オブリヴィジョン   作:縁迎寺

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 時として生物というのは、生きるために何か別の姿を取ることがある。脅威から身を隠すため、危機をやり過ごすためと、主に防衛の為にそれは働いている。しかし中には何かを狩る為に、環境に潜む生物もいる。そしてそれは、自身以外を利用しようとする狡猾なものであるが、裏を返せば正攻法では狩りを十分に全うできないものであるとも言えるだろう。


21.模倣、豪放、意志報復

 リトスとアウラは意気揚々と闘技場へ入っていく。迷路のような闘技場の中を探し回る2人の耳に、また声が届く。聞こえてきた声は、間違いなく行方不明となったカルコスのものであった。

 

『リトス…、アウラ…。こっちだ…。助けてくれ…。奴らが…』

 

なおも響き続けるカルコスの声。その声に重なる何かの音が聞こえる。獣の叫びのような、唸りのようなそれは、段々とその数を増し、次第にその音も大きくなっていった。

 

「…これ少し急いだほうがいいんじゃないかな」

「声が聞こえたのは舞台からです! 急ぎましょう! ついて来てください!」

 

その言葉と共に、アウラは走り出した。リトスにも無理をさせない程度の速度で、彼女は入り組んだ闘技場の中を確かな足取りで進んでいく。そして彼らが数分程進んだところで、舞台への入り口が見えてきた。

 

『ああ…! もう、だめだ…!』

「カルコスさん! 今行きます!!」

 

これまで以上に声が大きく響く。それを前にして、アウラは速度を速めて舞台へと乗り込もうとした。リトスは速度を速めたアウラには当然追いつけず、少し遅れて後ろを走っていた。先に乗り込んでいくアウラの後ろ姿を見ながら、リトスは不意に言い知れぬ違和感を覚えた。

 

(何か、変だ…。結構距離が離れてたはずなのに、何であんなに声が聞こえたんだろう…? 何かおかしい。この声は、カルコスじゃないみたいだ…)

「助けなんて、求めるのかな…?」

 

思考の中で巡り続けるその違和感に、ぽつりと零したこの言葉が混ざり、形を変えていく。そしてそれが確信に変わりかけたところで、リトスの口から叫びが発せられる。

 

「ダメだアウラ! これ以上進んじゃダメだ!!」

 

しかし、遅すぎた。リトスの速度も、タイミングも。その何もかもが遅すぎたのだ。アウラが舞台に足を踏み入れたその瞬間、獣の声がぴたりと止んだ。

 

『リトス…、アウラ…。ククク…、ハハハハ!! バカなガキどもが! かかったな!』

 

そしてそれと同時にカルコスの声が明確な敵意の色を帯びたと思えば、突如としてアウラに向かって、何かが振って来た。

 

「避けて! アウラ!!」

「っ!? きゃあっ!」

 

リトスの言葉が届く前に、アウラはその身に降りかかる異変と危機を察知し、咄嗟に横へ回避する。しかし完全には避けることは叶わず、地面を勢い良く砕いた攻撃の余波に巻き込まれて吹き飛んでいった。

 

『ああ…。ダメだったか。でも関係ない! 後は単純な力で叩き潰すだけだ…!』

 

巻き起こる土埃が落ち着き、襲撃者の姿が露わになる。声だけの襲撃者の姿は、見覚えのあるものだった。そしてそれは、彼らの目的であると同時に最悪の対面でもあった。

 

『お前らのような弱い獲物を2度も取り逃がすとは…。だが三度目の正直だ。ここで狩ってやろう…』

「その声は…。どうして、お前がその声で喋っているんだ!」

「嘘だ…。カルコスさんは、カルコスさんは…」

 

そこにいたのは、彼らの目的でもあった巨躯の獣人、イミティオだった。しかしそれからカルコスの声が聞こえるという事実に、2人は困惑を隠せなかった。

 

『ククク…。不思議か? この声が。気になるか? あの男の末路が』

 

相も変わらず、イミティオはカルコスの声で話し続ける。しかしその口調と裂けた笑みは、紛れもなく獣のそれだった。

 

『折角だ…。教えておいてやろう』

 

そして地面に振り下ろしていた壊劫を担ぐと、イミティオはそのまま話し始める。攻撃を仕掛ける絶好のチャンスだというのに、リトスもアウラも動けずにいた。

 

『我の能力、【ルーガロアーの千声(せんせい)】は一度でも聞いた声の模倣を可能とする。ああ。たったそれだけの能力だが、この場においてはこれで充分だ』

『このように』

『このようにも』

『更にこんな風にも、声を変えることが出来る』

 

