オブリヴィジョン   作:縁迎寺

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 目に見える脅威というものは、確かに脅威であり得る。最も分かりやすい形だ。それは裏を返せば、脅威と分かっているもの以外の目に見えるものは、脅威とはなりがたいものである。しかし未知であるものは、その本質が脅威であろうとそうでなかろうと、等しく異質なものであるとして扱われる。では、これはどうであろうか。


12.夜間、犠宦、意志感知

「なるほど。そうして私たちを見つけて降りてきたというわけですか」

「…うん。まあそういうこと。操作が思ったより上手くいかなかったのと、思いの外速かったのが誤算だったけどね」

「それはまた…。スクラ殿も随分と滅茶苦茶をするんだな」

「…とはいえ、あの人の治療薬はよく効く。心強い差し入れだ」

 

4人の会話が、廃墟にこだまする。現在この周辺には彼ら以外の存在はなく、故に何も彼らを襲うことは無い。多少の警戒こそあれど、今に限っては、平和な夜であった。

 

「ところで、調査って何をするの?」

「…それを知らずに来たのかよ」

「まあまあ。どうせ話したのがセレニウス様やスクラ殿だったから、詳細を知らないだけだろう。丁度いい。アウラも聞いておくといい」

 

歩を止めた一行のうち、比較的歳の若い2人は話を聞く体制に入る。月の照らす廃墟にて、刹那の講義が始まった。

 

「さて、飛んできたリトスを除いて、俺たちは懲罰的な意味合いでこんなところにいる。理由は不明だが、あの様子を見るにプロド殿の不興を買ってしまったのだろう」

「…大いに理不尽ではあるがな」

「まあよくあることだが、本当にな」

 

不意に入れられた合いの手を上手くさばき、話を続ける。

 

「だが、こうして来たからには出来ることをするのが先陣戦士というものだ。そういうわけで、今から俺たちは進軍ルートの調査を行う」

「進軍ルート、ですか?」

「まあ実感がわかないのも無理はない。だが俺らの最終的な目的、それを考えればやるべきことではある」

「…そうでした。私たちは、その為に戦っているんですもんね」

 

アウラは壁の中での生活を、最早当たり前のことであると思っていた。故に、その目的についての自覚が少し遅れた。

 

「こうして進軍ルートを調べておけば、最終的な進軍を支障なく行うことができる。俺たちがここに来た意味も、少しはあるというものだ」

「…ねえ。それについてセレニウスに聞いたんだけど」

「セレニウス様だと?」

 

リトスはそんなカルコスの言葉に、少し前に聞いたセレニウスの言葉を思い出した。そして、その言葉の裏を取る。

 

「数年前に、セレニウスがそういうことは全部やったって言ってたんだけど」

「えっ、それ本当か? まあだとしても、ここ数年の間に色々変わってるかもしれないからな。調べておくに越したことは無いだろう」

「…まあ、セレニウス様にとっては数年など些事だろうからな。俺たちとの認識に食い違いがあっても不思議じゃない」

 

シデロスがいつの間にやら手帳を取り出し、何かを書いている。彼が筆を走らせるたびに、リトスにとって親しみのある感覚が僅かに走る。

 

「ねえ、ひょっとしてそれ…」

「…ああ、これのことか」

 

手を止め、持っているものを見せるようにリトスへと差し出す。それは、より一層彼にとって見覚えのある形状をしていた。陶器で出来ている棒の先に、結晶がついているそれは、リトスやスクラの持つ魔術の杖と酷似していた。ただ違うのはその大きさと、先端に付いているのが水晶ではなく、蒼白く淡く光る小指の爪ほどの大きさの結晶である、という点だけである。

 

「先端に付いているのは、天素の、塊…?」

「…まあそうらしい。これはスクラ殿に貰ったものだ。なんでも、ビルガメスにあるペンという筆記具を真似て作ったものらしい。これがあればインクが無くてもどこでも文字が翔ける優れもの、だそうだ」

「…本当にスクラって、色んなもの作ってるんだね」

 

不意に、リトスは自身の腰にある鞘付きベルトと杖を視界に入れる。彼の作ったものが、このペリュトナイで大きな働きをしているということを考えると、どういうわけかリトスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「…何笑ってんだ?」

「…いいや、何でもない。そうだ。他にスクラが作ってる物って、どんなものがあるの?」

「他? あるけど、あまりにも多いからな…。そうだな。例えば、街中に声を届ける、カクセイキ? とか言ってたか? あれもスクラ殿が作ったやつだな」

 

