七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第31話 ゆずってくれ たのむ!!

 店の中には視界に収まりきらないほどに積み重なった巨大なコンテナの山が、薄暗い照明に照らされてうずくまっていた。

 いや、積み重なったというのは正確ではない。コンテナのひとつひとつに格納ブロックが割り振られ、それらがハチの巣のように並べられている。

 

 この無数のコンテナのひとつひとつにパーツが格納され、新たな使い手が現れるのを待っているのだ。どんなパーツが収められているのかは、コンテナの前にホログラムで表示されていた。

 

 

 これは最早店などと呼ぶよりは、倉庫と呼んだ方が適切なのかもしれない。

 それもひとつの高層ビルの中身をそのままくり抜いて改造したかのような、無尽蔵の巨大倉庫だ。

 

 それでもこの施設が店と呼ばれる資格を持つのは、スノウとディミの前にやはり薄暗いオレンジ色の光に照らされたカウンターがあるからだった。

 

 カウンターの上には分厚い辞書ほどのボリュームがあるカタログが置かれており、その向こうでは店員が椅子に腰かけたまま腕組みをして眠っている。

 メカニック用のツナギを着用しており、脱いだ帽子を顔の上に乗せているので表情は見えないが、かなり小柄な体格のように思えた。

 

 

 ヒュウとスノウが口笛を吹いて、楽しそうに笑う。

 

 

「いいね。これは思ったよりも品揃えが豊富じゃないか」

 

『あ、あれ……? おかしいですね。店内の様子がショップデータ一覧に掲載されている内観と随分違うような……』

 

 

 スノウとは対照的に、ディミは訝しげな表情を浮かべていた。

 検索した時点ではもっとこぢんまりした店舗だったはずだ。断じてこんな、パーツの展示場のような異常な光景ではなかった。

 

 実際、ここに重ねられているコンテナはおかしい。

 コンテナの型番から読み取るに、“同じ型番のパーツがほとんどない”。

 品揃えが豊富という条件でヒットした店とはいえ、いくら何でもやりすぎだ。

 

 そしてもうひとつ言うなら、このコンテナの山はあまりにも整理が行き届いていた。

 

 

『なんだかすごく整然とコンテナが積まれてますね……まるで図書館みたいです』

 

「図書館ねぇ……。ボクはそれよりもっと似ているものを見たことがあるな」

 

『それはどういった?』

 

 

 問われたスノウがクスッと笑い、答えを口にしかけたとき。

 

 

「うるっせえなあ……。誰だよ、勝手に入ってきやがって」

 

 

 カウンターの向こうで寝こけていた店員が体を起こし、顔を覆っていた帽子を手に取った。

 

 鈴を転がすような可愛らしい声色にそぐわない、荒っぽい口調。

 年齢は11~12歳ほど。第二性徴期を迎える前の女児らしい小柄な体格。

 真っ赤な髪を後頭部に編み込んでまとめているが、ほどけば肩まであるだろう。

 エメラルドグリーンの瞳は、今は寝起きでしょぼしょぼとしている。

 

 店員の少女は眠そうな目をしたまま机の上に散らばっていた小さな棒付きキャンディを引っ掴むと、緩慢な動作で包み紙を剥いて口に含んだ。

 

 カラコロと口の中でキャンディを転がしながら、メカニック帽を被り直す。

 メカニック帽にはピンクのリボン状の飾りが2本付いており、正面から見るとまるでウサ耳のようだった。

 

 甘味を口にしたことで眠気が冴えたらしく、店員の少女の瞳がぱっちりと開く。

 そしてスノウたちを見つめ直して、んん? と声を上げた。

 

 

「いや、待て……本当に誰だオマエら? どうやって入ってきた?」

 

「どうやっても何も、普通に検索して入って来たんだけど。ここパーツ屋でしょ? できるだけ閑古鳥が鳴いてる店、という条件で絞ったけど」

 

 

 スノウは山と積まれたコンテナを見上げ、にっこりと笑う。

 

 

「うん、いい店だと思うよ。これは見ごたえがある」

 

「そりゃどーも。褒められて悪い気はしねえけどよ、生憎と売り物はないぜ」

 

「これだけパーツがあるのに?」

 

「売るつもりがないんでね」

 

 

 店員はぶっきらぼうに言い捨てると、ぼりぼりと帽子の上から頭を掻く。

 スノウの方など見もしない。完全に興味を失っている。

 

 

