オブリヴィジョン   作:縁迎寺

3 / 25
 天素とは、本来であれば扱うどころか観測すらし得ないものであった。それを最初に観測し、その全てを人の手に落としたのが、魔術とアルカドラの始祖たる、『太祖エオス』なのである。

 魔術大全歴史の章・序文より抜粋


3.覚醒、静粛、意志静観

「…というわけで、アルカドラにて確立された魔術こそが、今日世界中で広く親しまれている、ということだ」

 

 魔術講座入門編、という内容だったはずが、気合の入りすぎたスクラによって、いつの間にか魔術の歴史と起源を掘り下げる内容となっていた。リトスは眠りに落ちないながらも、その目は今にも閉じそうになっていた。それをなんとなく察したであろうスクラが、後ろに立て掛けてある短めの杖を手に取った。

 

「あぁ…、リトス、顔を上げるんだ。悪いな。こういう機会は本当に貴重なんだ。それでついつい喋りすぎてしまった。ではそろそろ実技に入ろうか」

 

眠い目をこすりながら、リトスは顔を上げる。さっきまでスクラが熱心に講義していた内容も、彼には1割程度しか伝わっていなかった。

 

「眠い…。長い…」

「…まあ俺が悪いとは思うが、言ってくれるじゃないか。安心しろ。ここから眠くなる余裕はなくなるぞ。さあ、立ってくれ」

 

言われるがまま、リトスは立ち上がる。立ち上がった彼に、スクラは彼の腕ほどの長さの杖をリトスに差し出す。

 

「さっきも言った通り、魔術の行使、天素の制御には杖が必要となる。天素を練りこんだ陶器に、水晶を取り付けたこの杖がな。さあ、受け取りたまえ。魔術を学ぶリトスへの贈り物だ」

 

リトスは杖を受け取り、それをまじまじと見つめる。目立った装飾も彩色も無く、白く美しい陶器の杖だ。そしてその先端に、親指ほどの大きさの薄紫の水晶が取り付けてあった。均整の取れた杖本体と比較すれば、採掘してそのままであるかのような武骨な見た目だったが、向こう側が綺麗に見える程透き通っていた。

 

「…綺麗だな」

「おっ、いいことを言ってくれるじゃないか。これは俺の手作りでな。というかこの街で使われている杖は全部俺の作品なんだ。俺は陶芸が好きでな。さっきの壺も、俺が作ったんだ。中々いい出来だろう? あれは俺が粘土からこだわっていてな…」

 

誇らしげに、少し早口に、スクラは言葉を並べる。そんな彼の話を、リトスはどうでもよさそうに聞いていた。魔術講座の時以上に楽しそうに話すスクラは、リトスの様子には気付かずに話し続けている。そして彼がひとしきり喋り終えた頃には、リトスは椅子に座って眠っていた。今度は完全に、意識は夢の奥深くだった。満足して深く呼吸したスクラは、ここでやっとリトスの様子に気付いた。

 

「おーい! リトス? どうした? 何故寝ているんだ? 起きてくれ! 悪かった! 本当にこういう機会は貴重でな! もう喋りすぎることは無いだろうから安心してくれ!」

 

スクラはリトスの肩を揺さぶる。目を覚ましたリトスはゆっくりと立ち上がり、大きく欠伸した。

 

「ここから眠くなる余裕は無いって言ったよね…。完全に嘘じゃん…」

「だから悪かった! さ、さあ! 気を取り直して始めていこうか! まずは部屋を片付けなきゃな…」

 

そう言ってスクラが先程と同じように杖を地面に突き立てる。すると蒼白い風が室内を駆け巡り、彼らが座っていた2脚の椅子と、彼が持参していた様々な物が部屋の隅に移動した。そして部屋は、多少動き回っても大丈夫な程度には余裕ができた。

 

「さて、それでは今度こそ実技を開始する。基礎的な理論は先程の通りだが、実戦でそれを活かせるかどうかはリトス次第だ。いいな?」

「まあ、出来るだけやるよ」

「よろしい。ではまず、天素制御のやり方を教える。これは魔術行使においては基礎中の基礎。これができなければ魔術は扱えない。じゃあまず、意識を集中させるんだ。取り敢えず目を閉じろ」

 

リトスは目を閉じ、意識を集中させた。

 

「よし。では感じ取れ」

「…え?」

「いや…。これについてはそうとしか言いようがないんだ。大丈夫。杖を持っていれば自ずと感じ取れるはずだ」

 

