オブリヴィジョン   作:縁迎寺

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 古来より何かを害し、自衛するために、人間は武器を手にしてきた。それは獣から、同族である人間へと姿を変え、そしてそうなるにつれて、武器は進化し発展してきた。しかし考えてもみてほしい。人間が武器を手に取ったのは、獣たちのような爪や牙といった、生物として備わっている武器を持っていないからだ。であれば、どうしてそんな爪や牙を持たない人間を相手にするようになって、武器は進化していったのだろうか。彼らは、その無垢な姿の内側に何を秘めているのだろうか。




13.餓喰、抗喰、意志触発

 燦然と輝く月が、人のいない栄華の残骸を照らしている。当たる光はかつての栄華には程遠く、しかし暗闇を裂いてそこにある。そんな光の中で生きるのは、人とは程遠い何かであった。

 

「…本当にここでいいのだろうな」

 

そこにいたのは、最早人ではない者たち。イミティオと、彼の従える無数の獣人たちであった。暗闇の中で一際目立つ白い軍服姿の彼の手には、彼の身の丈と同等か、それ以上の大きさの巨剣である『壊劫』が握られていた。それを重そうに担ぎ、指令者からの返答を待っている。

 

『ええ。道中でキャッチした【目】による情報から考えれば、恐らくここを通るでしょうね』

 

そうしてしばらく待った後の彼の頭に、プリミラの声が響く。それは、ここでの待機を支持していることを意味していた。

 

「…待機ということか。…存分に暴れてもいいのだろうな?」

『もちろん。そのために力を貯めておいてちょうだいね』

 

当然、頭の中に響いているその言葉に返事をしても、周りには独り言のようにしか聞こえない。しかしこの場には、それを理解できるものなど誰もいなかった。

 

「…それで、『もう片方』についてはどうなっている?」

『そっちは問題ないからさ、貴方は気にしなくていいよ。…そろそろ来るだろうから、後は全部お願いね』

 

会話を終えたイミティオは担いでいた壊劫を振り下ろす。ドスンと重い音がしたかと思うと、それを持つ手が人間のものから、硬質の毛に覆われた獣人のものに変わった。そして再び、イミティオが壊劫を担いだ。

 

「…獣化してやっと行けそう、か。…セレニウスの方が、よっぽどバケモノだな」

 

口角を吊り上げ呆れたように笑うイミティオを、半分が雲で隠れた月が淡く照らした。

 

 廃墟を進んでいたリトス達。しかし、その歩みが突如止まった。

 

「…しまった。やられたか」

「…カルコスさん? 一体、何が?」

「…周りをよく見てみるんだ。アウラだけじゃない。シデロス、リトス、お前たちもだ」

 

彼らが周りに目を向けるも、そこには何もいない。しかしカルコスとリトスだけは、何かに気付いた様子で身構えた。

 

「…ああ、やっぱりそうだったんだ」

「…リトス。どうやら君の言っていたことは正しかったようだ」

「…まさか、だとしたら、さっきからずっと…」

 

アウラも身構える。しかし、刺剣の柄に手を掛けたその手は震えていた。彼女の横で、シデロスが曲剣を抜き放ち、軍帽を深く被り直す。

 

「…奴だ。来るぞ!」

 

そして彼らの前方。月光で照らされたかつての繁栄の跡地。巨大な城塞を臨むその場所には、彼らにとって見覚えのある、『最悪』が立っていた。

 

「あ、ああ…」

「よりにもよって、お前とはな」

 

リトス達を前にしたイミティオは言葉を放たない。しかしその目線を付きに向けたかと思えば、地の底から轟くような咆哮を響かせた。

 

「ぐ、あああ…!! 耳が、弾けそうだ…」

「なんて音量だ…!」

 

そしてしばらくして咆哮が止むと、彼らの周りにはおびただしい数の獣人がひしめいていた。周囲には、薄く蒼白い残光が散っていた。

 

「…やっぱり、魔術で隠れてたんだ」

「見つけたぞ…。軟弱者共に…、小童!!」

 

吼えるようなイミティオの言葉は、カルコス達3人以上に、リトスへと向けられていた。それに呼応するように、獣人たちの視線が4人に向けられる。獣人たちは何かを心待ちにしているかのように、牙を剥いたり低く唸ったりしていた。

 

