「ハァ…」
食事を済ませた俺はラティと別れ、兵士にこの部屋に連れて来られた…四方は壁に囲まれ、ベッドと洗面台が有るだけの上、ドアは格子が嵌った厳重と言えば厳重な部屋だ…ただ…
「窓が有る…しかもこちらは格子も嵌って無い…」
手で触れる…普通の硝子だ、特別な処置が施されてる感じは無い…多分、割ろうと思えば割れる…
「……」
手を握り、拳を作る…何ならブーツでは無く、この何の変哲も無い靴を履いた足でも良い…この窓を俺は自力で割れる…多少怪我をするかも知れないが、それは問題では無い、二階建てのこの詰め所から俺は脱出出来る…
「……止めた。」
わざと口に出して、自分に言い聞かせる様にして物騒な考えを打ち消す…今回、悪いのは俺の方だ…向こうで理不尽な目に有った回数が多いせいか、つい…被害者面をするのが俺の悪い癖の様だ…
俺はベッドまで行き、横になる…ギシッと少々ヤバ気な軋み音が聞こえたが、ベッドのクッションは俺の身体を特に問題無く支えてくれた…
「柔らかいな…」
こういう所に有りがちだろう、ベッドの硬さみたいのは差程感じられない…確かに少し硬いが、十分に寝られるレベルだ…向こうでも…実はこちらでも野宿の経験は有る…草の上ならまだしも石畳の上で寝た経験も有る…それに比べればはっきり言って非常にありがたい。
「せいぜい…三時間ってところか…」
この世界に来てからほぼ夜明けと共に起きる事が多かった俺は…最早体感で時間が何となく分かる様になっている。
「っ…」
もう少し明日からの事を考えたかったが、目蓋はだんだん重くなって行く…どうやら今日の出来事が思っていた以上にこの身に堪えたらしい…俺は抗うこと無く目を閉じた…
……目の前に突き出される細剣を自分の剣で流し、相手の横を取りながら剣を持ってない手でそいつの背を押し、立ち位置を入れ替える…もうほぼ条件反射になったそれをやりながら久々だな、と思いながら俺はそいつに声をかける…
「久しぶり、アスナ。」
……向こうの、特に仮想世界での夢を見る事は初めてじゃない。それはALOの時だったり、GGOだったり…何なら俺が永い永い時を過ごしたあの世界だったりする…大抵俺は何かと戦っていて、相手はmobだったり、或いは嘗ての仲間だったり色々だが…一番多いのはやはり最愛の彼女だったりする…
SAOの時に惹かれた存在だからか、彼女だけはALOの時でも、何ならGGOの姿でも無く…その時の変わらぬ凛々しく、美しい姿で現れる…
激しい突きの猛攻を何とか滑らせ、躱していく…
「本当に強いな…いや…やっぱり俺が弱くなったのか…」
夢の中でどの相手でも、どれだけ現実で疲れていても…苦戦する事こそ有れど…負ける事の無い俺は…彼女にだけはどうしても勝てなかった…良くて引き分け、大抵最後は彼女の細剣に貫かれ目を覚ます……いや、もしかしたら俺が彼女を倒したくないのかも知れない…
「何か…何か言ってくれよ…アスナ…」
夢の中に出て来る彼ないし、或いは彼女は大抵何も話してはくれない…ただ、愛用したその武器を手に俺を追い詰め様として来る…mobや敵として出会った奴ならまだ良い…何なら向けて来るのが敵意でも殺意でも良い…でも、あいつらは何も言わないし、俺に何の感情も出さず…ただ、無関心のまま…全盛期のその強さで俺を殺しに来る…
最初は戸惑いこそ有ったが、感謝はしていた…命が下手したらSAOより軽いこの世界で、俺はカンを鈍らせる事無く生きて来られたのは皆のお陰だ…でも…数年もそんなのが続けば俺も参って来る…
……ここ何年かはこの夢を見る事も無かったのに…やっと、この世界に馴染んで来たと思えたのに…
「なぁ…?怒ってるのか…?君を遺して逝ってしまった事…やっぱり君は、許せないのか…?」
俺の身体が病に侵されてる事を知った時、彼女は俺を最期まで支えると誓ってくれた…最後の最期まで俺と共にいる…と。子供も手を離れ、俺が逝けば…仲間たちもどんどん先に逝ってしまった今…彼女は俺が逝けば一人ぼっちになる…そう嘆く俺に彼女はそれでも最期の時まで一緒にいたいと言ってくれた…
