七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~ 作:風見ひなた
ネカマ「やめて! ボクを巡って争わないで!」
――時間は再び3か月後に戻る。
「あっこら、何を目を閉じてるの。こっちを見なさいっ」
ボロアパートの自室の壁に押し付けられた
赤みがかった髪に、意志の強そうな吊り目がちの瞳。戦国時代の姫武将とかこんな感じの瞳をしてたんじゃないだろうか。お姫様のような高貴さを浮かべた整った顔立ちに、隠し切れないほどの野心でギラついた瞳。
その眼を見れば、なるほどこれはペンデュラムの中の人だと言われても納得できる。性別を除けば、の話だが……。
ほぼ同年代の女の子に壁ドンされて挙動不審な虎太郎に、天音は胡乱げな目を向ける。少し何かを考えているようだったが、ハッとして頬を染め、口元を押さえた。
「あっ!? もしかしてキスとかされると思ったの? そ、そういうんじゃないのよ! 私のモノになれっていうのは、私の忠実な家臣になりなさいってことなの! 私は別に恋愛感情とかそういうの一切抱いてないんだから!」
「いや、そんなこと一言も言ってないけど。脳みその代わりにスクミリンゴガイの卵でも詰まってんの?」
「スクミリンゴガイ?」
天音はとんとんと自分の頭を叩く。彼女の優れた脳は、一度見聞きした情報をすぐに思い出せる。まるで大容量のSSDを脳内に標準搭載しているかのように。
やがてうぇっと声を上げ、天音は顔をしかめた。
「誰がジャンボタニシの卵よ! ピンク色で気持ち悪いわね! 変なものを思い出させないでくれる!?」
「あー、その一瞬でネット検索でもしてるような反応の良さはペンデュラムだ。今確信できた……」
「こっちこそ、その悪態でシャインだと断言できるわ! なんで柄にもなく丁寧語なんて使ってるの? 事前調査してても別人かな? って思ったじゃない!」
「厄介避けのために決まってるだろ! 具体的な厄介というのは、突然家に押しかけてきて『俺のモノになれよ』と壁ドンして囁くような変な女とかだな!」
虎太郎がそう叫ぶと、天音はぱちくりと目を瞬かせた。
「あれ……? おかしいわね。前にネットデートに連れてったときは、こうして迫ったらいい感じの手ごたえ見せてたからリアルでもいけると思ったのに……?」
「あっ、あのことは忘れろっ! どうかしてたんだよ、あのときは! そもそもあれはデートなんかじゃないだろ!」
「私的にはデートのつもりだったのだけど……!? 私を弄んだの!?」
「こっちのセリフなんだけどなぁ!?」
虎太郎は何か物足りない気分を感じて、くそっと舌打ちした。
ここにディミがいてくれたら『騎士様? 街を一緒にお散歩して服を買ってもらってレストランで料理を食べたらそれはデートだと思いますよ。無自覚ビッチメスガキなんですか?』と突っ込んでくれるだろうに……!
