精霊幻想記~もう1人の転生者~   作:伊達 翼

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第十四話『絆』

 ブラックワイバーンまでやってきた侵入者騒動から早一週間が経とうとしていたある日のこと。

 

「そうか。ラティーファちゃんにも前世のことを話したか」

 

「あぁ。やっぱり、ラティーファもあの事故に遭ってたみたいだ。ただ、ネクサスも同じ転生者っていうのはまだ黙っているけど…」

 

 主寝室でリオとネクサスが話をしていた。話題はリオがラティーファに前世のことを話したことだ。

 

「いや、こういうのは自分から言った方がいいしな。ま、俺のことなんて多分覚えてないだろうが…」

 

「? それはどういう…?」

 

「いや、こっちの話だよ」

 

 ネクサスが苦笑しているのをリオは不思議そうに見てた。

 

(あの小学生ということなら、あの子の視線はいつもお前さんを見てたからな…多分、他の人はあまり眼中にはなかったはずだ)

 

 ネクサス…というよりも忍としての記憶から年下の女の子の淡い気持ちを察し、そのようにお茶を濁していた。

 

「ネクサス」

 

「ん?」

 

 すると、リオは姿勢を正して改めてネクサスに頭を下げていた。

 

「ありがとな。あの時、殴ってくれて…」

 

「別にぃ~。兄貴としてはこれでも先輩な訳だし? あと、一応年上なんだからこのくらいはしてやるよ」

 

 ネクサスも一週間前のことを今更言われても、といった感じで手をヒラヒラさせる。

 

「そうだとしても、あそこで殴られなかったら、俺はまだ少し躊躇してたと思う。だから、ありがとう」

 

「………………」

 

 リオに感謝の言葉を言われ、ネクサスは気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「ま、結果として良い方向に進んだのなら、それでいい。次、同じようなことしたらまた殴ってやるよ」

 

「あぁ。その時は頼む」

 

 そう言い合って2人は笑い合った。

 

「で、リオ。出発はいつにするんだ?」

 

「1年後くらい、かな? まだまだ学びたいこともあるし…」

 

「そっか。1年、か…」

 

 リオの里を出る日を聞き、ネクサスも猶予としては1年くらいか、と頭の中で考える。

 

「ネクサス?」

 

「いや、何でもねぇよ」

 

「そうか」

 

 ネクサスの表情からリオも何か感じ取ったらしいが、ネクサスが何でもないと言うのなら、今はそれでもいいか、と頷いていた。

 

………

……

 

 そこからまた数日後のこと。

 今度はリオの立ち合いの下、ネクサスがラティーファに前世のことを話していた。

 

『改めて、紅神 忍だ。ま、今はもうネクサスって名前があるんだが…』

 

「え…?」

 

 ネクサスが日本語を使ったことにラティーファも最初は驚いていたが…

 

『紅神って…もしかして、紅神探偵さんの?』

 

 すぐにあることに気付き、そのことを日本語で尋ねていた。

 

『まぁ、親父はたまにメディアなんかに顔も出てたしな。一応、その息子だったよ』

 

 別段、隠すことでもなかったのでネクサスも素直に頷く。

 

『うわぁ~! 凄い凄い!』

 

 無邪気にはしゃぐラティーファに…

 

『紅神探偵…? あ、もしかして…あの?』

 

 リオも記憶を手繰り寄せて何かに思い当たったらしく、ちょっと不安そうに聞く。

 

『気付いてなかったのか?』

 

 その反応にネクサスは意外そうにリオを見やる。

 

『あ、あぁ…』

 

『ま、珍しい苗字なのは認めるが、なかなか結び付かんわな』

 

 そう言うネクサスだが…

 

『そんなことないよ! 私、紅神探偵さんのファンだったんだ!』

 

 ラティーファは興奮気味にそう言っていた。

 

『そうか?』

 

『うん! 警察と協力して数々の難事件を解決したってテレビで見たことあるよ!』

 

