七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第41話 nanpa.exe

 気持ち良く勝利を収めた虎太郎は、軽い足取りで駅前までやってきた。

 お腹が減ったのでひとまずお昼ご飯を食べたい。

 

 時刻は14時を回っていたが、駅前は多くの人が行き交いごった返していた。近くに私大があるため学生の姿が多いが、サラリーマンや付近に昔から住む住民の姿も多く見られる。ファストフードやラーメン屋が軒を並べており、収入が入ったばかりだしたまにはこういう店で食べるのもいいのかもしれない。

 

 かつては学生街だったというこの街も、ネット社会の発展と共に少しずつ姿を変えつつある。

 第七世代(7G)通信網。1秒間でテラバイト単位のデータを処理できるこのデータ通信の登場によって、ストリーミングやアーカイブによる講義はもはやリアルのものと遜色ない。いや、聞き取れなかったところを聞き直したり、視聴しながらデータを閲覧できるという点ではリアルにも勝る。

 

 講義を選べば、リアルで大学に毎日通う必要もない。電車で数時間かかる他県に住みながら大学に通うことも珍しいことではなくなった。大学の近くに住む必要もなくなれば、学生街もその姿を変えていくのは当然のこと。

 まあ、それでも虎太郎のように親元を離れたがる学生はいるが……。

 

 虎太郎はふと頭上を見上げる。

 街中でありながら、電線の1本も見あたらないきれいな青空。

 故郷の都市部では決して見ることのなかった景観だ。あそこはもっと街は汚く、空は絡まり合った電線に覆われ、道行く人々は活気がなくどんよりとしていた。

 

 二度と戻りたくない。

 大学を出たら、そのまま東京で就職したいと虎太郎は考えている。

 もっとも親は地元に戻ってくるように言うのだろうが。そもそも勝手に東京の大学に願書を出し、飛び出すように出てきたのだし……。

 

 

「さーて何を食べよっかなー!」

 

 

 軽く頭を振って暗い考えを振り払い、虎太郎は無理やり昼飯に興味を向けた。

 

 東京がいいなと思うところのひとつは、ラーメンがおいしいことである。

 地元では行列を作らないと食べられないようなラーメン屋が、そこら中で軒を並べている。値段もそれなりにするので貧乏な虎太郎ではそうそう食べられないが、それだけに何かいいことがあったらラーメンを食べようと決めていた。

 

 軽く鼻歌を歌いながらお気に入りのラーメン屋への道を歩いていた虎太郎は、ふと足を止める。

 曲がり角の先から、ガンッ! ガンッ! と何か固いものを蹴り付ける音が聞こえていた。……なんだろう?

 この角を曲がった横丁には、確かVRポッドが置かれているネット喫茶があったはずだ。VRポッドが抽選で当たる前は、ここに通おうかと思っていたが……。

 ただならぬ気配を察した虎太郎は、恐る恐る角から顔を出して横丁の様子を伺ってみる。

 

 

「畜生ッ! コイン返せよッ! どいつもこいつもあたしをバカにしてッ!! 吐けってんだよッッ!!」

 

 

 高級感のあるビジネススーツを着こなしたキャリアウーマン風の女性が、パンプスのヒールで古い自動販売機に何度も蹴りを喰らわせていた。

 年齢は25歳頃、内向きにカールしたセミロングの黒髪、スラリとした体のラインが浮かぶようなモデル体型。しかし胸はすごく大きい。それでいて、女性でも見惚れるようないかにもデキるOLといった雰囲気。

 

 そんな女性が元学生街のうらぶれた横丁の一角で、自動販売機を口汚く罵りながらキックしている。

 

 

 どう考えてもやべーやつであった。

 

 

 虎太郎は何も見なかったことにして、そそくさと通り過ぎようとする。

 余計なことに首を突っ込むような趣味はない。自動販売機の持ち主でもあるまいし、下手に制止して巻き込まれるのはまっぴらである。

 

 さっと通り抜けようと足を速める虎太郎。その背後で、ボキッという音が響く。

 

 

(ボキッ……?)

