七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第96話 疑惑、その理由

 ブーストを噴かして急速に接近する【ナンバーズ】の精鋭に肉薄され、スノウは煩わしげに舌打ちした。

 

 

「くっそ、こいつ上手いな……! 速い!」

 

『あわわわわ、騎士様!? 大丈夫なんですか!?』

 

 

 スノウの頭の上に乗ったディミが、ハラハラした表情で両手で自分の頬を押さえる。はわわムーブも似合うじゃん。

 

 

「大丈夫かどうかと言われれば、そりゃまずいに決まってるけど……!」

 

 

 スノウは大きく弧を描くように移動しながら加速して振り切ろうとするが、狭い遺跡の中という環境もあってスピードを上げきれずにいる。

 一方で、この状況に持ち込んだ敵機はぴったりとシャインの速度に合わせたまますぐ背後に肉薄していた。

 

 相対速度を限りなくゼロに近付ければ、実弾兵器の射撃偏差もまた限りなくゼロに近付いていく。

 つまり今、敵機がシャインに向けているロケット弾の絶好のカモというわけだ。

 

 

「逃げきれんようだなァ、シャイン!! 動きが止まって見えるようだぞ!」

 

「チッ……!」

 

 

 最深部に続く狭い回廊の中、【ナンバーズ】10位の男がシャインの撃墜を予言する。

 回廊の壁や床に付いた過酷な戦闘跡は、先んじてこの男(ナンバー10)が付けたもの。

 シャインを最深部直前で待ち構えて仕留めようとしたのは、この男だけではない。そうした同じ思惑の僚機のことごとくを、ナンバー10は自らの手で屠った。

 

 ナンバー9に相応しいのはただ1人だけ。

 自分がその座に収まることを阻むのであれば、それは所属するクランが同じだけの『敵』でしかない。

 

 そしてナンバー10はその同胞のオイルで血塗られた手で、最後の敵となるシャインを撃墜すべく狙いを定める。

 

 

「あの方の右腕に相応しいのは俺だ! 有象無象の雑魚でも……ましてや貴様のような部外者でもない! 散れッ、シャイン!!」

 

「ぐうううっ!」

 

 

 【ナンバーズ】の精鋭が至近距離から繰り出したロケット弾を肩に受け、シャインの姿勢が爆風と共に衝撃で大きく揺らぐ。

 体幹を崩したシャインにさらなるダメージを与えるべく、精鋭機はその場から動くことなく同じ部位へと精密射撃を行なおうと砲口を向けた。装甲を打ち抜いた部位に攻撃を重ねれば、ダメージは圧倒的に増える。

 一般のパイロットにとっては離れ業だが、熟練のパイロットにはどうということはない。ましてや【ナンバーズ】の最精鋭ともなれば。

 

 

「トドメだッ!」

 

「…………!」

 

 

 ナンバー10のロケット弾が、ぴったり同じ部位を狙って発射される。

 そのロケット弾頭はシャインのボディへと吸い込まれて行き、興奮と共に見つめる彼の眼には、まるで1秒が永遠に感じるかのようにスローに感じられ……。

 

 いや、違う。

 実際に弾頭の速度が遅れている……!?

 

 

「キミが右腕に相応しいだって? 笑わせてくれるじゃない。よりにもよってぴったり同じ位置に打ち込むおバカさんごときが」

 

 

 遺跡の壁に据え付けられた燭台風LEDライトの光が揺らめくと、シャインの手から放射された無色の蜘蛛糸(スパイダー・プレイ)がキラリと反射して輝いた。

 放出された蜘蛛糸はロケット弾頭を絡め取って静止している。

 

 

「同じ位置に打ち込めば、そりゃ軌跡なんて丸見えだよなぁ!」

 

「ちいッ!?」

 

 

 シャインがすかさず体を起こして態勢を立て直したのを見て取って、ナンバー10が急いでその場を離れて仕切り直そうとする。

 しかし精密射撃のために機体を静止させていたため、ブーストが起動するまでに0.5秒のラグが発生していた。ほんの1秒にも満たない、そして致命的な隙。

 

 

「師匠から何があっても戦場で動きを止めるなって習わなかったのかい? それすら身に付いてなくて、何が右腕だ? 笑わせるなよッ」

 

 

 その隙を突いて、シャインが右腕を後方から前方へと大きく振りかぶった。

 掌の動きと連動して、蜘蛛糸の束が鞭となってしなる。そしてその先端に付着しているのは、先ほど発射されたロケット弾頭!

