七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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今回は【騎士猿】サイドのお話です。


第63話 モンスターパニック直前のあの静寂感大好き侍

 チンパンジー1号氏率いる【騎士猿(ナイトオブエイプ)】本隊は、“黒鋼(クロガネ)峡谷”の最深部近くまで接近していた。

 ここへ至るまでには子蜘蛛を呼び寄せるセンサーとなる蜘蛛糸が多数張り巡らされており、その密度は深度を増すほどに複雑なものとなっていた。最初はハイキング気分で鼻歌を歌う余裕もあった一行だが、最深部へと近づくほどにその余裕も失せていく。

 

 何しろ30騎の一行のうち、わずか1騎でも糸に触れればそこでアウトなのである。命が懸かった局面でおどけられるほど肝が据わった者は、さすがの【騎士猿】の中にもいなかった。

 蜘蛛の網の隙間を縫うようにして、息を殺しながら慎重に潜り抜けていく。中には網と網が二重になっている部分もあり、そういった部分ではさらに細心の注意が必要となった。

 

 普段は直立させている機体の姿勢を制御し、まるで空中に腹ばいになるような姿勢を取ってわずかな隙間をかいくぐっていく。絶対に網に引っかからないように、慎重な姿勢制御とバーニアの展開を行うのは本当に神経が削られる。

 

 

「はぁ……はぁ……。も、もう無理です……。俺の腕じゃもう抜けられません、置いて行ってください」

 

 

 【騎士猿】のひとりが弱弱しく声を上げる。

 操縦技術を厳しく問うこの行軍のプレッシャーは凄まじい。腕に自信があるプレイヤーですら、それに音を上げる者も出てくる。

 

 

「何言ってんの? こんなところに置いてけるわけないじゃん」

 

「でも……俺はきっと巣に引っかかります。そうなったら……」

 

「落ち着いて。大丈夫だよ、深呼吸して」

 

 

 ショコラは微笑むと、優しい声でパイロットに語り掛けた。

 

 

「アンタはウチの真後ろにぴったりついて、まったく同じ軌道で動くようにして。そうすればウチがミスんない限り絶対安全だから。1人だけこんなところで立ち止まっちゃダメだよ。ほら、笑顔笑顔!」

 

「は、はい……」

 

 

 隊内への通信でショコラは他のパイロットにも呼び掛ける。

 

 

「他のヤツもいいね、自信ないヤツはウチかイッチかネメっちの後ろにぴったりつくんだよ! それならこの3人がミスんなければ大丈夫だかんね!」

 

「「ういーっす!」」

 

「でもショコラ、幹部がミスったらどうなるんすかー」

 

「そんときゃみんなでワイワイ言いながら最深部まで走りゃいいっしょ!」

 

 

 そう言って、ショコラは豊かな胸をドンッと叩いた。

 

 

「任せてよ、ウチら3人がどんだけ網にかかって死んできたと思ってるし! 何なら全プレイヤーの中で一番死んだ覚えがあるから!」

 

「うわー頼りねー」

 

 

 隊員の誰かが呟くと、ドッと笑いが全員に広がった。

 

 いい傾向だ、と1号氏は笑顔の皺を深める。

 適度な笑いはささくれだった精神を緩和して、切れそうになる注意力を繋ぎ止めてくれる。軍隊モノの映画で登場人物がたびたび軽口を叩くのは、過酷な環境の中ではそうやってジョークを口にした方が精神を安定させられるからだ。

 

 かつてはショコラもここ一番という局面ではガチガチに緊張してしまう子だった。それを1号氏が身をもって何度もおどけてみせて、味方の緊張をほぐすさまを見せてきたのだ。

 その甲斐あって、今では1号氏が何もしなくても自発的に味方の緊張をほぐしてくれるようになった。本当にいいチームになったと思う。

 このチームを存続させるためにも、この戦いは何としても勝たなくてはな……と、1号氏は巣の奥に広がる闇を睨み付けた。

 

 太陽の光が差し込みにくい深い峡谷は、天井に幾重にも張り巡らされた蜘蛛糸がフードとなり、もはや闇の支配する領域となっている。

 ここは既に蜘蛛の巣の中だ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 それから密度を増す蜘蛛の巣を進むことしばし。

 距離的にはさほどではなかったはずだが、蜘蛛の網を潜り抜けるのに神経を削られ、実際の距離以上に行軍したような気分がする。

 

 ともあれ、彼らは最深部へと到達した。

 そこは峡谷の中でもかなり大きな空間となっており、体感的にはドーム球場ほどの広さがあった。天井までは100メートルはあるだろう。

 

 しかしそれがまったく広いように感じられないのは、上空には幾重にも蜘蛛糸が張り巡らされ、床には無数の繭が膨らんでいるためだろう。そして、何よりも頭上のひと際大きな巣の上に、レイドボスが無言でうずくまっている。

 

 彼らは息を殺して、レイドボスの黒い巨体を見上げる。

 そのサイズ、胴体だけで70メートルほど。手足を伸ばせばもっとあるだろう。

 胴体は黒鋼(くろがね)色に黒光りしており、非常に硬質の物体でできていることがわかる。前面の8つの赤い単眼が煌々と灯り、闇の中で不気味に輝いていた。

 

