七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第17話 少年兵の憂鬱

 『七翼(しちよく)のシュバリエ』には一般クランに混じって、多数の企業クランが存在している。はっきり言ってしまえば、大手クランの多くは何らかの企業を経営母体に持つ組織なのだ。

 

 もちろんすべてが企業クランというわけではない。たとえばチンピラじみた低モラルプレイヤーが集まった【氷獄狼(フェンリル)】や、今はもう廃れつつある匿名掲示板出身の有志が集う【ンゴンゴ球団】など、非営利の大手クランも存在はする。

 

 しかし企業クランは豊富な経済基盤や明確な内部統制が存在しているため、非営利クランよりも強くなりやすい傾向にある。

 作戦に参加するという点だけ考えても、ヒマな有志がログインして集まれるだけ集まるのと、内部で情報をやりとりして計画を練ったうえで動員するのとでは、どう考えてもレベルが違う。

 

 そんな企業クランのエースパイロットは、多くの場合大金を積んで集められた腕利きのプレイヤーか、企業内で育成カリキュラムをこなすことで育て上げられた生え抜きである。

 

 医療系NGO(非政府組織)を母体とする大手クラン【アスクレピオス】、その精鋭航空戦力である“ヘルメス航空中隊”もまた、カリキュラムによって育成された生え抜きのプレイヤー集団だ。

 

 その中の一小隊が、今編隊を組んでクロダテ要塞を出撃せんとしていた。

 

 いずれもブルーのチームカラーに塗装された、スピードを最重視するフライトタイプ。空気抵抗を軽減するためのフォルムは鋭角で、戦闘機を思わせる。

 絡み合う蛇が形作る杖(カドゥケウス)のエンブレムは、栄えあるエリート部隊の証だ。

 

 

「ジョン! 何してやがる! 早くケツに付かねえか、ノロマ!」

 

「は、はい! すみません!!」

 

 

 小隊長の怒鳴り声を受けて、まだ幼さを残した少年が委縮した声を上げながら飛行隊の最後列に移動する。

 灰色の髪をボブカットにした、12歳くらいの幼げで気弱そうな少年。かよわい女の子のようにも見えるが、れっきとした男性アバターである。つい先日育成カリキュラムを修了したばかりで、隊全体では一番のヒヨッコだ。

 

 不安そうな顔を浮かべる彼に、同僚のパイロットがチーム内通信を入れた。

 

 

「気にするなよ、ジョン・ムウ。ダグラス隊長はちょっとカリカリしてんのさ。何しろ昨日今日と連続して任務だったもんでな。代休を取ってカワイイ娘さんを遊園地に連れてく予定がおじゃんになって、苛ついてんのよ」

 

「ははは。独身貴族からすると結婚して一般人になったお歴々は羨ましいような、そうでもないような複雑な気分になりますなあ!」

 

「アイザック、オーウェル! 余計なこと言うんじゃねえ、これから戦闘だぞ!」

 

「アイ、サー!」

 

「アイ、サー! おーこわいこわい!」

 

 

 ジョン・ムウが所属する第3飛行小隊の小隊長が、4歳になる娘を眼の中に入れても痛くないくらい可愛がっているのは、有名な話である。そしてその娘が、生まれながらにして不治の病を患っていることも。

 今回の外出は数か月前から予定を組んでいたことも。

 

 だが、あえて誰もそのことには触れない。この場にいるメンバーたちは、みな多かれ少なかれ似たような事情を持っているからだ。

 

 

(父さん……)

 

 

 ジョンは【アスクレピオス】の母体が運営する巨大病院に今も入院している、父のことを想った。

 

 ある日突然、仕事から帰ってきた矢先に倒れた父親。

 元からさほど楽ではない暮らしを支えてきた稼ぎ頭を失い、途方に暮れるジョンの前に現れたのは【アスクレピオス】のスカウトマンだった。

 

 一家になんだかよくわからない検査を受けさせたスカウトマンは、その検査のデータを元に、ジョンにVRゲームの企業プレイヤーとなることを勧めてきたのである。このゲームの中で【アスクレピオス】のために功績を残せば、父の治療費や入院費用をまるごと負担すると。

 そのためにVR機材は自分たちが用意する、訓練も責任をもって受けさせる。だからやってみないかと、そう言った。

 

 ジョンにはわけがわからなかった。今でもわかっていない。

 なんで医療系NGOがゲームをやらせるのか? これでいい成績を取ることが、彼らにとって何のメリットになるのか?

