七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第15話 突撃隣のおひるごはん(セール品)

 VRポッドから出て時計を見ると、もうとっくに昼を回っていた。

 

 

(お腹空いたな……)

 

 

 虎太郎はふらふらとよろめきながら冷蔵庫に向かうが、買い置きしておいた食べ物がなくなってしまっている。……あれ、なんでなくなってるんだっけ?

 昼寝から覚めたばかりのような回らない頭で、冷蔵庫の前にぼけーっと佇む。

 

 

「……そういえば丸一日以上キャラメイクしてたんだった」

 

 

 キャラメイクしている間はほぼ不眠不休で熱中していたのでまるで記憶に残っていないのだが、おそらく休憩を挟んでいる間に無意識に口にしていたと思われる。

 

 自分のことながら、ゲームのことに関してだけは恐るべき集中力であった。もしかしたらゲーム中に不慮の事故で死んでも、気付かずにゲームし続けているのではなかろうか。

 キャラメイクが終わったらそのまま初陣戦を始めてしまったし。

 

 とりあえず腹が減った。何か食べないと……。

 虎太郎は寝不足の頭で立ち上がり、夢見心地のままTシャツだけ着替えると玄関のドアを開ける。

 

 4月の午後の眩しい光が、眼を焼く。

 

 

(あれ……あれ……? なんか……頭痛い……)

 

 

 立ち眩みを感じた虎太郎は、玄関を出て少し歩いたところで猛烈な頭痛に苛まれその場にうずくまった。

 

 

(なんだ、これ……どうなって……)

 

 

 どこかでバサッと、ビニール袋が取り落とされる音。

 誰かが駆け寄る足音と、大丈夫ですか!? と呼びかける声を遠くに感じながら、虎太郎の意識はブラックアウトした。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 何かいい匂いがする。

 虎太郎は近くから漂ってくる、食欲を誘う香りにゆっくりと目を開けた。

 

 自分の部屋によく似た間取りの部屋、見慣れた天井。

 そして見覚えのないピンク色のベッドに、かわいらしいぬいぐるみ。

 ベッドの近くに置かれたちゃぶ台の上には、タイムセール50%引きのシールが貼られたスーパーの天丼が置かれていた。

 

 

「知らない天丼だ……」

 

 

 この天丼を買った覚えはない。

 というか、寝かされている部屋にそもそも見覚えがなかった。

 

 

「あっ、起きた? よかった、気が付いて」

 

 

 パタパタというスリッパの音と共に、安アパートの狭苦しいキッチンに立っていた誰かが近付いてきた。

 20歳くらいの若い女性だ。飾り気のないトレーナーとジーンズに身を包み、手に氷の浮いた洗面器を持っている。少しくすんだ色合いの栗毛を、大きな三つ編みにして体の前に垂らしていた。トレーナーの分厚い生地を押し上げてなお主張する、大きめの胸。

 どこか人を安心させる、ほっとするような落ち着いた雰囲気。だが、どこかやつれているような気配が感じられ、逆にそれが微かな色気を感じさせた。

 ……いやいや、いかんいかん。

 

 

(僕は何を考えてるんだ、助けてくれた人に)

 

 

 虎太郎が頭を振ると、額の上からぬるくなった濡れタオルがずり落ちた。

 もしかしなくても、この女性が介抱してくれたに違いない。

 

 

「急いで起きなくてもいいからね。タオル替えるからじっとしてて」

 

 

 子供に言い聞かせるように言って、彼女は洗面器に漬けたタオルを軽く絞り、虎太郎の額のぬるいタオルと交換する。トレーナーの生地越しに、大きくて柔らかな感触が虎太郎の顔に押し付けられた。

 

 

(ふえっ!?)

 

 

 胸が触れているのに気付いていないのだろう。

 まったく気にした風もなく、部屋の主の女性はタオルを交換している。

 

 

(はわわわわわわ……)

 

 

 これはまずい! まずいが、指摘するとなおまずいような気がする……!