多少不安そうに、リトスは再び意識を集中させる。そしてしばらく目を閉じていると、彼は何かに気付いたかのようにハッとして目を開く。

 

「今、何か…。ここに、何かある…?」

「おっ、気付いたか。そう。それが天素だ。気付かなかっただろうが、天素はどこにでもある」

「でも、目に見えない。どうやれば蒼白くなるのさ」

「それについてもさっき言った通り…。いや、言い忘れていたな。悪い。天素というのは普段は『眠っている』状態なんだ。だからそれを『起こして』やる必要がある」

「…だからそれはどうやって?」

「なに。天素を感じ取れたのなら簡単だ。ただ意識を集中させて、呼びかければいい。『目覚めろ』とでも心の中で叫びながら杖を振ってみるんだ。それだけで天素は励起する」

 

リトスはまた目を閉じる。そして杖を右手に持ち再び意識を集中させた。

 

(…さあ、起きて)

 

そして彼は目を開き、杖を軽く振るう。振るわれた杖の先端、そこに輝く薄紫をなぞるように、蒼白い微風が翔ける。そしてそれと同時に、室内を蒼白い光が満たした。リトスは自身の起こしたこの現象に目を見開いて驚き、それを見ていたスクラは少し意外そうにしていた。

 

「す、すごい…。これが…」

「なるほど。これは、最初にしては中々大したものだな。これならすぐにでも実戦投入しても…、いや、まだ早いな…」

 

スクラは何か考え込むように独り言を洩らしていた。しかし今度はすぐに言葉を止めた。

 

「リトス、君は良い才能を持っているようだ。これなら魔術の習得も楽になるだろう。じゃあ、気合を入れてやっていこうじゃないか!」

「…うん! 僕にもっと教えてよ! …師匠。」

「リトス…! 君、今なんて…。」

「な、何でもないよ…。それよりも早く始めようよ」

 

見ての通り、リトスの口数が圧倒的に増えている。これは天素励起の際に起こる作用であり、高揚感をもたらす。励起に慣れている魔術師であればこのようなことは起こりにくいのだが、新人であればそうはいかない。特に多く励起出来ているほど、その高揚感は更に増す。今回のリトスの場合、励起がかなりの規模だったため、湧きあがる高揚感もかなりのものとなっていた。当然、このことはスクラも知っている。しかし、それについては敢えて言っていない。折角湧いた高揚感、それに付随している自信をへし折らないようにと思ったのだろう。こうして高揚感を残したまま、講義は続く。

 

「まずは『薄片刃(はくへんじん)』と『薄片盾(はくへんじゅん)』、それと『蒼晶弾(そうしょうだん)』だ。これらは最も初歩的な魔術でな、最初にこれを習得してもらう。まあ君なら余裕だろう。じゃあまずは薄片刃からだ」

「うん! それで、どうやってやるの?」

「まあ落ち着きたまえ。天素を感じ、水晶に纏わせるんだ。そしてそれを剣の形にイメージする。それだけでいい。さあ、やってみろ」

 

スクラの言葉が終わる前に、リトスは目を閉じて意識を集中させた。すると励起した天素が水晶の周りに集まり、そしてそれが剣のような形に変わっていく。そしてそれが固形化すると、そこには蒼白い結晶で形作られたナイフのような刃があった。出来上がった刃を見たスクラは、瞬く間に天素を励起させて蒼白い結晶で出来た壁を作り上げる。

 

「よし、最初にしてはいい出来だ。さあ、切り裂くつもりでこの壁に…」

「行くよ! うりゃあっ!」

 

またしてもスクラの言葉が終わる前に、リトスが斬りかかる。捉えていたのは壁の左。そこから斜め上に薙ぐように、刃を振り上げた。蒼白い壁に、蒼白い刃が通る。…しかしある程度食い込んだところで刃は止まってしまった。そして刃は解けて、霧散した。斬り上げたその勢いのまま、リトスは倒れこむ。

 

「う、ぐ…。か、硬い…」

「まあ最初ならこんなものだろうな。刃が通っただけ、たいしたものだよ」

 

スクラも壁を霧散させる。刃と壁の残滓である蒼白い光は、まだ滞留している。

 

「さあ立とう。どんどんやっていこうじゃないか。次は薄片盾。さっきの要領で、今度は盾をイメージしてみろ」

「…よし、次だ」

 

リトスは立ち上がり、両手で杖を構える。そして今度は目を開いたまま、意識を集中させる。すると滞留していた蒼白い光が再び水晶に集まり、綺麗な蒼い結晶板となった。ただしそれは先程の刃と違い、水晶から独立してリトスの前方に浮遊している。それを見たスクラは首をかしげる。

