リオとネクサス。
2人の転生者の秘密の語らいもひとまず終わった翌日。
リオとネクサスはアースラとオーフィアに精霊術を学ぶことになっていた。
「リオ殿もネクサス殿も、精霊術を魔術を模倣して使っていると聞いたが、それでは真の意味で精霊術を使いこなしているとは言えん。まずは精霊術が何なのかをお教えしよう」
「「よろしくお願いします」」
アースラの言葉に2人は揃ってお辞儀する。
「うむ。では、まずは精霊術がどのような技法か教えよう。精霊術とは、オドを操り、マナに己の意思を伝え、世界の事象を改変する技法を指す。オドとは生命エネルギー…人間族で言うところの魔力に対し、マナとは自然エネルギーそのもの。2人共、精霊術を使えているからオドの感知と目視、そしてマナの感知も出来るはずじゃが、どうじゃ?」
「そうですね。少なくとも俺は魔力の感知と目視は出来ています。マナの感知も、大気中に何か不思議な力があるのは感じていました。今までは半信半疑でしたが…」
「リオはすげぇな。俺もオドの感知と目視は出来るが、そこまでは気にしてなかった。まぁ、言われてみると確かに周りに何か不思議な力の波動と言うか…何となくそういう力の存在を感じはするけど…」
アースラの質問にリオは素直に答え、ネクサスも周りをキョロキョロを見回す。
「ふむふむ。普通、その領域に達するには決して短くない期間の修練が必要になるのじゃが…最低でも準高位級の精霊と契約を結んでいる2人が特別なのじゃろう」
「精霊と契約を結ぶことで精霊術の才能が開花しやすくなる、ということですか?」
アースラの言葉にリオが質問する。
「そう捉えてくれても構わん。術者と契約精霊はパスと呼ばれる繋がりで深く結びつく。精霊とは、明確な自我を持ったマナそのもの。マナを操る精霊術との親和性は抜群なんじゃ」
「明確な自我を持ったマナそのもの…?」
続けて説明された言葉に今度はネクサスが首を傾げる。
「うむ。最初に精霊術の説明をしたじゃろう? マナにも漠然とだが、自我があるのじゃ。その自我が何らかの奇跡的要因によって明確な自我を持った存在が、精霊だと言われておる」
「なるほど…だから、自分を形作り、コミュニケーションも取れるんですね」
アースラの説明にリオは理解を示す。
「ふむ…つまり、精霊術ってのはそのマナの漠然とした自我ってのに頼み込んで事象を改変してもらうって感じなのか…。で、精霊はその自我が明確な意思なりを持った存在で…なんか雲みたいな話だな…」
ネクサスはネクサスで自分なりの解釈をしたらしく、『雲』を例えに出していた。
「雲、かの?」
「えぇ。あくまでも俺のイメージなんですが……例えばなんだけど…大きな雲を一つの自我だとして、雲って切り離されたり、くっついたりもしますよね? で、その切り離された一部の自我が、その奇跡的な要因でもって明確な自我を確立するんじゃないかな~って…まぁ、くっついた場合は俺も想像つきませんけど…」
「ほぉ、面白い考察じゃな」
ネクサスの考察にアースラが興味深そうに耳を傾けていた。
「そうですか? まぁ、あくまでも俺の想像なんで確証とかもないですけど…」
「ふふ、そんなことはない。長いこと生きてきたが、そのような考え方は久しく聞いておらんかったからの。なかなかに新鮮な意見じゃよ」
「はぁ…光栄です?」
「なんで疑問形なんだよ…」
そう言ってアースラに頭を下げるネクサスだが、言葉のニュアンス的にリオにツッコミを入れられてしまう。
そんなこんなで精霊術のことを教授されていくと、シュトラール地方で普及している魔法と精霊術は二者択一であり、精霊と契約していると魔術契約が出来ないことが判明したり、精霊術の方が自由度が高い分、修得するのに時間が掛かるため、シュトラール地方では精霊術よりも魔法の方が普及しているという事実がわかったりと実りのある時間を過ごしていた。
また、話の中で『七賢神』にも少し触れたりもした。精霊の民の里の歴史では、シュトラール地方に現れた神の数は最初7人であったことから『七賢神』と呼称されていたが、その内の1人が他の6人に追放されたことで今の『六賢神』という呼称に変わったのだと言う。
