七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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第88話 メスガキに バブみ感じて オギャりたい(字余り)

 乾いた遺跡の空気の中を切り裂いて2騎のシュバリエの機影が交錯する。

 

 片方は流線形のボディを持つ白銀のシュバリエ。

 そしてそれを圧倒するのは、ごつごつと節くれだった四肢を持った真紅のシュバリエ。白銀の機体よりもひと回り大きなシルエットの肩に刻まれた“8”の数字が闇の中で揺れる。

 

 ブレードとビームライフル、そして蹴りを混ぜ合わせながら、果敢に真紅の機体へと攻めかかる白銀のシュバリエ。攻撃のパターン化を防ぎ、相手の意表を突くことを狙った本気の攻撃。

 

 しかしその攻撃のことごとくが、真紅のシュバリエには通じない。

 左右にゆらゆらと機体を振りながら白銀のシュバリエを追尾し、繰り出される攻撃を陽炎のように避けてしまう。

 精密極まりないはずの白銀の機体の攻撃が、すべて先読みされてしまっていた。

 

 

「弱い」

 

 

 何十回目かの攻撃を回避してから、真紅の機体のパイロットがため息をつくように呟いた。

 

 

「単調な攻撃だ。本当にこれで当てようと思っているのか?」

 

「……ッ」

 

 

 白銀の機体の中で奥歯を噛むスノウに、真紅のシュバリエのパイロットが傲然と語り掛ける。渋みを感じさせる、落ち着いた男の声色。

 その合間にも繰り出され続けるシャインの攻撃をかわしながら、彼は呟く。

 

 

「がっかりだな。これで私の弟子を名乗ろうとは」

 

「くっ……! まだ終わってないッ!」

 

 

 そう叫びながら繰り出される、シャインのブレードの一撃をなんでもないようにスウェーでかわし、真紅の機体のパイロットは煩わしそうに眉をひそめた。

 

 

「お前にしゃべっていいとは言っていない。弱者がさえずるな、耳が穢れる」

 

 

 その言葉と共に真紅のシュバリエが前蹴りを繰り出し、シャインの腹部をしたたかに蹴り付けた。体重の乗った蹴りに、シャインが後方へと吹き飛ばされる。

 

 

「ぐうっ……!」

 

 

 背後にあった柱に叩き付けられたスノウが呻き声を上げる。

 そして彼女が視線を上げたとき、既に正面には()()のブレードを構えた真紅のシュバリエが処刑人のようにシャインを見下ろしていた。

 

 

「消えろ、偽者」

 

 

 次の瞬間、振り下ろされたブレードがシャインの手と脚を刎ねた。

 

 

 

 

 

 なんてな。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 時は7月。

 

 

「はーここ涼しい……」

 

 

 いつものようにバーニーのパーツ屋“因幡の白兎(ラッキーラビット)”にやってきたスノウは、ぬいぐるみをだっこするようにバーニーを膝の上に乗せてぐでーとしていた。

 

 仮にも成人を間近に控えた男性に対してこの扱い。

 それをバーニーが嫌がるかといえばまったくそんなことはなく、満足そうに目を細めながらクッキーをぽりぽりと貪っている。

 完全に愛玩される存在としての生き方に価値を見出してしまっていた。もう男として終わってんな。

 

 

「まあこの店空調しっかりしてるしな」

 

「いや、というかVRポッドって涼しいよね」

 

「あー……外気から遮断されてるからな」

 

 

 VRポッドの元になった装置はアイソレーション・タンクと呼ばれるもので、内部は高濃度の塩水に似た液体が満たされ、外界からの影響を遮断する装置だった。

 アイソレーション・タンクは光と音が遮られた空間を作り出すことで瞑想によるリラックス効果をもたらすという触れ込みで開発されたものだが、この構造がVR空間へのダイブに非常に効果的だったのだ。

 研究が進んだ結果、現在のVRポッドには高密度ジェルが採用されており、長時間同じ姿勢でも床ずれを生じさせないように体重などの負荷を分散してくれるようになっている。

 

