「Y戦、何をしたんだ?葛城」
チームY戦が終わり、その夜。
ミーティングルームで次の試合の作戦会議──もとい葛城からの訓令が下されるこの時間。
葉隠は今日ずっと感じていた疑問を思い切ってぶつけていた。
この言葉に葛城は最初、笑って誤魔化そうとしたが、葉隠の眼に強い意志を感じ取ると観念したようにため息を吐いた。
開かれた細目がジットリと見つめてくる。
「君の考えてる通りだよ、葉隠くん。俺は試合が始まる前日、チームYと交渉したんだ。『ウチの士道へファウルしてくれ。その後3点くれてやるから』ってね」
「ッ何のためにそんな」
「見て分からないか?
葛城の言わんとする事は葉隠にも分かる。
葉隠自身、士道と連携しようとして失敗したし、これまでの行動を顧みれば『野生動物』という評価もしっくりくる。
それでも今回のレッドカードへの手引きは、いちプレイヤーとしての矜恃があまりに無さすぎた。
「実力で黙らせることが出来ないからって、そういう手段を取るのか……。アンタのも、エゴとは言えないんじゃないか?」
葉隠の苦肉の煽りに、葛城は想定内だとばかりにふっと口角を上げた。
「いいや、これが俺のエゴだよ。第一、肉弾戦で人間が野生動物に勝てるワケがない。人間は“武器”を持って、初めて
“武器”のセリフのところで、自らの頭をコンコンと叩く葛城。つまり脳ミソ──知略だと。
身体能力の負けを認めた上で、そんな相手にどう勝つか。
その課題は葉隠も同じ。さらに言うなら、手段を問わず脳ミソも使うこの
そう、現在。葉隠には反論できるほどの実績も実力もなかった。彼はただ、歯を噛んで葛城を見上げることしかできないのだ。
「いやいや、葉隠くん?というか何で君は俺と敵対しようとしているんだい?」
そこで心底呆れた様子の葛城が、葉隠の後頭部に手を添えると床に叩き付けた。「かハッ!?」と見悶える葉隠の髪を、葛城が片手で掴んで無造作に持ち上げる。
伏せる者と、ねじ伏せた者。立場を明確にした上で、葛城は語った。
「俺たちはチームZ……屈辱ながら“
淡々と述べるのは、決して覆せない『現実』という呪詛。
葉隠はこの言葉を受け「……離せよ」と力なく呟いた。葛城はニッコリと破顔した後、パッと拳を
「返事を聞かせてくれないか?葉隠くん」
「……はは、お前の言う通りだよ、葛城。つーかゴメンゴメン。手段がちょっと過激でさ、ビックリしちゃったんだよ。反抗する気はなかったんだ。……っよし!生き残るために、練習メニューくれよ、葛城」
笑顔で謝罪してくる葉隠に、葛城もパア!と笑顔になる。「そうかそうか!いやいや、気にしてないよ」と背中をバシバシ叩き、葛城考案の筋トレメニューが他全員にも伝えられる。
「さあ皆!一丸となって一次
その意気揚々とした葛城の声に、皆は力なく立ち上がった。
──葛城当の“武器”は『
彼がこの特殊な能力を得た経緯は、かつての部活動での“伝統”が起因である。
その伝統とは、『実力主義』。実にシンプルでシビアな伝統だ。
そして体質的に筋肉が付きやすかった葛城は、1年目で頭角を現した。そのパワーは年齢に胡座をかいていた上級生たちを蹴散らし、“伝統”も相まって見事にレギュラーの座を掴みとる。
だがいくら伝統とは言え、それを面白く思わなかった当時の上級生たちは、葛城に“実力”を行使したのだ。
すなわち、
「ハァ……ハァ……これに懲りたら、もう目立たねぇ事だな!」
これにより右足の脛骨を折られた葛城は半年の療養を余儀なくされる。
その間、彼は考えた。“実力”とは、ただサッカーが上手いだけでは成り立たないという事を。真の実力とは、手段を厭わぬ覚悟だと。
──完治後。
彼は
そしてこの時、同時に奇妙な出来事が起こっていた。サッカー部で幅を利かせる上級生──引退した上級生も含め、彼ら全員の脛骨が折れるという
「階段や段差で転んだだけ」
些細な違いはあれど、全員がこのような理由を述べるため、誰もそれ以上追求できなかった。
転んだだけにしては、明らかにナニかにひどく怯えるように青ざめ震えている。だが、誰1人として上記の理由以外を喋る者は居なかったため、『単なる偶然』として処理された。
以後、葛城はレギュラーの座を不動のモノとし、県の得点王にまで成り上がる。
──そして現在。
チームZで士道と得点王を競り合う今。彼は培った能力を十全に発揮し、コトに挑んでいた。
(士道……実のところ、俺はお前を認めているんだ。圧倒的な得点能力と我を貫き通すその暴力性は、俺が最初に望んだモノ……。が、如何せん『品』がない。俺の
本能のままに生きる姿は、まさに獣。
人間が獣を狩るのに、武器や罠を使用することを誰が咎めようか。
五体を使い脳ミソを使い、それら総てを“実力”とする。これが葛城当のサッカー。その生き方である。
(得点王という万が一の保険と同時に……、士道龍聖、君を潰す!)
