「ねえスクラ。もう中身が無いようだけど、もしかしてこれだけ?」

「ん? なんだ覗いてしまったのか。まあ渡すものはこれだけだが、最後に1つだけ教えておくことがある。よく聞いておけよ」

 

元の位置に戻ろうとするリトスに、スクラはこのままで良いと言って、その場に留まらせた。

 

「…いいか、リトス。これから君が向かう場所は、命が簡単に消えるような場所だ。行けば死ぬかもしれない。それでも、君は行くんだな?」

 

真剣な眼差しが、リトスへと向けられる。彼は返すように、真剣な眼差しを向ける。

 

「…何を今更。僕はもう、覚悟を決めたよ。真剣に、アウラたちを守るって決めたんだ」

 

そして覚悟が、表明された。それを受けて、真っ先に動いたのは、先ほどから沈黙を貫いていたセレニウスだった。

 

「…そういえばリトス、あの時渡したナイフ、まだ持ってる?」

 

唐突に聞かれて少し困惑しながらも、彼は懐からナイフを取り出した。最初に渡されて以降、ずっと持っていたのだ。

 

「少し渡してもらえる? 大丈夫、すぐに返すから」

 

差し出されたナイフを受け取ると、彼女は鞘からナイフを抜き、刃に手を当てる。すると一瞬だけ、何かの力が部屋に満ちた。その直後には何事もなかったようになり、彼女はリトスに鞘に収められたナイフを手渡した。

 

「少しだけ『おまじない』をしておいたよ。…貴方の覚悟、生きて帰ってもう1回示してよ」

 

ナイフを再び懐にしまうのを確認すると、スクラが杖を構えた。既に杖の先に水晶の周りには、蒼い光が集まっている。

 

「さあ、準備は出来たな! サービスとして現場まで運んでやる。だがその後は自力で食らいついていけ! 大丈夫だ! 君ならできる!」

 

光がリトスに集まっていく。そしてそれが全身を覆うまでになると、彼の身体が浮いた。

 

「ええ!? ちょっと! これは、どういう…!?」

「なに、怖がることは無い。方向制御は出来るように調整してある。『その方向に行きたい』と思えばそう動くようになっている」

 

天に掲げられたスクラの杖は、しかしその直後には地面に突き立てられていた。

 

「では、行ってこい!!」

 

その言葉と共に、リトスを包んだ光は、リトスを連れて部屋から飛び出す。そして彼がいなくなった部屋には、息を切らせる音だけが密かにこだましていた。

 




第十一話が終わりを迎えましたね。リトスが合流して、外地調査にも若干の盛り上がりが出てきましたね(?)
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