歓待が終わり、それぞれが家へと戻る。
リオとネクサスも以前里にいた時に使っていた家へと帰宅し、それぞれの自室へと向かって休んでいた。
(ふぅ…やっと一息つけるな。ま、寝る前にでも風呂に入ってゆったりするか…)
自室のベッドに寝転んでネクサスはしばし休息を取っていた。
すると…
コン、コン…
控えめなノック音が聞こえてくる。
「どうぞ」
上体を起こし、来訪者に入室の許可を出す。
「………………」
入ってきたのは寝間着姿のシンシアだ。
「シンシアか。いったい、どうし、た………」
入ってきたシンシアの姿を見てネクサスがやや固まる。
(あれ~? シンシアさ~ん? なんか、やたら発育が良くなってらっしゃる~?)
さっきまでは里の衣装を着てたから特に気にしてなかったが、寝間着姿となってちょっと無防備にボディラインが強調されているような格好でシンシアが入室してきたからか、ネクサスが妙な感想を抱く。
「?」
そんなネクサスの心情など知らないようにシンシアは相変わらずの無表情のまま可愛らしく小首を傾げる。
「と、とにかくだ。久しぶりだな、シンシア」
シンシアの寝間着姿から視線を逸らしながらネクサスが再会の挨拶をする。
「……ん、久しぶり…」
そう答えながらシンシアはネクサスのいるベッドまで歩いていき、ベッドの縁に座る。
「あ~…俺がいない間、里での生活は大丈夫だったか?」
頭を掻きながらネクサスはシンシアに尋ねる。
「……サラや、シアが、いたから…平気」
「……そっか」
それを聞き、ネクサスは柔らかい笑みを浮かべる。
「……うん…」
シンシアも頷き返す。
「「………………」」
しばし、2人は沈黙したまま、時が流れる。どちらとも口を開かないが、決して言いたいことや話したいことがないわけではない。この沈黙はお互いにとって心地の良い時間なのだ。
元々、2人は闇の世界に生きてきた身。今までは必要最低限の会話しかしてこなかったし、それでいいと思ってた時期も確かにあった。しかし、今はこうして自由の身となり、ネクサスは自由を謳歌しようとし、シンシアも今の生活に慣れようと頑張っている。
時間は有限だが、今この瞬間はこの心地の良い時間を互いに感じていたかったのだ。
「なぁ、シンシア」
その心地の良い時間を、ネクサスの方から破る。
「?」
ネクサスの声に反応し、シンシアも顔を振り向かせてネクサスを見る。
「ここでの生活は、楽しいか?」
優しい笑みを浮かべてシンシアに尋ねる。
「……うん…」
どこか儚くも嬉しそうな微笑みを浮かべてシンシアも頷く。
「なら、よかった」
その答えにネクサスも少し安心したようにする。
しかし…
「……でも…」
シンシアの纏う雰囲気が少し寂しそうなものになる。
「?」
その雰囲気に気付き、ネクサスが顔を上げると…
「……ネクサス…いなくて、寂しい…」
いつの間にか、シンシアがベッドの上に手をつき、四つん這いとなってネクサスに迫っていた。
「!?」
シンシアの思わぬ行動にネクサスも驚き、少し後退るが…ベッドの上では逃げ場がなく、すぐに追い詰められる。
「あ、あの…シンシア、さん?」
「?」
なんで敬語なのかと不思議に思いつつ、シンシアはネクサスとの距離を詰めていく。
(や、ヤバい…こいつ、こんなに積極的だったか? いや、さっきの反応的に天然のような気も……どちらにせよ、マズいことには変わりない…)
何がどうマズいのかはともかく、珍しくネクサスが窮地に陥っているのには違いない。
「…ネクサス…」
シンシアがネクサスに迫る距離が近付いていると…
コンコン
再びノック音が響く。
「ッ!?」
特に悪いことをしているわけでもないのに、ネクサスの身体がビクッと反応する。
「ネクサスさん。ちょっといいですか?」
「夜分にすみません、ネクサス様。少々よろしいでしょうか?」
タイミングが悪いことにサラとフレイシアスのようだ。
「あ、あぁ…なんだ?」