『まぁ、多少誇張されてる部分はあるが…親父の兄貴…つまりは俺の伯父さんが現役の刑事だったからな。その伝もあって色々と協力したのは事実だが…』

 

『そんなこと言っていいのか?』

 

 ラティーファのキラキラした視線を受けながらもネクサスはそんなことを言い、リオが首を傾げながら問う。

 

『もう前世のことだしな。親父には悪いが、そこまで気にする必要はないかな』

 

『そういうものなのか…』

 

 微妙に釈然としないものの、リオは質問を引っ込めた。

 

『まさか、あんな事故に遭うとは俺も思わなくてな。だが、こうして転生後も転生した人間に出会えたのは幸運だと思えばいいさ。今の人生の過去がどうあれ、な?』

 

 そんなネクサスの前向きな意見にリオは苦笑を浮かべ、ラティーファは力強く頷いていた。

 

『さて、となると…あの事故に遭った人間は残すところ後1人なわけだが…』

 

『知ってる人なの?』

 

『いや、知らん。それにあくまでもまだ推測の域だな。確証も取れてないから何とも言えんが…当たりはつけてる』

 

『そうなんだ? お兄ちゃんも知ってる人?』

 

『どうだろう? 俺もまだネクサスと同じで確証までは得てないかな?』

 

 リオとネクサスは以前交わした会話で、女子高生はリッカ商会の会頭か、それに近しい人間だと考えていると共通の認識を得ていたが、それをラティーファに教えるのはまだ早いかと思い、ちょっと言葉を伏せて伝えていた。

 

『ふ~ん? でも、いつか会えるといいね? 私も会ってみたい!』

 

『そうだな』

 

『あぁ』

 

 ラティーファが首を傾げるが、次の一言にはリオもネクサスも同意していた。

 

 こうしてネクサスもまたラティーファに自身の秘密を打ち明け、秘密の共有者となった。そして、日本語を使った前世の談義に華を咲かせ、里にいる間のたまになら日本語で秘密の会話をすることを約束していた。

 

………

……

 

 それからさらに半年の月日が流れた。

 リオとネクサスは互いに研鑽を積み、精霊術士としての実力をメキメキと上げていた。

 

 ただ、その一方で…

 

「………………」

 

 2人の研鑽を間近で見てきたシンシア。

 彼女はまだ…己がどうすべきなのか、どうしたいのか…自分で決められないでいた。

 

 奴隷の子として生を受け、物心ついた時には奴隷として裏組織へと買い取られていた。そこで殺しの訓練を受け、魔法の素養もあったため、魔法の習得もした。しかし、長い間、暗い闇の中で過ごしてきた彼女の感情は、深い深いところに沈んでいき、いつしか無感情な人形とも言える存在になった。

 

 転機が訪れたのは、やはりネクサスと組んで諜報任務に当たることになったことだろう。当時はお互い、名前以外の情報は共有していなかった。ネクサスがどれだけの使い手とか、シンシアに何が出来るのかとか、そういった話もせずにプロキシア帝国へと潜入した。

 潜入してからはネクサスが中心になって色々と調べた。流石に帝国城に侵入は出来なかったが、それでも帝都内の人々の暮らしぶりを観察し、巡回する兵士の練度を見たりとやることは多く、それを媒体に残さず記憶する作業が主だった。

 

 そして瞬く間に2年くらいの月日が経ち、いよいよ帰還するために動き始めた。だが、帰還する際に追手を差し向けられ、窮地に陥る。ネクサスの機転で難を逃れたものの、その時に失った隷属の首輪…自分達を縛っていた奴隷としての証を、ネクサスは囮に使った。もう自分達は奴隷ではない。だが、それは組織に戻ることが出来なくなったも同じだ。

 生まれた時から奴隷として生きてきて、ずっと感情を押し殺してきたシンシアにとって…自由な身とは、どうしていいのか…わからなかった。

 だからシンシアはずっとネクサスから離れることはなく、一緒に行動してきた。少なくとも、シンシアにはネクサス以外に頼れる人がいなかったから…。

 しかし、ネクサスが突発的に思いついたことを実行し、リオやラティーファとも行動を共にするようになり、精霊の民の里という場所に辿り着いて、一悶着あったもののそこで暮らすことになった。

