リオとネクサスが村に滞在して早2ヶ月が経過していた。
この2ヶ月で、リオとネクサスの存在は村人達に概ね好意的に受け入れられていた。
というのも、村長であるユバが後見人になっていることと、毎日のように狩りで食肉を提供してくれていること、さらには狩り以外の仕事にも積極的に関わっており、それぞれの知識を用いて村の生活水準を上げていることにも起因する。
例えば、村長宅の横に村人が利用できる風呂小屋を作ったり、自作した石鹸を配ったりしたことで村の女性陣から絶大な支持を受け、農法や農具の改良をアドバイスしたことで農作業の効率が上がって年配層からも強い支持を受けている。
とは言え、だ。
「リオ。ちょっと性急過ぎやしないかい?」
そんなある日の夜。
リオが泊まっている部屋にネクサスが来て、村の改革に関してちょっと気にした様子で聞いていた。
「それは…」
「ま、自覚があるならいいさ。手を貸してる俺が言えた義理でもないしな」
「……ありがとう、ネクサス」
お礼を言うリオにネクサスは肩を竦めてみせるだけだった。
「そういや、お前さんは明日、ウメさんとこに行くんだっけか?」
すると、ネクサスが思い出したようにリオの明日の予定を聞く。
「あぁ、壁の修繕を頼まれてな」
「そうかい」
それを聞き、少しだけ雑談した後にネクサスは泊まっている自室へと戻っていった。
………
……
…
翌日。
本日、リオと別行動をしているネクサスはというと…
「………………」
村に来てからは特に装備する必要のなかったダガーの手入れを家の縁側でしていた。
(時空の蔵に入ってる
そう考えながらネクサスはダガーの手入れを行っていた。
「………………」
そうしてたまの休日を武器の手入れで費やしていると…
「ほんっと、うちの男衆は…」
なんだか不機嫌そうな声を漏らしながらルリが家に帰ってきた。そこには困り顔のリオと、何やら微妙な表情のサヨがいた。
「……ん? おかえり。どうかしたのか?」
縁側にいて集中していたネクサスが3人に気付き、座ったまま声を掛ける。
「別に。ただ、シン達がリオやネクサスをまだ認めてないっぽい様子だったのが、ちょっとね」
ルリが代表してそのように答えると…
「ありがとな。リオはこういう時、あれこれ考えちまうからルリみたいにハッキリ言ってくれる奴がいると助かるよ」
その光景が容易に想像できたのか、ネクサスがルリにお礼を言っていた。
「そう? でも、軟弱者はないと思うんだよね。リオは線が細いけど、結構鍛えてるっぽいし。ネクサスだって鍛えてるでしょ?」
「だから、なんでルリさんがそんなこと知ってるの…?//」
ルリの言葉にサヨがやや顔を赤くしていた。
(なるほど。リオが困り顔なのはこれも理由だったか)
そんなルリの言葉にネクサスも苦笑を浮かべていた。
「それより、ネクサスは何してんのさ?」
「ん? 得物の手入れさ。今は別段必要ないが、リオとは別の旅の相棒だからな。こういう手入れはこまめにやってるんだよ」
「へぇ~。ネクサスって見かけによらず、マメだよね?」
「ほっとけ」
ルリの質問に答えたネクサスだが、ルリが茶化してきたので軽く返していた。
(ホント、ネクサスはよくこういう対応できるよな)
その会話の様子を見て、リオはネクサスの対応力を少し羨ましく思ったとか…。
………
……
…
その日の晩。
月明かりが照らす村長宅の庭では…。
「………………」
上半身をさらけ出して大量の汗を流しながら、剣の素振りを黙々としていたリオの姿があった。
村に来てからも続けている日々の日課。
身体に染み込ませた感覚を確認しつつ、反復練習を行い、剣の型を一通りこなしていく。
それが終われば、次は体術の型を確認する。
そうしてリオが鍛錬に勤しみ、一段落した頃合いで…
「見ていても面白くはないでしょう?」
玄関先でリオの様子を窺っていたルリとサヨに声を掛けていた。
「あはは。やっぱり、気付いてた? 演武って言うのかな? 綺麗な動きだから、つい見とれちゃったよ」
サヨがビクッと震えてる間に、ルリは屈託のない笑みでリオに答えていた。
「ただの日課ですよ」
リオはそのように答えるが…
「いやいや、大したものだよ。よく飽きずに続けられるね? 村に来てから毎日続けてるじゃない?」
