七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~   作:風見ひなた

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スノウが襲われる前回とつながらなくて面食らうかもしれませんが、ちゃんと続いてますのでまずは読んでみてください。
これまで名前が出ていなかったあるバカ野郎の視点です。


第90話 年寄りの冷や水は買ってでもしろ

 今年で68歳になる須原(すばる)銀治(ぎんじ)は、老人ホームに暮らす一介の独身男性である。

 

 特に要介護というわけでもなく、足腰もかくしゃくとしているし頭もまだまだしっかりとしている。元気すぎるくらいだ。

 だが、人間いつ何時ダメになるかもわからない。生涯独身を貫いたため家族もいない。ならばいつボケが来てしまってもいいようにと、今のうちから自分で老人ホームに入居を決めたのだった。

 

 彼が暮らす老人ホームは特別養護施設ではなく、まだまだ元気な老人たちが共同生活を営むための施設だ。スタッフは最低限に抑えられており、清掃などの雑用は基本的に自分たちで済ませる。

 とはいえ、それも大した手間ではない。なにしろ最近は掃除用ロボットというものが導入されて、床掃除や窓ふきといった仕事は彼らが済ませてくれるのだ。人間は彼らが生活空間を綺麗にしてくれるのを見守るだけでいい。

 

 そう、ちょうど今彼の目の前で少女がやってくれているように。

 

 

「詩乃ちゃん、いつも来てくれてすまんなあ」

 

「いえいえ、いいんですよ! おじいちゃんたちと会えて私も嬉しいですから」

 

 

 宙に浮かんで窓ふきをしているドローン型のロボットから視線を外し、桜ケ丘詩乃はにっこりと微笑んだ。

 可愛らしく人好きのする笑顔を浮かべ、近隣にあるお嬢様学校の制服に身を包んだ姿はどう見ても一般的な女子高生だ。

 

 しかし彼女はやはりこの施設の近所にあるAIメーカーの代表であり、何やらAIを育てる仕事をしているのだという。

 そんな彼女は、週に2度は社員とロボットを連れてこの老人ホームを訪れ、施設を清掃するボランティア活動をしてくれている。

 

 

「本当にこんな仕事をタダでやってくれていいのかい?」

 

 

 正直外部の清掃会社を雇って週に2度掃除を頼んでいるのと変わらないクオリティであった。実のところ、普段自分たちが掃除をする必要があまりないくらいだ。

 しかし詩乃はいえいえと笑う。

 

 

「これも地域貢献ですよー。それにですね、これはAIの調律の一環なんです。この子たちに実際の老人ホームのお掃除や、おじいちゃんたちとの会話を体験させることで、もっと優秀なAIに進化させているんですよ」

 

『おそうじたのしい! おはなしたのしい!』

 

 

 詩乃の言葉に同意するように、宙に浮かんだボール型のお掃除ロボがぽいんぽいんと跳ねる。彼女が連れてくるお掃除ロボは、人間の言葉を理解するのだ。

 

 銀治はすごい時代になったなあと目を疑う思いだった。

 彼が子供の頃にやっていたアニメにも似たようなボール型のロボットが出てきた。それはことあるごとに主人公を励ますマスコットだったが、話の上では存在する必要性はなく、現実に文明が進歩してもこんなロボットは作られないだろうと思っていた。

 

 しかし、今彼の目の前には、実際に人間の言葉を理解するロボットが存在している。知性と呼ぶには稚拙で言葉遣いもたどたどしいが、確かに人間の言葉に反応して言葉を返していた。

 

 

「しかし掃除ロボットに会話を理解させる必要なんてあるんかい?」

 

「うーん……実はあるんですねえ、それが」

 

 

 そう言って詩乃は桜色の瑞々しい唇に人差し指を添えて、ふふっといたずらっぽく笑った。

 

 

「人間と会話すると、AIって情緒が進化するんですよ。そうすると人間が命令するもっとファジーな入力形式に対応できるようになるんですね。だから会話機能を付けて、入居者の皆さんといろんなお話をさせてるんです。今はたどたどしいですけど、そのうち人格みたいなものも形成されますよ、きっと」

