七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第64話 パーティの準備はこれでバッチリ

「ふむ……?」

 

 

 部下から巣の奥で武器を見つけたと報告を受けた1号氏は、顎に手を置いて考え込んだ。

 モンスターは武器を生産しない。ということはプレイヤーがドロップしたものだろう。ウィドウメイカーに倒されたときにうっかり落としたということだろうか。

 まあ、そういうドジをする者もいるかもしれない。

 

 これまで1号氏は何度もここでウィドウメイカーに敗北したが、武器を失った者がいるとは聞いたことがない。だがこのレイドボスは何も【騎士猿(ナイトオブエイプ)】だけが挑んできたわけではない。【氷獄狼(フェンリル)】をはじめ他のクランも何度も挑戦しているはずだ。

 たまたまそのクランの中に武器を落とした者がいるのだろう。特にアッシュ氏なんかいつもシャイン氏に武器を奪われてるしな!

 

 

「気にすることはないのかもしれませんが……」

 

 

 しかし1号氏はどこか嫌な予感を拭い去ることができない。

 何か重要なことを見落としている気がするのだ。

 

 

 一方、巣の奥では彼の部下たちがスピットガンで液体燃料を散布し続けていた。

 

 もう少しでこの作業も終わる。そうすればストライクフレームを呼び、火を放ってレイドボスを一気に焼き殺してしまえる。

 怖気の走る蜘蛛との戦いなんてとっとと終わらせてしまいたいな。

 そう思いながら、先ほど床下から武器を発見したスナイパーがスピットガンを噴霧しようとしたそのとき。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 彼は見てしまった。

 巣のさらにその奥、ベールのように織り重ねられた糸の壁の向こう側。

 うっすらと透けて見える壁の向こうに、無数の武器が転がっている。

 そしてその中に。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 護衛役の遊撃部隊が舞い降りて、眉をひそめる。

 そんな彼女に、スナイパー機は震える指で応えた。

 

 

「あ、あれ……あれ!」

 

「……これは!?」

 

 

 遊撃機のパイロットが息を飲む。

 糸に絡めとられて転がる武器の中に、見覚えがあるものがあった。

 

 “憤怒(ラース)”型ビームキャノン。ネメシスの“北極星(ポールスター)”が装備しているレア武器だ。生産するのに技術ツリー解放が必要なうえにコストも高く、そうそう出回っているものではない。そしてその中央に刻まれているのは、【騎士猿】のエンブレム。

 よく見ればそれ以外にも、見覚えのある武器がいくつもあった。ショコラの“ポッピンキャンディ”が装備しているアサルトカービンもある。

 どれもネメシスやショコラが今も装備している武器だ。

 

 

「なんでこんなものがここに……!? いえ、とにかく報告しないと……」

 

 

 動揺を覚えながらも、遊撃機は1号氏に映像記録を送る。

 そんな彼女を横目で見ながら、スナイパー機は荒い息を吐いた。

 

 彼は恐怖していた。まだ自分たちが生きているのに、その墓標を先に見せられているような錯覚。まるでこれから自分たちが蜘蛛に敗れ、屍を晒すことが避けられない運命だと言われているような気がした。

 その恐怖は、転がる武器の中に彼が所持している愛用の武器を発見したときに頂点に達した。

 

 

「う……うわああああああああああっ!!」

 

 

 叫びを上げながら、彼はスピットガンから燃料を射出する。

 これを今すぐ焼き払ってしまわなくてはならない、そうしなければ自分たちは死ぬ。そんな妄想に囚われてしまっていた。

 

 そうして手元が狂ったのが良くなかったのだろう。

 彼がスピットガンから放った液体燃料が、気化しきる前に糸に触れた。

 ほんのわずかな、あまりにも微かな振動が蜘蛛糸に伝わる。

 

