精霊幻想記~もう1人の転生者~   作:伊達 翼

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第十九話『波乱は突然に』

 リオとネクサスが村に滞在してから、さらに2ヶ月の月日が経った頃。

 

 村では陸稲の収穫期になっていて、1年の中でも最も忙しい時期となっていた。

 普段は午前中から狩猟を行っている猟師達も、この時期だけは午前中から農作業を手伝う決まりとなっており、その中には当然リオとネクサスも含まれていた。

 リオは前世での経験が活きていたが、ネクサスは最初少しぎこちなかったものの、持ち前の物覚えの良さで短期間でコツを掴んでいた。

 

 

 

 そうして農作業を村の皆で行っていき、収穫作業も一段落した1週間後のこと。

 

「あぁ、リオにネクサス。ちょうどよかった。実はあんたらに頼みがあるんだ」

 

 日が暮れる少し前、リオとネクサスが揃って帰路についていると、外出中のユバと遭遇し、ユバから何か頼み事をされていた。

 

「ユバさん。頼みってのは?」

 

 帰路につく中で、ネクサスがユバの頼み事を尋ねる。

 

「うむ。稲の収穫が終わるこの時期になると、検税官が国から派遣されてくる。その時に正式に税稲として納める年貢の量が決まる。そして、残りは私らの食料として保管し、さらに残った余剰分は王都に売却しに行くことになってる。ここまでは聞いてるかね?」

 

「はい、伺っています」

 

「ドラの親方とかから聞きましたよ」

 

「そうかい。なら話が早くて助かる。ちょうど今、輸送隊の人員を選んでる最中なんだが、旅をしてきたあんたらに輸送隊の護衛を頼みたいと思ってるんだ。まぁ、滅多なことはないとは思うが、ないとも限らないからね。頼めるだろうか?」

 

 ユバの頼みというのは、王都へと向かう輸送隊の護衛だった。

 

「えぇ、俺は構いませんよ」

 

「世話になってますからね。そのくらいならお安い御用ですよ」

 

「そうかい。本当に助かるよ」

 

 リオとネクサスが二つ返事で了承すると、ユバも安堵したように表情を綻ばせる。

 

 村長宅が目前に迫ってきた時だった。

 

「ふざけんな!」

 

 村長宅の方から大声が聞こえてくる。

 

「シン?」

 

 声の主がシンだと気付いたネクサスが首を傾げる。

 

「喧嘩かい?」

 

 ユバも訝しげに家の方を見る。

 

「少し様子を見てきます」

 

「待ちな。私も行くよ」

 

 リオが先行しようとしたが、ユバも一緒に行くと言う。

 

「ならユバさん、どうぞ」

 

 ネクサスが気を利かせてユバをおぶろうとしゃがみ込むが…

 

「このくらいの距離なら走れるよ。ほら、ネクサスも行くよ」

 

「こりゃ失礼を…」

 

 そんな会話をしつつリオを追ってユバとネクサスも村長宅へと小走りで向かう。

 

 

 

 3人が村長宅…というよりも、風呂小屋の近くに辿り着くと、そこには見知らぬ男の集団がおり、村の男衆と対立するようにしていて、一際大柄な巨漢がシンの首を掴んで持ち上げている光景があった。

 

「シン!?」

 

「そこまでだ! 何してるんだい!?」

 

 ネクサスが驚きの声を漏らすと同時にユバの声がその場に響く。ちなみにユバの両隣にはリオとネクサスが控えている。

 

「おう。久しぶりだな、ユバの婆さん。騒がせて悪いが、ちと喧嘩になってんだ。こいつが殴り掛かってきたもんでよ」

 

 シンの首を掴んでる巨漢がユバに話し掛ける。

 

「ゴン。悪いと思うなら、まずはその手を放しな。いくら他所の村長の息子だからって、これ以上人様の村で暴れるようなら問答無用で出て行ってもらうよ?」

 

「……わぁったよ。ま、こんな雑魚には元々興味もねぇしな」

 

 ユバの視線とキッパリとした言葉に巨漢…『ゴン』は小さく舌打ちしながらシンを解放する。

 

「ごほっ、げほっ…!」

 

 咳き込むシンにサヨが精霊術で治癒している。

 

「それで? あんたが村に来た理由は? 喧嘩を売りにきたってわけでもあるまいに」

 