さらに精霊術なら空も飛べるとのことでリオもネクサスもさらにやる気を湧き上がらせたとか…。
ちなみにこの間、ラティーファはというと、サラ達が呼び出した里の上層部に連なる子供達と邂逅していた。
サラの妹である『ベラ』と、獅子獣人の『アルスラン』が比較的歳の近いラティーファの友達として紹介されたのだ。サラとアルマで見守る形で、ラティーファはベラとアルスランと共に外へと遊びに行く。
シンシアの方はフレイシアスと一緒にいたのだが、フレイシアスは困ったような表情を浮かべて無口無表情のシンシアと対面していた。間が持たないとは、このことだろう。とは言え、フレイシアスも無闇にシンシアのことを聞くのではなく、シンシアから話をしてみたいことがないかと尋ねたりしてシンシアからの言葉を辛抱強く待っていたが、その日は遂に話すこともなくネクサス達が帰ってきたが…。
まぁ、里での暮らしが始まってまだ間もないので、フレイシアスも長期戦は覚悟のこと。シンシアが心を開くのをゆっくり待つつもりでいた。
………
……
…
里での暮らしが始まり、数ヵ月の月日が経った。
精霊術や里の言葉など、まだまだ学ぶべきことが多く、毎日が騒がしくも楽しい日々をリオも、ラティーファも、ネクサスも送っていた。シンシアに関してはまだ何とも言えないが…。それでも日々、それぞれに研鑽を重ねていき、里での生活にも慣れ、充実した日々を過ごしていた、ある日のこと。
リオとネクサスがアースラやオーフィアと一緒に精霊術の修行を行っていると、とんでもないスピードでラティーファがやってきてリオに飛びついていた。その後を追ってか、ベラとアルスラン、それから少し遅れてサラも走ってきた。
「こら! あなた達!」
到着するや否やサラがちびっ子達を叱り付ける。
「なんだなんだ? どうかしたのか?」
「ラティーファ? 何かしたのかい?」
ネクサスがサラに、リオがラティーファにそれぞれ疑問を投げかける。
「サラお姉ちゃんが休み時間をくれないの。お兄ちゃんに会っちゃ駄目だって!」
「語弊のある言い方をしないでください。勉強が終われば、会ってもいいと言ったでしょう? 私は途中で抜け出したから怒っているんです!」
ラティーファの不満げな言葉にサラが理路整然と反論した。
「だって、毎日毎日勉強でつまらないんだもん。精霊術だってもっと習いたいし」
「あなたはまだまだ学ぶべきことがあるんです。それに精霊術だって少しずつ教わってるでしょう?」
「でもお兄ちゃんとがいい」
「我儘ばかり言っちゃ駄目です!」
ああ言えばこう言う、といった感じのラティーファとサラの言葉の応酬に間に立たされているリオが困っていると…
「嫌だもん。ふんだ、サラお姉ちゃんの怒りんぼ」
最後にボソッと呟いたラティーファの言葉が聞こえたのか、サラが一瞬ポカンと口を開いて言葉を失っていたが…。
「なっ…!? ラティーファ! 正座です! そこに座りなさい!!」
「嫌だよ~」
「くっ、この子は…!」
小さく舌を出してあっかんべーするラティーファの(リオを盾にした強気な)態度にサラは可愛らしい狼の耳と尻尾の毛を逆立てて怒りを露にする。
「いやはや、微笑ましいねぇ~」
完全な他人事なので、ネクサスは本当に微笑ましそうにその様子を見ていた。
「いや、ネクサスさんもそんなこと言ってないで、宥めるの手伝ってくださいよ~」
オーフィアがサラを宥めようとしていたが、ネクサスの何とも無責任な一言に苦言を呈す。
すると…
「どうかしたのか? 何やら騒がしいようだが…」
バサリ、という羽音と共に空から翼獣人のウズマが何事かと降りてきた。降りてきたウズマはその場の面々を見回し、アースラとリオの姿を見つけるとギョッとしてから恭しく膝をついていた。
「こ、これは最長老様にリオ殿。ど、どうも…」
「うむ。久しいの」
「こんにちは、ウズマ殿」
ウズマの挨拶にアースラが頷き、リオも拙いながらも精霊の民の言葉で返事をしていた。
「!? リオ殿、今のは…」
「えぇ、日常会話程度なら、少しだけ話せるようになりました。まだまだぎこちないですが…ラティーファやネクサスと、学びました」
