オブリヴィジョン   作:縁迎寺

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 我は傲慢だった。我が闘争心を強さと誤認し、軍全体を我が物とすべく戦いを挑んだ。しかしそれはすぐに止められた。自分でも驚くほどの、見事な圧倒的敗北だった。我を下したその女。ペリュトナイの平和の象徴とも謳われるその女は、倒れ伏す我にこう言った。

「良い根性だね。私の部隊に来ない?」

その時の我には、従う選択肢だけがあった。
 我はセレニウスの部隊に所属することになった。平和の象徴として君臨しているあの女が、常に見ている世界がここにあるらしい。我はここにも何の期待も抱いていなかった。しかしそれは誤りだった。
 襲い来るのは様々だった。悪意の侵略大国と名高いゼレンホスの軍。夜に蠢く正体不明の異形たち。それらがペリュトナイに害を為す前に殲滅する。それがペリュトナイ軍。その真の姿だった。我は何も知らなかった。いや、これは当事者たちしか知らないのだろう。一切の不安を街に広めないために、軍の精鋭たるセレニウスの部隊は、迅速に確実に外敵を滅する。そんな環境に立たされ、我の闘志はこれまでにないほどに燃え上がった。醜い闘争心は、いつの間にか心の奥底に沈んでいった。


23.孤高、蛮行、意志高揚

「1分間、時間を稼いでくれませんか?」

 

アウラから伝えられたこと。それはイミティオを相手にした時間稼ぎだった。リトスは心底驚いた。自分たちは時間稼ぎの為に今ここにいて、イミティオを相手にしている。それなのに、その上でまた時間稼ぎをするというのか。そう思いながら唖然としていると、アウラがリトスに耳打ちする。

 

「…あの獣に決定的なダメージを与える方法が1つだけあります。でもその為には、しばらくの集中が必要なんです。だからその集中の為の1分間、どうにかして時間を稼いでくれませんか?」

「…それで、本当に痛手を負わせられるの?」

「約束します。それにこの一撃は、セレニウス様にも認めていただいたものです。絶対に、大丈夫です」

 

その自信に満ちたアウラの言葉に、リトスは黙って頷くしかなかった。そんなわけで、リトスの壮絶な1分間が幕を開けるのだった。

 

 獣は怒っていた。どれほどのものかと言えば、その怒りがまるで空気に乗っているかのように、周囲が熱を帯びだしている。実際にそうなのかはわからないが、少なくともリトスはそのように感じていた。一方その怒気を発しているイミティオは、そんなこと何とも思ってなどいなかった。

 

「そんな! ものが! 効くわけが! 無かろうが!!」

「くっ…。微塵も効いてないなんて…、やっぱりおかしい…!」

 

放たれた蒼晶弾がイミティオの顔面に、胸の中心に、弱点であるはずの手首に次々に命中する。しかしそれらは当たった傍から砕けて霧散する。そして肝心のイミティオは、そんなもの何とも思っていないかのように怒涛の猛撃を仕掛けてくる。

 

「さっきの一撃は効いたのに…!」

「効かん…! そう言っておるではないか!!」

 

幸いにも怒りによってイミティオの猛撃は動きが荒くなっており、リトスでも躱せていた。普段であれば躱すことなど不可能に近いものだったが、今の彼は少し事情が違っていた。

 

「ウロチョロと…! 貴様、貧弱な体躯で…!」

「分からないよ僕だって…! でも避けられるなら、何の問題も無い!」

 

リトスの呼気に、僅かな蒼が混じる。その色は天素の蒼であり、それは彼の体内で天素が循環していることを意味していた。この激しい戦いの中で舞い散った天素の塵が、いつの間にか体内に入り込んでいたのだ。心なしか、リトスの目にも蒼が現れ始めていた。

 

(スクラが言ってたのは、これのことか…。確かにすごい効果だけど、これは後が怖い…)

 

自身の状態を何となく把握したリトスは、スクラによる講義内容を思い出していた。

 

『天素というものは、何も魔術だけに使われるものではない。俺がそうしているように、治療する形に加工したものを取り入れれば、それは何かを癒すこととなる。非常に便利だろう? だがその反面少々危険な物でもあってな…。そうだな…。例えば、何か戦うために魔術を使ったとしよう。そしてそれが防がれて、砕けたとしよう。そうなると破片が散らばるだろう。散らばる中には塵のような細かいものだってある。そういった戦うための形に加工されたものを取り込んだ場合、どうなると思う?』

『えっと…。それは、自分自身が戦えることになる…?』

『まあ、大体そんなところだ。凡庸な身体能力の者でも、一流の戦士並みの身体能力になる。そしてこれは、身体能力が優れない者ほど大きく効果が出る。逆に言えば身体能力が優れる者には効果は出にくい。…しかしその分代償は大きい。効果が切れれば、出ていた効果分の反動を受けることになるだろう』

 

深刻そうに語るスクラの姿を思い出しながら、リトスは必死に躱しつつ攻撃の隙を伺っている。単純な身体能力だけでなく反応速度にも影響が出ていることから、後に襲ってくる反動は計り知れないものになることが彼自身にもわかった。

 

「それでも…。今ならお前と戦える! 僕に任されたことを全うできる! その為なら、後がどうなっても構わない!!」

「粋がるな! それなら貴様に何かが起こる前に挽き潰してくれるわ!!」

 