 シンが回復してまたゴンに突っかかる前に状況を整理しようとゴンに尋ねる。

 

「大したことじゃねぇ。俺達は村の特産品を売りに王都に向かう途中だったのさ。だが、積み荷用の馬車が壊れちまってな。村に滞在を許してもらおうと、村長であるアンタに会いに来たってわけだ」

 

「それがどうして喧嘩になったんだい?」

 

「……そこの新しい小屋が気になってな。近付いてみたら、村の男連中が来て怒鳴りつけてきやがったから口論になったんだよ」

 

 そう言ってゴンは悪びれた様子もなく、肩を竦めていた。

 

「お婆ちゃん、ちょうど私達が入ってて。小屋に近付いてきたそいつらのことに気付いた子が悲鳴をあげちゃって…」

 

「なるほど。ゴン達を覗きか暴漢と勘違いした訳だね」

 

 ルリの補足にユバが納得していると…

 

「言っておくが、俺等はその小屋が風呂だなんて知らなかった。前に来た時にはなかった小屋だったから気になっただけだ」

 

 ゴンが即座に嫌疑を否定する。

 

「あいわかった。他に付け足すようなことはあるかい?」

 

 ジロリとその場の全員を見渡すユバの言葉に誰も答えない。

 

「なら、この件はこれで終いだ。ゴン、あんたらは村の端にある旅客用の小屋に滞在することは認める。だが、行動が軽率で暴れ過ぎだ。だから不必要な外出は禁じるよ。いいね?」

 

「わぁったよ。じゃあな、ユバの婆さん」

 

 ユバの裁定を意外にも素直に受けたゴンは、取り巻き達を引き連れてその場を後にする。

 ただ、その際…

 

「おっと、悪…ぃ!?」

 

 前に来た時には見なかったリオとネクサスの姿を確認したゴンが、手近にいたリオにわざとぶつかって転ばそうと考えたが、逆にゴンの方がまるで壁に当たったかのように弾かれてたたらを踏む羽目になった。

 

(お山の大将気取り…いや、それ以下か。こりゃ、一波乱あるかもな…)

 

 ゴン達が立ち去る後ろ姿を横目で見ながら、ネクサスはそんなことを考えていた。

 

 その後、ユバの指示でその場にいたほとんどの人間が帰宅し、近所にもゴン達に気を付けるようにと忠告するように伝えていた。

 だが、シンとサヨはその場に残り、シンがユバに頼み込んでサヨを泊めてもらえるように頭を下げていた。ユバもシンの殊勝な態度に、シンも泊まるように言って夕食の準備に取り掛かる。

 

 だが、リオとネクサスは用事ができた、と言って家にはまだ戻らなかった。

 そして、ルリ達が家の中に入り、2人揃って家から少し離れると…。

 

「リオ。防犯の仕掛けは頼んだ」

 

「ネクサスは?」

 

 リオに防犯の仕掛けを頼んだネクサスは軽い準備運動を行う。

 

「ちょっと探ってくるわ」

 

「大丈夫か?」

 

「これでもこの世界では元暗部の人間だぜ? 任せとけって」

 

「……わかった。でも、気を付けろよ?」

 

「おう。夕食は後で食べるって言っといてくれ」

 

 そう言い残してからネクサスはその場から姿を消した。

 

「……杞憂であってほしいが…」

 

 リオもそう呟き、簡単な防犯の仕掛けを作ると、村長宅へと戻っていった。

 

………

……

 

 そして、村の者達の多くが夕食をとっている頃。

 村の端の旅客用の小屋で、ゴンとその取り巻き達が酒を酌み交わしていた。

 

(さてさて、どんな悪だくみをしてるのやら…)

 

 夜の闇に紛れ、精霊術で空を飛んで小屋の屋根に音もなく着地したネクサスは、屋根の上から中の会話を盗聴すべく聴覚に神経を集中させる。

 

『決行…明日の深夜…大人しく……大義名分…』

 

 取り巻き達が騒いでるせいか、ゴンの言葉はやや聞き取りにくく、いくつかの単語を拾うことが精一杯だった。

 

(ちょっと(なま)ってるな。ま、今更この技能を使うことになるとは思わなかったし…とは言え、降りかかる火の粉は払わないとな…)

 

 そんなことを考えつつもネクサスは情報収集のために盗聴を続行する。

 