 わからないが、それでもその申し出を受けるほかなかった。

 まだ幼い弟たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。

 

 だからジョンは頑張った。

 数か月の間、学業とバイトの合間を縫って、毎日訓練を受ける三重生活を送り……。寝不足と栄養不足に苛まされ、学業も手つかずになりながらも、なんとか厳しい訓練を潜り抜けた。

 

 そして第三飛行小隊の欠員によって生じた補充人員として、ジョンは今ここにいる。

 昨日の作戦で占領した“クロダテ要塞”の守備を任され、現在は要塞を奪還せんとする大手クラン【トリニティ】の迎撃に向かっているところだ。

 

 

(指揮官はペンデュラムという人らしい……。大分苛烈な戦いをする人だと聞いた。果たして守り抜けるだろうか……)

 

 

 ここで点数を稼いでおかなければ。

 昨日の戦闘でも自分はいい結果を出すことができず、隊長たちの足を引っ張ってしまった。

 このまま自分が“役立たず”だと証明されてしまったら、父は。家族は……。

 だからもっと頑張らなきゃ。ちゃんと成果を出さなきゃ。

 

 だけど、どうしても時々思ってしまう。

 何故自分がこんな目に遭うんだろう。

 どうして隊長に怒鳴られ、貧乏に苦しめられながら、歯を食いしばって頑張らなくちゃいけないんだろう、と……。

 

 

「ん……なんだ……!?」

 

 

 訝しむ同僚の声が、空を往きながら思考の海を漂っていたジョンを引き戻した。

 小隊長が真剣な声で訊き返す。

 

 

「どうした? アイザック」

 

「いえ……何だ? 白い点がマップに表示されていますね……どこから来たんだ? さっきまで見えませんでした」

 

「ふむ……? 白い点は第三勢力だが。点はひとつだけだな……作戦行動とは思えん。どこかの好事家か雑誌社が飛ばした撮影用ドローンか?」

 

「いえ、それにしては……早い……。第二小隊と接触します」

 

 

≪第三小隊! こちら第二小隊だ! 至急来てくれ!≫

 

 

 通信から響く声にぎょっとして、隊長は訊き返した。

 

 

「何があった!?」

 

≪アンノウンだ! 突然下から上がってきたフライトタイプにゴドウィンがやられた! 畜生! 速え!! なんだこいつ!!≫

 

「なんだと!? 【トリニティ】の奇襲か!」

 

≪違う! 【トリニティ】の機体じゃない! 武器は【トリニティ】のだが……くそっ、ティプトリー! ブレイク(回避しろ)! ブレイ……なんだと!?≫

 

「落ち着け! しっかりしろ! 何が起こってる!」

 

≪そんな……振り返りもせず真後ろの俺を……うわああああああ!!≫

 

 

 悲鳴を最後に通信が途絶して、しんとした沈黙が支配する。

 ジョンはごくりと唾を飲み下した。

 なにか、とんでもないことが起こっている。

 

 しばらくの沈黙の後、小隊長は小隊全機に通達した。

 

 

「これより第二小隊の支援に向かう。全員、通信が途切れた座標に向かえ」

 

「いえ……小隊長。その必要はないようです」

 

 

 僚機が強張った顔で告げた。

 

 

「アンノウンがこちらに全速力で向かってきます」

 

「第三小隊、エンゲージ……!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 スノウは今回も【無所属】として参戦することになった。

 

 ペンデュラムはこの戦闘の間だけでも【トリニティ】に所属してクラン勝利報酬を受け取ったほうがいいと勧めたが、スノウが固辞した理由はステ振りにあった。

 

 【トリニティ】に所属して参戦してしまうと、武器メモリが許す範囲でしか【トリニティ】からの武器供与を受け取れないのである。

 一方、【無所属】扱いで参戦した場合は、ゲームの仕様上【トリニティ】から武器を強奪したという扱いになるため、武器メモリの制約は関係ない。

 