 だがその糸は、ウィドウメイカーが眠る巨大な網につながる1本であった。

 ウィドウメイカーの8つの赤い単眼が、ひと際輝きを増す。

 彼女はその凶悪な瞳を爛々と燃やし、空気音が漏れるような音を立てた。

 

 

『SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHH!!』

 

 映像記録を受け取った1号氏が、耳をつんざくような威嚇音に目を見開く。

 

 

「……!! 気付かれました!! 総員、戦闘準備! 来ますよ!!」

 

 

 1号氏が全員に警告を送ったのと、ウィドウメイカーが反応するのは同時だった。ウィドウメイカーの警戒音に応えて、部屋中の繭が破裂。その中から鋼鉄の皮膚を持つ子蜘蛛が次々と飛び出してくる。

 

 その数はこの段階で既に100体を超えている。

 

 

「あ……あ……! お、俺……」

 

 

 ウィドウメイカーを目覚めさせてしまったスナイパーが、真っ青な顔でガタガタと震える。

 

 

「馬鹿! どうせ遅かれ早かれ目覚めるのです、ショック受けてる場合ではないですよ! それより早くそこから動いて! 位置を察知されています、来ますよ! 」

 

 

 やらかしてしまったプレッシャーで身動きが取れなくなった彼に、ネメシスが叱咤を送る。

 

 だがその警告はもう遅い。

 その警告の合間にも、数十機もの鋼鉄の子蜘蛛たちがすさまじい勢いでスナイパーに殺到していた。獲物を捕捉した蜘蛛の瞬発力は、とても肉眼では追いきれない速度に達する。

 

 子蜘蛛の全長は2メートルほどで、シュバリエの膝くらいまでしかない。しかし彼らはシュバリエを的確に仕留めることに特化した、生粋のハンターだ。

 

 まず1匹がスナイパーの膝下に飛びつき、鋭い爪を立てて絡みつく。即座に2匹、3匹と後に続き、あっという間にスナイパーの足回りを拘束した。そしてバーニアの噴射孔に脚を突っ込み、その噴射を封じてしまう。

 

 

「ひっ……!! は、離れろぉっ!!」

 

 

 バーニアを封じられたスナイパーがホバリングを維持できなくなり、大きく姿勢を崩す。スナイパーはスピットガンの銃底で子蜘蛛を殴りつけるが、鋼鉄の皮膚を持つ子蜘蛛はガンッと硬質な音を立てるばかりでまったく効いているように見えない。

 

 さらに押し寄せる子蜘蛛がスナイパーに飛びかかり、その腕も封じてしまう。

 

 

「このっ! 離れなさいッ!!」

 

 

 遊撃機は空中からレーザーライフルを撃ってスナイパーに殺到する子蜘蛛を牽制する。熱線を照射するレーザーライフルなら、子蜘蛛にもダメージを与えられていた。当たった部分が赤熱し、子蜘蛛がキイッと悲鳴を上げる。

 

 しかしそれにしても1騎で対処するにも子蜘蛛の数は多すぎ、そして誤射の恐れがあるためスナイパーに絡みついた子蜘蛛を直接撃破できるわけでもない。

 

 

「……もういい、その子はもうダメだし。アンタまで犠牲になるよ、攻撃中断してこっちに合流!」

 

 

 非情な命令と共に合流地点を送り付けるショコラに、悲痛な声を上げる遊撃機。

 

 

「でも!」

 

「助けられるなら助けるよ、でももうダメだって言ってんの! 早く来いッ!」

 

「い……行ってくれ……」

 

 

 スナイパーが震える声で、ショコラに同意する。

 四肢を拘束された彼の目の前で、子蜘蛛が宙に浮いて高速回転を始めていた。その鋭利な6本の脚が回転ノコギリのようになる。これが子蜘蛛の基本攻撃である、スピナー形態。シュバリエの装甲をも斬り裂く、体当たりによる特攻であった。

 