 虎太郎は顔を赤くして、至福のひとときが過ぎ去るのを体を固くして待った。

 

 

「これでよし、っと」

 

 

 タオルを替え終わった女性は、虎太郎の真っ赤に茹だった顔を見て目を丸くする。

 

 

「あれ? なんか熱上がってるような。大丈夫、ボク?」

 

「だ、大丈夫です! 何でもないです!」

 

「そう? ならいいけど……」

 

 

 女性はぬるくなったタオルを洗面器に入れて、小首を傾げながら微笑んだ。

 

 

「外から帰ってきたら、キミが廊下で目を回してたからびっくりしちゃった。救急車呼ぼうかと思ったけど、とりあえず熱出てたから冷まさなきゃと思って。多分熱中症かな。私もよく、なりかけちゃうんだ」

 

「あの……ここは、あなたの部屋ですか?」

 

「うん、そうだよ。キミ、見た目より重いんだね。何か運動してるの? お姉さん、ベッドに運ぶの疲れちゃった」

 

 

 そう言って彼女はぷらぷらと腕を振りながら、あははと笑う。

 

 

(すごくいい人だな……。僕とほとんど同い年くらいに見えるのに、立派だ。東京の人はみんな冷たいと聞いていたけど、こういう人もいるんだな。でも……)

 

 

 立派ではあるが、お人よしすぎて虎太郎はちょっと心配になった。

 若い男を自分の部屋に連れ込んで、ベッドまであてがうとは。それが不埒な考えを抱く男だったらどうするのか。

 恩人であるからこそ、一言忠告すべきではなかろうか。

 

 

「介抱してくれてありがとうございます。すごく助かりました」

 

「えー、いいんだよ。そんなこと気にしなくても。困ったときはお互い様だもん」

 

「ですが……あの、男性を自分の部屋に連れ込むなんて不用心ですよ。万が一変質者とかだったら、逃げ場がないですし……」

 

「ふふっ、何ナマイキなこと言ってるの。子供を助けるのは大人の役目だよ。ボク、どこの子かな。今日は中学校はお休み?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 固まる虎太郎を見て、彼女もまた硬直する。

 

 

「……ボク、中学生だよね? あ、それとも高校一年生くらい……?」

 

「……大学一年生なんですけど。すぐそこの私立の大学に通ってるんですけど」

 

 

 本当のことを言いました。

 

 

「えええええええええええええええええ!?」

 

 

 部屋の主の女性はおろおろと周囲を見渡すと、部屋にまったくそぐわない折り畳み式のちゃぶ台に飛びついた。

 

 

「見ないで! 見ないでー! ちゃぶ台とかトレーナーとか、普段は使ってないの! 実家から持ってきただけなの!! 本当はもっとおしゃれなの!!」

 

 

 完全に錯乱していた。

 いやそれ普段使いしてるんじゃんと思いつつ、虎太郎は必死に宥める。

 

 

「落ち着いてください! 大丈夫です、僕は何も見てません! よしんば見ていたとしても、家庭的でいいと思います! 男性受け高いです!!」

 

「ほんと!? ほんとに!?」

 

「確証ないけど多分そうです!!」

 

 

 少なくとも僕はそう思います。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「お恥ずかしいところをお見せしました……」

 

 

 ようやく落ち着いた女性は、床に座りながら真っ赤になって俯いた。

 

 

「あ、いえいえ。こちらこそ身長(タッパ)が低くて申し訳ないです」

 

「いえいえそんなそんな」

 

 

 なんとなく頭を下げ合いながら、改めて自己紹介をかわす。

 虎太郎の部屋の隣に住んでいた彼女の名は、鈴花(すずはな)鈴夏(すずか)

 近くにある私立大学に通っている2年生だった。

 

 

「えっ、学部も同じじゃないですか! じゃあ僕に敬語なんていいですよ」

 

「え? そ、そう?」

 