「そうでしたか。正直、驚きました。それと、その…先の一件は、誠に申し訳ありませんでした…」
リオの発した精霊の民の言葉に驚きながらもウズマは立ち上がって改めてリオに謝罪をしていた。
「いえ……まだ、言葉に不慣れなので、ここからはシュトラール地方の言葉で。先の件ではウズマ殿も謹慎処分を受けたと伺っていましたので、どうかお気になさらず。俺ももう気にしていませんので」
「リオ殿…ありがとうございます」
そんな感じで場の空気が変わったのを見て…
「ウズマ。お久し振りです。謹慎はいつ明けたのですか?」
サラも会話に加わった。
「サラ様もお久し振りです。今日付けで謹慎が明けたばかりでして、戦士としての仕事はまだ休業中です。ですが、外出も出来るようになったので、まずはリオ殿に謝罪をと思って…」
「では、ウズマの今日の予定はもうないのですか?」
「はい。特には…」
それを聞いたサラは…
「なら、久々に手合わせをお願いしてもいいですか?」
ウズマに手合わせを申し出ていた。
「あ、はい。問題ありません」
ウズマも謹慎明けで身体が鈍っているかもしれないと、その申し出を受けたのだが…。
「おお! ウズマさんとサラ姉ちゃんが手合わせすんの!? 見たい!!」
「サラ姉様、ファイトなのです!」
アルスランとベラが興味津々と興奮気味に言葉を漏らす。
「? どっちが強いの?」
ラティーファも少し興味があるのか、そう聞いてみると…
「そりゃウズマさんだろ」
「サラ姉様なのです!」
アルスランとベラの声が重なって聞こえたが、答えはバラバラだった。どっちが強いかでベラとアルスランが言い争っていると、そこで待ったをかけた者がいた。
「でも、お兄ちゃんの方が強いと思うな」
「………………ネクサス」
ラティーファと、意外なことといつの間にその場にいたのかシンシアだった。
『え?』
思わぬ伏兵に大多数の者がシンシアを見るが、シンシアは特に気にした様子もなくネクサスを見ている。
「リオ兄様には悪いけど、サラ姉様が一番なのです!」
「ウズマさんが一番なのは間違いない!」
「お兄ちゃんだって、亜竜の群れを追い払っちゃうんだから!」
しかし、お子様達は誰が一番強いのか談義で、それどころではなかった。
「………………」
シンシアも心なしか何か言いたそうにしていた…ような雰囲気があったが、流石にこの中に混ざることはなかった。
(あのシンシアが…一言とは言え、喋った…?)
ただ、シンシアが喋ったという事実にネクサスは、どこか感無量な気持ちになっていた。
(…こりゃ、ちょっと期待に応えないとダメかな?)
ネクサスがそんな想いを抱いていると…
「あの、リオさん、ネクサスさんも。もしよろしければ、手合わせしていただけませんか? 早朝と深夜にお2人で素振りや模擬戦をしてるところを見て、一度戦ってみたいと思ってたんです」
サラがリオとネクサスにもお願いしていた。
「お兄ちゃん、頑張って!」
「サラ姉様も頑張るのです! こうなったら誰が一番強いのか、戦ってハッキリさせるのです!」
どうにもお子様達の中では手合わせはもう決定事項らしかった。
「俺の方はいいぜ?」
「じゃあ、やってみますか?」
ネクサスが頷くと、リオも手合わせに参加する意思を示した。
「えぇ、是非!」
サラも嬉しそうに首肯する。
それからウズマが空を飛び、訓練用の武器を運んできた。
いつの間にか噂が広がったのか、この短期間で広場にはそれなりのギャラリーが集まり、手合わせが始まる頃にはちょっとしたイベントみたいになっていたが…。
対戦はそれぞれ一対一で行い、使用可能な精霊術は身体強化のみというルールを設けていた。並行してもう一組も対戦したらという意見も出たが、どっちの対戦に集中していいかわからないので、一戦ずつやることになった。
くじ引きの結果、まず最初はリオ(使用武器は片手半剣)とウズマ(使用武器は短槍)という組み合わせで、残った2人が審判役をすることになった。
ちょうど4人で手合わせする関係上、ちょっとした勝ち上がりの図式…要はトーナメント…にして先に勝ち組同士での対戦を見てから負け組も対戦し、それからまだ対戦してない組み合わせを最後にする、という形式になった。