3カ月ですっかり
「クソッ、ツッコミが入ってこない! 物足りない!」
「この子、何か私が想像もつかないようなタイプのネット依存症を起こしている気がするわ……!」
ごくりと唾を飲み込んだ天音が、気を取り直したように契約書を取り出す。
「それより! 私と契約しなさい!」
「いやだ! 飼い殺しは絶対にノウ!」
「大丈夫よ、優しく飼ってあげるから!」
「やっぱり飼うつもりなんじゃねーか!」
断固拒否られた天音は、ぶつぶつと何やら口の中で呟く。
「シロ? こういうとき参考資料だと『グダグダ言わずに俺のモノになりゃいいんだよ』と強引にいくか『俺に首輪を付けさせろよ。溺愛してやるぜ……☆』と懐柔するかのどっちかだったと思うけど、どっちがいいと思う?」
よく見れば耳元にイヤホン、胸元のボタンがマイクになっていた。
「オーディエンスに相談してんじゃねーよ!? というか何でさっきから少女マンガみたいなアプローチばっかなんだ!? 当方男なんですけどねぇ!?」
「少女マンガじゃないわ、乙女ゲーよ! 『バイオレンス☆ラバーズ』と『すきすきっ♥ドSご主人様』って神ゲーを参考にしてるの! 私の恋愛のバイブルよ!」
「異端審問にかけて焚書《ふんしょ》して埋めろ」
完全に恋愛観が歪み切っていた。
「いや、そもそも恋愛じゃねーし! スカウトにそんな高圧的なフィクション参考にする奴とかいる!?」
「だってシャインって“メスガキ”ってやつなんでしょ?」
こきゅ、と天音が不思議そうに首を傾げる。
「“メスガキ”というのは強い大人にわからせられたくて生意気な口を利くものだと聞いたわ。“メスガキ”っていうのがどんなものかよくわからないけど」
「吹き込んだ奴を今すぐここに連れてこい! 僕はメスガキじゃねーよ!?」
「そうね、少なくとも今はオスよね。わかった、アパートの外にタマを待機させてるからすぐに入ってくるように言うわ」
「ここに来てんの!?」
虎太郎は危険思想の持ち主が自宅のすぐそばに潜んでいたことに戦慄した。
ついでにツッコミまくるディミの気持ちがわかりつつあることにもびびった。
やべーぞこのお嬢様! ゲームの
「ん……?」
そのとき、アパートの外からドスンバタンと物音が聞こえた。
若い女性の悲鳴らしき声も聞こえる。
ガンガンガンガンガン! と音を立てて、金属製の階段を駆け上がる音。
強引にドアを押し開いて、ブレザーの学生服を着た高校生くらいの少女が虎太郎の部屋に飛び込んでくる。
「その契約、ちょっと待ったーーーーーーーっ!!」
靴を玄関に放り捨てた少女は、虎太郎と天音の間に割って入ると虎太郎の体を全身ポンポンとさすって何やら確認を始める。
「まだ契約してないですよね!? 何かされてませんか!? 洗脳とか催眠とか暗示とかクスリとかで契約を強いられてませんね!?」
突然乱入してきて、早口でまくし立てる少女。
青みがかった深い色のロングヘア、後頭部をピンク色のバレッタで軽くまとめている。着ている制服はテレビでよく特集される、有名女学院のブレザー。
身長は女性としては少し高めで虎太郎と同じくらい。胸はかなり大きい。F……いや、Gはある。お尻もかなり大きめの安産型。そこにいるだけで周囲がぱあっと華やぐような雰囲気をまとっている。
クール系の天音とはベクトルが正反対だが、相当な美少女だった。
そして当然のごとく、
「……誰、キミ?」
虎太郎が見たこともない女の子だった。いや、絶対会ったことはない。
一度でも会ったことがあれば絶対に忘れないと断言できる。
アイドルでも上澄みレベルの可愛さだった。
その美貌に自信と茶目っ気たっぷりの表情を浮かべて、少女は言う。
「私は
「桜ヶ丘AI工房……? 聞いたこともないわね。どこの零細メーカーかしら?」
「れ、零細ではないです! これから世界に羽ばたくのですから!」
首を傾げる天音にぐうっと声を詰まらせつつ、噛みつく詩乃。
そんな詩乃を子供を見るような目で見て、ふっと天音は肩を竦めた。