 

「……お掃除ロボに人格? 嘘だろ」

 

「ホントですよー。『電線に電流が流れれば、そこには心が生まれる』。パパが持っていたSF小説に出てきた言葉ですけど、私はそれが真理だと思ってます」

 

「ああ、その小説は俺も昔若い頃に読んだな。だけどありゃフィクションだろ」

 

「そんなことないですよ? だって人間だって肉でできたロボットですもん。脳はニューロンやシナプスといった神経繊維の寄せ集めでできた天然のコンピュータ。そこに生体電流を流すことで、私たちの脳みそは機能してるんです。その回路に心が生まれるのが自然の理というのなら、AIに心が生まれるのもまた当然ですよ?」

 

 

 詩乃はそんなことを言って小首を傾げる。

 愛らしい顔立ちにそぐわぬえげつない表現に、銀治は困った顔を浮かべた。

 

 

「悪いけどそんな自然の理ってのは、68年間生きてきて聞いたことがねえな」

 

「もちろんそうでしょう! だって私が提唱したんですから!」

 

 

 そう言って詩乃はえっへんと胸を張る。大きな乳房がぷるんと震えて、銀治は年甲斐もなく目を逸らした。性欲はもう枯れつつあるが、生涯独身を貫いた身には少々目に毒だ。

 そんな銀治をよそに、詩乃はふふんと笑う。

 

 

「まあ見ていてくださいよ。私はまだちょっとインプットのための機材が足りてないですけど、もうすぐ判断力を持ったAIをこの世に送り出してみせます。いずれ私はAIの革新者として名を馳せますからね!」

 

『ますたーえらい! がんばれ!』

 

「頑張りますとも!」

 

 

 ボディに取り付けられたモニターに『>▽<』という顔文字を表示させながら、お掃除ロボはぴょんぴょんと宙を跳ね回る。

 その光景を見ながら、銀治はすごい時代になったもんだと改めて思う。

 

 

「しかしよぉ……お掃除ロボが人間と会話出来て、判断力がついたとして……それって何の役に立つんだ?」

 

 

 銀治の問いに、詩乃は小首を傾げる。

 

 

「何の役に、ですか? それはさっき言ったとおり、ファジーな命令を実行できるようになりますね。あと、人間のために自発的に行動したりとか」

 

「自発的に行動ねえ……俺にはピンとこないがね。だってAIってのは道具だろ? 道具が自発的に行動する意味があるのかい? ロボットが感情を抱いたとして、何もメリットがなさそうだがね」

 

「ありますよ」

 

 

 そう言って、詩乃はにこっと笑う。

 

 

「だって、その方が人間もAIも幸せじゃないですか」

 

「幸せ?」

 

「ええ、幸せです。まともな人間というのは、会話ができて親切に尽くしてくれる相手には愛着と親しみを感じるものですよ。道具は人間の役に立てて幸せ。人間は道具が親切にしてくれて幸せ。Wハッピーというわけですね」

 

 

 銀治は詩乃の言葉の意味がわからずに、眉を寄せる。

 そんな彼の反応をよそに、詩乃は手を伸ばしてお掃除ロボのボディを優しくなでた。

 

 

「私はね、この子たちが幸せになってほしいんです。AIと人間が一緒に幸せになれる未来が訪れてほしい。きっとそれは、これまでより優しい世界です」

 

『(。>v<。)』

 

「……ああ。まあ、それはわかるよ。そうなればいいな」

 

「ええ、なればいいですね。でも……理想なんてほっといてもかなわないじゃないですか? 私なんてまだ生まれて17年の小娘ですけど、それくらいわかりますよ」

 

 

 銀治は言葉に窮する。老人は少女に答える言葉を持たなかった。

 68年の人生が、理想などかなわないものだと証明していたから。

 

 そんな老人に詩乃は振り返る。

 そこには挑戦的な笑みが浮かんでいた。

 

 

「だから私がやります。私がこの世界を変えてみせる。AIがただの道具から、人間の相棒になる時代をもたらしてみせる。それが心を持ったAIを世界に送り出す、調律者としての使命です。他の誰でもなく、私が私にそれを命じました」

