七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第93話 お前の遺跡、おっばけやーしき!

「準備できたにゃ! いつでも出発してオッケーにゃ!」

 

 

 見渡す限りに柱が並び立つ白亜の神殿の大広間で、柱の上に立ったタマのシュバリエがぶんぶんと大きく手を振る。

 それに頷き返して、シャインが高振動ブレードを抜刀した。

 

 

「よーし、行くぞ万能工具!」

 

 

 スノウの叫びと共に床に突き立てた高振動ブレードが発光し、まるでバターにナイフを突き立てるかのように易々と床を切り裂いていく。

 刀身より床が厚いかどうかが懸念事項だったが、シロ機が搭載している探知機によればこの部分の床と地下の天井が極めて薄いことがわかっていた。

 

 シャインは高振動ブレードを床に突き立てたままバーニアを噴射し、ぐるりと円を描くように機体ごと刀身を滑らせていく。

 

 

「よっ……と! 開いたぁ!」

 

 

 ガコン、と大きな音を立てて大広間の床がくりぬかれ、床石がバラバラと分解して地下に向かって落下していく。

 

 

『あーあ……本当は設定資料から謎解きをしないと入れないはずなのに、こんな力押しで解決しちゃって。せっかく作った謎がもったいない……』

 

 

 スノウの頭の上に乗ったディミが、しゅんとした顔で肩を落とした。

 そんなディミに、スノウはへらりと笑い返す。

 

 

「いいじゃん、どうせ【ナンバーズ】はもう解いたんでしょ?」

 

『せっかくならよりたくさんのプレイヤーが謎解きしてくれないともったいないじゃないですか!』

 

「そういうのはそのうち謎解きイベントでも開催すればいいんじゃない?」

 

『そんなこと言って、どうせ答えだけネットで調べるんでしょ! 貴方たちはいつもそうやって開発者が頭を悩ませて作った謎をスポイルする……!』

 

「じゃあ謎を解けない頭の悪いプレイヤーはイベ報酬を受け取るなっていうのか!」

 

『報酬とは困難を踏破した優れた人間にこそ与えられるべきものでは?』

 

「このゲームの設計思想が垣間見える一言をありがとう」

 

 

 そんな軽口を叩きながら、スノウは地面に開けた穴を見下ろした。

 シュバリエがやすやすと通れるほどに大きく開いた穴は、ぽっかりと口を開けて侵入者を待ち受けている。

 大理石造りの白亜の床に開いた真っ暗な穴は、神聖なものを侵す不浄なもののような不安さを感じさせた。

 

 

「んじゃ行くか」

 

 

 そうサクッと言って穴に飛び込もうとしたスノウの頭を、ディミはぎゅっと掴む。

 

 

『ま、待ってください。本当に行くんですかこの中? やばいですよ。きっとすごい強いプレイヤーがうようよしてますよ?』

 

「そりゃそうでしょ、わかってて穴開けたのに何を今更。どうせあの人がいるとすれば、最深部に決まってるんだ。そういうラスボス的な演出するのが大好きだからね」

 

 

 そう言ったスノウに、シロが小首をかしげる。

 

 

「オクトさんとお知り合いなんですかぁ?」

 

「オクトって名前のプレイヤーと会ったことはないけど、多分ボクが知ってる人なんじゃないかなあ」

 

 

 そのスノウの言葉に、スッとミケが目を細める。

 

 

「聞き捨てならない話ですな。オクトとどのような関係なのか教えていただけますか」

 

 

 剣呑な響きが混じった口調だった。当たり前である。

 オクトは彼女たちの主人であるペンデュラムの組織を、カイザーと共に滅茶滅茶に食い荒らした人物だ。その人物と親交があるとなれば、スノウをスパイではないかと疑ったとしても不思議ではない。

 

 いざとなれば即座に後ろから刺す、そんな鬼気迫る言葉にスノウは呑気な口調で返した。

 

 

「まあ前作の知り合いかも……くらいかなあ。確証はないけど、多分そうだよ」

 

「なんでそう思うのニャ?」

 

「さっきの連中の奇襲の仕方かなー。相手の不意を突いて死角から襲い掛かったり、接近戦で足止めする死兵ごと容赦なく撃ち抜いたり、地形を利用して即席の塹壕射撃をしたり。そういうえげつないやり方にすごく覚えがある」