 

 最初は煩わしかった。ネクサスがいれば問題ないとさえ思っていた。しかし、ネクサスは知らない内に遠くへ行ってしまったような気がした。こんな無口で無感情な自分よりも、もっと明るい世界に行ってしまったんだと…。置いてかれたような気分にもなった。そう思ったある晩…シンシアは初めて涙を流した。

 最初、それが涙だとは思わなかった。自分に感情なんて、もう残ってないのだと、そう思っていたから。

 

 それからシンシアは、ネクサスのことをずっと見るようになった。ネクサスもそんなシンシアの視線には気付いているだろう。お互い、闇の世界に生きてきた身だ。そのくらいは出来て当然だ。でも、ネクサスは何も言わず、視線を受け続け、時にシンシアの隣に座って休息を取ったり、時に頭を撫でるようになる。

 まるで心配しないでいいんだぞ、と言い聞かせるように、ネクサスはシンシアを安心させるかのように振る舞っていた。

 

 また、里で暮らし始めてからシンシアはよくフレイシアスと共にいるようになった。フレイシアスは…シンシアにああだこうだ言うでもなく、いつも微笑みながらシンシアを見守っていた。そこにサラが加わったのはいつからだろうか? おそらくはネクサスが自分が奴隷だったという事実を打ち明けた後だろうか…?

 それもあり、サラもシンシアに色々と言葉を尽くしていた。フレイシアスほど、我慢強くはない印象だが、彼女なりのシンシアとのコミュニケーションの取り方だったのだろう。

 

 そして、精霊大祭での一件。

 ネクサスが可愛いと言ってくれた時、胸の奥が少なからず高鳴っていたような気がした。霊酒を飲んだ副作用かとも思ったが、それとは違う熱がこみあげてくるのを感じたのを覚えている。

 これは一体…?

 

 そうこうしている内に早半年もの月日が流れ、今日も今日とてネクサスはリオと共に精霊術の訓練をしていた。その光景も日常と化してきた今も、シンシアはネクサスを見ていた。

 

「………………」

 

 そんな風にネクサスをじっと見つめ続けていると…

 

「ネクサス様が気になりますか?」

 

 フレイシアスが声を掛けて隣に座ってきた。

 

「………………」

 

 それでもシンシアは反応しない。正確には、未だどう対応していいのかわからない、といったところだろうか。

 

「あの方達は、不思議な人ですね」

 

「?」

 

「ネクサス様も、リオ様も…人間族なのに、私達を怖がらない。それどころか、里のために尽力してくれる。ラティーファちゃんのこともそうですし、シンシアさんのことも…」

 

「………………」

 

 シンシアはフレイシアスの言葉を黙って聞く。

 

「ですが、ネクサス様は何か迷っているようにも見受けられます。シンシアさんも、きっとお気づきですよね?」

 

「………………(コクリ)」

 

 フレイシアスの言葉に、シンシアは小さくだが、珍しく頷いてみせた。

 

「あくまでも私の想像ですが。きっと…リオ様についていくべきか、ここに残るか…決めかねているのかもしれません…」

 

 前置きをしてからフレイシアスはシンシアに自分の憶測を伝える。

 

「………………」

 

 それを聞いてシンシアは…チクリ、と胸の奥が痛むような錯覚を覚える。

 

「決めるのはネクサス様。ですが…私は、ネクサス様に行ってほしくありません…」

 

「?」

 

「これが私の我儘なのは重々承知です。でも…それでも、と思ってしまうのです…」

 

「………………」

 

 フレイシアスの言葉に、シンシアも内心ではそう思っていたのかもしれない。

 

「………………行っちゃ…やだな…」

 

 知らず知らずのうちにそのような言葉がシンシアの口から漏れていた。

 