『ルリ……手籠め……』

 

 ゴンの言葉にネクサスは眉を顰める。

 

『派手に……壊した…』

 

(なるほどな…)

 

 これだけ聞ければ十分だろうと、ネクサスは再び闇に紛れてその場から姿を消した。

 

………

……

 

 翌日。

 今日も今日とて収穫作業を村人総出で行っていた。ユバの言い付け通りにゴン達が大人しかったせいで村人のゴン達への警戒心は薄れてしまったが、ネクサスとリオは警戒を続けていた。

 

 ただ、夕方頃に検税官の方々が来訪したという報せがきた。

 ユバが検税官の方々を迎えに行き、夕食を豪勢にすべくリオとネクサスが急遽狩りに向かうことになったが、夕暮れ時で村人も帰宅していることから人目につかないだろうと、精霊術で飛んでレンオウ鳥を狩るという裏技を使って手早く狩りを済ませた。

 

 そして、狩りから戻ってきたリオとネクサスが夕食の準備をしていると、ユバが数人の男達とルリ、サヨを引き連れて帰ってきた。

 

「おかえりなさい」

 

「おかえり」

 

「ただいま。今日は普段に増して良い匂いだね」

 

 ユバ達の帰宅にリオとネクサスが声を掛けると、ユバが相好を崩しながら帰宅の挨拶をする。

 

「ユバ殿、そちらの少年達は?」

 

 見知らぬ少年達の姿にユバの後ろにいた青年が尋ねてくる。

 

「あぁ、ハヤテ殿。この礼儀正しい子はリオ。私の古い知人の子供でしてね。もう1人がネクサス。リオが旅の途中で出会った友人です。今は2人共、うちの村に滞在してるのですよ」

 

 ユバが青年…『ハヤテ』に2人を紹介する。

 

「初めまして、ご紹介に与りましたリオと申します」

 

「同じくネクサスです。料理中の挨拶で申し訳ない。というか、ユバさん。今の紹介の仕方だと、俺がまるで無礼者みたいじゃないですか」

 

「おや、そう聞こえたかい?」

 

 リオは料理の火加減をルリとサヨに任せて挨拶しに行ったが、ネクサスは調理の手を止めることなく挨拶していた。この差、だと思われるが…。

 そのことについてネクサスはユバに苦言を呈すが、ユバは素知らぬ顔で笑って流していた。

 

「拙者はサガ=ハヤテと申す。検税官としてこの村に参った。後ろの者達は補佐官だ。よろしく頼む」

 

「こちらこそ」

 

「よろしく、ハヤテ殿」

 

 それから小一時間後、ハヤテ達を迎えた夕食でちょっとした騒動もあったが、概ね穏やかに過ごしていた。

 そんな中、リオとネクサスは『英雄リュオ』の昔話を聞くことになる。

 

 それから程なくしてハヤテの一言でお開きとなり、鍛錬を行うというリオとネクサスを除いて一同は就寝することになった。ちなみにサヨは今日も宿泊することになり、ルリと一緒に寝ることになった。

 そして、鍛錬を終えたリオとネクサスも自室に戻り、就寝する。

 

………

……

 

 そして、深夜。

 ついにゴン達が動き出す。

 検税官であるハヤテや補佐官達がいるにも関わらず、その行動を開始したのだ。

 

 夜の闇に紛れて、村長宅に忍び込み、目当てのルリが眠っている部屋へと向かう。しかし、そこにはサヨもいる。計画とは違うが、ゴンはこれ幸いにと2人を襲おうとした。

 

 しかし、それは叶わなかった。

 何故なら、リオとネクサスがいるからだ。

 

 ネクサスは昨晩の盗聴の結果を先程鍛錬しながらもリオに伝えており、この世界では記録用の媒体もないから仕方なく現行犯で捕まえるしかないと提案していた。

 ルリとサヨを怖い目に遭わせるかもしれないと、最初リオも少し渋っていたが…『ゴンをこのままにしておくわけにはいかないだろう?』というネクサスの言葉に、渋々頷くのだった。

 

 だが…いざ事が起こると、リオはネクサスから聞いて事前にわかっていても、殺意を持ってゴンを殴り続けてしまっていた。

 その様子を見ていたハヤテやネクサスも最初は驚いていたが、すぐさま冷静にリオを止めに入る。

 