リトスとシデロスの歩みは、いつの間にか遅くなっていた。そうして話に花を咲かせる彼らに、前を歩いているカルコスが振り返って目をやる。

 

「カルコスさん、どうかしましたか?」

 

そんな彼に気付いたアウラが問いかける。どこか嬉しそうなカルコスは、ただ真っすぐ前を見た。

 

「あれだけ物静かだったシデロスがなぁ…。あんなに喋るところなんて見たことない」

「確かに…。シデロスさんと彼、案外気が合うんでしょうか」

 

いつしか彼らは、ここへ懲罰的な意味で来ているということを半ば忘れかけていた。月が照らす廃墟を、その場に似つかわしくない雰囲気の4人が進む。

 

 しばらく時間が経ち、廃墟地帯を抜けたあたりで、不意にカルコスが足を止めた。その様子を見た3人も、そこで立ち止まる。

 

「…カルコスさん?」

「…前を見ろ。いいか。ここからは細心の注意を払え」

 

言われるがままに前を見たアウラとシデロスは、その視線の先にある「それ」に気付くと、途端に苦い顔をした。その様子が気になったリトスが、彼らと同じ方向を向いた。

 

「…え? 何、あれ…」

 

それは、一見すると滑稽にしか見えないものであった。それは、枯れ木のような痩躯で、そこに群れを成していた。それは、機能を果たせるとは到底思えないほどに、痩せ細った翼を力なくはためかせていた。そして、何も身に纏っていないそれらは、虚ろな目をした鹿のような頭で虚空を見つめて立ち尽くしていた。

 

「ね、ねえ…。あれは…」

「何があっても敵意や殺意を出すな。さもないと食い殺される」

 

その瞬間に、リトスの心は凍り付く。そしてその言葉を飲み込む前に、既に進んでいた彼らに続く形で前へと進んでいった。彼らは、その奇妙な群れの横を通り過ぎる。息をひそめるでもなく、しかし何かを押し殺すようにして通り過ぎる。そして、それらから少し離れたところまでたどり着くと、全員が溜まっていたものを一気に吐き出すように、息を吐いた。

 

「…よし。そろそろいいだろう」

「…あー。やっぱりアレは慣れないな…。息が詰まる」

「…前から話は聞いていて、理屈はわかっていても、怖いものは怖いです…」

 

リトスは困惑していた。あの奇妙な群れが何であったかは彼にはわからない。しかしあのカルコス達の様子と、彼が感じた不気味な気配が、あの群れをただの奇妙なもので済ませてはいけないということを、彼自身に理解させていた。

 

「…あの鹿頭は、何だったの…?」

 

気付けば、彼の疑問は言葉になっていた。彼にとってはもう慣れた、未知へと問い。この状況でも、それは変わらず出力された。

 

「アレは…。俺たちにもよくわからん。詳しいことはスクラ殿が知っているだろう」

 

しかし今回に限っては、聞いた相手が不適だった。カルコスは十分な情報を出すには、知識が不足していた。

 

「だがな…。『殺意を見せれば、食い殺してくる』。アレはそういう『バケモノ』だ。あの獣たちよりも、はるかに恐ろしい存在だ」

 

さあ行くぞ、と言い、カルコスは進む。それに続き、シデロスとアウラも進む。そんな彼らを見て、リトスは眼前に立ちはだかる姿のわからない未知たちに、恐れを抱くのだった。

 

「ねえ、これ言うべきか迷ったけど、一応言っておくね」

「どうかしたのか?」

 

再び歩みを進めてしばらくしたところで、リトスがカルコスに話しかける。それは普段の物静かそうな印象とは少しかけ離れた、何かの気付きを含んでいた。

 

「気のせいかもしれないけど、ここに来てからずっと、周囲に天素の気配を感じるんだ」

「天素だと…? 俺には何も感じないが…。お前たちはどうだ?」

「私も何も感じてませーん!」

「…俺もです。…リトスが移動してきたときの魔術の痕跡が、まだ残っているんじゃないですか?」

「そうか…。まあ今は先に進むことに集中しよう」

「…うん」

 

後ろで並んで歩いていた2人から情報を得られず、それを受けたカルコスは保留して先に進んだ。リトスもそれに追従しながらも、心の中でその疑念を払えずにいた。

 

 

 

 

 




第十二話、完遂です。もうそろそろストックが尽きそうなのでどうしようかと思案しています。
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