(……俺が生き残るには、葛城の言う通りチームZとして勝つしかない)
葛城が思考する傍ら、葉隠は鍛錬をこなしながら現状の再確認をしていた。
1勝1分、勝ち点3。残り2試合。
対する相手はチームWとVの、伍号棟上位チーム。少なくともどちらかに勝たなければ、得点王以外は
そして得点王争いは士道と葛城の5点、今から追いつくにはあまりに現実味がない。
やはりチームとして勝つしかないが、懸念はこの悪魔2人のソリが合わない事だった。
(葛城はともかく、士道にチームプレーは期待できない。とゆーか
士道の身体能力と思考はブッ飛んでいる。葉隠や葛城のように合理的な動きではなく、本能のままに躍動する彼にはとても付いていける自信がなかった。
(やっぱりここは論理的な葛城に合わせていくのが
葛城となら高度な連携が取れることは実証済み。このまま圧政に逆らわず、黙って言うことを聞いて動く方が勝率は高いだろう。
だがそれは葉隠のやりたいサッカーではない。使われる側なんて格好が悪いし、なによりそんな妥協精神はエゴと呼べる代物ではない。
(……けど、今は勝つことが最優先なのも事実。生き残れなきゃ、エゴもクソもあったモンじゃない……ッ)
取れる最善手を打ち、来るチャンスに備える。
今はまだ実力も何もないのだ。あの悪魔たちのサポートに全力を注ごうと葉隠は決断した。
──……この決断が、後の彼の
⬟
──伍号棟、第7試合。
チームZvs.チームW──KICK OFF!!
「よっしゃ、イくぜビュッビュと♪」
「あわわわ、なんかキタぁ!?」
先駆ける士道龍聖に
彼のあまりの慌てぶりに「あん?萎えた」と士道が速攻で抜き去っていく。「ゴメン抜かれたァ!」と間抜けな叫びが木霊する中、Wの面々が「またかよ」「
「……さて、今回も退場するかな?」
静観していた葛城当の口からそんな言葉が呟かれる。同時に、Wの1人が士道へ盛大にタックルを……
「士道!」
「お。イイ位置居んじゃん、下僕木っ端」
葉隠司が駆け抜ける。
視線を上げた士道はタックルを躱しながらループパスを出し、そのまま葉隠から返されたパスでフィニッシュ。先制点を決めた。
GOAL!!【チームZ:1-0:チームW】
「っな、葉隠……!」
これに驚いたのは葛城だ。
彼は士道を早々に退場させ、独壇場を築く算段だったのだ。それを妨害するだけでなく、あまつさえ士道を
迫られた庶民は、為政者に苦言を呈した。
「ま、待った葛城!士道を退場させるのはあまりに早すぎるだろ!俺が生き残るにはチームZとして勝つことが絶対条件……、3点……いや2点くらいはアイツに稼いでもらわなきゃキツいだろ!?」
捲し立てる葉隠に、葛城は一瞬の思考を経て「……なるほど、君の考えはよく分かった」と下がっていった。
葉隠は魂が抜けそうなほど肺から空気を吐き出す。
(こ、恐ぇ!けど、やっぱり葛城は理知的だ。俺の言い分が矛盾してないことを理解してくれた!)
この言い訳は、昨日から考えていたモノだ。
サポートに徹すると決めた日、具体的にはどういう
そして思いついたのが、
これが洞察眼により導き出された、葉隠司が生き残る術。強者を利用したサッカー。
(実力で割り込めないなら、強いお前らをそのまま利用する!俺の眼と脳は、強者を監視して誘導するセンサーだ!)
意気込む葉隠。ストライカーとしては未熟である事は理解している。だからこそ、生き残ることに全振りした開き直りであった。
そんな彼の背中を、葛城の冷徹な眼が静かに見据えていた。
「先制点取られちゃったぁ……いやだァ、俺たちここで負けちゃうんだぁっ」
そんなチームZのイザコザを他所に、時光が早速ネガを発動していた。Wのチームメイトはそんな彼を
──RE START!!
「おいおい、誰もあのネガティブ君をフォローしてあげねーのか?」
士道がボール
「ウチのエースは暖機運転が必要なんでね。それまであの念仏はスルーする方向で決まってんのさ」
どうやらチームWのエースも中々のクセモノらしい。取り扱いに注意が必要なのは
悠長に会話をしている内に、ボールはZ陣地の奥まで運ばれる。そこからセンタリングが打ち上げられた。
「クリアしろ!お前ら!」
前線から葛城の叫びが響き渡る。よく訓練の行き届いたチームZは迅速に動くが、そこに猛進してくる影があった。
「負けないためにはゴールしなくちゃっ!っどいてぇ!」
時光の特攻。
Zの2人が進路を塞ぐが、それを強引なフットワークでブチ抜きゴール前へ躍り出る。
そのままクリア寸前のボールを奪取し、血管の浮き出る足から強烈なシュートが放たれた。
【Z:1-1:W】GOAL!!
