七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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昨日は疲れて休んでしまいました。ごめんね。


第107話 魂のID

 スノウは正直理解が追い付いていない。

 出てくる情報のすべてがスノウにとってあまりにも衝撃的すぎる内容だった。その真偽をこの場で確かめる術もないままに、オクトから協力を要請されている。

 それがただこれからは一緒に戦ってほしいというだけの誘いなら、スノウは何も考えずにわかったと頷いただろう。

 だが。

 

 

「それは嘘だよ、tako姉」

 

 

 スノウは眉根を寄せて、首を小さく横に振った。

 

 

「きっと何かの間違いだと思う。教授がそんなことするはずがないじゃないか」

 

 

 弱々しく否定するスノウに、takoは小さくため息を吐く。

 

 

「……信じられなくても無理はないと思うわ。でも、間違いないのよ」

 

「何でそう思うの? 襲撃の場で教授が警官隊を率いていたとでもいうの?」

 

「それはなかった。でも、教授があの場に来なかったのは確かよ。あいつの娘のエコーも回線を切断していた。それに、決定的な証拠もある」

 

 

 オクトは少し息を吸い、真剣な顔で言った。

 

 

「人間の意識を電脳化する技術は既に存在している」

 

「電脳化? ……AIにするってこと?」

 

「そうよ。教授の研究している内容は、まさに人間の意識を元にしたAIを作り出すことだった。肉体という枷を外し、電脳世界が続く限り無限の寿命を持つ電脳知性体の創造。それが彼の人生を懸けた研究テーマであり……そしてその実験の場こそが【シャングリラ】だったの」

 

「……冗談でしょ」

 

 

 スノウは無理に笑おうとして口元を歪ませたが、作り笑いすら出なかった。

 文字通り笑うに笑えない話だ。

 

 だが、オクトは頭を振ってスノウの言葉を否定する。

 

 

「残念ながら事実よ。……貴方たちは定期的に大掛かりな健康診断を受けたわよね~?」

 

「うん」

 

 

 あれは不思議な体験だった。

 ベッドに乗って、CTスキャンのような大きな検査装置にかかり、その状態でゲームをしたり質問に答えたり、仮眠したりするのだ。

 正直あまり愉快な体験ではなかったが、教授の研究に関わる実験のデータ取りを手伝ってほしいと言われ、【シャングリラ】の構成員はみんな協力していた。

 

 

「あれは脳をスキャンして記憶を抜き取る装置なの。詳しい仕組みは私も知らないけど、あの装置にかけることで記憶をそっくり複製したAIを作ることができるらしいのよ」

 

「……SFじゃあるまいし、そんなバカなことが」

 

「SFじゃあるまいし、と言うのなら、今のこの世界なんて20年前から考えれば十分にSFじみているのよ~。“特区”出身のシャインちゃんならよくわかるんじゃない?」

 

「それは……」

 

 

 返す言葉もなかった。

 “特区”は20世紀後半まで文明水準を意図的に逆行させた社会だ。その出身者の目には、東京はまるで別世界のように見えた。

 電柱はなくなり送電線は無線に置き換えられ、学校の授業は完全遠隔化されて通学する必要もなく、道行く車はEV動力のオートパイロット車が標準となり、コンビニは完全に無人化されてAIを搭載されたドローンが接客を行っている世界。

 それは“特区”の社会しか知らない者にとっては、まさにSFの中の世界だ。

 

 

「それに、その話は直接私が教授本人から聞いたのよ。そしてあいつは“特区”上層部とのコネを持っていた。あいつがわざわざ“特区”にクランを作ろうと考えたのは、外部から閉ざされた環境下での実験を行うため。だけどあいつはプレイヤーを集める伝手も、統率するだけの器量もなくて、協力者を求めていたの。……そして“特区”の子供たちに娯楽を教えてあげたい私と利害が一致した」

 

「だからtako姉がオーナー、教授がクランリーダーになった、と」

 

「そう。まさか子供たちみんなを殺そうとするなんて思わなかったけど。こんなことになるとわかっていれば、決して手なんて貸さなかった……」

 

 

 悔しそうに歯噛みするtakoの顔を見つめながら、スノウは必死に頭を回して反論を考えようとする。

 まだだ。まだ、それだけでは教授が犯人だという証拠にはならない。

 

 

「……魂のID仮説。そうだよ、あの仮説があるじゃないか。人間の記憶を元にAIを作ったとしても、決してそれは機能することはない。“7G通信(エーテルストリーム)”は同一の意識が同時にアクセスすることを拒む。だからそんなデータ取りをしたからといって、何の役にも立たないじゃないか。だから教授がボクたちからデータを取ったのは何か別の研究のためで……」

 

「そうね。その仮説を誰から聞いたのかしら」

 

「それは……教授からで……」

 

「そうよ。教授本人が言ったの。『生きている人間からデータを取っても、そのままじゃAIは動かない』って。つまり『()()()()()()()』ってあいつは知っていたのよ」

 

「あ……」

 

 

 絶句する。

 パズルのピースが合ってしまう。

 それは、教授がみんなを殺す理由になる。

 

 

「私が何を言いたいのか、わかったでしょう? あいつは自分の研究のために、子供たちを集めた。甘い顔をしてみんなを騙して、信頼させて、電脳化するためのデータを集めて……。そして最後に裏切って、みんなを殺してしまった。シャイン、貴方と私以外はひとり残らず」

 

「…………」

 

 

 スノウは泣きそうな瞳で、ぎゅっと唇を噛んだ。

 

 

「……でも……エコーは」

 

「エコーがどうかしたのかな?」

 

「エコーは嘘なんてつかない。あの子は優しかった。僕に親切にしてくれた。教授がそんなひどいことを企んでいたとして、娘のエコーもグルだったっていうの? あの子ならきっと父親がひどいことを企んでいたら、止めてくれる。自分は何ともできなかったとしても、僕たちに助けを求めてくれるはずじゃないか。だって、僕たちは仲間なんだよ……?」

 

「……エコーって、そもそも人間だったのかな」

 

 

 takoの言葉に、スノウは息が詰まるような思いがした。

 

 

「遠隔地で療養している教授の娘で、ずっと入院している重病人。病室からモニター越しに【シャングリラ】へアクセスしていて。誰もあの子がどこに入院しているかを知らない。あの子は本当はAIだったんじゃないのかな。いえ、もっと言えば……“試作品”だったんじゃないかしら?」

 

 

 試作品。何の?