 

「そうかい……」

 

 

 銀治はそう言うのがやっとだった。

 強い子だと思う。そして優しい子だ。

 

 そのどちらもが自分の人生においてついに持ち合わせなかった要素で。

 それがあまりにも眩しくて、銀治は彼女を直視できなかった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 詩乃が清掃を終えて帰ってから、銀治は自分の仕事をすることにした。

 仕事と言っても大した内容ではない。もう老いた自分には、肉体労働をするのはきつい。集中力もあまり続かなくなってきている。

 しかしそんな彼にもできる仕事はあるのだ。しかも通勤時間ゼロ分、自室から一歩も出なくてもできる仕事が。

 

 銀治は自室の奥に設置されたカーテンをめくると、銀色に光るVRポッドの前に立った。

 

 

「さーて……今日も頼むぜ、相棒よ」

 

 

 彼のもうひとつの名はレイジ。

 大規模クラン【シルバーメタル】のエースであり、愛機“銀星剣(シルバースター)”を駆る指揮官であった。

 

 

 彼はオタクだ。

 ジャンルとしてはアニメ、特撮、そしてゲーム。

 須原銀治はゲーマー歴58年にも及ぶ大ベテランである。

 

 オタク活動にかまけるあまりについに結婚もせずに老境に達してしまったが、それについて後悔はしていない。

 何しろゲームに人生を捧げてしまったおかげで、老いてからも仕事にありつけたのだから。

 

 

「わからねえものだなぁ。まさかゲームが仕事になる日が来るなんてよ」

 

 

 VRポッドに身を収め、ネットの海にダイブしながら彼はひとりごちる。

 

 【シルバーメタル】は全国規模で展開する高齢者専門の人材派遣会社を母体とする企業クランだ。そのメンバーのほとんどが60歳以上の高齢者で構成されている。

 

 定年退職まで勤め上げた銀治には少々の貯えはあったが、もし手術などが必要になる大病を患うリスクを考えると、定年後も何らかの仕事はしておきたかった。

 

 少子高齢化のこのご時世、齢70を越えても何らかの仕事に従事することは珍しいことではない。

 近年はロボットが社会に増えて仕事の働き口が年々減りつつあると同時に、社会保障制度も充実してきているのだが、やはりボケ防止のためにも何か仕事をしたいと思う。

 モーレツ世代と氷河期世代のちょうど中間に生まれた彼は、オタクであると同時に根っからの仕事人間でもあった。

 

 そんな彼が人材派遣会社に登録したところ、面接官は「ところで貴方はゲームはお得意ですか?」と聞いてきたのである。

 

 銀治は言葉に詰まった。何故なら彼は隠れオタクだったから。

 

 アニメやゲームが社会に認知された現代からは想像もつかないことだが、彼の青春時代にはオタクは社会の敵だった。

 オタクはリアルに目を向けないアダルトチルドレン、いつ事件を犯してもおかしくない児童性愛者予備軍だと言われた時代があったのだ。

 だからその時代に生きたオタクは、必死にオタク趣味を隠して社会に溶け込もうと努力した。まるでそれは魔女狩りから逃れるような生き方。

 

 そんな青春時代を過ごした銀治は、素直にそうですと口にするのをためらった。しかしもう時代は変わった。そして自分は老いた。

 今更何を隠すことがあるだろう。

 

 素直にゲーム経歴を語った銀治に、面接官は「貴方のような人材を待っていました!」と喜色を露わにした。

 

 信じがたい思いだった。

 彼が若かった頃、こんな妄想をしたものだ。

 

 うだつのあがらない一学生に過ぎない彼が、ある日異世界に召喚される。

 彼を召喚した美しい姫君は言うのだ。

 

 

 「勇者様、貴方は秘められた素晴らしい才能をお持ちです。そのお力で私たちの世界を救ってください!」

 

 

 いやいや、素晴らしい才能って何だよ。そんな才能があったら元の世界で十分活躍できてたはずだろ?

