ネクサスが村長宅から出て行った後、リオはユバとゴウキから両親についての話を聞いていた。
それは20年近く前のこと。
ゼンはユバの次男で、当時はロクレン王国との戦争もあって自ら兵士として志願し、戦場でその頭角を現してカラスキ王国の国王の目にも留まり、武士の身分を与えられた。
ゴウキと出会ったのはその頃で、試合で互角に渡り合ったという。ゴウキから武術と精霊術に関しては天賦の才があると言わしめたほどだ。
そのゼンをゴウキは王族の護衛として強く推薦し、後のリオの母であり、カラスキ王国の王女でもあったアヤメと出会ったのだという。
トウジは成り上がり者が王族の護衛などという反発もあったが、それは同じく守護職にあったゴウキと、その妻であるカヨコが教育係として一緒にいたので、半ば黙認されていたとか。
そして、アヤメはゼンに惹かれていき、この村にも何度かお忍びで訪れていたという。
転機が起きたのは、戦争中だったロクレン王国から休戦協定を持ち掛けてきた時だった。
当時、使者としてやって来た王子がアヤメを見初め、我が物にしようと従者に拉致を命じたらしい。それに気付いたゼンの活躍で、事なきを得たが…。逆に王子は従者を殺されたとして、ゼンの処刑とアヤメとの政略結婚を条件に休戦協定を結び直すと言ってきた。
この条件を聞いた国王も水面下で動いており、忠誠心の篤い武士の少数精鋭部隊を編成し、密かにロクレン王国へと派遣し、同時にゼンとアヤメを逃がす手助けをしながらも2人が逃亡した事実を公表し、ロクレン王国の要求は呑めなくなった事実を作る。当然、世論は2人を非難し、大罪人のような扱いになってしまった。ちなみに精鋭部隊の中にはゴウキもいたという。
結果として、戦争はカラスキ王国の歴史的な大勝利に終わったが、ゼンとアヤメはヤグモ地方に居場所がなくなってしまったそうだ。だが、それも身分という壁がなくなった2人にとっては良かったのかもしれない。
そうして2人はヤグモ地方を離れ、未開地を渡り切り、シュトラール地方へと向かうことになったのだ。
本来ならゴウキとカヨコも一緒についていくべきだった。だが、2人は既に結婚し、カヨコのお腹の中にはハヤテが身籠っていたらしく、辛く過酷な逃亡生活についていくことが出来なかったそうだ。ただ、2人がついていかなかったことで、ゼンとアヤメの駆け落ちに信憑性が増したのも事実だったらしく…。
そして、この度…2人の息子であるリオが村を訪れ、2人の真実を伝えるべく、ユバがゴウキに手紙をしたためた。それを受け取ったゴウキはカヨコを連れ、国王へと報告しに行き、リオが本当に2人の息子なら真実を伝えるように勅命を賜っていた。
そのゴウキはリオを見て2人の息子だと確信し、こうしてリオに真実を話すに至る。
さらにゴウキはリオに国王と王妃が会いたがっていると伝え、リオも面会すべく王都に再度向かうことを承諾していた。
ただ一点…。
「その…もし、可能でしたら…ネクサスも連れていって構いませんか? もちろん、会うのは自分だけで、ネクサスには城外で待ってもらうので…」
リオはネクサスの同行を願い出ていた。
「あの小僧を、ですか…」
ゴウキは渋い反応を見せる。
「お願いします。あいつには…隠し事はしたくないので…」
「むぅ…」
リオに頭を下げられ、ゴウキはユバの方を見る。
「私からもお願いしますよ。一応、ネクサスにも私がリオの祖母、というのは伝えておりますし。何より、あの子もリオにとっては大切な友人でしょうから」
ユバも頭を下げたことで、ゴウキも嘆息し…
「ユバ殿にまで頭を下げられては…致し方ありませぬ。同行は許可しますが、謁見は許されませんぞ?」
「御前様!?」
ゴウキの決断に隣のカヨコが驚く。
「ありがとうございます、ゴウキ殿」
「いえ…ですが、先程も申した通り、謁見は出来ないので、その辺りはご了承を…」
リオの礼にゴウキはバツが悪そうに答える。
「えぇ、わかっています。無理を聞いてもらい、ありがとうございます」
リオが再度頭を下げたことにゴウキは少し慌てる。
こうして明朝、リオはネクサスと共にゴウキ達の先導の下、王都へと再び赴くこととなった。
………
……
…
それから数日後。
リオはゴウキとカヨコと共に王城へと赴き、残されたネクサスと従者達は一足先にサガ家へと向かうことになった。
「………………」
サガ家の客間に通されたネクサスは、微妙な居心地の悪さを覚えていた。
(リオへの様付け、妙に過剰な反応、そして王城に招待……これらを踏まえると、ある程度の推測は出来るが…さてはて、俺が触れてもいいものか…)
ネクサスはそんなことを考えていたが…
(ま、いずれにせよ。リオがリオであることには変わりないか…)
などと思い、リオへの態度と付き合いはこれまで通りで良いか、と静かに決める。
それからしばらく客間で待機していると…
「父上、母上! お帰りなさいませ!」
なんとも元気のいい女の子の声が聞こえてきた。
(家主達が帰ってきたか。なら、リオも一緒かね?)