「もちろんです、先輩なんですから。気軽にオイ、大国(おおくに)! でも虎太郎! でも呼びつけてください」

 

 

 本当は名字で呼び捨てにされるのはあまり好きではない虎太郎だが、恩人なら許容範囲だった。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、鈴夏は呼び捨てにするなんてと呟く。

 

 

「じゃあ“虎太郎くん”でいいかな?」

 

「あ、名前の方いきます?」

 

「だって“こたろー”って響きちょっと可愛いから」

 

 

 鈴夏は頬を緩めると、コタロー、コタローと楽しそうに口の中で小さく繰り返す。響きが気に入ったらしい。

 うん、と頷くと両手の前で掌を合わせる。

 

 

「じゃあ、私も鈴夏って呼んでね」

 

「えっ……でも、先輩を下の名前で呼ぶなんて失礼ですよ」

 

「いいの。私だって虎太郎くんって呼ぶんだから、フェアじゃないもん。ほら、鈴夏って呼んでみて?」

 

 

 虎太郎は少し迷ったが、せめて最低限の礼儀として“先輩”は付けることにした。

 

 

「……じゃあ、鈴夏先輩」

 

「よくできました。本当は“先輩”もいらないけど……。ふふっ、なんだか実家の弟が反抗期のときに、呼び捨てにされてたの思い出しちゃった」

 

 

 そう言って、鈴夏はクスクスと楽しそうに笑った。

 

 それにしても……と虎太郎はこっそり部屋を見回す。

 間取りは同じ六畳一間でも、家具が変わるだけで随分と女の子の部屋って感じがする。あまりモノが置いてあるわけではない。多分、自分と同じで割と貧乏生活なのかもしれない。

 

 

(あれは何かな?)

 

 

 部屋の隅一畳ほどはカーテンに覆われていて、見えない。タンスか何かか?

 ……いや、女の子の部屋をじろじろ見るなんて失礼だな。しかも先輩で恩人だぞ。

 

「それにしても、本当にびっくりしちゃった。虎太郎くん、大学生なんだから自己管理しっかりしなきゃ駄目だよ。最近暑くなってきたから、こまめにちゃんとお水飲まなきゃ。ご飯もしっかり食べてる?」

 

「いやぁ……恥ずかしながら、あまり……」

 

 

 本当に恥ずかしい話であった。財布の中もスカスカである。

 これからパン屋で食パンの耳でももらってこようかと思っていたのだ。

 貧乏学生の極みであった。

 

 

「あ、じゃあ……これ食べる? 昨日のセール品だけど……」

 

 

 そう言って、鈴夏はちゃぶ台の上に乗っていた天丼を差し出した。

 

 

「いいんですか?」

 

「お腹が空いて困ってる人をほっとけないよ。この部屋、電子レンジもなくて常温であっためてたから、あまりおいしくなくて申し訳ないけど……」

 

「いえ、すごくありがたいです! じゃあ……」

 

 

 目を輝かせた虎太郎が天丼を手に取ろうとしたとき、

 

 

 ぐ~きゅるるるるるる~

 

 

「…………////////////」

 

 

 虎太郎の腹の虫の鳴き声ではなかった。

 

 

「あの……」

 

「い、いいんだよ! 後輩の面倒見なきゃ! 先輩だもんね!」

 

 

 真っ赤になってワタワタと手を振る鈴夏。

 

 

(どちゃくそいい人じゃん……)

 

 

 ちゃぶ台に天丼を出して常温で温めていたのも、自分で食べるためだったようだ。

 

 

「あっ……じゃあ、半分だけいただくというのは」

 

「そ、そうだね。そうしようか」

 

「僕の部屋、電子レンジあるんであっためましょう。ちょっと待っててください」

 

 

 ホカホカになった天丼を分け合いながら、虎太郎は鈴夏と世間話を交わした。

 とりとめのない話に混ぜて軽く鈴夏の事情を聞き出したところによれば、鈴夏もかなりの貧乏生活を送っているようである。

 

