精霊幻想記~もう1人の転生者~   作:伊達 翼

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第一話『転生』

 時は現代。季節は夏。

 その日も何気ない日常風景が広がっていた。

 

 都内を走るとあるバスの中には4人の学生の姿があった。内2人は大学生らしき私服の青年であり、残りは高校生らしき少女と、小学生くらいの女の子だ。

 

「ふわ、ぁ…っ」

 

 その内の大学生らしき青年の内、1人は欠伸を噛み殺すように席に座っていた。

 

(やれやれ…寝不足だなぁ…)

 

 青年『紅神 忍』は昨夜送られてきたメールの内容を思い出しながらやれやれと座席に深く座り直す。

 

(にしても、叔母さんもスパルタだよな…吹雪には同情するぜ)

 

 母方の叔母から課せられた課題を思い返しながら、従姉妹に同情を禁じえなかった。

 

(つか、昨日はやたら千客万来だったな。伯父さんも非番だからって、俺に稽古つけてくれたし…おかげで疲れが抜け切れてねぇのに、あの課題…流石に勘弁してほしかった…)

 

 父方の伯父は現役の警察官だが、非番の日には甥っ子である彼に武術の稽古をつけていたのだ。その上、母方の叔母からは何やら課題が課せられたらしかった。

 

(まぁいいや。今日は帰って、さっさと寝よ)

 

 忍がそんなことを考えていると…

 

ドンッ!!

 

「……あ?」

 

 何やらバスが大きく揺られたと思ったら、浮遊感が忍の身体を襲い、次の瞬間にはもう1人の大学生と共に天井に叩き付けられていた。

 

「がっ…??」

 

 何が起きたのかわからなかった。が、身体が異様に熱く呼吸がままならないことを知る。

 

(まさか…事故…?)

 

 朦朧とした意識の中、忍は冷静にそのことを考えていた。

 

(あ~…マジ、か……人間、死ぬ時は…一瞬、か…)

 

 意識が遠退くのを感じながら、忍は視界の中で動かなくなっている他の3人の乗客の姿を目にした。

 

(なん…だ…?)

 

 薄れゆく意識の中、もう1人の大学生らしき青年の下に幾何学文様の陣が浮かび上がったような光景を目にした。その陣はその大学生を含め、乗客の学生達4人を包み込むように広がっていた。

 

(………………?)

 

 その光景を目にしつつも、忍の意識はやがて暗転していった。

 

 この事故により、4人の乗客の命が失われた。ちなみにバスとトラックの運転手は奇跡的に無事だったらしいが…。そして、目撃者がいないのか、地面に浮かび上がった幾何学文様の陣についてはニュースで取り上げられることはなかった。

 

………

……

 

 時は神聖歴990年。

 シュトラール地方にある大国の一つ『ガルアーク王国』。

 その西に位置する辺境の村。

 村から少し離れた場所には一軒の家がある。

 そこにはまだ7歳になったばかりの少年が1人で住んでいた。

 少年の両親は流行り病で既に他界している。

 その少年の名は『ネクサス』。

 黒の混じった銀髪に右が琥珀、左が真紅の瞳を持った少年だ。

 この辺り…というよりシュトラール地方では黒い髪はかなり珍しがられる。黒髪の人間はほとんどいないからだ。だからだろうか、ネクサスも基本が銀髪とは言え、黒が混じっているからか、村人から少し距離を置かれている節もある。それは左右の瞳で色が違うことも由来しているのだろうか…?

 

 ともかく、そういった事情もあり、ネクサスは基本的に1人で過ごすことが多く、同年代の子供達からも親に言い含められているからか、積極的に交流することはなかった。

 それでもネクサスは持ち前の明るさと好奇心から両親の遺してくれた家と小さな畑で細々と生活していた。

 

 そんな7歳になってしばらくのこと。

 

「っ…ぐっ…ぁ」

 

 ネクサスは使い古されたベッドの上で苦しそうに呻き声を上げていた。身体も汗でびっしょりと濡れていた。

 

「はっ!?」

 

 そして、意識が覚醒すると、呆然と天井を見上げ続ける。

 

「………………??」

 

 ネクサスは見覚えのある天井を見ながら首を傾げていた。

 

(あれ…? 俺、は…? それに、ここは…?)