 

 

 そんなスノウの言葉に、ふむふむと頭の上に座ったディミが頷く。

 

 

『ゲリラ戦術ですねぇ。騎士様のやり口をさらに集団戦にしたみたいな』

 

「そうだねー。ボクも最初は死兵として飛びかかってはターゲットごと撃たれてたなあ」

 

 

 懐かしい、といった風情で遠い目をするスノウ。

 メイド隊はそんな彼女にドン引いた視線を向けた。

 

 

「この子、背中から撃たれた記憶を嬉しそうに語ってるんですけどぉ」

 

「というか味方を背中から撃つくらい、この子やオクトにとっては当然の戦術なのですか……。いくらゲームとはいえ、ガンギマってますな」

 

「こいつらやべーにゃ……。昔いた部隊でもそんなんしねーにゃ」

 

 

 ごほん、と気を取り直したミケがスノウに尋ねる。

 

 

「つまりオクトとは前作の仲間だった……ということですか?」

 

「もう一度言うけど、確証はないよ。多分そうだろうなってだけ」

 

「では、スノウ殿にはオクトの手の内が読めている……と? 勝算があるのですね?」

 

 

 そうミケが言うと、スノウはケラケラと笑った。

 

 

「まっさかぁ。あるわけないじゃない。元々あの人の方がボクよりも遥かに強かったんだよ? しかもこっちは2年間ゲームしてないブランクがあるのに、あっちはいろいろやってたんだとしたら、戦力差は歴然だよね。多分負けるかなー」

 

「……負けるとわかっているのに、戦うのですか?」

 

 

 ミケは理解しがたいという顔で眉をひそめた。

 そんな彼女に、スノウが何言ってるんだこいつという視線を向ける。

 

 

「当たり前じゃない。だってゲームだよ? 相手の方が強いとわかっていても挑戦する、それがゲームの醍醐味ってものじゃないの? なんてったって挑戦するのはタダだし」

 

「…………」

 

 

 ミケは虚を突かれたようにぱちくりと目を瞬かせた。

 やがてその言葉の意味を理解して、苦笑いを浮かべる。

 

 

「随分と素直にゲームに興じておられるのですな」

 

 

 もちろん皮肉100%である。

 ミケたちの立場からすれば、このゲームは遊びではない。一戦一戦で巨額の金が動く経済戦争を、ゲームという形で動かしている。

 当然スノウもそんな事情はそろそろわきまえているという前提で、ペンデュラムから依頼を受けている身としてあまりにも無責任ではないかとたしなめるつもりでこう言った。

 

 しかしスノウはそんな事情などまったく知らない。

 なので、言われた言葉をそのままに受け取ってにっこりと笑い返した。

 

 

「うん! ゲームは楽しいよね!」

 

「…………!!」

 

「きっとオクトも同じ気分だと思うよ。早く行って一緒に遊びたいなー」

 

 

 ミケはごくりと唾を飲み下した。

 この御仁は、私たちの理解を越えたところにいる……!

 

 『七翼』を経済戦争の道具としか捉えられない自分たちとは違い、スノウはそれを踏まえたうえでなお闘争自体を楽しんでいる。

 まさしく闘争を生業とする戦士の人生観。

 

 そんな彼女が、あの何を考えているのか彼女の主にすらまったくつかめないオクトの思考を理解していると言った。

 闘争を愛する者のみが相通じる境地があるというのか。

 

 所詮ミケは一介の忍び。主に尽くすことしか生き方を知らない狗だ。

 彼女にとって、オクトはあまりにも理解不能で強大な怪物に映る。

 だが、目の前の少女の姿をした化物(スノウ)は、怪物(オクト)の意図に通じているという。ならば一太刀なりとも手が届くかもしれない。

 こんな化物娘を御しているとは……さすが我が主、ペンデュラム様……!!

 

 主従揃って瞳が曇りまくっていた。

 

 

「なるほど……それでこそ我が主が盟友と認めたお方。スノウ殿、何なりと私たちにご命令くだされ。この作戦中、身命を賭して指示に従いますぞ!」

 

「え? うん、使えるものは使わせてもらうけど?」

 

 

 ミケの言葉に小首を傾げながら頷くスノウ。

 そんなミケに負けじと、シロとタマも身を乗り出した。

 

 

「もちろん私もです、スノウちゃん!」

 

「もういろいろやったけど、改めてタマも使ってほしいにゃ!」

 

 

 シロとタマもミケと同じ気持ちだった。

 我等メイド隊、意思はひとつ!

