七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第113話 修行の道は厳しく甘く

 ジョンの修行が再開されてから、しばらくの時が流れた。

 

 しばらくといってもあれからほんの数時間しか経っていないのだが、その間のジョンの戦いは過酷だった。

 プログラムを組んだ人間の悪意しか感じない、クソのような精度の回避行動と連携の取れたフォーメーション攻撃。

 それに対してジョンが取った対策とは、遠距離戦を完全に捨てることだった。

 

 元よりジョンのエイム力は大したことがない。しかも装備しているのだって初期装備に毛が生えた程度の威力しかないビームライフル。こんなのが直撃したところで、撃墜は取れない。

 それならいっそ遠距離戦は捨てて、とにかく敵を追いかけて近距離戦で殴りつけた方がまだ撃墜を取りやすいとジョンは判断したのだ。

 

 何しろジョンは格闘戦にかけては、十数年もの経験があるのだ。相手をロックオンしなくたって、格闘でなら当てられる自信がある。

 このゲームには別に格闘スキルなんて存在しないから、相手を拳で殴ったところでそのダメージは武装に劣る。投げ技を得意とするスノウは相手の重さと地面の固さを利用して大ダメージを狙えるが、打撃技は決して優秀な攻撃手段とはいえない。

 だがそれでも、ロックオンする必要がないというただ一点で、ジョンはそこに勝機を見出したのだ。

 

 

 そんなジョンにスノウは「他の敵から注意が逸れてるよ! どこに目玉つけてんの?」とか「敵の動きを誘導してコントロールしろ! お前が手玉に取られてどうする!」とか、悪いところを逐一指摘した。そりゃもう口が悪いったら。

 これが道路教習ならチクられて一発で懲戒食らいそうなほどの罵詈雑言だった。

 だが、悪し様に罵りながらも、スノウは楽しそうに微笑みを浮かべていた。

 内心でやるじゃん、と思っている。

 武器を捨ててでも自分の得意で勝ちを狙いにいくのは実にいい。ちゃんとジョンなりに考えている。

 あとはCPUの穴を突けるくらい視野を広げられればなあ。

 

 スノウなら敵を誘導して、同士討ちを狙わせるだろう。

 あのダミーたちにはプレイヤーの操作に反応するイカサマ回避力はあれど、他のダミー機の攻撃に反応して回避するというシステムがない。

 だからうまく敵の攻撃を誘導してやれば……あるいはスノウの得意の投げ技で機体同士をぶつけてやれば、それをプレイヤーからの攻撃と認識できないダミー機の撃墜を取れるはずだ。仕様の穴を見抜いたスノウの考えは、恐らく正しい。

 

 もっとも、スノウはそれを口にするつもりもなければ、実演するつもりもない。それは“本番”に取っておこうと思っている。

 

 

(この難易度が用意されているってことは……こっちの操作に反応して高速回避するCPUの敵がどっかに配置されているんだろ?)

 

 

 このゲームなら絶対にやる、とスノウは確信している。

 だからわざわざトレーニングルームという誰でも触れられる場所に、こんな何のために存在するのかもわからないクソCPUを配置したのだ。

 『いつでもトレーニングルームで戦えるようにしてあげましたよね? どうしてちゃんと練習してなかったんですかぁ?』とプレイヤーたちを嘲笑うために。

 

 そんなことを言いそうな人物に心当たりがある。

 たとえばエッジ姉だ。あの【シャングリラ】でも極めつけの性悪は、きっとそういうことを言うだろう。

 

 

(エッジ姉がこのゲームの制作に関わっているとすれば……)

 

 

 トレーニングルームにそんな意地悪な仕掛けをしておくだろうな、とスノウは思っている。

 

 まあ、今はそのことは置いておこう。

 今は師匠たちより弟子のことを考えるときだ。

 スノウは悪戦苦闘するジョンを、上機嫌で見守った。

 

 

「あの子、結構な掘り出し物じゃないか」

 

 

 そして……ついに、ジョンの拳がダミー機の1騎を捉える。

 敵機体の腹部に突き刺さる、ジョンの渾身の拳。

 

 その背中に回り込んだ残り2騎のダミー機が、ジョンにライフルを向ける。だが構わない。

 

 

「1騎さえ倒せれば……今日のところは僕の勝ちだッ!!」

 

 

 そう叫んでから、ジョンは一瞬で呼吸を整える。

 幼い頃から身に染みついた、内気功の呼吸。

 そして空中で足を踏み出し、背中のバーニアを全開に起動させて……両手の掌を敵の腹に思い切り叩きつけた。

 

 

「はあッッッッ!!!」

 

 

 鈴夏が父から教わった、独自の奥義。形意拳・“竜砲”。

 竜の大顎を象ったその掌は、ジョンの機体自身の重量とバーニアの出力を、瞬間的に破壊力へと変換する。

 その一撃で、ダミー機は腹部をズタズタに破壊されながら勢いよく吹っ飛んでいく!

