七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第16話 極上いちごパフェ会談

「まさか本当に貴様の方から連絡を取ってくるとは思わなかったぞ。何しろ前回のあの態度だ……どういう風の吹き回しかな」

 

「ちょっと興味が湧いただけだよ。話くらいは聞いてもいいかなってさ」

 

「まあ掛けたまえよ。何かつまもうじゃないか」

 

 

 ロビーの高級レストランサーバーで待っていたペンデュラムは、パチンと指を鳴らしてウェイターを呼びつける。その芝居がかった仕草がまた様になっていて、中身が男の身のスノウとしては少し悔しい感じがした。

 

 

(きっとリアルでもこういう店に慣れたキザな男なんだろうな、こいつ)

 

 

 数時間前にペンデュラムに商談をしたいとメールを送ったところ、それではロビーのレストランで待ち合わせようということになったのである。

 

 所詮ロボットアクションゲームのおまけ要素だしな……と何の気負いもなくアクセスしたスノウは、リアルでの一流店そのままの店構えを見て硬直した。

 給仕服の店員に「いらっしゃいませ」と総出で深々とお辞儀で出迎えられ、それがAIだとわかっていても引き返したくなったほどである。

 

 ドレスコードとか大丈夫なのか。ボクはパイロットスーツしか持ってないんだぞ?

 戸惑いながらペンデュラムの名前を出すと、店員は店の奥の個室へと案内してくれた。そこで先に来ていたタキシード姿のペンデュラムが、いかにも高級そうなワインを嗜みながら出迎えたのが冒頭のやりとりであった。

 

 

(何か頼めと言われてもな……)

 

 

 こんな上流階級の人間が来るような店で食事をした経験などない。

 メニューを見ても、スノウには何が書いてあるのかちんぷんかんぷんだった。

 

 ペンデュラムは涼しい顔でワインを飲み続けており、いきなり相手のペースに飲まれている感がある。

 

 

(チッ……)

 

 

 ナメられてたまるか。

 スノウはメニューの一番のページにある、デザートを見た。

 

 

「いちごパフェください」

 

「ブフッ……!」

 

 

 ペンデュラムがワインを吹き出しかけた。

 

 

『騎士様! ここはファミレスじゃないんですよ!!』

 

「甘いもの食べたくて何が悪い!?」

 

 

 肩に乗ったディミのツッコミに言い返すスノウ。そんな彼女に、ペンデュラムはハンカチで口元を拭いながら訊いた。

 

 

「……本当にそれでいいのか? 好きなものを頼んでいいのだぞ」

 

「いいよ、これで。どうせゲームなんだし、大したもの出てこないでしょ」

 

「まあ、よかろう。すまない、君。いちごパフェを……」

 

 

 ペンデュラムはディミにちらりと視線を向け、続ける。

 

 

「3つ頼む」

 

『かしこまりました』

 

 

 突飛な注文に動じた様子も見せず、店員は一礼すると個室の外へと消える。

 

 

『私の分まで! しかも自分も合わせてくれるなんて……。見てください、騎士様。これがデキる大人のふるまいというものですよ?』

 

「はいはい、どうせボクは超絶カワイイメスガキですよ」

 

『開き直りやがった……!?』

 

 

 ゆさゆさ揺さぶってくるディミをあしらいつつ、スノウは頬杖を突いた。

 

 

「……随分いい店だね」

 

「そうだろう。俺の愛用の店だ」

 

 

 ペンデュラムは頷く。

 

 

「この店は総個室制で、個室ごとにチャンネル分けされているからな。他の客と出くわすことは一切ない。ゆっくりと話すにはぴったりというわけだ」

 

「いいお値段もしそうだ」

 

「まあな。だが経済を回すのも持つ者の義務だ」

 

 

 なんでもないようにペンデュラムは言い、それで、と切り込んできた。

 

 

「【トリニティ】に入り、俺の配下になってくれるということでいいのだな?」

 

「いや、違う。【トリニティ】には入らないよ。当面どこにも所属するつもりはない」

 

 

「では何故呼んだ?」

 

「小遣いが欲しいな……と思ってね」

 

 

 上目遣いで生意気な笑顔を浮かべるスノウ。

 

 

「ほう、“小遣い”。フ……なるほどな」

 

 

 ペンデュラムは顎を撫でながら、ニヤリと笑う。

 

 

「【無所属】の傭兵として、俺に手を貸そうという申し出だな?」

 

「……ん?」

 