 言うまでもない。

 【シャングリラ】の子供たちの、だ。

 

 

「それは……」

 

「違うと言い切れる? 貴方はリアルのあの子がどこにいるのかを知っている? AIが人間と同等の豊かな情緒を持っているわけがないって、そう思う?」

 

 

 言い切れない。

 何故ならスノウは、いつも人間よりも騒がしくて愛らしい相棒(ディミ)を知っている。

 ときどき中に人が入っているんじゃないかと疑うほど、彼女の反応は人間臭い。

 

 

「エコーがAIだとすれば、教授には決して逆らえない。AIはマスターへの絶対服従を定義づけられているから」

 

「……じゃあ、tako姉はあのバーニーが教授の手先だっていうの?」

 

 

 スノウは伏せていた瞳を起こし、じっとtakoの顔を見つめる。

 

 

「tako姉の言うことが本当なら、じゃあバーニーたちはなんでここにいるの? このゲームは教授が作り出したもので、そのスタッフとしてバーニーたちが強制労働させられているとでも? そうだとして、教授の目的は何?」

 

「……それはわからない。だけど、教授は科学に魂を売った狂人よ。狂った人間の考えることなんて、常人には理解しきれない。だから私はその謎を解くために、このゲームの攻略を進めている」

 

 

 そして、彼女はぎゅっと血がにじむほどに強く拳を握った。

 

 

「バーニーちゃんやエッジちゃんの顔を見るたびに、あいつへの憎悪が煮えたぎるの。あの子たちは私の目の前で殺されてしまった。あいつはそのニセモノを作って、本人たちの記憶を植え付けて、傀儡として操っている。じゃあ……あの子たちの死は何だったの? あのAIたちがバーニーちゃんやエッジちゃんだっていうのなら、本物のあの子たちは、誰にも弔われない魂たちは、どこに行けばいいの? あの子たちの命と魂を踏みにじる、その行いを……私は決して許せない」

 

「……」

 

 

 スノウには、何を言えばいいのかわからなかった。

 ()()バーニーを、スノウは稲葉恭吾本人だと思っている。それほどまでにその再現度は高かった。彼の記憶と人格のすべてを継承したAIならば、それはバーニー本人と言って差し支えないとスノウは思っている。

 

 だが、確かに。それならtakoの目の前で死んでいったという、元の稲葉恭吾はどうなるのか。その死と尊厳を、誰が弔えばいい?

 

 

 そして、takoはスノウの顔を見つめながら、柔らかくその身を抱いた。

 

 

「……こういう言い方は悪いとは思う。だけどね、シャインちゃん……。私は貴方だけでも生き延びてくれてよかったと思うの。貴方が生きていることが、私にもたらされた唯一の救い。貴方がどこかでまだ生きていてくれることが、この2年間の私の心の支えだった……」

 

「tako姉……」

 

「本当は“特区”を脱出するときに、貴方をさらってでも連れて行きたかった。難を逃れたとはいえ、貴方に追手がかからない保証もなかったし。だけど、私はいろいろ危ない橋を渡らないといけなかったし、そんな危険な場所に貴方を連れていくわけにはいかなかった。ごめんね。心配させちゃったよね」

 

「……ううん。いいんだよ」

 

 

 そう言いながら、虎太郎は心底ホッとしていた。

 よかった。自分は忘れられたわけじゃなかった。

 みそっかすだからみんなに置いて行かれたんじゃなかった。

 

 ちゃんとtako姉に大切に思われていた。

 そのことがこんなにも嬉しい。

 

 

「待たせてごめんね。でもこれからはずっと一緒よ、シャインちゃん。もう地盤固めは終わったし、何も心配いらないわ~。【ナンバーズ】には“No.9(ノイン)”の座を空けてあるの。貴方の席よ」

 

「それ、さっきも言ってたね」

 

「うん。1番から7番は【シャングリラ】のトップ7の席だから。そして私が“No.8(オクト)”。貴方が“No.9”であることに、誰にも文句なんて言わせない。だって、貴方はたったひとり生き残ってくれた私の子供なんだもの」

 

 

 そう言って、takoはにっこりと透き通った笑顔を浮かべた。

 

 

「このゲームを攻略するために、教授の野望を暴き出すために、そしてみんなを弔うために、貴方の力が必要なの。もちろんシャインちゃんは協力してくれるよね」

 

 

 うん、と頷きたかった。

 もちろん僕は何があってもtako姉の味方だよと言いたかった。

 

 

 だって、どう見たってtako姉は……狂っていた。

 復讐の炎にその身を焼き、喪われたものへの想いに慟哭し、その果てにきっと彼女は生きながら“鬼”になった。

 

 子供好きで優しい人だった。師匠としてはとても厳しかった。

 だけどここまで苛烈でも、妄執に身を委ねる人でもなかった。

 

 こんなになってしまったtako姉を見捨てておけない。

 自分を必要としてくれるなら、喜んでその支えになりたい。

 だけど、それでも。

 

 

「僕は一緒にはいけない。その手は取れないよ、tako姉」


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