リトスは杖の先に刃を展開し、イミティオは壊劫を再び構えた。そして一瞬だけ距離を取っていた2人は、再びぶつかり合う。

 

 大振りなイミティオの一撃は今のリトスには当たらない。そしてリトスの刃はイミティオに通ることは無く、当たった傍から折れて霧散する。つまり、互いに状況は変わらずにいた。『時間を稼ぐ』という観点でいえば、この状態は最適であった。このまま繰り返していれば、アウラに指定された1分などすぐに経過する。しかしそれは叶わない。天素によって身体能力と反応能力が強化されているリトスは、同時に極度の高揚状態でもあった。それ故に冷静な判断を下せず、目の前の戦いに没頭していた。

 

「どうにかして、一撃を…!」

 

リトスはイミティオに対して決定的な一撃を叩きこもうと躍起になっている。彼の頭の中にあった時間稼ぎの文字は、もう片隅にまで追いやられていた。

 

(確か蒼護壁は、雑だったのにそれなりに効いていた…。だったら…!)

 

蒼い閃きが、リトスの脳内を駆け巡る。今の彼は、戦闘に関することであれば普段よりも頭が回る状態だった。そしてその閃きを形にするべく、リトスは天素を杖の先の、既に展開されている刃に集中させた。そうしている間に、イミティオが攻勢をかける。

 

「突っ立ってんじゃないッ!! 一瞬の油断が貴様の死だッ!!」

 

剣を構え、砲弾のように突撃して来るイミティオに対し、リトスは不気味なほどに冷静だった。ただ無言で杖の先端に展開された刃を構える。そして居合いのように、イミティオへと刃を抜き放った。一際深い、蒼の閃光が走る。それは真っすぐと、イミティオの腕に吸い込まれていった。本来であれば、先ほどまでのように刃は折れてしまう。…そのはずだった。

 

「グ、オオッ…! き、さま…! 我の、手を…ッ!」

「これで…、やっと一撃…!」

 

宙を舞う、赤く鮮やかな飛沫。そして互いに背を向ける、2つの影。一方は、手首から血を流して呻く巨躯の獣人、イミティオ。そしてもう一方は、抜き放った蒼い刃を赤く濡らしてた魔術師、リトス。触れれば砕けるような脆い刃はそこには無く、代わりにあったのは獣を断つに相応しい、長く鋭い蒼い刃。後にリトスが名付けたところによると、それは新たな彼だけの魔術『蒼断刃』であった。

 

 イミティオに刻まれた傷は深く、再生に時間を要するほどだった。しばらく彼は動けないだろう。その隙を、リトスは見逃さなかった。今なお蒼く煌めく刃を構え、今度はその首を断たんと走った。そして首を狙いすまして刃を振るった。刃が、首へと近づいていく。時間稼ぎなど、もう彼の頭の中には無かった。それが、仇となってしまった。

 

「…あ_____」

 

刃がこれ以上何かを断つことは無く、蒼がこれ以上輝くことは無い。手から力が抜けて、手にしていた杖を取り落とす。強固な刃は霧散し、蒼い塵を残すのみだった。目から蒼は消え、呼気も無色に戻っていた。そして力なく、リトスは地面に倒れ伏したのだった。

 

「貴様…! よくもやってくれたな…!!」

 

更にタイミングが悪い事に、ここでイミティオが傷を再生してしまった。彼は倒れたリトスの頭を掴み、持ち上げる。その顔には、これまでに無いほどの怒りがあった。もう片方の手には、重苦しい雰囲気を放つ壊劫が握られている。

 

「良いだろう…。そこまで死にたいのならもう一度両断してやる! 次は貴様の能力の上から断ってやろう!!」

(まず、い…。このまま、だと…、死ぬ…! せめ、て…!)

 

イミティオはリトスを上へと放り投げた。頭を下にして落ちてくるリトスは、意識を半ば手放しているような状態だった。そして落ちてくる彼の胴体に、一切の容赦なく壊劫の一撃が叩き込まれた。

 

「_____!!」

 

叫び声を上げることもなく、リトスは地面に叩きつけられる。彼が直前で能力を使ったことで即死は免れたものの、今の彼は万全の状態ではない。能力の効果が甘かったせいで、リトスの肋骨は粉々に砕け散ってしまった。しかし幸運にも、この一撃が一瞬だけ、彼の意識を正常に戻した。

 

「…アウラ!! 今、だッ!!!」

 

天素の影響が抜けたリトスは、ありったけの気力を振り絞って叫ぶ。その叫びと共に、彼が展開していた壁が霧散した。それは彼が意識を失ってしまったことを意味していた。しかし今はそれでいい。戦闘が始まってから、ここに来て約1分。彼にとって最長ともいえるこの1分間は、決して無駄なものではなかった。この状況を覆す希望を、彼は守ることが出来たのだ。

 

「…ありがとう、リトス。後は、私に任せてください…!」

 

かつて壁だった蒼い靄が散っていく中、そこには刺剣を構えた1人の少女。この場における希望となり得る唯一の存在。ただならぬ決意に満ちたアウラが、そこにはいた。

 




第二十三話でした。イミティオ戦も逆転が見えてきたところですね。最近書く気力が湧きに湧いているのでこのまま調子よくやっていきます。それではまた次回。
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