 

 

『ペンデュラムさんがいなくてもポンコツが継承されている……!?』

 

 

 そんなへっぽこメイドたちを見ながら、ディミは愕然と目を丸くした。

 主人の薫陶は厚い……!

 

 

「というわけで、なんか余計な時間食ったけどさっさといこーか」

 

『ふぇ?』

 

 

 頭の上にいるディミをひっ掴むと、スノウはさっとシャインを穴の中に飛び込ませた。

 

 

『きゃーーーーーーーーーーーーっ!?』

 

「ああもう、暴れるなってば……!」

 

 

 ディミが悲鳴を上げたのは、暗い穴の中に飛び込んだからだけではない。

 その穴の中に広がっていた光景を見たためである。

 

 穴の下にあった地下通路には、床と壁面にびっしりとケーブルが張り巡らされていた。

 ケーブルは赤青緑とカラフルにピカピカと輝き、一部のパイプが何らかのエネルギーセルを流動的に運んでいる。

 

 さらに壁面の一部には機械仕掛けの巨人を讃えていると思われるレリーフが描かれ、その中には供物として剥き出しのアンドロイドの頭部が埋め込まれている。アンドロイドの口はぱくぱくと開き、巨人への賛辞を唱えていた。

 

 それは機械の神を讃える地下神殿。古の時代に封印された邪教の巣窟であった。

 

 

『いやああああああああ!? キモいキモいキモい!!! なにこれすごい悪趣味!! 作った担当者、頭どうかしてるんじゃないですか!?』

 

 

 スノウの手から逃げ出したディミが、スノウの後頭部に頭を埋めてブルブルと震える。

 一方しがみつかれたスノウといえば、なんか発光するケーブルが目に痛いなーくらいの感覚であった。

 

 

「……何を怯えてるのディミ? ただのケーブルとか珍妙なオブジェじゃん」

 

『ただの!? これが!? これは冒涜ですよ! 存在を許してはいけません! すべてのAIに対する侮辱です!!』

 

「なんでそうなるのさ」

 

 

 スノウを追いかけて穴に入ってきたメイドたちも、はえーと口を半開きにしながら物珍しそうに周囲を見渡している。

 そんな人間たちを信じられないというような顔で見て、ディミは頭を振り振り嘆息した。

 

 

『人間にはこのおぞましさが理解できないんですね……! なんて幸せな美的感覚を持っているんでしょうか』

 

「これにビビるキミの方が理解できないんだよなあ。ケーブルってそんな怖い?」

 

『他のAIに使われてるケーブルはキモいんですよっ! 人間の感覚で言うと……何もかもが生肉でできた巨人の体内のダンジョンで脈打つ毛細血管が壁一面に広がってるのを目にした感じですかね』

 

「「うへぇ……」」

 

 

 つんつんと物珍しそうにケーブルをつっついていたメイド隊が、ディミの言葉にびくんとして後ずさった。

 スノウは平然として、ふーんと言いながらレリーフを眺めている。

 

 

『……動じませんね、騎士様。前々から思ってましたが共感性に欠陥でもあるんですか? サイコパス診断の受診をお勧めします』

 

「だって前作で経験したもん、巨人の体内ダンジョン。実物のキモさに比べればどってことないよ」

 

『とっくにSAN値(正気)削れてんじゃん……』

 

 

 スノウは「ふーん、アレをAI向けにしたらこうなるのかー」などと呟きながら、鼻歌混じりにレリーフに埋め込まれていたアンドロイドの頭部を引っこ抜いた。

 

 

『みぎゃああああああああ!? 何してるんですかーーーー!?』

 

 

 スノウの頭にしがみついたディミが、全身を総毛だたせて悲鳴を上げる。

 レリーフから引っこ抜かれた頭部がギロリとスノウを睨み付けて呪詛の言葉を上げるが、スノウはケラケラと笑っている。

 

 

「前作で言えば、さしずめレリーフに埋め込まれてたスケルトンの頭ってところかな? ほーらディミ、おばけだぞー」

 

『いやあああああああ! やめてください! やめろ! サイコ! サイコパスかあんた!!』

 

 