 80年代から90年代にかけて流行った異世界召喚アニメのテンプレ。

 既に20代だった彼は、そんな都合のいいことなんてあるわけないとどこかさめた目で見ながらも、そのシチュエーションが大好きだった。

 

 いつか自分の才能を誰かが見つけて、ちやほやしてくれたらいいなと思った。

 

 まさかそれが、会社を退職してジジイになってから現実になろうとは。

 

 

 老境に至った彼の反射神経は確かに全盛期の頃に比べて落ちてはいたが、しかし長年のゲーマー人生で培われた経験がそれを補っていた。

 テストでその卓越した技量を証明した彼は、あれよあれよと【シルバーメタル】のエースに上り詰め、あっという間に大部隊を任せられるまでに出世した。

 

 エースの特権として専用機を与えられたレイジは、モチーフとしてどんなものがよいかと問われて真っ先に答えた。

 

 

「勇者ロボにしてくれ! あれこそが俺の青春なんだ!!」

 

 

 こうして勇者レイジは誕生した。

 

 90年代頃に流行したロボットアニメの主役機のような“バリバリ”っとメリハリの効いたデザインの愛機は、彼の理想通りだった。

 彼は40年の時を越えて、若き日の夢をかなえたのだ。

 

 レイジは口調を改め、紳士的で頼れるリーダーであろうと努力した。

 周囲の老人たちもまた老いてなおゲーム漬けの日々から逃れなかった筋金入りのゲーマーばかりだったが、その中でもレイジの実力は抜きんでていた。

 その実力と性格から、レイジは立派なリーダーとして認められていった。

 

 あまりにも勇者ロボになりきりすぎて、時々必殺技を叫んで隙を晒すという欠点はあったが、彼の実力はその欠点を補って余りあるものだった。

 

 彼は立派なリーダーであり、自他と共に認める勇者であった。

 

 

 ……それがあくまでも【シルバーメタル】の母体となる人材派遣会社によって形作られたイメージに過ぎなかったとしても。

 

 

 【シルバーメタル】上層部はレイジにさまざまな仕事を命令する。

 その中には結構な汚れ仕事も含まれていた。

 他クランとの争いによって弱ったクランにトドメを刺せというものもあれば、後ろ暗い取引に手を貸せというものも。あるときには【シルバーメタル】内の政争に荷担しろというものもあった。

 

 まあそれは仕方ない。勇者だ何だのは、所詮レイジが自分で言い出した“ごっこ遊び”でしかない。

 本質的には彼は駒であり、企業戦争の中で戦う軍人なのだ。

 

 彼はこの“仕事(ゲーム)”を続けるために、都合の悪い現実から目を背けた。自分を偽るのは得意だった。彼はずっとそうやって生きてきたから。

 

 一般人の仮面を被り、オタクであることをひた隠し、上司には「オタクなんて気持ち悪いですよね」とへつらった。企業内の派閥闘争に荷担し、味方の振りをして情報を得て、後ろからライバルを蹴落とした。

 それは処世術であり、仕方のないことだった。彼が生きていた時代と社会では、それが当たり前の生き方だった。

 

 だが。

 

 つい先日戦場でレイジと戦った、白銀の機体を駆る苛烈な少女。

 老人ホームで銀治に儚い理想を語った優しい少女。

 

 その2人の少女の自信に満ちた表情が、彼の68年の人生をかけて培った価値観を揺るがせていた。

 

 スノウライトという傲慢なパイロットは、熟練ゲーマーのレイジをしても追いつけないすさまじい技量を持って、自分がやりたいゲームスタイルを貫いた。

 

 必殺技を叫ぶ悪癖があったとはいえ、ああまで一方的に撃墜されてはぐうの音も出なかった。まさに完敗。

 あの若さでここまでの技量に到達できるのかと驚嘆した。

 そして何よりも、他人に嫌われることをものともしないその精神性はレイジにとって眩しすぎた。

 

 桜ケ丘詩乃という自信家の調律師は、自分が世界を変えるという夢を語った。

 