「やったぁ!ゴール決めたぁ!……っあ、ゴメンねぇ、ボール強引に奪っちゃって」
無邪気に喜んだのも一瞬、申し訳なさそうにZ
「っとんでもない奴だな。性格もなかなかキてる」
「なーんかヤりづれぇなぁ……。かっつぁん、アイツの相手は任せた」
──RE START!!
士道龍聖はそう吐き捨てて敵陣地へ独走する。もちろん葛城当は彼の言うことなど聞くハズもなく、葉隠司へパスを出した。
「今度は俺に得点させろ。そうすれば目を瞑ってやる」
「……」
葉隠に聞こえた副音声はこうだ。『次に勝手な動きをしたら殺す』と。葉隠は思わず唾を飲み込み、葛城とのワンツーパスで前線を駆け上がっていく。
そしてラストパス、受け取った葛城がフィニッシュを決め……
「ダメぇ!ストップ!」
「なに!?」
背後から時光青志が割り込んできた。
葛城は咄嗟に重心を低くし背中で突進を受けたが、しかし耐えるだけで精一杯。足下のボールをクリアされてしまった。
(コイツっ、俺以上の筋肉……!?)
「危なかったぁ……、っあ」
驚愕する葛城にシュート阻止して安堵した時光だったが、
「かっつぁんごっつぁん、俺ドッカン!」
そこには飛び上がった士道が、すでにシュートを放つ姿が。
GOAL!!【Z:2-1:W】
「うっそ……
「士道……ッ!」
「ハイカロリーな肉料理、ゴチです♪」
戦慄する
思考が、価値観が、視てる世界が異次元。これが士道龍聖のサッカー、これが彼の生き様。
(いや、士道ならアレくらいやるだろう)
だが、ただ1人葉隠司だけが平静だった。
彼はすべて視ていた。葛城と時光が競り合う最中、その周辺で動き回る士道を。彼がアソコに居たのは偶然ではない、動き回ることにより必然の確率を上げていたのだ。
(どこまでも貪欲なあの姿勢が、士道の大量得点の根幹!奇抜なシュートはその過程で進化してきた感じだな。……というか俺、こんなに
葉隠は自身の眼、“洞察眼”が冴え渡っていくのを感じていた。葛城にソレが武器と指摘され、己が弱いことを開き直った今、彼の視界はかつてないほど明瞭になっていた。
(葛城は左足のシュート力と、あと地味にフェイントが上手い。だけど今は焦りから動きが雑になってる。……時光は段々ギアが上がってきたな。口ではああ言ってるけど、追い込まれるほど強くなるタイプっぽい)
徐々にフィールドの解像度が上がってくる。葉隠の眼と脳が熱を帯びていく。
誰も彼の内なる変化に気付かないまま、試合は再開した。
──RE START!!
「負けるのはやだぁ!ゴールちょぉだぁい!」
「おーこわ。まじサイコパス野郎じゃん」
士道の悪魔的ゴールにより、焦って暴走気味な時光がフィールド中央をひた走る。士道がマークに付くが、守備に関してノウハウの無い彼はアッサリ抜かれてしまった。
「行かせん」
「うわぁ!?微妙な筋肉の人!!」
葛城がカバーに入るが、時光の発言に細目の目尻が吊り上がる。冷静な判断を下せなくなっている今、無謀にも彼は真正面から
「っぐ、この……止まれ!」
「ひぃ!?全然止まれなぁい!」
駆け引きなし、100%純粋な力勝負で葛城が引き摺られる。ファウル覚悟むなしく、時光の豪脚一閃が放たれた。
【Z:2-2:W】GOAL!!
「ハァ……ハァ……っクソ!」
片膝をついて項垂れる葛城。
圧政により敷いた統率力も、自慢の肉体も通用しない。本来なら味方であるハズの悪魔の行動に翻弄され、思うようにプレーが出来ない。
今、葛城は久しぶりにあの忌々しき『実力不足』を感じていた。
(この俺が、何も出来ない……!?これでは得点王どころか、負け……)
「葛城」
その時、チーム内で唯一自分の名を呼ぶ声に葛城は顔を上げた。
見上げた先。そこには全身から獰猛な熱を発する葉隠司が、ただ前を見据えて立っていた。
「葛城、1回だけでいい。俺のためにポストプレーをしてくれ」
「なんだと?……ッ!?」
民衆から突然の反旗を翻され、堕ちかけの支配者が怒鳴り声をあげようとした、その時。
『ピッピー!前半戦終了!』
前半45分が終わりを告げた。
それで気を散らされた葛城は若干の平静を取り戻すと「……お前の話次第だ」とピッチを後にした。
「チッ、爆発が足んねーな」
「ヤバいヤバいよ、Zと同点とか情けなさすぎるぅ!」
士道と時光、両名をジッと見据える葉隠だけが、最後までフィールドに佇んでいた。