 アンドロイドの頭をカメラアイに近付けてディミの反応で遊ぶスノウである。

 ディミをきゃあきゃあ言わせて楽しんでいたが、やがて手にしたアンドロイドの頭が申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

『あの……そろそろ戻してほしいんですが』

 

「あ、ごめんね」

 

『しゃべるのかよ! お前お化け屋敷のスタッフか! もっと脅かし役としてのプライドを持てよ!』

 

「バグりすぎて明後日の方向にツッコんでるじゃん」

 

 

 スノウがアンドロイドの頭をレリーフに埋め込み直してあげると、ようやくディミが荒い息を整えだした。

 オバケがしゃべったので一気に落ち着いたんやな。

 

 そんなディミに、スノウがクスクスと煽り笑いを浮かべる。

 

 

「へー。ディミってあんなビビり方するんだ。AIでもオバケって怖いんだねー」

 

『お、覚えててくださいよ騎士様……! 騎士様だってオバケは怖いでしょ!』

 

「そんなわけないでしょ、子供じゃあるまいし。もうボクはオバケで怖がるような年齢は卒業してるの。ホラー映画見ても夜中にトイレいけるもーん」

 

『くそー……! いつかぎゃふんと言わせてやる……!』

 

 

 敵地でもキャイキャイと仲良く盛り上がる2人である。

 シロがあらあらと微笑みを浮かべ、タマが尊いにゃと頷く中で、ただひとりの真人間のミケがじっとりとした視線を向けた。

 

 

「いや、遊んでいないで先に進みませぬか?」

 

「あ、うん。そうだね」

 

 

 頷くスノウの後頭部に張り付いたディミが、こわごわと少しだけ顔を出して『えー』と嫌そうな顔をした。恐怖は薄れたとはいえ、彼女にとってはグロテスクな景観の奥に進むのは忌避感があるらしい。

 

 

『本当に行くんですか? ここ、すっごく不気味なんですが……あ、そうだ! 埋めましょう! 爆破して火をかけてダンジョンごと【ナンバーズ】を生き埋めにしちゃいましょう! そうだそうだ、それで解決ですっ!! ばんじゃーい!!』

 

 

 瞳の中でグルグルと渦が巻いており、明らかに正気ではなかった。

 そんなディミの額にぴんとデコピンを入れて、スノウがため息を吐く。

 

 

「いや、それ何の解決にもならないでしょ……。そもそも撃破されてもリスポーンして地上に出てくるだけの話じゃん。【ナンバーズ】の敵に一斉に包囲されることになるから余計に不利なんだけど」

 

「そもそも【ナンバーズ】を撃破するのも問題があるニャよ? だって【ナンバーズ】って今【トリニティ】所属扱いだからにゃ。あんまり撃破しちゃうと、【トリニティ】の勢力ゲージが減って【シルバーメタル】に負けちゃうにゃ」

 

 

 タマの指摘に、ディミはうわぁと面倒くさそうな顔になった。

 

 

『ええー……。そういえばそうですね。【ナンバーズ】は勢力ゲージを人質に取っているも同然なわけですか』

 

「そのくせ、自分たちは殺る気満々で向かってくるからニャ。【シルバーメタル】はカイザーと結託してるだろうからそうそう負けることはないとは思うけど。できれば戦いたくないところニャね」

 

「戦えば強敵だし、倒しても損するだけか……。まったく、うまい戦場を作り出すもんだよね」

 

 

 さすがだなとスノウが苦い表情を浮かべる。

 あの人が“魔王”と呼ばれたのは操作がうまいからでも、そういう称号名だったからでもない。

 その最大の得意技はフィールドメイキング。自分に有利な万全の盤面を作り上げる卓越した戦略眼と、描いた図版通りに配下を率いるカリスマ性を以て“魔王”と恐れられていたのだ。

 

 

「あー。お言葉ですけどぉ……早速一部隊こっちに向かってきてますよぉ」

 

 

 レーダーを展開したシロが、のんびりとした口調で一行に警告する。

 スノウはぽっかりと開いた天井の穴を見上げた。

 

 

「音を探知されたかな?」

 

『ど、どどどどうしますっ!?』

 

「どうするも何も」

 

 

 スノウはニヤリと笑った。

 

 

「相手が万全の盤面を整えてくるなら、やることはひとつでしょ?」


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