 スナイパーは助けてくれと叫びたい気持ちを死に物狂いで抑える。

 ああ、これがゲームで本当によかった。予め死ねる覚悟をしていて本当によかった。おかげでこんな恐ろしくて仕方ない状況でも、せめてカッコつけて脱落できる。

 

 スナイパーは震える歯の音を噛み合わせて叫んだ。

 

 

「……みんなに勝利を!!」

 

 

 次の瞬間、飛翔する無数の回転ノコギリがスナイパーの機体を八つ裂きにした。

 

 

「うわあああああああああああああああああッッ!!!」

 

 

 僚機の無惨な死を直接見てしまった遊撃機は、悲鳴を上げながらレーザーライフルを構える。恐怖と怒りが、彼女を支配していた。

 自分が僚機を守らなくてはいけなかったのに。せめてこの命が尽きるまでレーザーを撃ち尽くし、1機でも多く道連れにしてやるのが手向けではないかと本気で思った。

 

 

「やめなさい! 落ち着いて! アンタまで死んで何になるよ!」

 

「でもッ! でもこいつらッ!!」

 

「意味ねーんだよッ、犬死すんなッ! 子蜘蛛いくら殺しても、こいつらいくらでも湧いてくるんだからな! それより母体をブッ殺すんだよ、はやく合流しろッ!!」

 

「うっ……ぐうううううううううっ……!! アイ、マム……!」

 

 

 遊撃機のパイロットは唇を震わせ、ぎゅっと奥歯を噛みしめる。

 そして了承の返答を送ると、さっと上昇して上空の仲間たちの元へ向かった。

 

 だが、子蜘蛛たちもせっかく位置を把握した敵騎をみすみす逃すわけがない。

 20ほどの子蜘蛛たちがその場で高速回転して、スピナー形態となって遊撃機を背中から襲う。

 背後から死が迫る悪寒に、遊撃機のパイロットが悲鳴を上げる。

 

 そうして襲い来る子蜘蛛たちの数機が瞬く間にレーザーの照射を浴び、赤熱して爆発を起こした。さらに何十本ものレーザーの雨が降り注ぎ、地上から飛び立とうとする子蜘蛛を薙ぎ払う。

 

 

「チョーシ乗んなっての虫けらが!」

 

 

 腰だめに構えた重火器をガチャっと鳴らし、ショコラが鼻で笑う。この決戦のためにわざわざあつらえたレーザーミニガン(機関銃)は、案の定子蜘蛛によく効いた。こちらの位置を把握されていると撃てないので、そうそう撃てないのが欠点だが。

 

 さらにショコラに続いて、遊撃部隊がレーザー武器を乱射して上昇してくる遊撃機の背後の子蜘蛛たちを掃討する。

 8騎揃った彼女たちは、円陣を組んで周囲を睥睨した。

 

 蜘蛛の巣のあちこちに配されていた繭が弾け、中から無数の子蜘蛛が孵化するのが見える。

 さらには本体であるウィドウメイカーが背負っている小さな繭からも、子蜘蛛が孵っていた。おぞましいことに、この母蜘蛛は戦闘中にも子蜘蛛を生産するのだ。

 スピナー形態となった子蜘蛛たちが、四方八方からキィキィと威嚇音を上げながら高速で迫ってくるのが見えた。

 

 その身の毛もよだつ光景を、ショコラがニイッと笑って睨み返す。

 

 

「よーし、こっから正念場だよ! せいぜい派手に暴れて、残ったスナイパー部隊を敵の目から逸らしてやるし!」

 

「「アイ、マム!!」」

 

「さあ、こいつが挑戦状だし! 受け取れッ!!」

 

 

 そう言ってショコラはレーザーミニガンを眼下のウィドウメイカーに向けて構える。

 

 

「レッツ! パアアアーーーーーリィィィィ!!!!」

 

「「イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエアアアア!!」」

 

 