 

 

「ああーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 

 少しだけ引き返して角から様子を伺うと、OLがワナワナと折れたヒールの踵を持って震えていた。

 そのままヘナヘナとその場にしゃがみこみ、膝を抱えてしまう。

 

 

「た、高かったのにぃ……。うっ、うっ……もうなんなんだよぉ……。なんであたしばっかりこんな目に遭うんだよぉ……。仕事したらセクハラ親父に付きまとわれるし、ゲームしたらガキにいじめられるし、もうやだぁ……」

 

 

 すんすんと涙声で肩を震わせるOL。見るに堪えない有様であった。

 

 とはいえ自動販売機に蹴りを入れてヒールを折ったのは自業自得。他人の所有物を壊そうとしていたのだから同情の余地などない。

 別に裸足で歩けないわけでもないだろう? 初夏のアスファルトはかなり暑くて火傷のひとつはするかもしれないが、知ったこっちゃない。

 こんなおかしな女に絡んで余計な面倒ごとを抱えるなんてまっぴらだ。

 

 

 そう思いながら、虎太郎は口にしていた。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「ふえ?」

 

 

 しゃがみこんでいた涙目のOLが顔を上げる。

 けっこうキツめのカッコイイ大人の顔立ち。その目元の化粧が崩れていて、何故だかそれが迷子になってしまった幼い子供を連想させた。

 

 

「良かったら手を貸しますよ」

 

「な、なんだよお前。ナンパか?」

 

「困ってる人をナンパしたりしませんよ。ヒール折れちゃったんでしょう? 落ち着けるところに運びましょうか?」

 

 

 露骨に警戒するOLを安心させるように、虎太郎は軽く微笑んだ。

 そのあどけない表情に、OLはムッとする。

 

 

「いらねーよ! よく見たらガキじゃねえかお前。大のオトナがガキに背負われるとか、そんな恥ずい真似ができっか!」

 

「でも困ってるんですよね? このまま歩いて別の靴買いに行くんですか?」

 

「チッ……。靴脱いで接着剤でもなんでも買いにいけばいいだろうが」

 

「アスファルト熱いですけど、火傷しません?」

 

「だからなんだよ。こんなもん屁でもねえってんだ」

 

 

 だいぶ負けん気の強い女性のようだ。

 しかし脚は少し震えている。やっぱり火傷するのは嫌なのだろう。

 

 

「じゃあ、これならいいですよね」

 

 

 そう言って、虎太郎は女性に近付いて横抱きに抱き上げる。

 いわゆるお姫様だっこの態勢だ。

 急に視点がふわっと浮いたOLは、自分が何をされているのか悟ると顔を真っ赤にして虎太郎の肩を掴む。

 

 

「ばっ、バカ野郎! お前何してんだ、こっちのが恥ずかしいだろうが! ……無理すんじゃねえよ、そんなちっこい体でよ。あたし重いだろ、早く下せよ」

 

「重くないですし、ちっこくもないです」

 

 

 虎太郎はことさらに真顔になるとそのままOLを抱いて歩き出す。

 ぐいぐいと肩を押して抗議していたOLも、虎太郎がびくともしないのを見ると抵抗を止めた。

 

 

「お前、見かけによらず結構力あんだな……。最近の中高生は軟弱だと思ってたけど」

 

「僕、これでも大学生なんですけど……多分お姉さんが思ってるほど子供じゃないですよ」

 

「マジかよ。何歳?」

 

「18です」

 

「なんだ、酒も飲めねえガキじゃねえか」

 

 

 その割に腕と胸板はいっちょまえの男だな……という言葉を飲み込み、OLはフンと鼻を鳴らす。

 

 虎太郎はそんな彼女の悪態に苦笑を浮かべ、腕の中で大きく弾む彼女の胸に極力視線を向けないようにしながら、喫茶店のカフェテラスまで運んだ。

 彼女をテラス席に座らせて、ふうとひと息。

 

 じんじんと痺れる腕をおくびにも出さず、にこやかに微笑んだ。

 

 

「ここで休んでてください。ちょっとコンビニまで接着剤買ってきますから」

 

「ん……待て、金は出す」

 

 

 OLから千円札を受け取り、虎太郎はひとっ走りコンビニへ。

 幸い瞬間接着剤は置かれていたのでさっと会計を済ませる。

 

 早足で歩きながら、自分は何で厄介ごとに首を突っ込んだのかなと考える。

 いや、自問するまでもなかった。

 脳裏に浮かぶ、故郷にいた頃に世話になった2人の女性の顔。どちらも年上で、いろいろと親切にしてくれた。

 