「ったく、検索エンジンのバグかねぇ? 検索に引っかからないように弾いたはずなんだが、どうして入ってきちまったのやら」

 

「そうか、売り物じゃないのか。まあそうだろうなという気はしてたよ。だってこれ、キミの“コレクション”だろ?」

 

 

 そうスノウが口にすると、店員は驚いたように振り返った。まるでそのへんに突っ立っていた案山子が突然しゃべりだした、とでもいうように。

 

 そして瞳をキラキラと輝かせると、スノウに近付いてバンバンと背中を叩く。

 

 

「わかるのか!? オレのコレクションが!!」

 

「わかるとも。この充実ぶりと整頓ぶり、そしてコンテナの前に浮かぶ内容物のホログラム。これはどう見たって“マニアのコレクション棚”だよ。自分で集めたものをニヤニヤしながら眺めて楽しむためのものだ、そりゃ売れないだろうね」

 

 

 スノウが頷くと、店員……いや、コレクターの少女は破顔して嬉しそうに笑う。

 

 

「いいねいいね、オマエはわかってるよ! そう、ここはオレの展示棚だ! ショップって(てい)にしないと領域(バイナリ)を確保できなかったからパーツ屋ってことにしちゃいるが、オレの! オレによる! オレのための! 自慢のコレクションだよ!!」

 

『……騎士様、よくわかりましたね』

 

「まあね。昔コレクターの友達がいて、フィギュアやらプラモやらゲームやら、自宅の複数の部屋を使ってコレクションしてたんだよ」

 

 

 ディミに耳打ちされたスノウの返答に、コレクターの少女はうんうんと頷く。

 

 

「その友達もなかなかの趣味人だな、オレと話が合いそうだ」

 

「そうだね。ボクはモノに執着しないタイプだけど、彼の情熱は尊敬していたよ。コレクションについてのうんちくや、どれだけ入手に苦労したのかの語りを聞くのが楽しくてね。泊りがけで遊びにいったもんだ」

 

「おお……。オマエ、いい奴だなぁ。珍しいぞ、そんな奴。オレにも昔そういう大親友がいたけど、今はもう会うこともできなくてな」

 

「そうか。まあ出会いと別れは世の常だからね」

 

「うむ、今はこの出会いを喜ぼう」

 

 

 あっという間に意気投合する2人。

 ディミは訝しげな表情で、スノウの耳元に先ほどより小さな囁き声を送る。

 

 

『まさかとは思いますが、このコレクションを盗もうなんて思ってないでしょうね?』

 

 

 するとスノウは目を丸くして、まさか! と口にする。

 

 

「いくらなんでもそんなことはしないよ。だってこれは“トロフィー”だ。ひとりのプレイヤーが誠心誠意ゲームに取り組んで獲得した勲章だよ? ゲームに本気で取り組む者として、その成果を横から奪うなんてできるわけがない。ガチャでSSR武器引きましたー程度のものならいざ知らず、安易な気持ちで手を出しちゃいけないものだよ、これは」

 

 

 アッシュくんディスってんのかメーン?

 

 まあそんな噛ませ犬はさておき、ディミは思わぬ答えに感心した表情を浮かべた。

 

 

『騎士様にもそういう他人を尊重する心があったんですね。私は今、ウミガメが産卵するときに涙を流すと知ったときと同レベルの驚きを覚えていますよ。畜生(アニマル)にもひとかけらの慈愛の心があったんですね』

 

「キミって本当にどんどん失礼になっていくよね……」

 

『ちなみにウミガメが産卵時に泣くのは単に塩分を排出してるだけの生理反応です』

 

「その豆知識、今言う意味あった?」

 

「いや、ちょっと待った」

 

 

 スノウとディミがいつもの漫才をしていると、横から少女が口を挟んだ。

 その瞳はスノウの頭の横に浮かぶディミに向けられている。

 

 

()()()()()()()

 

 

 スノウとディミは一瞬視線をかわし、眼だけで軽く頷く。

 

 

「ただのペットオプションパーツだよ」

 

『こんにちわ! 私、妖精ペットのディミちゃん! よろしくね!(カクカク)』

 

「最近のペットAIって会話もできてすごいよねえ」

 

「いや、騙されねえからな!?」

 

 

 コレクターの少女はできの悪い寸劇を軽く流し、ディミを指さす。

 

 

「ペットOPにはそりゃ会話機能くらいはついてるさ。主人と意味のあるやりとりをすることもできる。だが、その場の状況を判断してジョークを口にする機能なんかあるわけがねえ。ましてやジョークを学習する機能だと? バカも休み休み言えよ、そんな高等なペット用AIなんざあってたまるか。こっちはパーツ屋だぞ?」

