七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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今回は悪役サイド。【トリニティ】のカイザー様のお話です。


第75話 瞳の色は闇より深く

 これまでさまざまなVRゲームが生み出されてきたが、『七翼のシュバリエ』のロビーほど充実したコミュニケーションエリアはそうあるものではないだろう。

 

 パーツ店からレストランまでさまざまなショップが軒を連ねる電脳街、青々とした山でのハイキングや海水浴を楽しめる自然エリア、多種多様なアトラクションやキャラクターのパレードが行われるテーマパーク。

 そのサービスの質もピンからキリまで用意されており、高級なものになると現実の一流ホテルが出店権を購入してレストランやバーを経営していたりする。

 

 中でも五島クリスタルホテルはサービス開始直後、競合他社のどこよりも早く開店している。ブランドの看板を掲げた高級レストランやバーラウンジのメニューは非常に高品質で、なおかつ豊富なチャンネルを獲得することで決して他の客と鉢合わせることがないという前代未聞の個室制度を導入。

 このサービスが話題を呼んで同業他社もこぞって参画するようになったという、『七翼』におけるサービス業の皮切りにして最大手なのだ。

 

 しかしそれほど有名であるにも関わらず、五島クリスタルホテルにはVIPルームが存在することはあまり知られていない。

 それは数ある企業クランの中でも最大手、押しも押されもせぬ一流企業の幹部のみに解放されている会員制ルーム。クロダテ要塞攻略にあたってペンデュラムがスノウを呼び出した個室よりもさらに上のグレード。

 

 ちょっとしたパーティーが余裕で開けるほど広く、窓の外には電脳街の夜景が展開されている。電脳街は午後9時を回ってもなお眠る様子はなく、煌々とネオンサインが輝くきらびやかな貌を見せていた。

 不夜城という言葉に相応しい景観。その灯のひとつひとつが、まるで欲望にぎらつく人々を誘う誘蛾灯のようにも思える。

 

 そんな場所でひとりの男がホームバーに座り、手酌で酒を注いでは街の灯りをつまみに口に運んでいた。

 

 年齢は50歳半ばほど。髪は短めの銀髪で、髪と同じ色の顎髭を蓄えている。

 皺が目立つようになってくる歳だが、老いをまったく感じさせない。

 それは彼が纏っている硝煙の臭いと危険な凄みのせいだろう。ただそこにいるだけで、恐ろしく存在感を感じる人物だった。

 頬には深い傷が刻まれており、歴戦の古強者という印象を受ける。

 

 彼が広大なVIPルームを独りで占拠していたところに、無遠慮に自動ドアがスライドして1人の少年が入ってくる。

 

 

「あー疲れた……。まったく、僕が指示してやらなければロクに仕事もできない大人ばかりで嫌になりますね」

 

「坊ちゃん、お疲れ様です」

 

 

 入ってきた少年に向かって、初老の男が目礼する。

 坊ちゃんと口にしながらも席を立ってかしこまるでもなく、ただ席に座ったままちらりと少年の姿を見返して声を掛けるだけだった。

 他の大人ならば、決して彼に向かってとらないような態度である。

 

 何しろこの少年こそが“カイザー”。【トリニティ】の次期クランリーダー争い最有力候補と目されている、カリスマの権化なのだから。

 五島重工本社の重役ですら、彼の前ではペコペコと頭を下げる。いや、高校時代の教師ですらへつらっていたほどだ。誰も彼の前で不遜な態度など取らない。

 

 そんな彼が、初老の男の態度に腹を立てるでもなく嬉しそうに駆け寄ってくる。まるで無邪気に父親にかまってもらいたがる子供のような態度で。

 

 

「オクト! 聞いたよ、【氷獄狼(フェンリル)】の戦績。ウィドウメイカーを倒して技術を手に入れられたんだってね?」

 

「ええ。【騎士猿(ナイトオブエイプ)】の横殴りという形にしろ、技術ツリーの解放権は得られたようです。奴らはなかなかうまいこと立ち回ってくれたようだ」

 

「だよね? やっぱり僕が見込んだだけあるよ。彼らならいい猟犬になってくれると思ったんだよね」

 

 

 ペットショップで売っていた犬がよい猟犬になると見込んだ、とでも言わんばかりの言い草である。

 褒めて褒めて、と言外に主張するような態度のカイザーに目を細め、オクトと呼ばれた男が息子に接するようにその頭を撫でた。

 

 艶のある髪を撫でられて、嬉しそうに笑顔を浮かべるカイザー。その表情を見れば、誰もが目を疑うことだろう。とても19歳にしてカリスマの権化と呼ばれるような、不遜な天才少年のものではない。

 

 

「確かによい猟犬だ。ウィドウメイカーは我々が先に定員内撃破を達成しているが……今後の活躍にも期待が持てる。腕がいい者は【トリニティ】に引き込んでもよいかもしれませんな」

 

「【トリニティ】はそろそろあちこちから人員を引っ張りすぎだって、姉さんが苛立ってるからちょっとまずいかな。引っ張るなら【ナンバーズ】でいいよ、どっちにしろ僕の手駒という点では変わらないんだから」