 ミニガンから発射される無数の熱線が、ウィドウメイカーに向けて降り注いだ。

 その鋼鉄の表皮には熱線をもってしてもダメージを与えられていないようだが、レーザーの雨は孵化しかけた子蜘蛛を薙ぎ払っていく。

 

 

『SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 せっかく生産した子蜘蛛を破壊されたウィドウメイカーが、不快げな声を上げた。

 同時にHUDに表示される制限人数カウンターが“1/20”に変動する。プレイヤーがレイドボスに攻撃するか、レイドボスがプレイヤーをターゲッティングしたときにこのカウンターは蓄積される。

 ちっぽけな分際で不遜な人間から戦いを挑まれて、激怒しないレイドボスはいない。そんな母の怒りを鎮めるべく、子蜘蛛たちは全力で侵入者を排除するべく奮起する。

 

 そしてそれはショコラにとって願ってもないことだ。敵のヘイトを買えるだけ買って逃げまくる、それが彼女たち遊撃部隊の任務なのだから。

 

 

「さあ、パーティの幕開けだし! イッチ、あとはよろー!!」

 

「まったく、派手にやってくれますね」

 

 

 そう言いながら、1号氏はどっこいしょとミサイルランチャーを肩に担ぐ。

 中に込められた弾頭はナパーム弾。直撃と共に燃料を撒き散らしつつ発火し、広範囲に爆炎を撒き散らす。本来は上空から投下して広範囲を焼き払うための弾頭である。

 

 

「こいつを着火のためだけに使うとか、明らかにやりすぎ感が漂ってますね」

 

 

 そう言って笑う部下に、1号氏はニヤリと笑い返した。

 

 

「だがパーティのケーキに火を付けるなら、ド派手な方がいいでしょう?」

 

「まったく同感ですね。派手にやりましょう」

 

 

 結局は似た者同士(チンパン)の集団なのである。

 

 そんな会話をしている間にも、巣の入り口に陣取った彼らの背後からは地響きが聞こえてきている。峡谷の繭から孵った子蜘蛛たちが、巣が襲撃されていることに気付いて殺到してきているのだ。

 

 その数、数百どころの騒ぎではない。数千、もしかしたら万にも届く。

 レイドボスとの戦闘中に万単位の雑魚が増援に突っ込んでくるのだから、いくらシュバリエが数で挑んだとしても負けるのは道理である。

 

 これで制限人数20騎というのだから笑わせる。この条件を設定したやつはまず間違いなくクリアさせる気など毛頭ないか、人類のスペックを過剰に見積もっているかのどちらかだろう。

 

 1号氏はニッと口元を歪めた。その挑戦、受けてやろうじゃないか。

 

 

「ですが、キャンドルに火を点ける前にパーティーの主役を呼ばねばなりませんな!」

 

 

 そう言いながら、1号氏は巣に侵入しようとする子蜘蛛の第1陣にミサイルランチャーをぶっ放す。群れの中心に放ったナパーム弾頭は、瞬く間に爆発炎上!

 1300度にも達する高熱が子蜘蛛の群れを赤熱化させ、熱による上昇気流が子蜘蛛たちの残骸を激しく舞い上がらせる。

 

 

「ウホッ、これは爽快ですな!」

 

「「ウッキャアアアアーーーーーーー!!」」

 

 

 先陣を切ったリーダーに遅れを取るまいと猿声を上げながら、【騎士猿】たちは無数の子蜘蛛に立ちはだかる。

 しかしそのナパーム弾で吹っ飛ばせたのは、たった数十機にすぎない。

 

 17騎のシュバリエVS1万機の子蜘蛛、あまりにも多勢に無勢の戦い。

 

 その逆転の一手となるパイロットに、1号氏が通信を送る。

 

 

「さあ、もう囮は十分ですぞ! シャイン氏、出番です!!」




糸蜘蛛の群れにロケラン撃ったときの爽快感はたまらないよね。

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