リオとウズマが広場の中心で対面し、いざ手合わせが開始されようとしている。
「それじゃあ…」
「始め!」
ネクサスとサラの合図で手合わせが始まると同時にウズマがリオに向けて突進する。翼が生み出す推進力も相俟って、リオとの間合いを一瞬で詰めてしまう。さらにウズマは間合いを詰めると共に小手調べとばかりに突きを放つ。
だが、リオもその突きを見切って最小限の動きで回避する。
『おおっ!』
ギャラリーからの歓声もあったが、リオとウズマはそのまま攻防を続ける。ウズマの雪崩のような乱れ突きを、リオはしっかりと見切って捌いている
そこからウズマは一旦距離を置くと、低い姿勢から再度突撃してリオの懐に入って下から重い一撃を見舞う。それをリオは正面から受け止め、空に打ち上げられる。
「ハァッ!!」
空に舞い上がったリオを追撃すべくウズマも飛び上がってリオの両手両足を狙うべく短槍での突きを繰り出す。それをリオは紙一重で躱すと、逆に短槍を左手で掴んでウズマを引き寄せ、片手半剣を横一閃に振るう。が、ウズマは短槍を手放して上に上昇してそれを避ける。リオも短槍を持ち直してウズマへと振るうが、空振りに終わる。
そして、互いが地面に着地し、ウズマがまた突進を仕掛ける。武器を取り戻す気だろうと、推測したリオが短槍を無造作にウズマへと投げる。
結果、短槍をキャッチするためにウズマの反応が少し遅れ、リオに攻勢の機会を与えて攻守が逆転する。
(場は温まっていいんだが、この後の俺達の手合わせのハードルが微妙に上がった気がするぞ?)
リオとウズマの一進一退の攻防を見ながらネクサスはチラッとサラの方を見る。見るからに顔色が悪く、滝のような冷や汗を流している。自分から言い出したこととは言え、少し可哀想な気がしないでもない。
「ふぅ……貴殿を戦士として認めよう。これは本気でやらねばならんようだ」
リオの攻勢を何とか耐えたウズマがそう言うと、一気にガラリと雰囲気が変わる。
そこからの応酬は激しいの一言で、ウズマの攻勢にリオが少し押され気味になっていたが、リオはオドを大量に用いてウズマ並みに引き上げた身体強化で五分の戦いへと持ち込んだ。ただ、そのリオの魔力制御にはアースラを含めた里のギャラリーが舌を巻いていたが…。
そして、山の如く動かないリオと、縦横無尽に駆け回るウズマという図式になり、動き回ってたウズマが先にスタミナ切れに陥りそうになったところで最後に仕掛けるも、リオのカウンターによって決着が着いた。もちろん、手合わせなので寸止めだが…。
「勝者、リオ!」
その結果にネクサスが高らかに宣言する。
「……参りました。私の負けです。少々熱くなり過ぎました…」
ネクサスの宣言と、自らも今の一撃を躱せなかった実感があったため、ウズマも負けを認めて素直に一礼していた。その結果にギャラリーは呆気にとられたような静寂に包まれていたが…。
「いえ、俺も楽しかったです。よろしければ、またお相手してください」
そう言ってリオがウズマに握手を求めた。
「えぇ、是非とも!」
久方振りの強者との戦いで充実感を得たのか、ウズマも最初のぎこちなさが消えてスッキリした表情でリオの握手に応じる。
「ね? アルスラン君、ベラちゃん、言ったでしょう。お兄ちゃんが一番強いって!」
「お、おう。すげぇな、お前の兄ちゃん」
ラティーファの自信満々げな言葉にアルスランはポカンとしていたが…
「ま、まだなのです! 次の手合わせでサラ姉様がネクサス兄様に勝てば、リオ兄様への挑戦権が手に入るのです! そしたら、本当に強いのがどっちかわかるのです!」
ベラは少し動揺しつつも姉の勝利を疑わないように高らかに言っていた。
(べ、ベラ~! ハードル上げないで!! 私、ウズマに勝ったことないんだから!?)
が、当の本人は無垢な妹の言葉に追い詰められているが…。
(ご愁傷様…)
これから戦う相手だが、ネクサスは苦笑いを浮かべながら内心でサラに同情していた。
(でも、ま…妹の期待ってのは裏切れねぇからな…)
ただ、前世で双子の妹がいた身としては、わからなくもない心情だったそうな…。