「どうせクランに所属するならば、自分を一番高く売りつけられるところに売りつけたい。そのために様々なクランに“お試し価格”で力を貸し、自分の有能性を見せつけたところで競売にかけよう……という目論見だろう? その程度はお見通しだよ」

 

「…………」

 

 

 スノウはしばし黙ってから、ニヤリと笑い返す。

 

 

「もちろん、その通りだよ」

 

「クク……小癪な奴だ。自分の価値をよくわかっていると見える」

 

「ふっふっふ……!」

 

「クハハハハ……!」

 

 

 そして2人は互いに含み笑いを漏らした。

 

 

『………………』

 

 

 本当のことを言おう。

 

 スノウとしてはペンデュラムをファミレスに呼びつけて、ぶりっ子演技で「VRでデートしてあげるからお小遣いちょーだい♥」と軽く色仕掛けでもしてやろうかなと思っていたのである。

 

 だってこいつ(ペンデュラム)、スノウに惚れたって言ってたし。

 なんかチョロそうだったし、童貞ならホイホイ貢いでくれるんじゃない? 程度に思っていたのであった。

 というわけで「ボク可愛いでしょ? だからお小遣いちょうだい」と上目遣いで言ってみた。お前これで色仕掛けとかナメてんのか? かーっ。

 

 一方スノウのことを鬼強プレイヤーだと思っているペンデュラムは、その言葉を深読みして自分を高く売りつけたがっていると考えた。普段から相手の言葉を裏読みする必要がある環境に身を置きすぎていたのだ。

 

 そしてスノウはペンデュラムの推論を聞いて、「ははーん? この童貞、色仕掛けで小遣いをあげるって言うのが恥ずかしいから、なんか適当な理由を付けたんだな。まあゲームもできるし乗ってやるか」と考えたのである。

 

 このポンコツ極まる会話を、傍から見ていたディミは完全に理解していた。

 

 

『(面白いからこのまま見てよっーと!!)』

 

 

 理解はしていても、指摘する気はさらさらなかった。

 

 

 こういうわけで、スノウが傭兵となることがなんとなく決まってしまった!!

 

 

「いいだろう! ちょうどうってつけの案件(ミッション)がある」

 

「聞こうか」

 

「実は先だっての事件は同時多発的に【トリニティ】に仕掛けられたものでな。複数のクランが【トリニティ】が支配する複数のエリアに攻め入ってきた。

 貴様の助力によってミハマエリアの陥落は阻止できたが、俺以外の指揮官が対応したエリアには奪われてしまったところもある」

 

「それを奪還したい……と?」

 

「うむ」

 

 

 ペンデュラムはインターフェイスを開き、マップを表示させた。

 

 

「“クロダテ要塞”エリア奪還作戦。ここはクロダテ要塞という難攻不落の基地を擁する山岳エリアだ。断崖をくり抜いて作られた難攻不落の要塞で、ここは航空戦力の基地として重要性が高い。さらに加えて、対空中空母用の巨大ビーム砲台も設置されていてな。どうにも攻めにくい要塞なのだ。ここを占拠したクラン【アスクレピオス】の手から速やかに奪回したい」

 

 

 アスクレピオスって聞き覚えあるな……確かギリシア神話の医学の神様?

 いや、まあいいか。

 

 スノウは足を組むと、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

「つまり……ボクにこの要塞を占拠してほしいというわけだね」

 

「えっ、違うぞ」

 

「……違うの!?」

 

 

 ペンデュラムはいやいや……と首を横に振る。

 

 

「貴様が強いのは重々承知だが、要塞1個をたった1騎がまるごと相手できるわけもなかろう? そこまでは求めんよ。基地の占拠は俺の配下の地上部隊がする。貴様に頼みたいのは、クロダテ要塞から出撃する航空隊の足止めだ」

 

 

 ペンデュラムが操作するインターフェイスには、絡み合った蛇が形作る1本の杖のエンブレムが表示されていた。

 

 

「“ヘルメス航空中隊”。フライトタイプの優秀なパイロットによって構成された、【アスクレピオス】が誇る航空戦力だ」

 

『一騎当千のエリート部隊ですね! それぞれの実力もさることながら、抜群のチームワークを誇るとか。地上からの撃墜が難しいのはもちろん、正面から挑んでも抜くのが難しいと評判です』

 

「うむ……。だが、もちろん1騎で相手をしろとは言わん。俺の配下の航空隊と協力して、足止めにあたってもらいたい」

 

「エリート部隊か、それは楽しみだね。だけど……」

 

 

 スノウは小首を傾げながら、宙に浮かぶマップ上の要塞をツンツンと突いた。切り立った山をくり抜き、同化するように築かれた要塞は、見るからに難攻不落。

 