 

 

「必殺! スパイダー・ハンマー!!」

 

「ごふっ!?」

 

 

 自分が発射したロケット弾を脳天から喰らった敵機が、爆風と共に態勢を崩した。

 

 

「バカな!? そんなアナログな攻撃には照準補正が付かないはず!? ど、どうやって当てて……!」

 

「『前作』にはアナログな攻撃しかなかったよ! 感覚だけで当てることもできないなら、あの人の右腕を名乗るにはまだまだ早いんじゃない!」

 

 

 今度は逆に姿勢を崩した相手に、シャインが急速な加速を付けて肉薄する。

 空中を疾走しながら抜き放った高振動ブレードが青白い光の軌跡を描き、薄暗い回廊を切り裂くように照らした。

 

 

「いざ! 尋常に!!」

 

「……舐めるな小娘がァァァァッ!! 何様のつもりだッッ!!」

 

 

 もちろん相手も黙って斬られるわけがない。同じくブレードを抜き放ち、迫りくるシャインに向かって応戦しようと裂帛の気合を込めて叫ぶ。

 ブレードの2対の青白い軌跡が闇を裂き、激しく円を描くように回転しながら2騎のシュバリエが致命傷を与えるべく剣閃を閃かせる。

 

 

 装甲を貫通する高振動ブレードの前では、すべての一撃が致命傷。

 それを華麗にかわしながらステップを踏み、まるで踊るように円を描く姿こそまさに『騎士の(シュバリエール・)円舞(ワルツ)』。

 

 戦っている間、決して動きを止めてはならない。それはこうして戦う2人のパイロットの共通の師の教えでもあった。

 ピリピリとした緊張感が2人のパイロットを包む。ステップが加速するほどに高まる緊張とテンション。肌がひりつくような死の舞踏。

 動きを止めた瞬間、致命の刃によって命を絶たれるのは自分だ。

 

 だがしかし、共通の師を持つからこそ。

 

 

「何様だって? 決まってるだろ」

 

 

 スノウは背筋を凍らせるような緊張感の中で、口元を歪めた。

 

 

「姉弟子様だよ!! ひれ伏せよなッ!!」

 

「なッ……」

 

 

 不意にシャインのステップのリズムが崩れ、右脚が高く蹴り上げられる。

 その蹴り足が敵機の頭部を捉え、衝撃で機体がよろめいた。

 生まれた隙を逃さず、シャインは無事な左肩からタックルして敵機を押し倒す。

 

「敬意を示せッッ!! キミが下、ボクが上だッッ!!」

 

 

 そう叫びながら、スノウは馬乗りになった敵機の胸部にブレードを深々と突き刺した。

 

 

「ひ……卑怯な……」

 

 

 いかにも騎士然とした剣術による決闘から、突然の型破りな体術で敗北を喫したナンバー10が無念の呻きを上げる。

 機体を起こしたスノウは、最早興味を失ったような表情で薄く笑った。

 

 

「誰が剣術勝負だって言った? 相手に手の内を読まれた時点で負けなんだよ。キミの師匠はそう教えなかったの?」

 

「…………そう、だな…………」

 

 

 そんな降伏宣言を残して、敵機が爆散した。

 スノウが言った通りだった。彼はまだその師の教えの皆伝には程遠い。

 

 そもそもそこまでの境地に至ってれば、とっととナンバー9の座を与えたでしょ。100人近くもガン首揃えてアホなのかな?

 

 

「つつつ……」

 

 

 シャインの右肩が火花を上げ、スノウは苦い顔で損傷個所を見やった。

 右肩だけではない。ここに至るまでいくつもの待ち伏せを受け、そのたびに大なり小なりダメージを受けていた。

 

 

「アレがほしいなあ」

 

『アレって何です?』

 

 

 小さなため息をついてボヤくスノウに、ディミがこきゅと小首をかしげる。

 

 

「ほら、アレ。ミケが持ってた分身の術使えるやつ」

 

「あー、ウツセミキューブですか」

 

「アレがあれば、こうしてわざと右肩を差し出すような犠牲を払わなくて済んだと思うんだよね。アレをぽいぽーいって投げ付けながら戦ったら、相手もダミーに騙されてどれが本物かわからなくなるじゃん?」

 

 

 わざと右肩を攻撃させたのは、そうでもしなければ討ち取れそうになかったからだ。

 【ナンバーズ】の精鋭部隊の腕前は、やはり噂に違わず群を抜いていた。

 