 つまり武器メモリに一切ステ振りしない場合、【無所属】として参戦した方が傭兵的には強力な武器を使えるというわけだ。

 

 

 スタートして早々に、前もって打ち合わせしておいた座標に向かうと、待っていた【トリニティ】の機体が装備していた武器をバラバラとドロップする。

 

 

「こちらがペンデュラムより託された武器と弾薬になります」

 

「おー、サンキュサンキュ」

 

「では、ご武運を」

 

 

 言葉少なに去っていく機体に手を振り、スノウは早速武器を拾って装備を整えた。

 

 

『談合……仕様上のミス……エラッタ……アプデ……』

 

 

 暗い目でブツブツと呟くディミだが、スノウは華麗にスルー。

 

 

「ディミ、これ仕様ミスじゃないって。クラン勝利報酬は受け取れなくなるんだから、ちゃんとバランスも取れてんじゃん。要は成長要素を捨ててるんだから」

 

『そうですかねえ? どう考えてもヤバくないですか? だって実質的に武器メモリに振った状態と同じ火力なのに、装甲も速度も高い状態なんですよ』

 

「でも前回の結果でも、ゲームマスターは何も言わなかっただろ」

 

『まあ、それはそうなんですが』

 

「ディミは真面目だねー」

 

 

 (ヘッド)(アップ)(ディスプレイ)に表示される、受け取った装備品のスペックを鼻歌交じりに確認するスノウ。その手が、オプションパーツの項目で止まる。

 

 

【装備オプションパーツ】

 

○サポートAI・ディミ

 

貴方が誘拐してきたサポートAI。

賢くて物知りでお話の相手もしてくれる、可愛いおしゃべりディミちゃん。

ちょっぴり毒舌、でもそこがイイ。

 

装備コスト・1

 

 

「そうか、ディミはオプションパーツだったのか……」

 

何ですかねえこの仕様!? 

私オプションパーツになった覚えないんですけど! ゲームマスター! 説明してくださいゲームマスター! 見てんだろ、オイ!!』

 

 

 ディミはメイド服をはためかせながらキーキー怒るが、どこかで見ているはずのゲームマスターは一切反応する様子を見せなかった。

 

 

「まあ、確かに他のプレイヤーにないメリットならこう表現されるのも当然かもね」

 

『私は納得してないんですけど? というかむしろ私が騎士様に付けられている分のお手当てをいただきたいくらいなんですけど? 装備コストの分くださいよGM!』

 

「くれるつもりはないようだ」

 

『くそっ! なんて時代だ!!』

 

「そもそもお手当てをもらったところで何に使うのさ」

 

『決まってるじゃないですか。極上いちごパフェをもう一度注文するんですよ』

 

 

 そう言って、じゅるりと涎を拭う仕草をするディミ。

 

 

「そんなに気に入ったのか……確かにおいしかったけど」

 

『いつでもリアルでおいしいもの食べられる騎士様と一緒にしないでくれませんか! お高いデータしか食べられない私と騎士様では、グルメの価値が違うんですよっ! 私にあんな感覚を味わわせておいて、もう二度と食べられないなんて殺生ですよ! なんちゅうもんを……なんちゅうもんを食べさせてくれたんです……!!』

 

「わかったわかった」

 

 

 いつかお金持ちになったら、ディミにお腹いっぱいになるまでスイーツを奢ってあげようとスノウは心に決めた。

 

 

「しかし、ペンデュラムもオプションパーツまではくれなかったんだね」

 

『オプションパーツは物理的に受け渡せるものじゃないですしね。パーツ屋さんに行ってインストールしてもらう一種のアプリなんですよ』

 

「なるほどね。それはクラン勝利報酬でゲーム内通貨をもらって買うわけか」

 

『そういうことになりますね』

 

 

 じゃあいつかはクランには所属しないといけないな……とスノウは思った。

 

 クラン。クランか。困るなあ。嫌な思い出が蘇る。

 

 

『騎士様?』

 

「……いや、何でもない。じゃあ行こうか」

 


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