 

 

 けろりとした顔で、カイザーは最強の呼び名も高い傭兵クラン【ナンバーズ】の名を呼ぶ。

 目の前にいる初老の男・オクトこそ、【ナンバーズ】のクランリーダー。

 そしてカイザーの懐刀であり、最大の盟友でもある男である。

 

 いや、正確に言えばカイザーにとって盟友と呼べる男などオクトだけだ。

 他のすべての有象無象など、カイザーにとって利用するだけの存在にすぎないのだから。

 そしてカイザーは【ナンバーズ】を自分の手駒だと認識している。実際これまでずっと、【ナンバーズ】はさまざまな形でカイザーが台頭するために貢献してきてくれた。【トリニティ】に雇われてエリアを争奪するという意味でも、現実の邪魔者を事故に見せかけて消すという形でも。

 

 【ナンバーズ】の現実での姿は民間軍事会社(PMC)

 電脳(サイバー)戦のスペシャリストばかりを集め、第七世代通信網(エーテルネットワーク)で繰り広げられる経済戦争に参画した新時代の軍人たち。

 

 

「どうでしょうな。ウチは特に審査が厳しいですよ。どこにも拾ってもらえなかったようなチンピラ崩れは採用に値しないでしょう。もっとも上澄みはそうでもないようですが……」

 

「ふーん。まあ、それならそれで今のまま飼い犬としてうまく使っていけばいいか。ウィドウメイカーを倒して得られた技術もそっくりそのまま渡してくれる忠犬っぷりだし、雑用や捨て石に使えそうだ」

 

 

 オクトの隣のストールに腰かけたカイザーは、長い脚を組んで「オレンジジュースがいいな」と命令する。

 オクトは無言でグラスを手に取り、氷を入れてからジュースを注いで、念入りにステアしてからストローを刺してカイザーの前に差し出した。

 礼のひとつも言わずにそれを受け取ったカイザーが、ちゅーっと水位を減らしながら「あっそうだ」と口にする。

 

 

「どうせなら【騎士猿】の方も手駒にしちゃえばよくない? ウィドウメイカーを倒したのって、ほとんど【騎士猿】の方の手柄なんでしょ? 【氷獄狼】も【騎士猿】も手駒にしちゃえばいいじゃん」

 

 

 無邪気にサラサラとした金髪を揺らして笑うカイザーに、オクトは渋面を作る。

 

 

「どうでしょうな。私が使える“種”の数にも限界があります」

 

「でも【氷獄狼】だってクランリーダーの……ヘドなんとか? そいつ1人に種を蒔くだけで、どんどん僕を崇めるシンパが増えてるんでしょ? 【騎士猿】もリーダー1人にそうすればいいじゃん。ゴリラ初号だっけ?」

 

「チンパンジー1号ですな。あれは難しいですよ。ああいう外面は激昂しやすくとも内面は冷静なパーソナリティは、同調させづらいのです。【氷獄狼】のヘドバンマニアは真逆の傾向でしたからな。ああいうのがやりやすいのですよ」

 

「ふーん、そうなんだ。意外と不便なんだね」

 

「でなければ、さすがに強力すぎますよ。いや、それを置いても“七罪冠位”の中でも非常に強力な能力というのは自覚しておりますが。それに、あいつは……」

 

「あいつは?」

 

 

 カイザーにオウム返しされたオクトは、いやと首を振った。

 

 

「何でもありません」

 

「えー、嘘つかないでよー。絶対何かあるやつじゃん」

 

 

 駄々っ子のように口を尖らせてツンツンとオクトの脇を突っつくカイザーに、オクトが苦笑を浮かべる。

 

 

「いや、“敵”の釣り餌かもしれないと思いましてな。チンパンジー1号がかつて所属していた研究室の上司だったのですよ、私の“敵”は」

 

「ふーん。そういえばオクトも倒さなきゃいけない“敵”がいると言ってたね」

 

「ええ、それはもう」

 

 

 オクトはにっこりと微笑む。隠し切れない憤怒の相を瞳の奥に浮かべて。

 

 

「私のあらゆるものに代えて、復讐せねばならぬのですよ。命も、魂も、正義も道徳も、あらゆる美徳のすべてをなげうってでも」

 

「ふうん」

 

 

 興味なさそうな顔で、グラスの中の氷をかき混ぜるカイザー。

 他人の事情に関して一切関心を示さない、自己中心の権化のごとき精神性。天才というのはどこかパーソナリティに問題を抱えているものなのだろうか。

 

 そんなカイザーの様子に目を細め、オクトは苦笑を浮かべる。

 仕方のない息子だというような、優しさの浮かぶ瞳。

 

 

「話を戻しますが……“種”を感染させるのは確実性も低い。【氷獄狼】も一番欲しかったパイロットを感染させる前に取り逃してしまいましてね。アッシュとか言いましたか。あのパイロットは【ナンバーズ】にほしかったのですが」

 

「やっぱり欲しいパイロットは直接スカウトしないとダメってわけか。オクトが欲しがるようなパイロットなら、僕の直属に欲しいなー」

 