 

 

「シッ……。音を立てないように、あれはまだ寝ているはずです」

 

 

 1号氏が声を潜めて仲間たちに警告する。

 通信では機体の外には音が伝わらないので別に声を潜める必要はないのだが、なんとなく大声をあげたくない気分であった。

 

 これまで何度も煮え湯を飲まされてきた経験から、“黒鋼の鉄蜘蛛(ウィドウメイカー)”は道中で警戒網に一度も引っかからなかった場合、最深部に到達したときは睡眠状態にあることがわかっている。

 もちろん電脳であるモンスターに睡眠など必要ないので、これはこの凶悪極まりないレイドボスを設計した製作者のせめてもの慈悲なのだろう。

 

 その優しさを精一杯活用させてもらおうと、30騎のシュバリエたちは闇の中でひっそりと活動を開始する。

 古今東西、モンスターが眠っているのならその隙に狩りの手はずを整えるのが常識というものだ。チンパンといえど、彼らは精鋭ゲーマー。ここで興奮して突撃するようなバカは最初からメンバーには入れられていない。

 

 

「ウィドウメイカーに近付いてはいけません。ヤツは振動に非常に敏感で、すぐに目を覚ましてしまいます。床に立つのもNGです。床にも糸が張り巡らされていますよ。粘糸ではないので足は取られませんが、機体の位置を把握されます。飛行状態を維持して、ホバリングで行動するのです」

 

 

 ブリーフィングで話した注意事項を、1号氏が全員に再び周知させる。

 

 ウィドウメイカーはレイドボスとしてはサイズは小さめ、攻撃力も高くはない。その代わりにとにかく装甲が厚く、数の力が通用せず、そして何よりも面倒な注意事項が多いモンスターである。初見殺し精神にあふれたいわゆるクソモンスだ。

 しかしそういったモンスターは何度も死んで注意事項を把握すれば、対策の立てようもあるというもの。技量だけが試される相手よりも与しやすいともいえる。

 

 まずネメシス率いるスナイパー部隊5騎がマントを裏返して頭から被った。彼らのマントは裏地が真っ白になっており、巣の風景に即席で擬態することができる。

 

 

「よし……と。これで騙されてくれればいいのですが」

 

 

 ネメシスが駆る機体“北極星(ポールスター)”は銃士をイメージした【騎士猿】の機体の中でも、ひと際狙撃に特化している。肩に背負うのは展開式の“憤怒(ラース)”型狙撃用ビームライフル。“天狐盛(てんこも)り”に採用されているビームライフルをそのまま小型にしたものである。やはり1度撃てば2度とは使えない、ここぞという場面の切り札だ。

 

 そんなスナイパー部隊の周囲に円陣を組んで展開し、用心深く周囲の様子を警戒しているのがメルティショコラの率いる遊撃部隊8騎である。

 彼女たちの機体は【騎士猿】のチームカラーの赤よりも、さらに濃い赤色をしていた。見た目にも装飾が多く、目立ちやすい。囮を務める彼女たちは、今回は意図的に目立つデザインのパーツを採用していた。

 

 

「ネメっち、手早くお願いね。こうしてる間にも拠点でみんなが【氷獄狼】と戦ってくれてるんだし」

 

 

 部隊長のショコラの機体“ポッピンキャンディ”はその中でもひと際派手に装飾されている。キャンディの包み紙のようなしましま模様が腕や脚に描き込まれ、赤黄緑の原色や星をイメージしたバッジが銃士服のそこかしこに付けられている。

 これは別に囮部隊だから派手にしたわけではなく、常日頃からそういうデザインなのであった。敵から明らかに目立ってしまうのだが、本人は「だって可愛いっしょ☆」の一言である。

 このお気に入りデコを変えろと言われないために、頑張って腕を磨いたところに彼女の強さの原点があった。ショコラは自分がやりたいことを追求するという【騎士猿】のポリシーを体現する少女なのだ。

 

 レイドボスと直接戦う彼ら13騎の後方、広間の入り口付近には作戦指揮官を務める1号氏直卒の17騎が待機している。

 彼らの役目は司令塔となる1号氏の護衛、そして通路側の峡谷から侵入してくる子蜘蛛と敵クランを水際で食い止めることだ。

 

 

「いいですか、くれぐれもレイドボスに近付いてはいけませんよ。レイドボスの攻撃対象になった時点で攻略人数に含まれてしまいますからね」

 

 

 チンパンジー1号の機体“森の賢人(ウッドセージ)”は巨大な四肢を持つ、接近戦に特化した機体である。デザインこそ銃士のそれだが、銃を撃つよりもその剛腕で敵を殴って粉砕する方が明らかに得意だ。

 まるで強化外骨格(パワードスーツ)をゴリラのようにたくましく肉付けしたような、そんな威容を誇るデザインであった。

 隊列射撃や一撃離脱を得意とする【騎士猿】の戦い方とは合っていないのだが、そもそも彼の持論によれば指揮官が直接戦う時点で敗色濃厚なのだ。どうせ直に戦わないのであれば、自分の趣味を優先したのである。