「シンシアさん…」

 

「………………」

 

 ハッとしてすぐに口をつぐむが…

 

「いいんですよ。言葉にしないと伝わらないこともありますから」

 

 フレイシアスはシンシアの口から聞こえた言葉を否定はせず、想いは口にすべきだと伝える。

 

「………………」

 

 シンシアはフレイシアスを見る。その視線には困惑の色と"怒らないの?"という疑問があった。

 

「怒りませんよ。第一、シンシアさんが何を言おうと、シンシアさんの自由じゃないですか」

 

 微笑みながらフレイシアスはシンシアにそう言った。

 

「………………自由」

 

 自由。それがよくわからない。奴隷として、いつも命令を受けてきたから…それがないと不安になることもあった。でも今は…

 

「………………」

 

 ふと視線をネクサスに向ける。リオと軽い模擬戦をしてるようで、体術のみで戦っていた。その表情は、組織にいた時、最初に見た無表情とは程遠い、生き生きとした笑顔だった。

 

「………………」

 

「シンシアさん?」

 

 フレイシアスの呼びかけに答えず、シンシアはボーっとネクサスの顔を見る。

 

(あぁ、そっか。シンシアさんも、きっと同じなんだ…私やサラさんと…)

 

 その表情を見て、フレイシアスは微笑んでいた。今のシンシアの表情…それは無表情ながらも真剣にネクサスのことを見つめている。さながら初めて恋を知った乙女のような、そんな雰囲気だった。

 

………

……

 

 その日の晩。

 

(アレから早半年か。早いもんだ)

 

 夕食も済ませ、ネクサスは自室のベッドに横たわってのんびりしている。

 

(ま、その時間も無駄じゃなかった。半年間、じっくり考えたが…やはり、俺は…)

 

 この半年の間で、自らの身の振り方を決めていた。

 

(リオと一緒に行くか。この髪色に精霊術のこと。もしかしたら、俺の先祖はヤグモ地方の人間かもしれない。ま、だからと言って親族探しなんかしないけど。もう昔のことだし、何より探してどうなるよ?)

 

 リオと共にヤグモ地方へと向かうらしい。

 

(問題は…シンシアだな…)

 

 ネクサスには前世の記憶があったのもあるが、これは自分で決めたことだ。だが、シンシアは違う。いつまでも一緒にいて当然と思うのは違う、とネクサスは思っていた。

 

(シンシアも、明るい場所で生きていくべきなんだ。押し付けるつもりはないが、俺はそうしてほしい。あの娘にだって、日の当たる場所で生きていてほしい。そういう意味では、ここは良い場所だ。けど、俺という保護者がいなくなったら…どうなる?)

 

 そこが不安だった。サラやフレイシアスがいるから大丈夫だと思うが、シンシアが同行を申し出る可能性もある。だが、シンシアは精霊術が使えない。魔法がベースになっている。今からそれを矯正するのも酷というものだ。第一、精霊術の素養があるのかも怪しい。だったら、平穏に暮らしてほしいと願うが…一度身に付いた技能はなかなか抜け切れない。何かの拍子にそれが出てしまうというのも考えうる。

 

(難しい問題だな…)

 

 ベッドの上で右腕を目元を覆い、どうするか、と考える。

 すると…

 

コン、コン…

 

 控えめなノック音が響く。

 

「どうぞ?」

 

 誰だろうと入室を許可すると、扉から入ってきたのは…

 

「シンシア?」

 

「………………」

 

 意外なことにシンシアであった。里で貰った寝間着姿でネクサスの部屋に来訪してきた。

 

「どうした?」

 

 横たわっていたネクサスも上体を起こしてシンシアに尋ねる。

 

「………………」

 

 無口無表情は変わらないが、どこかソワソワした感じでネクサスを見つめるシンシア。

 

「? いつまでも立ってないで、座ったらどうだ?」

 

「………………(コク)」

 

 ネクサスの言葉に頷くと、ベッドの方まで歩いてきて、ちょこんとベッドの端に座る。

 