 

 先ほど姉にやりすぎだと怒られた、と言ったばかりなのにカイザーはそんなことを口にする。姉である天翔院天音のことを見下している彼にとって、彼女の苦言など一顧するに値しないものなのだろう。

 

 かつてはそうではなかった。

 幼い頃から巨大な才能の片鱗を見せていた天音は、天翔院牙論にとって空に君臨する太陽のごとき偉大な存在で、歯向かうことなど考えもできなかった。

 

 しかし今や立場は逆転した。どんな相手でも魅了して言いなりにできる力を手にした牙論……いや、カイザーにとって天音など恐るるに足りない。

 天音自身は何故か魅了できないと聞いたときは残念だったが、代わりに天音の部下の優秀なパイロットたちは根こそぎ引っこ抜けた。天音の優秀性は指導者としての天分にあるのであって、配下のいない天音などまったく怖くない。

 

 最近は天音が傭兵を雇ったり、メイド隊を使いこなすようになって少し盛り返しているようだが、手足をもがれた姉に何ができるものかと思っている。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 カイザーは長い脚をぶらぶらさせながら、思い付きを口にする。

 

 

「姉さんが贔屓(ひいき)にしてる傭兵を取り込めばいいじゃん。スノウ……だっけ? シャインだっけ? なんかそんな名前で呼ばれてる子がいるよね」

 

「シャイン……ですか」

 

 

 その言葉を聞いたオクトが眉間に皺を寄せた。

 

 

「懐かしい名です」

 

「へえー、前作でのオクトの関係者なのかい?」

 

「そうですな。とても手のかかった子でしたよ。何しろズブの素人だったもので、非常に弱くてね。みんなして手取り足取り教えたものです」

 

「ふーん」

 

 

 カイザーは小首を傾げると、へらっと笑った。

 

 

「オクトがそう言うような雑魚なら、別にいらないかな?」

 

 

 その瞬間、オクトがぎろりとカイザーを睨み付けた。

 それまでの手のかかるワガママな子を見る親のような目つきとは違う色。穏やかな表層とは真逆の、常に燃え盛り続ける魂からあふれ出たような怒りの色。

 純粋な殺意と呼んでもいい気配を垣間見たカイザーが、咄嗟に逃げようとしてストールをガタつかせる。

 

 カイザーの様子に自分の中の憤怒の相を抑えきれなかったことに気付いたオクトが、深々と頭を下げる。

 

 

「失礼しました。どうも前作のことになると、感情を抑えきれず」

 

「う、うん……」

 

 

 涙目になるカイザーの頭を、バツが悪そうによしよしと労わるように撫でるオクト。先ほどとは打って変わって穏やかなその様子に、カイザーがほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「シャインは覚えが悪い生徒でしたが、それでも何とかかんとか腕は上がりましてね。最後の方は“盗賊王”とか“トラップマスター”とか“魔王の寵児”と呼ばれて、名も売れたものです」

 

「ふーん。それで今作でも有名人ってわけか」

 

「さて……それはどうでしょうな。前作の時点で、シャインの名を騙る者は結構な数いました。有名税というやつですな。まあ全部この手で潰しましたがね」

 

 

 オクトは(はら)の底から煮え滾るような凄みが混じった笑顔を浮かべた。

 

 

「シャインの名を騙る者は決して許しません。私の弟子の名は安くない」

 

 

 そう言って、インターフェイスに浮かぶ“スノウライト”のパーソナルデータを睨み付けるオクト。彼の手はぶるぶると隠し切れない怒りに震えていた。

 

 

「見極めなくてはならない。スノウライトが本物の“シャイン”なのかを……」

 

「…………」

 

 

 カイザーはそんなオクトの顔をじっと見つめていた。

 そして、確かめるように囁く。

 

 

「ねえオクト。あなたは……僕の“パパ”ですよね」

 

「……ええ、もちろん」

 

 

 カイザーの言葉に、オクトは頷き返す。

 2年前、彼の元を訪れたときとまったく同じ口調で言った。

 

 

「貴方が望むのなら、この時代の覇者にして差し上げましょう。ありとあらゆる有能な配下を御前に跪かせ、世界に覇を唱える皇帝となさしめましょう。そして私は貴方の玉座を支える礎として陰に日向に仕えましょう」

 

「そうか……ならいいんだ」

 

 

 安堵したように微笑むカイザーに、オクトは頭を下げる。

 

 

「ぬかりはございません。アメリカやイギリスなど西欧諸国との連携も取れております。貴方が日本サーバーを制覇して文字通りの日本経済界の覇王となられた暁には、五島は世界に名だたる財閥として認められることでしょう」

 

「うん……うん。そうなったら、お祖父様も親父も鼻をあかせてやれる。僕こそが天翔院家の跡継ぎに相応しいと認めさせてやるんだ」

 

 

「はい。私も“父”として、その背中を見るのを楽しみにしています」

 

 

 夢見るように呟くカイザーに、オクトは恭しく頷く。

 決してその瞳の色を、カイザーに見せることがないように。


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