「答えてくれよアスナ…!こうして君を遺してここで生きている俺を…君は憎んでいるのか…!?」
『っ!』
「アスナ!?」
初めて無表情のその顔が変わった…眉間に皺が寄り、眉が歪む…その変化に驚いた瞬間…アスナの細剣が横に振られ、俺の手から剣が飛んでいた…と、同時に…無茶な事をしたせいかアスナの手にある細剣にヒビが入り、手に持つ柄の部分を残して剣が砕ける…
『…そうだね、私は怒っているよ…キリト君。』
俺の目の前で奇跡が起きていた…目の前のアスナは険しい顔をしたままその瞳から雫を流している…
「そうか…やっぱり…そうなんだな『勘違いしないで!』……勘違い…?」
『私は…君が私を遺して逝った事を悲しまなかった訳じゃない…でも憎んだ事なんて一度も無かった!私は…幸せだったよ!?』
アスナが柄を持ってない手で涙を拭う…
『私が怒っているのは…君がいつまでも私や皆の事に縛られて…今の君の身を案じてくれる人たちを蔑ろにしている事…!』
「…蔑ろ?」
そんな事は無い、俺はラティを…ドーンを…ミリーにクラトスの町の人たちを皆家族の様に思って…!
『忘れて欲しい訳じゃない…!でも、既に過去の存在で有る私たちに縛られて…君は…今身近にいる人たちをちゃんと見ていない!』
「違う!俺は…!ただ…!」
『じゃあ何でいつも自分を押し殺しているの!?何でちゃんと向き合おうとしないの!?キリト君はいつだって私たちの事と重ねてその人たちを見てる!それが見てて私は辛いの!』
「…違う…違うんだアスナ…俺はずっと寂しかったんだ…あんなにいた仲間たちが皆いなくなって…君とももう会えなくて…俺を見てくれる人が誰もいなくて…」
『そんな事無い!それは君の方から遠ざけているだけ!君がちゃんと向き合えば皆も応えてくれる!それは…君が一番良く分かっている筈でしょ!?』
「分からない…!そんな事分からないよアスナ…!おれは皆とどう向きあえば良いって言うんだ…!?」
『簡単だよ、キリト君…』
「あ…」
近付いて来たアスナに抱き締められる…とても夢とは思えない懐かしい感触…
『君がね、ちゃんと自分の気持ちを伝えれば良いの…私も君とずっと見て来た…あの人たちは皆…きっと君の事を支えてくれるよ。』
「でも、やっぱり俺には…俺には…どうすれば良いのかもう分からないんだ…」
『ゆっくりで良いんだよキリト君…ゆっくりで良いから少しずつ…君の方から距離を縮めて行けば良いの…私が、君にそうしたみたいに…』
「俺に…俺に出来るかな…?」
『うん。君なら…ちゃんと出来るよ。』
「そうか…」
『うん!大丈夫!』
アスナが俺の背に回していた手を離し、俺から離れる…
『もうお別れだね…多分こうやって会う事はもう無いと思う…』
俺の前で姿の薄れて行くアスナ…俺は最後にどうしても気になっていた事を聞いてみた…
「君は…君はいつ亡くなったんだ…?アスナ…」
『私…君が逝った後すぐに死んだの…本当は私ももう永くなかったんだ…』
「そう、だったのか…」
そんな状態で俺の事を最期まで支えてくれたのか…
『そんな顔しないで…だって私は…ずっと幸せだったんだから…』
「アスナ…」
『うん!じゃあ今度こそお別れだね…』
「…ああ。いつかきっとまた会おう…」
俺とアスナはきっとまた会える…そう考えて俺がそう言うと彼女はクスクスと笑いだした。
「どうしたんだ?」
『んー…いやぁ…色々台無しだなと思ってさ…』
「台無し?」
『ううん、こっちの事…またね、キリト君……そっちの私に宜しく。』
「っ!そっちの私と…って…どういう意味なんだ…?」
『それは後のお楽しみ♪…うん…きっとすぐに会えるよ。そんな気がするんだ…それじゃあね?』
「!…待ってくれアスナ!?」
俺の声も虚しく、目の前でアスナの姿は消えた…