 

「パーツ屋は体裁だけだって言わなかったっけ?」

 

『言いましたねえ』

 

「パーツ屋で不満ならコレクター(オタク)だ。オレは古今東西、このゲームのパーツなら大体何でも知ってる。ゲームマスターが即興で生み出したもんでもなけりゃあな」

 

 

 コレクターの少女は、軽く笑いを浮かべる。

 

 

「オレが知らない、ってことはつまりゲームマスターが即興で作り出した一品モノってことだ。で、改めて訊くが……『それはなんだ?』」

 

 

 どうも予想以上のマニアだったようだ。

 こいつを誤魔化すのは不可能と判断して、スノウがお手上げのポーズを取った。

 

 

「わかったわかった。チュートリアルのサポートAIだよ、元は。ボクがスカウトして専用のサポートAIになってもらったけど」

 

『スカウト!? 言うに事欠いて!? どう見ても誘拐でしたけどねえ!?』

 

 

 スノウの言葉に、少女は興味深げに頷く。

 

 

「チュートリアル用AI。なるほどな、それなら多数のプレイヤーとのコミュニケーション経験がある。チュートリアルが終わるごとに記憶がリセットされるとはいえ、経験は蓄積されているとしたら……感情的知性(EI)を獲得するというのもまんざらありえない話ではない……か?」

 

「よかったなディミ、なんかキミは割とレアキャラらしいぞ」

 

『あんまり素直に喜べないですけどねえ』

 

「普通は頭が良いって褒められたら嬉しがるものだよ」

 

『人間の心を手に入れたピノキオが幸せだったと思います?』

 

「それが不幸せなら、人間様は生まれつきもれなく不幸だな」

 

 

 互いにデッドボールを投げ合ってクスクス笑うスノウとディミ。

 その光景に、少女が思わず目を見張る。

 そしてディミを指さし、力の限りに叫んだ。

 

 

「その子を譲ってくれ、頼む!」

 

『は!?』

 

「うん? 嫌だけど」

 

 

 目を丸くして立ちすくむディミと、サクッと拒否するスノウ。

 そんなスノウに少女がすがりつく。

 

 

「そう言わずに、譲ってよ! お願い、お姉ちゃん!」

 

 

 スノウの手を取って、うるうるとした上目遣いで詰め寄ってきた。

 いたいけな少女の外観が伴って、まるで幼い子供を虐めているかのような構図。少しでも心ある者なら、罪悪感に苛まれてしまうことは必定。

 

 

 スノウは天使のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。

 

 

「やーだよっ☆」

 

 

 そしてそんな泣き落としが、“僕の考えた究極の美少女アバター”であるスノウに通じるわけがないのだった。

 むしろ外見を利用することなら負けず劣らずの悪質ぶりである。本人が思っているような効果を発揮しているかはさておき。

 

 泣き落としが通じないと見た少女は、うぬぬと苦い表情をする。

 

 

「ただでさえ一品モノのOP、さらにそこまでの知性(AI)(EI)を持った知性体なんて探してもそうそう見つかるもんじゃない。金ならいくらでも弾む! 言い値でも構わん、いくら積めば売ってくれる!?」

 

「売らないよ。この子は売り物じゃないもん。キミだって自分のコレクションは売れないだろう? それと同じだよ」

 

「ぐっ……!」

 

 

 ぐうの音も出ない反論に、少女は沈黙する。

 そしてしばしの静寂の後に、絞り出すように言った。

 

 

「わ、わかった……! じゃあオレのコレクションのパーツから……性能が高すぎない……いや。なんでも好きなのを……1個……いや……ぐぐっ……! に、2個……」

 

 

 無表情のスノウの顔を見て、何度もつっかえながら言う。

 

 

「さ、3個だ! 何でも好きなパーツ3個と交換してやる! だから譲ってくれ、それならいいだろ!?」

 

「3個ねえ……」

 

 

 腕組みして顎を撫でるスノウを、ディミはハラハラした顔で見つめている。

 

 とんでもない破格の申し出だった。

 ここに積まれたパーツの表記が正しければ、現状どのクランも達成していない技術ツリーのものさえ含まれている。

 望むならば、人類がいまだ到達せざる奇跡(オーパーツ)がスノウの手に収まる。

 自分のようなただのAIがその対価にふさわしいとは到底思えないが、どう考えてもその交換は受けるべきだ。

 スノウはまだ交換レートを吊り上げる気かもしれないが、現状のレートですら破格すぎる。早くその交換を受けてください、と言いたかった。少女の気が変わろうものなら、二度とはないチャンスを棒に振ってしまう。