 その後、ハヤテの指揮で共犯者の確保やゴン達に同行していた者達への事情聴取が行われることになった。

 ただ…リオの表情は暗く、その場をハヤテやネクサスに任せて、1人村長宅から少し離れた場所にいた。

 

「……情けない…」

 

 近くの木に拳を叩き付けながら己の醜態を思い返し、自虐の念に襲われていた。

 そこに…

 

「リオ」

 

 先程、ゴンの共犯者の撃退に参戦し、確保を済ませてきたネクサスがやってくる。

 

「ネクサス…」

 

 わざと気配を出してやってきたネクサスに背を向けたまま、リオはネクサスの名を呼ぶ。

 

「何しに来たんだ…?」

 

 それは言外にこの場から去ってほしいと言っているような感じだが、ネクサスは…

 

「ま、老婆心ってやつだ。まさか、お前があそこまで怒り狂うとは思わなかったよ」

 

 特に気にした様子もなく、言葉を投げかける。

 

「………………」

 

 リオはだんまりを決め込むが…

 

「やれやれ…お前は色々と抱え過ぎ、というか気にし過ぎなんだよ。もうちっと、周りを信頼してみたらいいんじゃないか?」

 

「俺が、ユバさんやルリさん達を信頼してないっていうのか?」

 

「そうじゃない。お前の怒りは当然だろう。やっと見つけた身内を傷物にされそうになったんだ。怒っても誰も責めはしないだろう」

 

「それを知ってるのはお前とユバさんだけだ! ルリさんや村の人は…」

 

「そうだな。でも、この村の人達なら感謝こそすれ、お前を責めたりなんてしないだろ」

 

 そんなネクサスの言葉に…

 

「それは…」

 

 村の人達の顔を思い出し、リオも言葉を詰まらせる。

 

「ここに来て、もう4か月近くか。確かに数字で見たら短い期間だよな。でもさ…ここは温かいだろ?」

 

「………………」

 

「その温かさを感じられてるのなら、何も心配するこたぁねぇよ」

 

 そう言うと、ネクサスは元来た道を戻っていく。

 

「ネクサス…」

 

「それでも罪悪感が残るってんなら…明日また謝ってみたらどうだ? ま、気にし過ぎだって言われるだろうがな?」

 

 そう言い残し、ネクサスは村長宅に戻る。

 

「………………」

 

 リオもしばし頭を冷やした後、村長宅に戻って布団の中で丸くなるのだった。

 

 

 

 翌朝。

 村の広場で晒し者になっているゴン達に村人は驚いていたが、事情を説明されて最初こそ怒りを覚えていたが、主犯格のゴンをリオがぶちのめしたことから多少の溜飲は下がったようで、皆リオを褒め称えていた。

 

 村長宅にユバ、ハヤテ、ルリ、サヨ、ネクサス、そしてリオの6人しかいない時に改めてリオが配慮が足りなかったと謝罪するが、気にし過ぎだとハヤテから言われ、誰かに似て真面目だとユバに評され、ルリとサヨからも大丈夫だと言われていた。概ね、ネクサスの言う通りになったとも言える。

 

 その2日後、ゴン達の村の村長がハヤテの部下に連れられて村を訪れ、ゴン達の処遇を決めることになった。結果として、ゴン達に責任を取らせる形を取ることになり、国に契約奴隷として売られることになったのだ。

 

 

 

 そして、リオはというと…

 

「………………」

 

 北の丘にある両親の墓前に1人でやってきていた。

 

(いい加減、前に進もう。弱い自分と決別して…)

 

 リオには天川 春人という前世があり、その人格や記憶が今まで目を背けてきた事実から目を逸らすのをやめようと新たな決意を抱いていた。

 

(俺の進む道は…きっと…)

 

 この世界にはどうしようもない悪党がいることはわかっていた。そいつに復讐しようと自らを鍛えてきた面もある。

 だが、それを今更やめるつもりはない。もし仮にそいつに親しい人達を人質に取られたら、剣先が鈍るかもしれない。そういったことのないように、覚悟を決める必要があった。

 

(父さん、母さん…ごめんね…)

 

 2人は願わない復讐かもしれないが、これだけは譲れなかった。だからこそ、リオは2人の墓前で誓いを新たにしたのだった。

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