 もちろん爆裂四散! 南無三!

 

 その直後、残る敵2騎の砲口が火を噴き、ジョンの機体はなすすべなく粉砕された……。

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 

 リスポーンした機体のコクピットからなんとか這い出たジョンは、フラフラとへたり込んで床に大の字になった。

 もう指一本動かせないほど疲弊している。数時間もの間ぶっ続けで戦闘した挙句、最後には彼女の流派の奥義まで使ってしまった。本来は万全のコンディションかつ精神統一したうえで、ようやく使ってもいい技だというのに。

 

 そんなジョンに向かって、スノウがゆっくりと無言で近付いて来る。

 

 

「あっ……」

 

 

 今の自分の醜態を自覚して、反射的にジョンの背筋に冷たいものが走った。

 お父さんなら、こんな油断は絶対に許さない。

 

 拳士たるもの、いついかなるときも戦いを忘れるなかれ。

 常日頃からそう口にする父は、稽古でくたくたに疲れた鈴夏がその場に這いつくばると、必ず烈火のようにカンカンになって叱りつけた。戦いの後に油断して、その隙を突かれたらどうするのかと。

 鈴夏がどれほど成果を上げていようと関係ない。疲れた様子を見せただけで、その日の成果に関係なく罰を受ける。

 

 ああ、ダメだ。叱られる――。

 

 

 そう思って身構えたジョンの体を、ふわりと温かな感触が包み込んだ。

 

 スノウが疲れ切ったジョンを抱き起こし、汗でずぶ濡れになった頭をよしよしと撫でていた。そして耳元でそっと囁かれる。

 

 

「お疲れ様、ジョン。本当に頑張ったね」

 

「…………」

 

 

 虚を突かれたジョンは、息を飲んでされるがままになっている。

 そんなジョンの強張った体をほぐすように、スノウは柔らかくジョンを抱きしめて、頭を撫で続けていた。

 

 

「ちゃんと自分で考えて勝てるように頑張ったね。えらいぞー。すごいぞー。弱音も最後まで吐かなかったし、根性があってえらい。最後の一撃も、すっごくかっこよかったぞー」

 

「あの……」

 

 

 スノウに抱きしめられていい子いい子されながら、ジョンは恐る恐る訊いた。

 

 

「叱らないんですか?」

 

「どうして? ジョンは頑張ったでしょ。頑張った子には、ご褒美によしよししてあげるものなんだよ」

 

 

 心底不思議そうな顔でスノウは小首をかしげ、そしてニコッと微笑みながらジョンの頭をまたよしよしと撫でる。

 

 

「ジョンは今日頑張ったから、いっぱいよしよししてあげるね。えらいぞーすごいぞー♪」

 

 

 ……スノウの師匠としてのムーブは、完全にtakoを真似ていた。

 

 至らないところは容赦なく正論で殴りつけ、異様に高い目標を達成するか、心が折れて泣きながら赦しを乞うまで決して中断を許さないスパルタ指導。

 確かにtakoはそうやって指導していた。それで何人ものクランメンバーの心をへし折り、ついにはハルパーからアンタの指導は拷問だと言われて虎太郎以外への直接指導を禁止されるまでに至った、悪夢の教育法である。

 

 だが虎太郎がその目標を達成すると、優しく抱きしめながら、えらいぞーすごいぞーと褒めちぎりながらいっぱいよしよししてくれたのだ。

 その糖度はまさにゲロ甘。見ている方がうんざりして目を背けるほどの、凄まじい甘やかしっぷりだった。

 多分あれは飴と鞭を使い分けるというより、頑張ってる虎太郎の姿に愛しさを募らせたtakoが、ためにためた情愛をぶちまけていたのだろう。つまりはtako姉の趣味の発露であった。

 

 なお、【ナンバーズ】の元兵隊さんたちにはこの飴部分のご褒美はない。単に厳しい鞭しかない地獄仕様である。厳めしいオッサンのオクトに抱きしめられてもさらなる地獄でしかないとはいえ、可哀想に……。