 ……虎太郎は年上の女性がタイプだ。

 カッコいいお姉さんが泣いているのは見るに堪えない。

 だから助けた。ただそれだけの話なのである。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 OLはまだテラス席にいた。虎太郎が席を外している間に注文したのだろう、アイスコーヒーを啜っている。

 それにしても絵になる女性だ。足が長く、顔立ちはきりっとして、座っているだけでデキる感じを漂わせている。

 目元の化粧も直されていた。虎太郎は遠目に見て、その姿にほれぼれとする。

 

 とても自動販売機蹴っ飛ばして自爆した女とは思えねーな。

 

 

「接着剤買ってきました。これはおつりです」

 

「ん、あんがと」

 

 

 接着剤とおつりを受け取ったOLは、おつりを財布に収め、パッケージから接着剤を剥く。

 その様子を眺めながら、虎太郎は頭を下げた。

 

 

「じゃあ僕はこれで行きますね」

 

「待てっ!」

 

 

 自分で思うより大きなOLの声に、カフェテラスにいた客の視線が集中する。

 その視線に顔を赤らめながら、OLはぼそぼそと声を出した。

 

 

「……まだ礼をしてないのに、どっか行くんじゃねえ」

 

「お礼なんていいですよ、そんな……」

 

「うるせえ。お前が良くてもあたしの気がすまねえんだよ。なんか礼をさせろ」

 

「礼と言われても……何を?」

 

 

 ムキになったように言うOLを見て、清廉な人だなと虎太郎は思った。

 しかしそれだけに、金銭をやりとりするのは嫌だなとも考える。

 勝手に体が動いた人助け。それを金銭という形には落とし込みたくはない。それは相手も同じだろう。

 

 虎太郎が困惑していると、おいおいあっしを忘れちゃいませんかね? と言わんばかりにぐうーと腹の虫が鳴いた。昼飯を待ちわびたところに思わぬ肉体労働をさせられて、空っぽの胃はいい加減我慢の限界である。

 

 

「腹減ってんのか?」

 

 

 OLはそんな虎太郎を見てクスッと笑うと、机の上に置かれていた喫茶店のメニューを差し出した。

 

 

「好きなもん頼んでいいぞ。おごってやるよ」

 

「え、でも……いいんですか?」

 

「ったりまえだろうが、火傷するのに比べりゃ何頼まれても安いもんだ。金がねえ学生が遠慮すんじゃねえ。……あたしも昼飯食ってねえしな、接着剤がくっつくまで話し相手をしてくれよ」

 

「それなら……」

 

 

 ラーメンを食う予定は、大盛のアラビアータとメロンソーダに化けた。

 

 端的に言うと、OLとの昼ご飯はとても楽しいひと時だった。

 

 

「へえー、学生時代からバイクを。いいなあ。僕もバイクに乗って旅行とかしてみたかったんですけど、高校時代は免許取らせてもらえなくて」

 

「バイクはいいぞー。学生のうちはバイクだけあればどこにでも旅行行けるしな。お前も免許取れよ」

 

「でも自動車学校行くお金もバイク買うお金もないですからねー」

 

「そこはなあ。あたしも就職してからは旅行に行く時間もなくなったし。学生のうちは金がなくて、大人になると時間がない。ままならねえよなあ」

 

「VRでバイクツーリングとかできるソフト出たらいいんですけどね」

 

「そうだなー。でもなんか最近ゲームがめっきり出なくなっちまったし。学生時代はもっといろいろゲームの選択肢もあったんだけどな」

 

「お姉さんみたいな人でもゲームするんですか? 意外ですね」

 

「んー? まあ結構お堅い仕事だし、そっちに合わせて服選んでるからな。でも実を言うと、今日も打ち合わせに出るって言ってサボってゲームしてたんだ」

 

「えー不良じゃないですか」

 

「アハハ、バレなきゃいーんだって。大人も割とサボってんだよ」

 

 

 話してみるとOLは気さくで、話題のセンスもよく合った。

 仕事や学生時代、趣味などを話すうちに、時間は矢のように過ぎ去っていく。

 カフェテラスで見知らぬ女性と過ごす、思いがけないひととき。

 

 それがあまりに楽しかったから、虎太郎は気付かなかった。

 

 

「彼女さん……なのかな……」

 

 

 スマホに届いている数件のお昼ご飯の誘いのメールと、離れたところからじっと自分たちを見つめる鈴夏の視線に。


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