「………………」

 

「………………」

 

 お互い、無言のまま…しばしゆったりとした空気が流れる。不思議と安心するような空気にネクサスは再びベッドに横たわる。

 

「なぁ、シンシア。もし、俺がいなくなったら…どうする?」

 

「………………」

 

 横たわったネクサスはそのように聞く。ちょうど、シンシアはネクサスに背を向けるように座っているので顔は見えないが…。纏った雰囲気が少しだけ不安そうになっているのを、ネクサスは感じ取っていた。

 

「そっか。不安か…リオと俺がいなくなれば、人間族はお前だけになっちまう。それは確かに不安になるよな」

 

 ネクサスがシンシアの纏う不安そうな雰囲気にそう言ってみるが…

 

「………………違う…」

 

 シンシアは…小さくだが、否定の言葉を紡いでいた。

 

「え…?」

 

 まさかの否定と言葉を発したことにネクサスが驚いていると…

 

「………………ネクサス…一緒が、良い…」

 

 続けてそのように漏らしていた。

 

「………………」

 

 シンシアが意思表示をしたという事実にネクサスが固まっていると…

 

「………………ネクサス…私、邪魔…?」

 

 シンシアがネクサスに振り返って問う。その表情は…いつもの無口無表情ではなく、酷く悲しそうなものだった。

 

「ぁ…っと、その…なんだ…」

 

 すぐに答えないといけないような気がしたネクサスだが、シンシアが今という時期に感情を露にしたのが意外過ぎて言葉を詰まらせる。

 

「………………やっぱり…私、いらない…?」

 

「違う! そうじゃない!」

 

 見るからにしょんぼりとするシンシアにネクサスはすぐさま否定する。

 

「ちょっと驚いただけだ。別にお前がいらないとか、そんなことを思ったことはないし、出来ることならずっと傍で見てやりたい」

 

「………………なら…」

 

 ネクサスの言葉にシンシアが一緒に連れてって、という前に…

 

「でも、ダメだ。お前はここに残れ」

 

 ネクサスがここに残るように言っていた。

 

「………………どう、して…?」

 

 今にも泣きそうな声音で、シンシアは理由を聞く。

 

「やっと…自分の意思を持つようになったお前を見守っていたい。そう思うのも事実だが…今はダメだ。今のお前は俺の意思に流されてる。お前が自分の気持ちと向き合って、それでも俺と来たいというなら、俺はお前を連れてく。でも、それは今じゃない。わかるな?」

 

 上体を起こし、シンシアをそっと抱き締めながら、ネクサスは理由を話した。

 

「………………」

 

「この里でもっとサラやシア達と仲良くなれ。そして、人との交流を怖がるな。大丈夫、この里の人はそんな嫌な連中じゃない。あの腐った大人達とは違うんだ。それらを経て、それでも俺と一緒にいたいというなら…その時はお前の気持ちに応えてやる。それじゃあ、ダメか?」

 

「………………………………ん…」

 

 ネクサスの言葉に、シンシアは逡巡しながらも頷いた。

 

「良い子だ。今のお前ならきっと大丈夫。だから自由に生きていいんだ」

 

「………………自由…」

 

「そうだ。人はいつだって自由を求めてるんだぞ? お前さんだって、いつまでも奴隷なんかじゃないんだ。だから…今は自由を楽しもうぜ?」

 

「………………」

 

 そんなネクサスの言葉を聞き、シンシアはグリグリと顔をネクサスの左肩に押し付ける。まるで泣くのを我慢する子供のように…。

 

「泣いたっていいんだ。誰も怒りゃしない。それが自然ってもんだろ?」

 

「………………ふぇ…ぐすっ…」

 

 シンシアが静かに泣いた。だから、ネクサスはそのままシンシアをあやすようにして頭を撫で続けた。

 そして、シンシアはそのまま泣き疲れたかのように眠り、ネクサスも眠気に襲われてしまい…シンシアを抱き締めたまま(・・・・・・・・・・・・)眠りこけてしまった。

 