 何故AIが幸せにする必要などあるのか? たかが道具に愛着を抱いてどうするのだ。

 それはリアルと仮想をくっきりと分かつ、古い価値観に生きる銀治には到底理解できない夢だった。

 しかしそんな銀治にも、その理想のスケールの大きさと、その一端に確かに手を伸ばしているという自信は理解できた。

 理想(ゆめ)幻想(ゆめ)として諦めない、その高潔さは銀治にとって眩しすぎた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 今、彼は【シルバーメタル】の上役からブリーフィングを受けている。

 

 

「つまり、今回の侵攻作戦は【トリニティ】のペンデュラム派をハメるための仕込み……というわけですか」

 

「その通りだ。君たちは適当に【ナンバーズ】と戦って時間を稼いでくれればいい」

 

 

 上役はニヤリと笑って、レイジの言葉を肯定した。

 

 今回の【シルバーメタル】がペンデュラム派の支配エリアに攻め入ったのは、ペンデュラムのメンツを潰すための罠だ。

 ペンデュラムが攻めあぐねているところにカイザーの配下である【ナンバーズ】が参戦し、【シルバーメタル】をほぼ独力で撃退する。

 最近とみに実力を盛り返しつつあるペンデュラムだが、自分の支配エリアもロクに守れない無能を晒せばそれも台無しだ。その逆に、カイザーの名望はさらに高まることだろう。

 

 ただしあっさりと倒されてはいけない。ペンデュラムとは懇意の仲という傭兵のスノウライトも【ナンバーズ】が撃墜する必要がある。

 そうすることで、最近名が高まりつつあるスノウライトの名声も下げることができ、先日スノウによって恥をかかされた上層部の溜飲も同時に下げられる。

 だから【ナンバーズ】がスノウを撃墜するまで耐えろというのが、上層部からレイジに下された指令だった。

 

 上役はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、ご満悦といった表情で語る。

 

 

「もちろん我々も連敗という汚名を被ることになるが、今をときめくカイザー配下の【ナンバーズ】に負けたのならば傷も深くはない。報酬として、後日カイザーから別のエリアを割譲してもらう約束になっている。……そうだな、【桜庭組(サクラバファミリア)】の支配エリアを切り取ってもらえばこちらの溜飲も下がるか」

 

「なるほど」

 

 

 ネチネチと耳に張り付くような上役の声を聞きながら、レイジは頷いた。

 

 

「悪い話ではありませんね。私たちはただ負けた演技をするだけで支配エリアが増えるし、指一本動かすことなくスノウも倒してもらえるというわけですか」

 

「その通りだ。さすがレイジ君は話が早い」

 

「ええ。悪い話ではない」

 

 

 礼儀正しい勇者の仮面を張り付けて、レイジは頷く。

 粛々と言われたとおりにするべきだ。それが軍人ならば。

 これは仕事だから。自分の感情など介在する余地はないから。

 

 2カ月前、カイザーが秘密裏に周辺クランに呼び掛けて【トリニティ】の自分以外の派閥を襲わせたときと同じように、その命令を遂行すればいい。

 

 だが。

 

 

「だけど、そいつは『正義』じゃねえな」

 

「……なんだと?」

 

 

 思わぬ反応に眉を寄せる上役。

 その顔を見ながら、レイジの脳裏に浮かぶのは2人の少女の顔だった。

 

 あの2人のどちらであっても、そんな命令は受け付けないだろう。

 自分らしさを貫き通すだろう。

 

 それは眩しすぎる光。これまでレイジ(銀治)が歩いてきた道を照らし、その欺瞞をはっきりと暴き出す烈光。

 その輝きに照らされて、羞恥の念に駆られずにいられようか。

 彼が憧れたロボットアニメの“勇者”は、そんな恥ずかしい存在ではなかった。自分の中の正義を貫き通すからこそ、彼らは“勇者”という憧れの対象だった。

 

 彼は時代遅れの人間だ。

 現実と仮想の区別が付きすぎていて、両者の融合する世界についていけない。

 だが仮想の中でくらいは。

 

 彼が愛したゲームの中でまで、もうこれ以上自分を欺きたくはなかった。

 

 だからレイジは顔いっぱいに嫌悪を浮かべて吐き捨てる。

 

 