「どこのだれかは知らないけど、弱小企業は引っ込んでいてくれる? これは貴方のような子供が関わるようなビジネスじゃないの。これからの日本の将来にも関わるビッグマネーが動く話なのよ」
「ビッグマネー、ねぇ」
「あっ、こらっ」
天音が手にしていた契約書をひったくり、軽く目を通した詩乃はハッと鼻で嗤った。可愛らしい顔立ちにジト目を浮かべ、ぺしぺしと契約書を手で叩く。
「年棒1000万でなーにがビッグマネーですか。虎太郎センパイが世間知らずだと思って、よくこんな
「むぐっ……!」
「え、安いのそれ? というか誰キミ」
詩乃は虎太郎に向き直る。
「お話になりませんね! ウチなら……倍の2000万円は出せますよ?」
「2000万!?」
ぽかんと口を開く虎太郎の様子を見て、天音が声を張り上げる。
「1000万は初年度契約よ! 毎年更改のたびに上げるつもりなの!」
「ほーん? 本当ですかねえ。センパイが黙ってたらそのままコキ使うつもりだったんじゃないですぅ?」
「本当よ! それよりそっちこそ2000万とか、値切ってくるじゃない。ならウチは初年度3000万でいいわ! 働きに応じてボーナスも出すから!」
「むっ! ならこっちは3500万です!」
「4000!!」
「4250!!」
「5000!!」
「ご、5500!!」
「6000!!」
突如始まった自分の値を決めるセリを、虎太郎は唖然として見つめるばかりだ。
クールな美女と小悪魔系美少女が、庶民にはまったくピンとこない数字を出して争っている。
当初の1000万という話はどこにいったのやら。
その数倍の値段が飛び交うここは、経済戦争の最先端と言えた。
「ええいまどろっこしい! 1億よ!」
「ぐううっ……!」
「そろそろ諦めたら? 私はまだまだ上げられるけど、零細メーカーじゃどんなに背伸びしてもこれ以上は無理でしょ」
詩乃は歯噛みして悔しそうな表情を浮かべていたが、やがてぽんっと手を叩いた。
「あっ、そうだ。じゃあ私がセンパイのマネージャーしましょう! ウチが事務所立ち上げますから、センパイはそこの所属ゲーマー兼タレントということにして。世間知らずなセンパイをガッチリとサポートしてあげますよぉ♥」
「は? は?」
ぽかんとする虎太郎に、詩乃が正面から抱き着いてくる。ぽよんっとした暖かな弾力が押し付けられ、虎太郎は目を白黒させた。
それを天音はムッとした表情で見ながらも、ふむと顎に手をやる。
「でもそれも悪くないわね。少なくとも事務所契約という形にすれば、不安定な個人契約よりはずっといい……。詩乃だったかしら? 貴方にそんなノウハウがあればだけど」
「ふふんっ、私を誰だと思ってるんです? 天才美少女CEOですよっ! このアイドル顔負けの詩乃ちゃんが自分を
「今まったくの未経験の素人ですって言わなかった!?」
虎太郎は勢いでツッコミながら、詩乃の肩に手を置いて身を引き離した。柔らかく暖かな感触が遠のく。
「それよりも、本当にキミは誰です? 僕は見たこともないような人に自分の身柄を預ける気なんてさらさらないんですけど」
「あれ? わかりません? 名前で連想できると思いましたが」
詩乃はくるりんっとその場で一回転して胸に手を当て、挑発的な笑みを浮かべながら仁義を切った。
「お控えなすって。
「ゴクドー……?」
虎太郎は美少女の口から出てきた流れるような口上に言葉を失っていたが、聞き覚えある単語に引っかかりを覚え、やがて声を上げる。
「ゴクドー!? 桜庭組のゴクドー兄貴!?」
「そうそう、そのゴクドーですよぉ。すぐ気づくと思ったんだけどなぁ」
「いや……いやいやいや、気付くわけないでしょ……。あの筋肉ムキムキで全身刀傷だらけの若頭と全然結びつかないんだけど」
「んふ♪ さーて、自己紹介も済んだところで……」
詩乃はぴたっと虎太郎の腕にくっつくと、すりすりと甘えるように体を擦り付けてきた。