 

「手が余ったら、要塞もヤッちゃっていいんでしょ?」

 

「……まあ、状況を見て多少地上部隊を援護してくれてもいいが」

 

「えー、要塞攻略も任せてくれていいよ? というかむしろそっちやりたい」

 

「いらんぞ!? 貴様は航空部隊に専念してくれ!」

 

「でも、ボクなら要塞攻略もいけると思うんだよなあ」

 

 

 ペンデュラムは頭痛がする、といわんばかりに額を抑えた。

 

 

「こちらにも立場というものがある。ただでさえミハマでは何一つ活躍できんまま、貴様に手柄全てを奪われたのだからな。さらに引き続き今回も要塞は傭兵が墜としました、こっちは見てるだけでした……となったら、兵の立場がなかろうよ。

 故に今回は地上部隊に活躍させ、手柄を取らせねばならんのだ。上層部に有用性を示し続けなければな……」

 

「ふーん……? そういうものなのか」

 

『企業クラン内の予算取りも大変ですね』

 

 

 ディミの感想に、ペンデュラムは苦笑を浮かべた。

 

 

「……カワイイだけのペットOP(オプションパーツ)かと思いきや……よくご存じのようだ」

 

『うふふ。でも、よかったのですか? ペンデュラムさんが指揮官で』

 

「ん? どういうこと?」

 

 

 スノウが訊くと、ディミは人差し指を立てる。

 

 

『だってクロダテを失ったのは、別の指揮官さんですよね。その指揮官さんがリベンジしないまま、ペンデュラムさんが横から取り返しちゃうと、負けた指揮官さんの立場がないのでは?』

 

 

 その疑問に、ペンデュラムはニヤリと笑って返した。

 

 

「なに、問題ない。むしろそれが今回の真の狙いだからな」

 

『あらあら。政争って怖いですね』

 

凡骨(ポンコツ)が隙を見せるのが悪いのさ」

 

 

 そんなペンデュラムに、スノウは半目を向ける。

 

 

「政治ねえ……。ゲームにそんなものを持ち込むのは嫌だな」

 

「クラン運営は政治のゲームだよ。人間は3人集まれば党派ができる。いわんや、数千ものプレイヤーが所属する大手企業クランともなれば、味方同士でも食うか食われるかになるのは必定だろう?」

 

「クラン運営が政治なのはわからないでもない、けど」

 

「ならば、俺のために奮励してくれ。その道を選んだのは貴様なのだからな。さて、話もまとまったところで食べようか」

 

 

 そう言ってペンデュラムが再び指を鳴らすと、ドアが開いて店員がパフェを運んできた。話の切れ目にぴったりのタイミングで運んできたからには、合図するまで待っていたのかと思いきや……まるで出来立てのような風情だ。

 

 

(いや……そうか、VRだもんな。何なら注文されてすぐにでも持ってこれたか)

 

 

 それを敢えて客の話がひと段落するまで待っている。それはこの店の本当の商品が料理ではなく、密談(コミュニケーション)の場を提供することにあるということなのだろう。

 

 そう思いながら、ツヤツヤと光るイチゴを口に運んだスノウは目を剥いた。

 

 

「うっま!? 何これ、すごくおいしい……!!」

 

 

 軽く飴でコーティングされた瑞々しいイチゴ。前歯でコーティングを破れば甘い果汁が口の中に溢れ出てくる。そのパリッとした食感と、嫌みのない甘酸っぱさはリアルでは味わったことがない美味。

 

 イチゴの果実を潰して混ぜたクリームも爽やかな味わいで、まったくしつこくない。このクリームだけでもいくらでも食べられてしまいそうだが、クリームの下から姿を現したイチゴムースとの相性がまた素晴らしかった。

 

 そしてムースの下に隠れた甘さ控えめのスフレのふわふわ食感が、冷えた口を中和する。かと思えばスフレ生地の中からは極甘の蜜が染み出て、ひと口ごとにまったく異なる味わいを見せてくれる。めくるめく甘味の城。まさに食べる芸術品だ。

 

 

『ふわぁ……! 流石はワールドスイーツグランプリ2036で王座に輝いたパティシエが徹底的に監修したという極上いちごパフェ……!! サポートAIの身で、こんなものが食べられるなんて……!!』

 

 

 ディミもほっぺたを押さえながら、感動に打ち震えている。

 というかこのサイズなら、自分の背丈以上の巨大パフェを口にしていることになるわけで、それもまた羨ましい。

 

 