 

 見知らぬ天井…いや、見慣れた天井を見つめつつも、自分がいったいどういう状況に陥っているのかわからず、ネクサスの思考は混乱する。

 

(俺は…ネクサス? いや、忍…紅神、忍…?)

 

 ふとそんな名前が浮かび上がり、ネクサスは困惑する。

 

(なん、だ…? この記憶は…)

 

 そして、ネクサスは紅神 忍としての記憶が蘇っていくことに更なる混乱と困惑を覚える。

 

(俺は…そうだ。バスに乗って帰る途中で、事故に遭って…それで…)

 

 死んだ。そう自覚するが…では、この状況は一体なんだろうか?

 

(死んで…生き返った、訳じゃない。つまり、これは俗に言う、転生…?)

 

 そう考えたものの、自分でも馬鹿らしいと頭を振る。

 

(あ、でも…)

 

 死ぬ直前に見た幾何学文様の陣を思い出し、ネクサスはアレが原因なのだろうか、と考えを改める。

 

(仮にそうだとしたら…あの時、俺の他に3人、いや、運転手が死んでれば4人か? 少なくとも、俺の他にも3人は転生している可能性が高い…?)

 

 確証のない思い付きではあるが、仮にそうだとしても、だからどうしたというのが正直なところだろう。

 

(俺以外に前世の記憶や人格が蘇っていたとして…どうする? 地球に帰る? いや、そもそも地球で死んで、この通り転生してるんだから帰るもくそもないのか)

 

 第一、今生きてるこの世界から地球に行けるのか?

 そういった疑問もあるが、この世界での知識もそれほど豊富でないことから詮無いことだなと思い始める。

 

(そもそも、こっちで7年しか生きてねぇし、生きることに精一杯だったから世間のどうたらとか知らねぇしな…)

 

 7歳となったネクサスとしての知識はお世辞にも豊富とは言えなかった。強いて言うなら紅神 忍として生きてきた20年の方が圧倒的に知識や技能があった。ただ、この世界の言語というものがいまひとつわかっていないが…。正確には読み書きの部分で、だが…。言語に関してはネクサスとしての7年から日常会話に支障はないものの、辺境の村では読み書きまでは必要ないだろうと教わっていないのも一因だろう。

 

(仮に村から出るにしても、最低限の知識は得ておきたいが…さてはて…)

 

 そんな風に考えていると…

 

ぐぅ…

 

 空腹からか、お腹が鳴る。

 

(……そういや、朝飯はまだだっけ。何にしても腹が減っては何とやら、か…)

 

 そう思ってベッドから起き上がると、身体に何とも言えない妙な不快感を覚える。

 

(寝汗のせいで気持ち悪いし………確か、この世界だと水浴びが基本か…風呂が恋しいぜ)

 

 日本人としての記憶から風呂を連想するが、そのようなものはこの世界には無いので一旦外に出ることにした。

 着替えと桶を持って外に出たネクサスは水を溜めている水瓶の場所へと向かい、そこで桶に水を汲むと、そこに布を浸してる間に服を脱ぎ、濡れた布で身体を拭き始める。

 

(はぁ…とりあえず、これでサッパリしたか)

 

 ネクサスの住む家は村からは少し離れているため、外で裸になろうと誰にも見られる心配はないが、露出癖でもないので手早く着替えて身支度を整えた。

 

(さて…ついでに洗濯でもしておいてから飯にするか…)

 

 1人暮らしとなって早2年ともなると、やることは決まっているのか寝汗で濡れた服を桶の中へと放り込み、適当に洗い始める。

 

(ん~…何があったかな?)

 

 服を洗いながらネクサスとしての記憶を思い返し、備蓄してた食料に何があったかを考える。

 

(とは言え、今日は情報収集に時間を使いたいし、近場の都市ったら確か…アマンド、だっけか。そこで色々と見聞を広める必要性もあるよな…)

 

 ふと服を洗ってた手を止めると、桶の水面に映る自分の顔を見る。

 

(うん。どう見ても紅神 忍じゃない。この世界では、ネクサス、か…)

 

 自分の幼い容姿を見て改めて紅神 忍ではないのだと実感してしまう。

 

(はぁ…俺が死んで、親父達はどうしてるかな…。夜琉と雪絵なんて泣き喚いてそうだが…まぁ、今の俺が知る由もないか…)

 

 前世での親族の顔がちらほらと脳裏を横切るが…

 

(ま、運が無かった。ということで割り切るか。せっかくの第二の人生なんだ。もっと気楽に、もっと自由に生きてみようか、ね?)