「えっ、毎日これを…?」
ルリの言葉にサヨが驚いたようにリオを見る。ちなみにこの場にサヨがいる理由だが、ネクサスにも話していたが、帰ってくる途中で出くわしたシンとちょっとした喧嘩みたいになったので、家で顔を合わせるのは気まずいだろうと、ルリが引っ張ってきたからだ。
「うん。ネクサスとも組み手、だっけ? それをいつもやってるからさ。ね、凄いでしょ?」
「はい、凄いです…」
ルリの言葉にサヨも唖然とした様子で言葉を漏らす。
「ちなみにさ。聞いてみたかったんだけど、リオはどうして武術を習おうと思ったの?」
すると、ルリがちょうどいい機会と思ったのか、そんなことをリオに尋ねる。
「どうして、ですか?」
リオも僅かに首を傾げてオウム返し気味に聞き返す。
「うん。リオやネクサスの鍛錬はさ…なんというか、私みたいな素人から見ても、凄いと思うんだ。そこに到達するまでには相当頑張ったのは、並大抵の努力じゃないってのはなんとなくわかるから…その頑張ってきた理由っていうの? それが知りたいなって…」
ルリがそう聞くと…
「……そう、ですね。ネクサスの動機はわかりませんが、きっかけがあるとするなら…小さい男の子なら一度は考えるような、ちょっと恥ずかしいものなんですよ」
リオは照れくさそうに頬を掻きながらルリの問いに答える。
「え~、なになに? 教えてよ!」
ルリが興味津々に聞きたがり、サヨもどこかそわそわして聞きたそうにしているのを見て…
「その前に服を着てもいいですか?」
リオも答えようとしてから、先に服を着てもいいかと尋ねる。
「あ~、ごめんごめん。どうぞどうぞ」
流石に夜の少し冷え込む空気の中で話させるのも悪いと思い、ルリも承諾する。
「実は…小さい頃、好きな子がいまして、その子を守れるくらい強くなりたいと思ったんですよ」
「……へぇ。なんか意外かも。リオに好きな子がいたなんて……でも、あれ? じゃあ、その子のことは今は好きじゃないの?」
リオの答えにルリは疑問を口にする。
「……もちろん、嫌いではありませんよ。ですが…もう疎遠なんです。恋人だっているかもしれませんし、そもそも俺のことを覚えているかどうかもわからなくて…」
リオがフッと微笑みながら答えるが、その微笑みはとても儚く見えた。
「リオ様…その子のために頑張ってきたのに、その子とはもう会えないんですか?」
サヨがどこか悲しげにリオに尋ねる。
「わからないんです。どこにいるかも……最後に会ったのは、もう本当に昔のことですからね」
そう言ってリオはゆっくりとかぶりを振っていた。
「でもさ、絶対に会えないって決まった訳じゃないじゃない? リオの努力だって、きっと報われるよ」
暗い雰囲気を払拭しようと、ルリが明るい声で言う。
「……そう、ですね」
ルリが元気づけてくれているとわかったので、リオも明るく振る舞おうとした。
すると…
「お~い、お前ら。いつまで外で喋ってんだ? そろそろ晩飯ができるぞ~」
晩ご飯の準備をしていたネクサスが、リオを呼びに行ったはずの2人がやけに遅いことに気付き、呼びに来ていた。
「あぁ、わかった。すぐ行くよ」
「あ、そういえば、リオを呼びにきたんだっけ。ついつい忘れてたよ…」
リオがネクサスに答えると、ルリもちょっとバツが悪そうに頬を掻く。
(リオ様。ネクサスさんには、結構砕けた口調ですよね…)
リオとネクサスの会話の様子を見ながらサヨはそんなことを考える。
「そうだ、サヨ。晩ご飯の後で一緒にお風呂に入ろうよ。確か、まだ入ってなかったでしょ?」
「え? でも、予約待ちなんじゃ…?」
「いいのいいの。リオとネクサスが作ってくれて貸し出しもしてるとは言え、基本的には我が家のお風呂なんだし。そのくらいの特権がなくちゃね?」
「えっと…じゃあ、お言葉に甘えて…」
ルリがサヨを誘って風呂に入る約束を取り付けると…
「よし。じゃあ、リオ。後でお湯をお願いします!」
リオに頼んで風呂のお湯を頼む。ちなみに風呂小屋には湯沸かし用の風呂釜もあるのだが、リオかネクサスに頼めば精霊術でお湯を張ってくれるので、手っ取り早いし、薪代もかからないのだ。
「はい。任せてください」