 翌朝、なかなか起きてこないネクサスを呼びに来たサラがシンシアを抱き締めながら眠るネクサスを発見し、ちょっとした大騒ぎになり、何があったのかとお叱りを受けたが…。

 この日を境に、シンシアも変わり始めのだった。

 

………

……

 

 そして、そこから更に半年…侵入者騒動から数えて約1年の月日が流れ、いよいよリオとネクサスが旅立つ日を迎えた。

 リオとネクサスの両名には精霊の民達から餞別という贈り物があった。

 

 まず、里からということで2人分の時空の蔵を渡された。

 これにはリオも難色を示したが、貰えるものは貰う主義のネクサスや最長老達の説得もあり、受け取る流れとなった。

 次にドワーフ一同からはミスリル製の武具一式とブラックワイバーンの革を用いた防具一式を、エルフ一同からは大量の薬類を、獣人一同からは大量の食料を、それぞれ2人に渡していたのだ。

 これらの贈り物にリオは過剰だとも思えたのだが…。

 

「リオはちと自分のことを過小評価し過ぎだな。ま、俺もそんな大したことはしてないんだがね?」

 

「がははは! 何を言いやがる。リオの坊主も、ネクサスの坊主も俺達に色々してくれたからな。それなのに、何も持たせずに送り出すのは、精霊の民としちゃ恩知らずになっちまうだろうが!」

 

「うむ。ドミニクの言う通りだ。これは我等の総意と思ってくれていい」

 

「その通りじゃ。是非、受け取ってくれ」

 

 そう言われ、リオは姿勢を正すと…

 

「至らぬ我が身に、皆様方の重ね重ねの御厚情、感謝の言葉もありません。もし、精霊の民に危機が及ぶ折りには、盟友としてこの身を差し出し、ご助力することを誓いましょう」

 

「相変わらずリオは堅いな。ま、盟友の証も貰ってるしな。いざという時は駆け付けますよ」

 

 リオの誓約の言葉に苦笑しながらもネクサスもまた誓約の言葉を口にしていた。

 

 

 

 そして…親しい人達との別れの挨拶を済ました後…

 

「それでは皆さん、行ってきます」

 

「シンシアのこと。よろしくお願いします」

 

 そう言い残すと2人は揃って空へと舞い上がり、空の彼方へと飛翔するのだった。

 

「お兄ちゃ~ん! いってらっしゃ~い!!」

 

「………………ネクサス…また、会おうね…」

 

 その見送りの筆頭であるラティーファは大きな声と大きく手を振って、シンシアは小さな声で小さく手を振って…。

 

 

 

 飛び立ったリオは、隣を飛ぶネクサスに尋ねた。

 

「本当に良かったのか? お前は里に残ってても…」

 

「いいんだ。俺は俺の道をひた走るつもりだからな。それにヤグモ地方…ちょっとワクワクしてんだぜ?」

 

「ワクワク?」

 

「あぁ、冒険感があってワクワクするだろ?」

 

「俺はそんなつもりはないんだが…」

 

 ネクサスの言葉にリオが微妙な顔をしていると…

 

「それにな。距離を置くことでわかることもあるもんさ。だから、これでいい。未来は自分の手で切り拓くもんだからな!」

 

 真剣な表情から笑顔に変えてネクサスはそう言っていた。

 

「未来を切り拓く、か…」

 

「あぁ!」

 

「………………」

 

 リオはそんな風に笑うネクサスが少し羨ましくもあった。

 自分はいつか…と考えたが、今は詮無きことだと思い、思考を中断する。

 

「いざ、ヤグモ地方へ!」

 

「……あぁ」

 

 ネクサスの声に小さく頷くと、リオも前を向くのだった。

 

 

 

 時に神聖歴998年。

 リオが前世の記憶を取り戻して7年以上、ネクサスにとっては8年以上もの月日が流れていた。

 歴史が動き出すまで…もう少し…。

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