「言ったよな。次は必ず殺すと…。その『次』が今だ!! この場で! 我らの

ペリュトナイで! 貴様らは我らの腹の足しとなるがいい!!」

 

イミティオは、笑っている。それと同時に、怒っている。周囲に広がる数多の殺気はその場の空気を冷たい刃に変える。それを突き立てられた4人は、圧倒され動けずにいた。

 

「どうするんですか…!? このままだと私たちは…」

「考えろ…。とは、言っている場合ではなさそうだな…」

 

明らかに動揺しているアウラとシデロス。しかしその横で、カルコスは奇妙なほどに冷静だった。そしてそれに気付いているのは、そのすぐそばにいたリトス1人だけだった。

 

「…リトス」

「…どうかしたの?」

 

周囲は、誰も気付かない。たった2人だけで繰り広げられるその会話は、リトスにのみ届く。

 

「…先に渡しておく。失くすんじゃないぞ」

「…これって。…どういうつもり?」

 

カルコスが差し出したのは、シデロスが持っていたはずの手帳だった。差し出されたそれを、リトスは訝しみながらも受け取った。

 

「今から少しだけ無理をする。…心配するな。俺だって引き際は知っているさ」

 

カルコスの槍を持つ手に、力が入る。リトスは今から動く彼を、その行く末をなんとなく察していながらも、止めることは無かった。

 

「…え? カルコスさん、何をするつもりですか…?」

「…待って、止まってください! そんなことしたら、貴方が!」

 

槍を構え、カルコスが3人の前に立つ。まるで彼らを守るように。まるで、獣人全てを相手取るように、彼の姿は堂々たるものだった。

 

「…ほう。何のつもりだ? まさか、貴様1人で我ら全員を相手取ると言うつもりではあるまいな!」

「そのまさかだ。お前たち程度なら、俺だけでどうにでもなるさ。それにな…」

 

チラリと、カルコスは後ろを見る。その眼差しは、何処か優しくもあった。

 

「ここで俺1人が居なくなっても、あいつらが生きていればこれからどうにでもなるさ」

 

正面に向き直った彼の槍を握る手に力がこもる。彼には絶対的な覚悟があった。覚悟があって、彼はたった1人の戦いに臨もうとしていた。

 

「リトス!!」

 

振り返らず、彼は叫ぶ。

 

「君は俺たちを守るために来たと言ったな!! そしてその為にセレニウス様やスクラ殿に覚悟を示した!! であればその覚悟に恥じない行動を取るんだ!!」

 

その声は、周囲に轟く。それは殺意によって変質した空気を、いつの間にか元に戻していた。

 

「アウラを、シデロスを、そして自分自身を全力で守れ!! そしてセレニウス様に伝えるんだ! 『壊劫は獣が持っている』!!」

「カルコスさん、ダメです! 戻ってください!!」

 

アウラの言葉に、カルコスは振り返らない。固まった覚悟は、もう融解することはない。

 

「さあ、行くんだ!!」

「バカが!! 行かせるわけが無いだろう!!」

 

リトスの前に、2体の獣人が立ちはだかる。しかし次の瞬間には、首から血を流して両方が倒れていた。

 

「…カルコスさん。…わかりましたよ。行くぞ、お前たち!」

 

血の付いた曲剣が、鞘に収められた。そしてその横で、赤く染まった薄片刃が霧散する。

「…うん。行こう!」

 

呆然と立ち尽くしているアウラの手を、リトスが引き、それを確認したシデロスと共に、一同は走り出した。

 

「舐めたことを…! 追え! 捕まえたら食っても構わん!!」

「よそ見してんじゃねえ!」

 

勢いよく突き出された槍は、カルコスとイミティオの間に割って入った獣人に深々と突き刺さった。そして薙ぐように槍を強引に抜き、再び槍を構える。

 

「そういえば貴様はこの前食いそびれた軟弱者ではないか!! いいだろう! 今日こそ貴様を食ってやろう!!」

「食えるものなら食ってみろ! タダで食われてやると思うなよ!!」

 

カルコスは跳躍し、勢いよくイミティオへ飛びかかった。それに合わせるように、イミティオも爪を振り上げる。

 

そして槍の穂先と爪がぶつかり、火花が散った。

 




第十三話、終りました。けど…。ストックが…、無いですよォ…。だから週1投稿に固定します。
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