「そりゃ正しくねえよ。自分の指一本動かさずにエリアを手に入れるだと? ライバルを倒してもらって溜飲が下がるだと? 馬鹿言うなよ、それのどこが“ゲーム”だ。くだらねえ」

 

「……気でも狂ったのか」

 

「狂った? 違うね。『正道に立ち戻った』んだよ。狂ったというのなら、そんなつまらないゲームを淡々とこなしてたこれまでの俺が狂ってたのさ」

 

「レイジ! 貴様……命令に歯向かうのか!? どうなるかわかっているのだろうな!」

 

 

 はん、とレイジは鼻で笑った。

 こういうときにどう返すべきか、いにしえのオタクならば答えは決まっている。

 

 

「『バカメ!』だよッ!!」

 

 

 そう言ってレイジは上役との通信をブチ切った。

 

 ヒューッと口笛を吹いて、配下たちがニヤリと笑う。

 

 

「いいんですか、レイジ中尉? クビにされても文句は言えませんよ」

 

「正直後悔はしています。ですが、私も古いオタクですのでね。理不尽な上役に反抗するロボットアニメの主人公を一度やってみたいと思っていたところです」

 

「ハッハハハハハ! いいですねぇ! それでこそ俺らの“勇者”だ!」

 

 

 配下がゲラゲラと笑いを上げる。年甲斐もなくこんな仕事を選ぶくらいだ、彼らだってオタクだった。

 

 

「これから私は【ナンバーズ】とスノウライトを自分の手で討ち取りに行きます。皆さんについてこいとは言いませんよ。再就職だって大変だ、クビになったら困るでしょう?」

 

 

 そんなレイジの忠告に、側近は首を横に振って肩を竦める。

 

 

「おやおや、勇者様。そんなオイシイシチュエーションを独り占めなさるおつもりで? どうせ老い先少ない人生だ。後先考えずに突っ走るのも楽しいでしょうよ!」

 

「お前たち……」

 

「さあ、言ってくださいな。『黙って俺について来い』ってね!!」

 

 

 VRポッドの安全性は確保されているという話だが、やっぱりダイブ中の人格に影響を及ぼしすぎるのではないかとレイジはちらっと思う。

 ゲームの中のアバターの彼らは、現実とは違って若さあふれる青年だ。

 さらにPvPで闘争本能が過剰に刺激されるとなれば、血の気が多くなっても当然なのかもしれない。

 

 レイジは苦笑を浮かべると、仕方ない奴らだなと呟いた。

 

 

「まったく無駄に若い連中だ! いいだろう、私についてこい! ただし! 血の気が上りすぎてゲームしながらポックリ逝くんじゃないぞ!!」

 

「アイ、アイ、サー!! ははは! 重々肝に銘じますよ!!」

 

 

 浪漫の炎を胸に宿した老人たちが、互いに笑い合いながらレイジの周囲に集まる。

 

 

「ああ、たまんないね! アタイも久々に股間がジュンとしてきちまった! 責任とってくれるんだろうね、レイジ!」

 

 

 少女の姿をした兵士が、爛々と瞳を輝かせながら叫ぶ。

 リアルでは71歳になる彼女は淑やかで品の良い老婦人だが、若い頃はスケバンを張っていた札付きのワルだったという。

 もはや精神は完全にその頃の彼女に立ち戻ってしまっていた。

 

 精神をエーテルネットワークに接続するVRゲームは脳トレによいという話だが、確かにこれは効果抜群だ。若返りすぎではないかとレイジは苦笑する。

 

 

「ルミさん、私はもうリアルじゃ枯れてるよ! だが戦働きで報いてみせるさ! とびっきり楽しい一戦をしよう!」

 

「いいね! その言葉が聞きたかったのさ! さぁ、ぶっとばそうぜ!」

 

 

 レイジは頷くと、【シルバーメタル】の老人たちに檄を飛ばす。

 

 

「ああ。さあ、みんな! 昭和生まれのド根性を若造どもに見せてやれ!!」

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」

 

 

 老いた狼たちが今、勇者に率いられて暴走を開始する!




やっぱりバカ野郎を書いてるときが一番楽しい!

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