 

 しかしただひとつ。

 ただひとつだけ残念なことは……。

 

 もう二度と、スノウと共に冒険できない。

 この無茶苦茶でデタラメでワガママで、どんな道理も蹴っ飛ばしてしまう子供じみたプレイヤーが見る景色を、一緒に見ることはできない。

 

 それだけが無性に悲しかった。

 

 

 スノウはそんなディミの方など見もしない。

 口角を吊り上げて、ニヤリと笑った。

 

 

「その程度じゃ売ってやれないな。悪いけどこの子はそんなに安くないんだ」

 

「お、お前はバカか? このパーツの価値がわからねえのか!?」

 

「いや、なんかすごいってことはわかるよ。ただこっちはいかんせん始めたばっかの新人(ニュービー)で、機体も初期パーツなんだよね」

 

「……は?」

 

 

 あんぐりと口を開ける少女。

 悪態を吐く顔も愛らしいけど、ぽかんとした顔もちょっとマヌケでカワイイな……とスノウは思いつつ、ニタリと嗤う。

 

 

「まあそれはさておき、どんな高級パーツでも交換はできないよ。だってその子は、ボクの“半身(demi)”なんだから。ボクはこれからその子とこの世界の頂上を見に行って、一緒に最高の景色で盛り上がるつもりなんだ。自分の魂の半分に値段を付けられるか? ボクには無理だね。だからボクは売らないし、売れないのさ」

 

「半身……? OPが、か……?」

 

「キミだってコレクターならわかるだろ。ひとつの対象について他人が抱く価値と自分が抱く価値は、必ずしも一致しない。ゴミに大金をはたく奴だっている。キミが付けた価値より、ボクが付けた価値が圧倒的に高かった、それだけのことだよ」

 

『騎士様ぁぁぁ!!!』

 

 

 ディミがぼたぼたと涙をこぼしながら、スノウの頭に飛びついてきた。

 

 

『うううう~! 騎士様が私のことをそんなに買っていてくれたなんて~!!!』

 

「あーもう、鬱陶しいな。そこは『騎士様にもようやく私の価値の一片でもわかったようですね、それならお小遣いのひとつもください』くらいで返しなよ。……待った、涙はともかく鼻水を擦り付けるな! というか鼻水なんて機能AIに必要か!?」

 

 ディミのメイド服に入っていたハンカチで涙と洟を処理させつつ、スノウはため息を吐いて少女に振り返った。

 

 

「というわけで、悪いけど交渉は不成立だ。なに、ディミはあげられないけどサポートAIは一品モノじゃない。チュートリアルでボクと同じように交渉すれば、ディミの姉妹機だって手に入るんじゃないかな」

 

『あまり広めないでほしいですね、その誘拐……。人員不足になったらどうしてくれるんです?』

 

「AIって畑から無限にとれるんじゃないの?」

 

『大根か!』

 

 

 調子を取り戻したディミが、スノウの頭をハリセンでスパーンとはたく。

 少女はそんな2人のやり取りを見て、クスッと笑いを漏らす。

 我慢できないというように拳を口元に持っていき、コロコロと笑い声を上げた。

 

 

「仕方ないな……わかったよ。親切にありがとうな。じゃあディミさんの姉妹機をもらうことにするよ」

 

「うん、わかってくれてよかった。長々と邪魔してごめんね。じゃあディミ、他の店を検索してくれる?」

 

『わかりましたー』

 

 

 ディミが別のパーツ屋を検索し始める。スノウは彼女が操作するインターフェイスを横から覗き込んでいる。

 

 その仲の良い2人の背中を眺めながら、うらやましいなぁと少女は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、本当にうらやましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が持っていないものを見せつけられるのは、こんなにも()ましい。

 

 

 姉妹品では違うのだ。

 自分は、それ自体(ディミ)が気に入ったのだ。

 

 彼女はパーツコレクターである。

 これまであらゆる手段を用いて、無数のパーツを集めてきた。

 手段は選ばない。

 大金を積んだこともあれば、自ら開発したことも、強敵を打ち破ったことも。

 

 ころしてでも、うばいとったことも。

 

 

 幾多のライバルを抹殺してきた、必殺の拳が無防備なスノウの背中に突き刺さる。

 


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