 

 

「レイドボスにタゲられないように近付かないのが一番ですが、万一タゲられそうになったら潔く死にましょう。味方を信じて後を任せてください」

 

「1号氏ー。さすがにくどいですぞー? 心配性っすなあ」

 

「くどくても何度でも言いますよ、私は」

 

 

 1号氏は死兵となる部下たちに再三の注意を述べる。精鋭といえど彼らはチンパンなので、いざとなると頭に血が上ってしまうのだ。

 だからくどいと言われても何度でも注意する。そうしないと土壇場で何をするのかわからないのだ。部下を信用していないのではない。絶対に何かやらかすという強い確信があるからである。だって自分がそうなのだから。

 

 そうして周囲に注意を垂れながらも、1号氏は拠点との通信を怠らない。

 今、拠点は予想以上の敵の戦力増強によって苦境にあることが伝わってきている。頼りのスノウは指揮官のスカルを倒しに向かったが、エースのアッシュに阻まれて苦戦を強いられているようだ。

 

 

(ちとまずい状況ですかなぁ……)

 

 

 1号氏は笑顔を引きつらせ、一筋の冷や汗を流す。

 

 スノウや仲間が不甲斐ないとは思わない。

 【氷獄狼】の強化具合を甘く見積もった自分が悪いのだ。指揮官が苦戦の責任を外に求めるとき、その組織は機能不全に陥ると1号氏は思っている。そして指揮官が求めるべきは責任をどうとるかではなく、どう事態を好転させるかだ。

 

 

(切り札を早めに切ったほうがよさそうですな)

 

 

 1号氏が考えている間にも、ネメシスたちスナイパー部隊は作戦通り迅速に自分の任務を遂行している。

 擬態して散らばった彼女たちは巣の各地に生えた糸や繭に向かって銃を向け、液体を噴射した。まるで水鉄砲のように発射された液体は空気に触れると即座に揮発を始め、霧となって糸や繭を湿らせていく。

 スナイパー部隊には必ず1騎の遊撃部隊が護衛として付き従い、彼女たちの仕事を見守っていた。

 

 スナイパー部隊が噴射しているのは液体燃料である。このゲームには“スピットガン”という可燃性の液体を火を付けながら飛ばすことで敵騎を炎上させ、継続(DOT)ダメージを与える火炎放射器がある。

 彼らが今手にしているのは、それから火を付ける機構を取り除く改造を施した特殊な武器だ。スピットガン自体は射程も短く威力も低いのであまり人気がない武器種なのだが、【騎士猿】たち一部のマニアックなプレイヤーはこれが火計に非常に役立つことに気付いていた。

 

 スピットガン自体は使いづらくても、他に燃え広がるものがあれば有効に活用することはできるのだ。そう、たとえば可燃物である蜘蛛糸だらけの場所を燃やす場合、これは極めて有効な一手になりうる。

 蜘蛛糸は衝撃には強靭だが、タンパク質である以上熱には弱い。このゲームの動物を模したモンスターは実在の動物の特徴を取り込んでいる。ウィドウメイカーもその法則に当てはまることを、1号氏は何度もの敗戦から見抜いていた。

 そしてウィドウメイカーの鋼鉄の皮膚自体も熱には弱く、強い熱を与えることで脆くなるのだ。

 

 決戦に向けた彼らの作戦とは、火計によって巣を破壊しつつ、熱でウィドウメイカーの装甲を脆くして、スナイパー部隊とストライクフレームの大火力で一気に粉砕するというものであった。

 

 その必勝の作戦を準備していた最中。

 ふと、巣の一番奥の方でスピットガンを噴霧していたスナイパー部隊の1騎が呟いた。

 

 

「あれ……? おかしいな、なんだこりゃ」

 

 

 そんな彼に、護衛していた遊撃部隊が声を掛ける。

 

 

「おーい、どうしたの?」

 

「いや……なんかここ、床の蜘蛛糸の下がなんか出っ張ってるんだ。金属っぽいけど」

 

「金属?」

 

 

 遊撃機が近付き、ホバリングするスナイパー機の足元にあるでっぱりを確認する。

 

 

「……これ、ミサイルランチャーじゃない?」

 

「なんだってこんなものが巣の奥に……」

 

「蜘蛛が製造するわけないよね。ということは、ここで蜘蛛にやられた機体のものなのかな」

 

「ええ……? 機体がやられて、武器が奪われるなんてことあるのか」

 

「わかんないけど……一応リーダーに報告しておくね」

 

 

 遊撃機が1号氏に通信する横で、スナイパー機のパイロットはまじまじと武器を見つめた。観察するうちにはっきりと詳細が見えてくる。

 本来の持ち主から引き剥がされたそれは、今は分厚い蜘蛛の糸に巻き取られて深い眠りの淵にある。それがどうにも不気味に思えて、彼はぞくっと身を震わせた。

 

 

「ぞっとしねえなあ。まるで蜘蛛の巣にかかった犠牲者の末路みたいじゃないか……」


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