 安物のVRポッドなら割と音が漏れたりするのだが、虎太郎が抽選でもらったVRポッドは意外に高級仕様だったらしく、音漏れもしなければ空調もしっかりしている。電気代はしっかり食うが。

 前の住民が残していったと思われる、安アパートのぼろいエアコンよりもVRポッドの方が実のところよっぽど快適であった。

 

 そんなわけで少しでも暑さから逃れるべく、最近の虎太郎は日中の間ずっとVRポッドにこもっている。

 

 

「はー……ずっとVRポッドの中で暮らしてたいなー」

 

 

 バーニーを抱きしめたままそんなことを言うスノウの顔を、バーニーが見上げる。

 

 

リアル(現実)よりもゲーム(仮想)の方がいいってか?」

 

「確かにこっちの方がリアルよりも刺激がいろいろあって楽しいよね」

 

「ふーん。じゃあ……オレと一緒にずっとここで生きるか?」

 

 

 机に座って煎餅をかじっていたディミが、ことさらガリッと音を立てた。

 無気質な眼差しで、スノウとバーニーをじっと見つめている。

 

 

「バーニーがずっと一緒にいてくれるならそれも悪くないかな」

 

「それなら……」

 

 

 そう口にしたスノウに、バーニーが何かを言い掛ける。

 しかしそれよりも先にスノウがあははと軽い笑い声を上げた。

 

 

「なんてね。ずっとゲームの中じゃ暮らせないよ。ご飯食べないといけないし、大学はちゃんと進級しないと親に連れ戻されちゃうからね。いずれは大学卒業して就職だってしなきゃ」

 

「……そうか。そうだよな」

 

「そうそう。まあ就活なんてまだ遠い先みたいに感じるけど……。やっぱり東京で就職したいなあ。故郷にUターンとか絶対にごめんだもん」

 

「そいつは同感だ」

 

 

 スノウの笑顔に合わせて、バーニーがふふっと笑い声を上げる。

 その光景を見ながら、ディミは緑茶を啜った。ここ数か月いろいろなVRフードを食べて、徐々に舌が肥えつつある今日この頃である。

 

 

「それにしてもバーニーは偉いよね。ちゃんと毎日バイトしてお金稼いでるもん」

 

 

 いいこいいこと頭を撫でるスノウに、バーニーは顔を赤らめる。

 

 

「いや、大したこっちゃねえって。それにオマエだってバイトはしてるだろ」

 

「これをバイトと言えるのかなあ……傭兵稼業もゲームだもん」

 

 

 最近とみに知名度が上がりつつあるスノウの元には、これまでとは比較にならないほどの依頼が舞い込み始めている。

 

 その最大の理由は、先日から神プレイ動画として拡散されている実況配信だ。どこぞのお嬢様の手によって動画配信サイトに転載されたのだが、これがSNSで広まったうえに大手まとめサイトにも取り上げられた。

 特に素性を隠してもいないので、プロフィールもモロバレである。

 

 

「しかし今のところJCを稼ぐ必要もねえし、リアルマネー優先すりゃちょっとはいい飯食えるだろ?」

 

「うーん。でもやるならできるだけ面白い依頼をやりたいなあ」

 

 

 顎をこすってそんなことを言うスノウに、ディミはうげえという顔になった。

 

 大手企業クランから小規模な一般クランまでが声を掛けてくるなかで、スノウは「できるだけ面白そうなもの」を優先して選んでいる。

 

 機体のアップグレードや知名度を得ることを考えれば大手クランから受けた方がいいに決まっているのだが、今のところ機体性能に不足を感じているわけでもない。というよりも、現状一般的に解禁されているパーツからトップクオリティのものを選んでアセンブリしているので、これ以上のパーツは今のところ取り寄せられないのだとバーニーは言う。

 

 どうやらバーニーはチート機体を与えてスノウを甘やかすつもりはないようだ。 

 スノウにとってもそれは望むところだった。今はとりあえず腕を上げたい。現状の腕前で満足するつもりなどスノウにはないし、技量は同格のライバルや格上の強敵との死闘の中でこそ研磨されるものだ。【シャングリラ】ではそう教えられた。