そうして3人は家の中に戻っていき、ネクサスの作った晩ご飯を食べるのだった。
それから晩ご飯が終わり、リオが風呂小屋にお湯を注いで戻ってきてから、ルリとサヨとが一緒に風呂小屋へと向かい、ユバも自室へと戻った頃合いで…。
「リオ」
囲炉裏の前で胡坐を掻いてたネクサスが戻ってきたリオを呼ぶ。
「なんだ?」
リオもネクサスが何か用があるのだと察して、囲炉裏を挟んでネクサスの反対側に腰を下ろした。
「いや、さっきの話だが…」
「……やっぱり、聞いてたのか…」
ネクサスが切り出したのは、先程のルリとサヨとにリオが話した『武術を習うきっかけ』のことだった。
「悪いな。ホントはもっと早く呼びに行けたんだが…俺も気になって聞いちまった」
「………………」
ネクサスの言葉にリオはしばし眼を瞑って黙っている。
「なぁ、リオ。その、好きな子ってのは…もしかして…」
正直、ネクサスも少し悩んでいた。踏み込み過ぎではないか、と…。いくら同じ転生者でも、踏み込まれたくないことだってある。ましてや、前世のことだ。お互いに知らないことの方が多い。それを承知で踏み込んでいいものか、と…。
「……ご察しの通りだ。前世での記憶だよ」
「…そうか。それじゃあ、前に聞いた未練ってのも…?」
「あぁ…多分、その子のことだと思う」
「………………」
やはり、踏み込み過ぎたか…。
ネクサスがそう考えていると…。
「いい機会だし、少しだけなら話すよ」
「いいのか?」
「久し振りに彼女のことを考えたからかな。誰かに、聞いてほしいんだ」
「……わかった」
リオの方から提案してきたので、ネクサスもリオの話に耳を傾けることにした。
『彼女とは、幼馴染みでな。昔から一緒にいることが当たり前だったんだ。でも…俺の両親が離婚して、俺が父親と一緒に当時暮らしてた町から離れることになった。その時も、結構泣かれてな。俺も悲しくて…でも、男だから泣くわけにはいかなくて、何度も泣き止んでもらおうとしたんだ』
もしかしたらルリとサヨが急に戻ってくるかもしれないと思ったのか、リオは日本語で語り出した。
「………………」
『だから、俺は彼女に結婚の約束と、死んでも守るっていう誓いを立てたんだ。もちろん、口約束だったけど…それでも、俺はその想いを胸に頑張ってきた』
「っ!?」
リオの意外と大胆でまさかの告白にネクサスも話の腰を折りそうになるが、グッと堪えて続きを聞く。
『それで当時住んでた高校を受験して、そこに合格した。そこで彼女に会えると思ったんだけど…親しそうな男の人と一緒にいて、入学式の時は結局、声を掛けられなかったんだ』
(そら、相当にショックだろうな…)
『でも、もしかしたら覚えててくれているかもと思って翌日、彼女のクラスに行ったんだけど…来てなくて。後から聞いた話だと、入学式の翌日に失踪してることが分かって…』
『失踪?』
ここだけはネクサスも日本語で聞き返していた。
『理由はわからない。でも、そのせいで俺は…あの時、声を掛けれなかった後悔で、無気力になった。そんな状態で大学まで行って、無気力に過ごしている時にバスの事故に遭ったんだ…』
「そう、だったのか…」
「話はこれで終わりだ」
リオの独白を聞き、ネクサスも何とも言えない気持ちになった。
「……悪い。嫌なことを思い出させちまったな…」
「いいんだ。俺も、ちょっと誰かに聞いてほしかったかもしれないし…」
乾いた笑みをたたえながら、リオは謝罪するネクサスにかぶりを振った。
(しかし、失踪か…前世では春人と同い年のはずだから、俺も高1だった時の話だよな? その時期の春に失踪…なんか、引っ掛かるな…?)
ネクサスはリオの話してくれた内容にどこか引っ掛かりを覚えていた。
「どうかしたのか?」
「いや、なんか喉に魚の小骨が刺さったような感覚がしてな?」
「?」
ネクサスの言い回しにリオも首を傾げるが…
(なんだっけかな? 春に失踪……ふむ…?)
ネクサスは難しい表情をしながら前世の記憶を引っ張り出そうとしていたが、なかなか引き出せなかったようだ。彼の感覚的にはもう少しで何か思い出せそうな雰囲気ではあるのだが…。
ネクサスがその答えに行き着くのは、もうしばらく後のことだ。
だが、その事実を知った時、彼等はどう動くのか…?