次々に声が変わっていく。カルコスからシデロス。シデロスからアウラ。そしてアウラからリトスへと。しかしカルコス以外の声は、イミティオの本来の声が混ざったような不完全なものだった。

 

『このように聞いただけでは、少しばかり不完全でな。それをどうにかするために対象を取り込む必要がある、というわけだ』

 

再びイミティオがニヤリと笑う。それを見た2人の脳裏には、最悪の想像があった。

 

「ま、まさか…。カルコスは…」

「嘘だ…。嘘だ! 嘘だ! カルコスさんが、そんな!」

『ククク…。フフフ…。ハハハハ!!』

 

大きな声で、吼えるようにイミティオが嗤う。ペロリと舌なめずりをすると、自身の喉に手を当てた。

 

『あの男は良い戦士だった。強く、勇敢だった…! 我の配下たちを、全て屠ってみせた! 故に強者と認め、我の糧となったのだ!』

 

吼えるような笑い声を上げるイミティオ。彼の笑いはいつしか本当の咆哮となり、闘技場全体を震わせる。そして咆哮が止み、空気が一変する。それを感じ取ってか、リトスとアウラの武器を握る手に力が入る。

 

「最後に教えておこう! このペリュトナイの摂理は『強肉強食』だ! 弱者は粗食に過ぎん! …貴様らは糧か、粗食か。ここで見極めてやろう!」

 

そして地面を勢いよく踏み砕き、本来の声に戻ったイミティオが2人に勢いよく飛びかかる。それはまるで凶悪な意志を持った砲弾のようであった。

 

 イミティオと2人の間には、2人合わせでも埋められないような、圧倒的な差があった。2人は戦う力を持っているものの、能力を抜きにすればその身体能力は常人の域を出ていない。それに対してイミティオは、様々な意味で人間の域から外れていた。磨き上げられ鍛え上げられたその力は、まさに怪物のそれだった。

 

「砕けろ粗食共! ミンチにしてくれよう!」

「攻撃の隙が、見つからない…!?」

 

重い一撃がアウラに襲い来る。回避はそう難しいわけではないが、当たれば即死は免れないものだった。そしてそれを回避しても、壊劫を叩きつけた勢いで飛びかかるイミティオが繰り出す爪の連撃が襲う。即死とまではいかないものの、その鋭い雨は確実な脅威であった。

 

「だったら…。これでもくらえ!」

「舐めるな! ガキの遊びではあるまい! そんな石礫が効くとでも思っているのか!」

 

リトスが少し離れた場所から蒼晶弾を放つが、それらをイミティオは全く意に介していなかった。その弾に殺傷力は、当然ながら備わっている。しかしそれは、あくまで通常の生物に対して有効なものでしかなかった。すると突然、イミティオが勢いよく後ろに飛び退く。そして飛んだ先。その近くにある崩れた石の柱に手を掛けた。

 

「全くなっていない! 武器になる石とはこういうものだ!!」

 

そしてその柱を叩き折ると、彼の体躯よりも巨大なそれを、まるで槍でも投げるかのように勢いよくリトスに投擲した。

 

「…! 嘘でしょ!?」

 

突然のことにリトスは動揺を隠せていなかったが、遠方から飛んでくる直線的な一撃の回避は、リトスでもそれほど難しくは無かった。しかしそこで終わりだと思ってしまったことが間違いだった。

 

「その後のことも考えろ! 隙だらけだ!!」

「リトス! 危ない!!」

 

どうにか柱を回避したリトスに向かって、勢いよくイミティオが向かってくる。その手で構えられた壊劫は、確実に彼の胴体を捉えていた。

 

「両断だ! 貴様は粗食未満だったな! 小童!!」

「!! 回避が、間に合わない…!」

 

そしてその一撃がリトスの胴体へ叩き込まれ、彼の身体は勢いよく後方の壁へと吹き飛ぶ。それはイミティオの投げた柱が地面に着弾するのと、ほぼ同時だった。

 

「リトス…! リトス!!」

 

2つの箇所で、ガラガラと石が崩れる音がする。それは1体の生物がもたらしたとは思えないほどの破壊の惨状だった。そしてアウラは、それを見て叫ぶしかなかった。

 

「さて…。次は貴様だ。…そうだな、貴様は特別に___」

 

瓦礫に埋もれたリトスに見向きもせずに、イミティオはアウラへ目線を向ける。そして彼はおもむろに自身の喉に手を当てた。

 

『この声で屠ってやろう』

 

そう言ってニヤリと嗤ったイミティオの声は、再びカルコスのものに変わっていた。

 




これが第二十一話です。いよいよ戦いが本格的に始まります。まずは因縁の対戦である、イミティオvsリトス&アウラです。それでは、また次の戦いでお会いしましょう。
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