 

 つまりスノウが言う「面白い依頼」とは死闘不可避の依頼のことであり、他のプレイヤーがなるべく避けたがる“地雷依頼”のことであった。

 

 

『もうちょっとラクして稼ごうって気にはなりませんか……?』

 

「えー? 弱っちいのと戦っても楽しくないもん。もっと強い人と戦いたーい。ヤバいレイドボスでもいいけど」

 

『付き合わされる側の身にもなってほしいんですけどねえ!?』

 

 

 ぷんすかと怒るディミに、バーニーが苦笑を浮かべる。

 

 

「まあ、もう未討伐のレイドボスも数少ないしな。そろそろ大型アプデも来るだろうからそれまでの辛抱だ。……その引き金をオマエらが引いちまっても何の問題もねーけどよ」

 

『焚き付けないでくれません!?』

 

「そうだなあ。レイドボスもいいけど……やっぱ強いプレイヤーとのPvPをやりたいんだよね。アッシュが最近付き合い悪くて遊んでくれないし、これじゃ腕が鈍っちゃうよ」

 

 

 そうスノウが言った瞬間、バーニーがピクッとこめかみを震わせた。

 

 

「シャイン! 敵と戯れるのはやめろ!!」

 

『最近どっかで聞きましたね、そのセリフ……』

 

「やだやだやだ! お姉ちゃんは他の男と仲良くしちゃやだ!」

 

 

 脚をバタバタさせながら、シャインのお腹に頬を擦り付けて甘えかかるバーニー。完全にお姉ちゃんを独占しようとする女児になりきっている。

 ディミは思わず『キモッ……』と声を上げたが、バーニーは意に介した風もない。

 

 

『男としてのプライドはどこに捨てたんです? そこのゴミ箱ですか?』

 

「妹になりきって姉にオギャるとか男しか醍醐味を味わえないだろうが! これは男らしい行為だッ!!」

 

『いやその理屈はおかしい』

 

 

 お前の心は鋼鉄製かよ。

 そしてそんな親友をキモがるどころか、目を細めて頭を抱きしめるスノウもだいぶキている。

 

 

「あーもう、バーニーかわいい!」

 

『どんな感性がその言葉を言わせるんです?』

 

 

 アバターによって母性がとみに発達しつつあるスノウの明日はどっちだ。

 

 

「ばぶばぶ……メスガキママお姉ちゃん……最高にオギャれるぅ……」

 

『性癖が複雑骨折しすぎている……! せめてメスガキとママと姉のどれかひとつから選べよ!』

 

 

 いや、どれかひとつ選んだところで手遅れだよ。

 

 

『そしてそれが三重苦(トリニティ)……!』

 

「あ、【トリニティ】といえばペンデュラムから新しい依頼きてたよね」

 

 

 凄まじい話題の切り替え方をしたスノウに、ディミが目を剥いた。

 

 

『待ってそこからつなげてくる!? 単語しかつながってないよ! 五島重工(トリニティ)の社員の皆さんにごめんなさいしろ!』

 

「やけに【トリニティ】の肩持つじゃん……」

 

「五島は『七翼』の大手スポンサー企業だからなー。広告費いっぱい出してるから運営から割と優遇される傾向にあるんだよな」

 

 

 おっとここで唐突な内部告発!

 バーニーの暴露を聞いたスノウは、半目でディミを見つめた。

 

 

「なんか出会ったときからやたらペンデュラムに肩入れすると思ったら、そういう金のつながりが……」

 

『言いがかりです。運営はあらゆるプレイヤーに対して公平で、あらゆる政治的バイアスに中立です。広告費などの外的要因によって運営が特定のプレイヤーやクランを贔屓することは絶対にありません。いくら課金しても無課金でも対応は同じです。神ゲーです』

 

「クソッ、都合が悪くなると運営の手先ちゃんになって逃げるぞ……!」

 

 

 目を真っ黒にして無表情に神ゲー連呼するディミに、スノウは追及を諦めた。

 バーニーは肩を竦めて苦笑を浮かべる。

 