 まあそりゃそうだ。金があったらこんなボロアパートには住むまい。

 

 

「大学のテキストって高いんですよねえ」

 

「わかる! そうだよね、前期だけで10万円近くもするんだもん。奨学金もらってるけど、それでも大変だよぉ。バイトもしなきゃだし」

 

「自分で書いた本を必須教材として売りつけてくんなよ、高いんだよって。先生方の収入源ってのはわかるんですけどねー」

 

 

 薄いお茶をずずず……とすすりながら愚痴り合う。

 

 こういう空気なんかいいな、と虎太郎は思った。考えてみれば大学はぼっちだし、サークルにも入ってない。愚痴を言う相手もいなかった。

 

 

「先輩ってバイト何してるんです?」

 

「コンビニだよー。虎太郎くんもやる? 紹介してあげようか?」

 

「あー、僕は……」

 

 

 バイトに時間を割くくらいなら、ずっとゲームしていたかった。

 とはいえ何かしらバイトしないと、仕送りだけだとキツすぎる。

 そもそも東京の大学に行ったのも、無理を言ってのこと。実家は地元の大学でいいじゃないかと言っていたのを振り切ってきたのだ。実家からの感情は悪い。学費の高い私大ともなれば、なおのこと。

 でも奨学金受けたくないんだよなあ。アレ、割とやべー借金だもんなぁ……。

 

 

 いや……待てよ? そういえば……。

 

 

 唐突に考え込み始めた虎太郎を見て、鈴夏は小首を傾げる。

 

 

「虎太郎くん?」

 

「あ……いえ。ちょっといいことを思いついて。

 そうだ、鈴夏先輩! よかったらなんですけど、去年先輩が使ってたテキスト、いらないのがあったら買い取りましょうか?」

 

「えっ? 本当!? いいの?」

 

「ええ、実はテキストが高くて、一部は図書館で借りてコピーしようかと思ってたんです。でも手元にあるに越したことはないし、少しだけ安く売ってくださったら、僕も先輩もWIN-WINじゃないかと。逆に僕が受けて先輩が受けてない講義のテキストも融通できますし」

 

「そうしてくれたらすごく助かるよぉ~! あ、でもお金とかあるの?」

 

 

 はしゃいだ声を上げながら、少しだけ心配そうに尋ねる鈴夏。

 そんな彼女に、虎太郎はにっこりと微笑んだ。

 

 

「大丈夫ですよ、ちょっとアテができたので」

 

 

 ゲームの中では鬼畜外道(バーリトゥード)なプレイヤーも、リアルもそうとは限らない。

 このお人好しの先輩に、虎太郎は何か恩返しをしたかったのだ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 虎太郎が帰ってから、鈴夏はウキウキした気分で洗い物を始めた。

 

 コタローくんかぁ。いい子だったな。隣の部屋の人がああいう子でよかった。

 実家に残してきた幼い弟たちを思い出して、鈴夏はクスッと笑った。

 身長が低くて、やや幼い顔立ち。可愛い後輩ができちゃった。

 

 学業と副業の両立に忙しく、ロクに友達も作れない生活を過ごす鈴夏にとって、今日は思わぬ出会いがあった日だった。

 生活苦と時間のなさで、高校時代まで親しんでいた趣味にも手を出せずにいたが、予想外の臨時収入を持ち掛けてくれたのもとても助かる。

 

 どうやってお金を稼ぐのかわからないが、無理をしなければいいけど……。

 

 それにしてもお金、お金かぁ。

 本当に、お金も時間も全然足りないなぁ……。

 

 そう思いながら、鈴夏はふと部屋の隅に吊るされたカーテンを開く。

 安っぽいカーテン生地の向こう側に、この部屋のどの家具よりも高価な機材……。VRポッドが鎮座していた。

 

 

「あなたがいなければ、私ももっとラクに生きられるのにね」

 

 

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