「センパイ、私と組みましょ? ウチと専属契約してくれても、私がマネージャーになるのでもいいですからっ。きっと両方にとってWIN-WINのビジネスパートナーになれると思うんですよぉ」
「ちょっと待ちなさい。桜庭組?」
天音はギロリと詩乃を睨み付けると、肩をいからせて虎太郎と引き離した。
「思い出したわ、桜庭組! 最近ウチの領地を荒らしてるヤクザもどきの新興クランじゃないの! よくものこのこと顔を出せたわね! 貴方たちのおかげで私の【トリニティ】内での立場はガタガタなのよ!?」
「えっ……すみません、誰です?」
「ペンデュラムよ! 【トリニティ】の!」
「ぺ、ペンデュラム!? あ、それはその……あはははは……どうもどうも」
「君たち互いの素性知らずにセリしてたの……?」
半目の虎太郎のツッコミに、愛想笑いを浮かべていた詩乃が慌てて手を振る。
「ま、待ってください! これには事情が……というか虎太郎センパイが悪いんですよ! 好き放題に周囲のシマを切り取るから、拡大路線を抑えきれなくなっちゃっただけなんです!」
「零細企業クランなんて人数知れてるんだから、クランリーダーが止められないわけないでしょ!」
「ほ、本当ですよ! というか虎太郎センパイ、責任取ってください!」
「責任!?」
「そうです!!」
詩乃は腕で豊満な胸をぎゅっと挟み、ぷくーっと頬を膨らませながら虎太郎に迫る。
「(ウチのシマを)メチャクチャにした責任を取ってください! 私、もう元の(貧乏な)生活に戻れません!」
「おいやめろ。なんだその誤解されそうなセリフ」
虎太郎が半目で突っ込むと、ふーん? と天音が逆側から迫る。
「それを言ったら私の方がシャインに好き放題されてるんだけど? ねーシャイン? 散々好き放題して、あっさり私から乗り換えるなんて言わないわよね?」
「わざとやってんのかその言葉のチョイス!?」
タイプの違う2人の美女に迫られた虎太郎は、青い顔になった。
まずい。これは絶対にまずい。
ただでさえここは壁が薄いんだ。そんなところに壁ドンして、おまけにぎゃーぎゃーと騒いだら……。
ふと、部屋に静寂が訪れた。
異様な気配を感じて、誰もが口を閉じたのだ。
敏感な虎太郎でなくても察することができるほどの殺気の塊。
玄関に、ジャージ姿のおっぱいの大きな長身の女が立っていた。
ゆらりと目に見えるかのような殺意に、瞳孔が開いた瞳。手にはおたま。料理の途中だったのかな?
しかしそのおたまにこびりついた赤い液体は一体。
「ねえ、貴女たち。私の大事な
「ち、違うんです
天音と詩乃が両手を握り合い、こくこくこくこくと激しく頭を縦に振る。
2人は見てしまった。玄関の向こう側、ジャージ姿の
「本当に?」
こくこくこくこく。
3人が激しく頷くと、鈴夏はほわっとしたいつもの雰囲気に戻った。
「なんだ、よかったぁ。虎太郎くんを連れて行く悪い人はいないのね」
「はい、鈴夏先輩の勘違いですよ」
虎太郎はふう……と安堵の息を吐く。
最近の鈴夏先輩はちょっと心配症で困る。いろいろあって、すっかり懐かれてしまった感があった。
鈴夏はにっこりとした笑みを崩さないまま言う。
「じゃあ虎太郎くん、この人たちがどういう人たちなのか教えてくれる?」
「……わかりました。じゃあ『七翼』を始めてからの3カ月のことを改めて説明します。とりあえず、みんな座ってお茶でも飲みませんか?」
「そうね。ああ、別にシャインが動く必要はないわ」
天音がぱんぱんと手を叩くと、死んだように横たわっていたメイドたちが起き上がる。詩乃の部下の黒服の男たちも。どうやらみんな鈴夏にやられたふりをして様子をうかがっていたらしい。
ちなみに鈴夏が持っていたおたまに付着していた液体は具なしハヤシライスであった。
天音の部下の3人のメイドたちがお邪魔しまーすとティーセットを手に部屋に入ってきて、てきぱきとお茶の準備を始める。
それを横目で見ながら、虎太郎はゆっくりと語り始めた。
「それじゃあ、まずは……」
……物語は再び、レイドボスを倒した翌日へと遡る。