 

「これは…。まあいい。では今回は私の方から仕掛けさせてもらう。盾を解くなよ。危ないからな」

「よ、よし! いいよ!」

「行くぞ!」

 

スクラは薄片刃を形成し、蒼い結晶板に斬りかかる。刃が結晶板に当たる直前、その色が濃くなった。何かを確かめるために、わざと魔術を強化したのだ。通常の薄片盾であれば、容易に裂ける程の切れ味となっている。彼だって、そんなことはわかりきっている。そして刃が吸い込まれるように結晶へと通る。心の大部分で、彼はそう思っていた。

 

「…は?」

 

パリンという軽い音と、スクラの間の抜けた声が響く。そして2人の間には、傷一つなく綺麗なまま浮いている結晶板と、杖の先から割れ飛んだ小さな蒼い刃があった。その直後に地面に落ちた刃は先程のように霧散したが、結晶板は変わらずそこに浮いている。目の前で起きたこの出来事に、当事者2人は驚いていた。正確には、驚いた様子なのはスクラだけであり、リトスは何が起こっているのかわからない、といった様子で目の前の結晶版を見ていた。

 

「これは…。なあ、リトス。これは、どういうことだ?」

「そんなの、こっちが聞きたいくらいだよ…。どうして、そんなに驚いて…」

 

それは突然だった。語ることを語っている途中で、リトスは膝から崩れ落ちる。それと同時に、彼の目の前の結晶板は霧散して、即座に色を失った。

 

「おい! 大丈夫か!?」

「はあ…、はあ…。どうして。急に、力が、入らなく…」

 

杖を支えにして、リトスは辛うじて倒れずにいた。しかしそれは、杖が無ければすぐにでも倒れてしまいそうなほど弱々しいものであった。

 

「天素を操りすぎたのか…? いや、それにしては消耗が激しすぎる…。まさか…」

「スク、ラ…?」

 

少し考え込み、何かを察したスクラは杖を軽く振るう。それによって発生した蒼白い霞がリトスを包み込む。それは繭のように彼を覆い、遂に姿を隠した。

 

「何を…?」

「本当にすまないが、今日の講義はここまでだ。君はすぐに休め。大丈夫だ。部屋までは送ってやるから」

「え? いや、でも…」

 

リトスが何かを言いかけたが、スクラはそれを聞かず、応えない。そして杖を床に突き立てると、リトスの姿は霞もろとも目の前から消えた。そして1人になった部屋で、スクラは疲れ切ったように椅子に腰かける。そして大きく溜め息をついたところで、部屋のドアが勢いよく開いた。ドアから部屋に入ってきたのは軽装の若い男だった。

 

「スクラ殿!? 一体何をしたのですか!?」

「何だ…。何の用だ…?」

 

疲れ切ったスクラのことなど気にせず、男は部屋に踏み込んでくる。

 

「医務室に突然例の少年が現れたのです! それも酷く消耗した様子で、です! 聞くところによると彼は今日スクラ殿の魔術講座を受けていたそうではありませんか! それが何をすれば医務室に飛んでくることになるのですか!?」

「…その講座の実技で、酷く消耗したから休ませた。それで充分だろう。リトスに与えられた部屋というものが無いからな。取り敢えず医務室に飛ばしておいた」

「医務室に、というのが問題なのです! あそこは皆が使うんですよ! 私だったからよかったものを、他の者や、特にプロド様の息のかかった者がそこにいたらどうするつもりなのですか!?」

 

男の言葉に、スクラは応えない。いや、応えている余裕など無いのかもしれない。彼にも想定し得なかったことが起こっていたのだから。裂くつもりで放った本気の刃。薄片とはいえ、鋼さえも裂くほどのそれを傷一つなく防いだ蒼の結晶板。それの前に見せた薄片刃のことを考えれば、あの強度は到底あり得ない。ならば薄片刃は本気では無かったのか?そう考えたが、スクラは直後にその考えを切り捨てる。紛れもなくアレは本気であった。何より、あれほど高揚した状態で抑えが効くはずもない。

 

(間違いない…。リトス、あの少年はやはり…)

 

そこで、スクラの意識は途切れる。まだ陽は高く、人々は営みを続けている。切り離されたようなこの空間の、更に切り離された別々の場所で、2人の意識は深く沈んだ。

 

 




第三話、完了です。この物語の基盤が、顔を出しました。次回もこうご期待。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。