 

 ともかくtakoを尊敬してやまないスノウは、ご褒美部分も完全に再現したのだった。

 

 

「ふあー……」

 

 

 思わぬご褒美を受けたジョンは、顔を真っ赤に染めながらなすがままにされていた。とてつもなく気恥ずかしい一方で、とんでもなく嬉しい。

 

 

(そうだ。私はずっとこうしてほしかった)

 

 

 頑張ったら、無条件で褒めてほしかったんだ。

 

 

 人間には2種類がいる。

 褒められて伸びるタイプの人間と、褒められなくても伸びるタイプの人間だ。

 後者は成長に他人の評価を必要としない。自分自身を評価して、反省点を見つけ出して、勝手に伸びていく。

 逆に前者は、他人の眼を気にする。他人に賞賛されることで、自分に自信をつけて、より褒められようと努力する。

 

 鈴夏の父は他人の評価など必要としない、ストイックな人間だった。その精神性は求道者に近く、ただ自分を高みに押し上げることを求める孤高の人だった。

 そして才能がある娘にも、自分と同じようにあれと厳しく躾けた。

 

 だが、鈴夏本人は本当は褒められて伸びるタイプだったのだ。

 カラカラに乾ききった土に染み込む慈雨のように、スノウからのご褒美がジョンの胸に沁み渡る。

 その目尻に、小さな雫が輝いた。

 

 

 そんな抱き合う師弟2人を見ながら、ディミは思う。

 

 

『なんか……すごく絵面がいかがわしいですね……』

 

 

 15歳頃の可憐な少女に抱きしめられながらよしよしされ、顔を赤らめつつもうっとりと瞳を閉じている12歳頃の真面目な雰囲気の少年(ショタ)

 オネショタの波動が漂っていた。

 

 しかも中の人の性別と年齢は逆である。二重に倒錯していた。

 ……いかんッ!

 

 

『はーいそこまでそこまで! このゲーム、年齢指定がある系じゃないんで! そういうプレイはよそでやっていただけませんかねぇ!?』

 

 

 おっと横から入ったディミちゃんが、スノウの頭にメスガキックだーーっ!

 やったぜ! このゲームがR15指定になるのは避けられた!

 

 

「いたっ!? プレイって何!? ゲームプレイのこと? ボクはただジョンを褒めてただけだろ!?」

 

『ダメですよーダメダメ。私の目が黒いうちはそんな怪しい行為を目の届くところでさせるわけにはいきませんねぇ。ジョンさんだって、子供扱いされてイラッと来たでしょう? 戦わなきゃ! 師匠のセクハラと!』

 

「僕は、その……」

 

 

 ジョンは真っ赤になって目を伏せながら、指をもじもじと絡ませた。

 

 

「嫌じゃ、なかったから……」

 

『ギィィィィーーー!!』

 

 

 大丈夫かディミちゃん! 口からバグった高周波が出ているぞ!

 

 

『くっそこのプレイヤー、ショタコンだけじゃなくてロリコンまで発症したんですか!? ご自身の年齢と性別を考えるべきですよ!』

 

「ぼ、僕がリアルでどんな人間だろうといいだろう!? ネットリテラシー違反だ!」

 

『ぐあああああ……! 私がAIでさえなければ、こんな役得だぜゲヘヘなんて顔はさせなかったものを……!! 今最高に自分の生まれを呪ってます!』

 

「そ、そんな顔はしてないっ!」

 

「しょたこんって何? コントローラーの一種?」

 

 

 2人の話を聞きながら不思議そうに首を傾げるスノウに、ディミが耳打ちしようと近付く。

 

 

『いいですか、ショタコンって言うのはですね』

 

「おい、やめろ! スノウを変な知識で汚染するんじゃない!」

 

『はー!? なんですか貴方、まさか騎士様に名前通りの新雪みたいなピュアな女の子でいてほしいとか考えてるんですか?』

 

「わ、悪いか!?」

 

『えっ……!? キ、キモッ! ひょっとして騎士様に惚れ……』

 

「うるさいっ、そういうんじゃないっ! っていうか君こそさっきから何なんだ!? それがユーザーへの対応か!?」

 

 

 そんなぎゃいぎゃいと言い争う相棒と弟子を見ながら、スノウは機嫌良さそうに笑った。

 

 

「さーて、次は何をさせよっかな」


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