客間で瞑想して時間を潰していたネクサスは、その声に気付いて立ち上がる。
(とは言え、勝手に出歩くのもな…)
特に親しいわけでもないのに、勝手に出歩くわけにもいかないと考え、もう少し待つことにした。
すると…
「出ろ。お館様がお呼びとのことだ」
客間の前で待機してた者がネクサスを呼ぶ。
「はいはい。今出ますよ、っと」
その者の後について行き、ネクサスは訓練場へと案内される。まぁ、雰囲気的に案内というか連行とも言えるような感じではあるが…。
ネクサスが訓練場にやってくると、リオとゴウキが木剣を手に少し距離を保って対峙していた。
「お? 模擬戦でもやんのか?」
その様子にネクサスが軽口を叩くと…
「ネクサス殿までいたのか!?」
「おや、ハヤテ殿。お久しぶり…というほどでもないか」
連れてこられた先にはハヤテと、もう2人ほどの観戦者がいた。1人は女の子と、そのお付きと思しき女性だ。
「客人がいるとは聞いていたが…まさか、ネクサス殿だったとは…」
「まぁ、俺はリオの付き添いでしてね。リオがゴウキ殿達と用事があると言うので、ここで待機させてもらってましたよ」
「そうだったのか。いや、知っていれば挨拶に赴いたものを。すまない」
「いえいえ、お気になさらず」
ネクサスがそんな会話をハヤテとしていると…
「兄上? そちらの方は?」
「おぉ、コモモ。こちらはリオ殿の旅仲間のネクサス殿だ。ネクサス殿、こちらは拙者の妹のコモモと申す」
女の子…『コモモ』の方がネクサスに興味を持ったらしく、ハヤテに尋ねる。
「初めまして、コモモちゃん。俺はネクサスと言います。あっちのゴウキ殿と対峙しているリオの友達さ」
「初めまして! 私はサガ=コモモと申します」
「元気のいい子ですね」
優しい笑みを浮かべてネクサスがコモモに挨拶していると…
「では、実戦に準じた取り決めで手合わせをお願いします」
向こうは向こうで話していたらしいリオがカヨコにそう願っていた。
「「なっ!?」」
「!」
「やはり、模擬戦か。しかし、どういう流れなんだ? てか、実戦に準じた?」
リオの言葉にハヤテとコモモのお付きの女性が驚きの声を上げ、コモモは目をキラキラさせていた。そして、ネクサスはこの様子にどうしてそうなったのかを考えていた。
「……承知しました。では、早い話が殺し以外は何でもありでございます。多少の怪我は精霊術で治癒が可能なので、存分にお手合わせください」
審判役であるカヨコがそう宣言すると、リオとゴウキがそれぞれ構えを取る。
「へぇ、いいね…」
さっきのコモモに見せた優しい笑みとは打って変わって、獰猛な笑みを浮かべるネクサスはリオとゴウキの模擬戦を注意深く、そして真剣に観察するようだった。
「ね、ネクサス殿!? いいのか!?」
「いいんですよ。リオの腕前は知ってるし、ゴウキ殿ほどの御仁と戦えるのなら…いい経験になる」
「そ、そんな…」
ハヤテがネクサスの言葉に愕然となっていると…
「始め!」
カヨコが手合わせの開始の合図を出す。
「ッ!」
「ッ!?」
模擬戦が開始すると同時にリオが一瞬でゴウキへと迫る。だが、ゴウキも距離を取っては今の移動法で後手に回ると判断し、距離を詰めてリオの間合いギリギリへと踏み込む。
そこからの剣戟は激しいの一言だったが、剣術のみのゴウキに対し、剣術に加え、精霊術や体術も織り交ぜるリオの戦い方に、ゴウキが防戦一方となる。
「そ、そんな…父上が…?」
その模擬戦模様にハヤテも唖然としていた。ゴウキは国内だけでなく、近隣諸国にもその名が通った『鬼神』の二つ名を持つ漢なのだ。そのゴウキを相手にリオは互角以上に戦っている。もしも真剣なら、既にゴウキは戦闘不能にまで陥っているだろう。だが、ゴウキも模擬戦と言えど、気合と意地でこの心躍る戦いを続けようとしていた。