「なんだこの……何? なんでこんなものをゲームのおまけコンテンツに!?」

 

「もちろん、このゲームでそれだけの金が動いているからに決まっているだろう」

 

 

 ペンデュラムは落ち着き払った仕草でいちごパフェを掬い、口に入れた。

 

 

「はぁ……どさくさでこのパフェを注文できるとか……。この子様々だわ」

 

「ん、何か言った?」

 

「いや? 空耳ではないか」

 

 

 普段この店を会合に利用するときは、ナメられないようにスイーツを頼めないペンデュラムであった。軽くナプキンで唇のクリームを拭う姿は、本当に様になる美丈夫(イケメン)なのだけれど。

 

 

「ああ、ところで……報酬はいくら欲しい?」

 

「えっ……ああ、報酬ね、うん。……そっちが決めないの?」

 

「相場がわからんのでな。【トリニティ】も【ナンバーズ】のようなPMC(民間軍事会社)と契約することはあるが、個人となればまた相場が違うだろう?」

 

「それはもちろん」

 

 

 ……どうしよう。

 色仕掛けで小遣いをせびるつもりで来たので、相手次第だと思ってた。

 

 あまり高値を吹っ掛けると、次から使ってもらえないか? 生活費の足しにしたり、鈴夏先輩から教科書を買ったりするなら長く付き合っていきたい。

 いや、安すぎるとわざわざ来た意味がないか? でも自分程度の腕前くらいなら、結構そこらへんにいると思うし。ゲームしてお金までもらえるってのがまず話がうますぎるからなあ。

 

 ここは一丁、自分でもやりすぎと感じる高値を吹っ掛けて、交渉で下げていこう。こいつボンボンっぽいし、初値が高くても驚かないだろう。

 ぐっと手を握り、スノウは手のひらを突き出した。

 

 

「こ……こんだけ」

 

「……50万か?」

 

「えっ!? ち、違う違う! 5000円!」

 

「5000円だと!?」

 

 

 ペンデュラムは驚愕に目を剥いた。

 

 

(安すぎる!!)

 

 

 ペンデュラムは震える手でハンカチを握り、額の汗を拭う。

 なんだその値段は? この店で今食べているVRパフェをようやく注文できる程度のはした金とは。一体何を考えているのか……!?

 

 

「ふ、ふむ……!? さすがにその値段は驚いたぞ……」

 

「フフ……だけど、交渉の余地はあるよ」

(さすがにゲームするだけで5000円とか高すぎるって思うし)

 

「交渉か……なるほど」

(最初にその安すぎる値段を提示して、活躍次第で値を吊り上げる。果たして自分の価値を正しく判断できるのか、それ如何で相手の器を測ろうというつもりね? 

 一流の人材は、自分を使う相手の価値を見定める……!!)

 

 

 2人の視線が交錯し、お互いの真意を悟る。

 

 

「小癪だな。だがよかろう、その提案に乗ろうじゃないか」

(生意気ね。でもいいわ、貴方を使いこなしてあげようじゃない!!)

 

「……受け入れてもらえてうれしいよ」

(えっ、いいの!? やっぱりボクってカワイイんだな。カワイイは正義……!!)

 

 

 悟ったような気がしたが気のせいだった。

 お互いを一切理解しないまま、固く握手を交わすポンコツ2人。

 

 その横で、ディミが机をバンバン叩きながら必死に笑いを堪える。

 

 

「では……よろしく頼むぞ、シャイン!!」

 

「ボクの名前スノウだけど!?」

 

「えっ、嘘。だって【氷獄狼(フェンリル)】の連中がSHINE(シャイン)って呼んでたから……」

 

「ここまでずっと名前間違えて交渉してたの!?」

 

 

 ダメ押しでディミを呼吸困難に陥らせつつ、交渉は成立したのだった。




あとがき特別コーナー『教えて!ディミちゃん』


Q.
材料費がかかっているわけでもなければ、お腹が膨れるわけでもないデータだけのパフェが5000円はぼったくりではありませんか?

A.
このお店は富裕層が会談に使われるようなお店なので、お値段は天井知らずです。

また、決して太らない甘味に価値を見出す方もいらっしゃいます。食べても食べても太らないスイーツは、世の女性の夢なのでは? 皆様の懐具合と食に対する価値に応じてサービスを楽しんでいただければ、スタッフ一同光栄の至りです。

……えっ? 味覚中枢だけを満足させるデータは実質電子ドラッグなのでは、ですって? だ、誰ですかそんな物騒な単語を持ち出すのは。全部合法! 合法ですよっ!

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