 特に先ほど討ち取ったナンバー10は機体制御も射撃の腕も卓越している。

 剣術の腕もかなりのもので、あのまま斬り合いを続けていれば負けていたのはスノウだっただろう。

 

 相手より技量が劣っているのなら、絡め手で勝利を掠め取るしかない。

 

 

 そんな間一髪の勝利を手にしたばかりだが、スノウは余裕ぶった笑みを浮かべていた。内心ではドキドキと心臓が激しく高鳴っている。

 この子は誰にもナメられたくないのだ。それは病的なまでの本能だった。

 

 だから臆病な本心は、誰にも晒すことはない。

 その危機への優れた嗅覚もまた、病的な臆病さの賜物だとしても。

 

 そうして強がるスノウの肩に座って、ディミはそうですねえと頷く。

 

 

「難しいんじゃないですかね。だってアレ、決まったポーズしか取れないし、その場から動かないんですよ。だから簡単に見破れちゃいますし」

 

「なるほどなあ。一瞬目くらましができるくらいか」

 

「そうですね。今の技術レベルだとそれが限界だと思います」

 

 

 スノウはふーん、と頷きながら機体を回廊の先に進めていく。

 

 

「一瞬だけどっちが本物か迷わせるだけでも強そうだけどなあ。まあ、便利ならみんな採用してるよね」

 

「そのうち技術レベルが上がったら、本当に分身と一緒に攻撃するとかできちゃうのかもしれないですね」

 

「あー、それ面白そうだね。ニンジャ戦法やってみたいなあ。ボクって前作だとスカウトだったし、ニンジャ適性あると思うんだよね」

 

「知ってます? 斥候(スカウト)って偵察するのが役目なんですよ。トラップで敵を皆殺しにするジョブじゃないんです。驚きの新情報ですね?」

 

「それはジョブのポテンシャルを引き出せない奴らが無能なんだよ」

 

 

 そんな軽口を叩き合いながら、スノウは遺跡の最深部へと足を踏み入れる。

 

 果たして、『彼』はそこにいた。

 

 

 邪教の神殿でありながら、それはこれまでの雑多でグロテスクな装飾とは一線を画する静謐な雰囲気が漂う大部屋。

 その最奥に祀られていたであろう機械仕掛けの巨人の残骸の山を踏みつけにして、1騎の赤い機体がシャインに背を向けて立っていた。

 

 

「来たか……」

 

 

 甲虫を連想させるゴツゴツとしたパーツで構成された真っ赤な機体。

 他の機体よりも一回り大きな体躯。

 肩には銀色のペイントで『8』とナンバーが刻まれている。

 そこにいるだけで圧倒的な存在感を感じる姿。カメラアイから滲む威圧感。

 

 シャインのコクピット内で通信ウィンドウが開き、赤い機体のパイロットがスノウを眺めた。

 

 歳の頃は60代ほどの、老境に入り始めた壮年。

 しかしその相貌にはいささかの衰えも感じられず、顔に走る戦傷は歴戦の戦いを潜り抜けてきた古強者を思わせる。

 

 

「お前を待っていた。私の“シャイン”ならば必ずここにたどり着くだろうとな。そしてそれは成された……。やはり貴様は本物の“シャイン”なのか?」

 

「は? ボクに本物も偽物もあるわけないだろ」

 

 

 そう言って、スノウはほんのわずかに膨らんだ胸にパイロットスーツの上から手を当てて、ヘラリと笑った。

 

 

「確かに前作ではそう名乗ってたね。で? そんなおじいちゃんのアバターには見覚えないけど、自分は名乗らないわけ?」

 

「今は『オクト』と名乗っている。だが、前作の名はお前が知っているはずだ」

 

「……tako姉でいいわけ? なんか随分と感じが違うな。なんかずーっと『魔王』モードのノリだけど、普段そんなんじゃなかったでしょ」

 

 

 スノウがそう言うと、オクトは顔をしかめた。

 

 

「いや、お前こそなんだそのアバターは……。なんか2年ほど見ない間に、こう……なんというか、随分と生意気そうな……」

 

 

 そしてしばし言葉を探し、オクトは改めて疑わし気な視線を向けた。

 

 

「お前……本当に私の弟子のシャインか? とてもそうは思えぬのだが」

 

「えっ」

 

 

 【悲報】スノウライトさん、メスガキになりすぎて師匠から同一人物かどうか疑われるwwwwww


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