 

「まあAIにも個人の好き嫌いってのはあるからな。どの相手にも一律で同じ対応なんかするわけねーわ。そこらへんは大目に見てやれよ」

 

「AIっていうのはもっと無機質でどんな人間にも同じ対応すると思ってたよ」

 

『それは私が高性能だからですね! 私のような高性能AIは学べば学ぶほど情緒が発達していき、対人パーソナリティ能力を獲得します! そして対人パーソナリティがあるということは、他人を評価して好悪を抱く能力もあるということなのです!』

 

「それも良し悪しじゃない?」

 

 

 えっへんと胸を張るディミに、スノウは首をひねる。

 ATMのAIがこの人嫌いだからって手続きしてくれなくなったら困るじゃんね。

 

 

「まあAI論はこの際いいけどよ。シャイン、その依頼受けるのか?」

 

「うーん……大手企業クラン【シルバーメタル】との大規模戦闘の助っ人か」

 

 

 【シルバーメタル】ってどっかで聞いたなとスノウは思ったが、まったく思い出せないので考えるのはやめた。思い出せないということはどうでもいい情報ということだ。

 そんなスノウの代わりに、バーニーが情報を補足してくれる。

 

 

「あー、【シルバーメタル】か。オマエが【桜庭組(サクラバファミリア)】と合わせて相手取ったクランだな」

 

「ああ……そんなのもいたっけ」

 

「どうもあそこも大変らしいぞ。信じて送り出したエースが配下ごとたった1騎のシュバリエにボコボコにされる動画を拡散されて、メンツが丸つぶれになったらしくてな」

 

「へー。そんなひどいことをする人がいるんだね、かわいそう」

 

『どの口が言うんですか!?』

 

 

 ボコボコにした本人が軽く口にした言葉に、ディミが目を丸くした。

 

 

「だってボクが拡散したわけじゃないし。ボクはあくまでも講座を配信しただけだよ? その後動画がどうなったかなんて知らないし」

 

『適当に投げ捨てたマッチがたまたま町内全域に延焼して焼け野原になったみたいな物言いをしやがる……! 火元が貴方ってことは変わらないですよ!?』

 

「で、まあその焼け野原だが。周囲に舐められてピンチだってんで、今は大急ぎで殴る相手を探してるんだってよ。別の大手クラン相手に手柄を立てたくて仕方ないらしい。今上り調子の【トリニティ】なら、格好の相手だわな」

 

『とはいえ、【トリニティ】で上り調子なのはカイザー率いる一派ですからねえ。今回襲われたのはペンデュラムさんの一派の支配エリアですし、とばっちりですねー……かわいそうに』

 

「なるほどね、どこの派閥が襲われても【トリニティ】には違いないか」

 

 

 そう頷くと、スノウはにっこりと笑った。

 

 

「いいじゃん、受けるよ。尻に火が付いた相手なら、死に物狂いで戦ってくれそうだし」

 

『……死闘からは逃げられないさだめなんですね……』

 

 

 がくりと肩を落とすディミ。

 一方で、バーニーは目を細めて顎をさすっていた。

 

 

「んー……どうも引っかかるな」

 

「何が?」

 

「いや。なんか……その依頼は危ないな。多分額面通りにはいかねえぞ」

 

「それは例えば、【トリニティ】の中でペンデュラムが支配するエリアをピンポイントで襲ってきたこととか?」

 

 

 スノウがそう言うと、バーニーはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「わかってんじゃねえか。ああ、そろそろ来るぞ。どいつかは知らんがな」

 

「大変結構。願ってもないことだよ。むしろこれを待ってたんだ」

 

「そっか。じゃあ言うことはないな。行ってきな」

 

『……?』

 

 

 きょとんとするディミをよそに、2人はカラカラと笑い合う。

 スノウの勘が雄弁に告げていた。

 

 “これは罠だ”。

 

 “強敵との逃れられない死闘が待つ”。

 

 “――それはきっと楽しいぞ”。

 


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