そして…
「奥義、一ノ太刀、『断空』!!」
ゴウキは剣に魔力を収束させていき、横一文字に剣を振るい、精霊術によって生み出された魔力を帯びた風の刃を放っていた。
「ッ!!」
それを見てリオは剣で受け止めることを諦め、しかして避けるのではなく真っ向から受けて立つ構えを取った。体内で練り上げた魔力を右手に集中させて薙ぐ。その瞬間、大量の水が発生し、まるで津波の壁でも作られたようにゴウキの断空と衝突した。
「なんと…!?」
まさか真っ向から受け止められるとは思いもせず、さらに風の刃で散った水飛沫で微かに目を細めたゴウキの隙を突き、リオがゴウキに肉薄し、木剣の切っ先をゴウキの喉元スレスレに寸止めしていた。
「そこまで! 勝者、リオ殿!」
審判役のカヨコの宣言に…
「参りましたなぁ…某の負けですな」
ゴウキも体の力を抜いて自らの負けを認める。
「ありがとうございました」
リオはゴウキから剣を引き、一礼する。
「いやはや、これでまだ肉体的にも経験的にも全盛期ではないのですから、末恐ろしいですのう」
ゴウキはリオの戦いぶりを高く評価しているようだった。
「鍛えることだけはやめませんでしたから。それに最近は良い相手にも恵まれてましたからね」
「ほう…それはもしや?」
「えぇ、ネクサスです」
「ということは、小僧もリオ殿に肉薄する戦技の持ち主だと?」
リオの答えにゴウキはハヤテと共にこっちに向かってきているネクサスをチラリを見やる。
「どうでしょう? お互いに勝ったり負けたり、時に引き分けたりを繰り返してるだけですが…」
「流石に数は数えてませんよ。そこまで几帳面でもないんでね」
リオがそんな風に言ってると、ハヤテと共にやってきたネクサスがそんなことを言う。
「父上が負けたところなど初めて見ました。ですが、最後の一撃はやり過ぎです! 当たっていたら、即死でしたよ!?」
隣のハヤテも驚きながらもゴウキに苦言を呈していた。
「ハヤテよ。そういうのは無粋というものだ。手合わせすることでわかることもあるのだ」
「だからと言って…!」
「まぁまぁ、ハヤテ殿。落ち着いてくださいよ。当事者のリオはどうだったんだ?」
ハヤテの申し立てにネクサスが間に入って、リオに会話の矛先を向ける。
「実戦に準じた立ち合いを望んだのは、私ですからね。多少の危険は承知の上です。それに素晴らしい技も見せていただきました」
当の本人であるリオも気にした様子はなく、むしろ良い経験ができたと言っているようなものだった。
「むぅ、リオ殿がそう仰るのなら…」
ハヤテも渋々ではあるが、引き下がる。
「じゃあ、リオ。ついでだし、いつものやるか?」
「あぁ」
ネクサスの誘いにリオが応じる。が…
「お待ちください、リオ殿。小僧、その前に某とも一戦、付き合ってもらおうか」
ゴウキが間に入り、今度はネクサスとの手合わせを願い出る。
「俺と?」
「聞けば、小僧はリオ殿と旅を共にするとか。その実力が本物で、リオ殿と共に旅をするに値するのか、試したい」
その理由を聞き、ネクサスはチラリとリオを見る。
「………………」
当のリオは困ったような表情だったが…
「いいですよ。なら、俺も実戦に準じたものでお相手しましょう」
ネクサスは肩を竦めながらもそう答える。
「ね、ネクサス殿まで!?」
その答えにハヤテがギョッとしたように驚く。
こうして、ゴウキとネクサスの模擬戦も決まる。
リオとの模擬戦で負ったゴウキの負傷は精霊術で治癒され、2人は少し距離を置いて対峙することになった。