 

 ネクサスがそのように考えていると…

 

(ん?)

 

 不意に視線を感じ、チラッと視線だけをそちらに向けると…

 

(なんだ? あれは…確か、村長と…もう1人は誰だ?)

 

 2人の男がネクサスの家を見ながら何かを話していた。ネクサスとしての記憶から1人はこの村の村長であることはわかったが、もう1人の男は誰かわからなかった。見るからにちょっと身なりが良いので、貴族か商人かと考えた。

 

(……いや、流石にこんなド田舎に貴族様が来るのはおかしいか。となると、線的に濃厚なのは商人なんだが…)

 

 洗った服を干し、桶の水を捨ててから2人に気付いた素振りを見せずに家の中へと入ると、窓に近寄って外の様子を窺う。

 

(ただの商人ならいいんだが…仮に俺の想像した最悪のパターンが正しいとなると…かなり厄介なんだよな…)

 

 ネクサスは忍としての洞察力を発揮するが、流石に声までは聞こえてこないので嫌な予感をひしひしと感じていた。

 

(この家を取り上げられるくらいなら…まぁ、俺も素直に受け入れてこの村からおさらばするけど…)

 

 果たして、こんな村からも少し離れた位置にある家を欲しがるのだろうか?

 答えはノーだろう。

 となると、必然的にそこに暮らす人間目当ての可能性が出てくるわけで…。

 つまるところ…。

 

(奴隷商、か…俺、売られるのか? まぁ、1人暮らしの子供なんてスケープゴートにはうってつけだが…)

 

 そういう可能性が一層高くなったと感じた瞬間だった。

 

(さっき、パッと見た感じ…俺は周囲の人とは髪の色が少し違う。というより、黒髪なんていたか?)

 

 ネクサスの記憶を頼りに村の住民の神の色を思い出すが、黒髪というのはいなかった。唯一、自分の髪に黒が混じっている程度の認識だ。

 

(この世界だと、黒髪は珍しいのか?)

 

 そういう稀少性が高いのなら、高く売られる可能性もあるが…。

 

(もし、そうなら…結構ヤバめ?)

 

 子供の力なんてたかが知れている。ああいう商人には大抵腕っ節の強い護衛やら傭兵が付いている可能性も十分に有り得る。

 いくら前世で武術を修得していようと、今の状態では身体が追い付いてこない可能性もあるし、何より大人と子供ではお話にならないだろう。数人がかりで襲われては、勝ち目はない。

 

(おそらくは今は下見で俺の様子を窺っただけだろうから、早くても明日か…最悪、昼か、夕方くらいには準備を整えてくるかもしれない)

 

 となると、勝負は村長が商人達を連れてくる間の数時間になる。

 

(幸い、ここは辺境で家も村からはちょっと離れてある。そこを利用しないと、詰むな)

 

 入念な準備をしていた訳ではないが、ネクサスの決断は早かった。

 まず、火を起こして朝食の準備をしてる風に対外的に見せ、その間にリュックを引っ張り出して家の中にあった食料をリュックに詰め込む。多くは詰め込められず、節約しても2、3日しか耐えられないだろう。その上、水も家の中にあった水瓶から動きの邪魔にならない最低限の量しか持てなかった。あとは、毛布が1枚くらいだろうか。

 

(これじゃあ、本当に必要最低限のものしか持てない、か…森の中を移動するには心許ない…が、それでも行くしかねぇな)

 

 リュックに詰め込んだものを見て渋い表情をするも腹を括ってリュックを背負うと、裏口から外へと出て森を目指す。

 

(奴隷なんて真っ平御免だぜ)

 

 こうして前世の記憶を取り戻したネクサスはその日の内に人知れず村から出て行くことにしたのだった。

 

 

 

 その後、ネクサスの予想通り、昼頃になって村長に案内された奴隷商の男が護衛の冒険者達を率いてネクサスの家を訪れるが、既にそこにネクサスの姿はなく、もぬけの殻となっていたことに驚いていた。

 しかし、奴隷商の男は冷静に護衛の冒険者達に森を捜索するように指示を出していた。

 

 子供と大人の命懸けの鬼ごっこが開始されたのだ。

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