微妙に震える声で扉の前にいるだろう2人に声を掛ける。
「………………」
しかし、シンシアは特に気にした様子もなく、さらにネクサスとの距離を詰めていき…
ピト…
ネクサスの身体に寄り添うような感じで身を委ね、スリスリと自分の頭をネクサスの胸元辺りに擦りつける。
「ふぁっ!?」
シンシアの行為にさしものネクサスも変な声が漏れる。
「!? ど、どうかしましたか!?」
「ネクサス様!?」
そのネクサスの変な声に驚き、何事かと2人が部屋の扉を開けて飛び込んでくる。
「「………………」」
そして、ネクサスとシンシアが寄り添ってる姿を見て2人が固まる。
「あ、いや、その…こ、ここ、これは…違うんだ。何が違うのかと問われると、困るが…その、違うんだ…!」
もはや言い訳にもなっていない言葉を口から発し、ネクサスが珍しくあたふたしている。
「……////」
「な、なななな…!!////」
フレイシアスは顔を両手で覆ってるものの、指の間からチラチラと若干羨ましそうにシンシアを見つめ、サラは2人を指差しながら壊れた機械のように二の句が告げられないようだった。
「?」
当のシンシアはスリスリをやめて、不思議そうに部屋の入り口に立ってる顔を真っ赤にするサラとフレイシアスを見る。
そして…
「………一緒に…する…?」
更なる爆弾を投下した。
「「~~~~っ!!?////」」
声にならない悲鳴を出そうとして、今が夜なのを思い出して両手で口を塞ぎ、決して大きくはないが、それでも部屋中には伝播しそうな悲鳴に近い声を漏らす。
(どう、収拾しよう…?)
右手で目元を覆い、天井を仰いだネクサスの内心は…この状況をどう収拾すべきかを考えていたが…答えは見つからなかった。
その後、ネクサスはシンシアと共にサラにお説教され、シンシアは引きずられるようにサラに連れてかれて自室に戻ったとか…。フレイシアスの方は…終始、顔が赤いまま何も言わずにシンシアを引きずるサラと一緒に部屋を出たとか…。
とりあえず、その晩のネクサスは…風呂に入るのをやめ、ぐったりとしながら眠ったそうだが…。
………
……
…
翌日。
「「「「………………」」」」
現在リオとは別行動しているネクサスはサラとフレイシアス、さらにはシンシアと共に里の大樹の根元に建造された精霊殿へと向かっていた。
用向きとしては大樹の精霊ドリュアスに帰還の挨拶と報告をするためだ。リオも向かってるのだが、ネクサスは先行して向かっているところだったりする。
しかし、昨晩の件もあって誰も何も言わない。シンシアについては平常運転だが、他3人に関しては気まずいという雰囲気が漂っていた。
(何かを言っても墓穴を掘りそうだな…)
などとネクサスが考えていると…
「あ、あの!」
サラが意を決したようにネクサスに話し掛ける。
「お、おう…?」
何を言われるのか、やや警戒しながらも返事をする。
「こ、今度またお手合わせをお願いします。あれから私達も強くなれたと思うので…」
「………………」
サラの言葉に一瞬だけポカンとしたものの…
「……そうか。わかったよ」
若干おかしそうにしながらもそう答えていた。
「なんで笑ってるんですか?」
ネクサスがおかしそうに答えるものだから、サラが少し不機嫌そうに口を尖らせる。
「悪い悪い」
そう言いながらサラの頭をポンポンと撫でる。
「こ、子供扱いしないでください!」
とは言いつつも、ネクサスの手を振り払うことはしなかった。けれど、少しは気まずい雰囲気が払拭できたらしく…
「ふふ、サラちゃんったら…」
フレイシアスも微笑ましそうにその光景を見ていた。
その後、リオ達やオーフィア達とも合流し、精霊殿の敷地内に入ると、一行の眼前にドリュアスが顕現する。
「あらあら、誰かが来たと思ったら、あなた達だったのね。ようこそ、いらっしゃい。リオやネクサスもいるのね。もう帰ってきたの?」
ドリュアスの顕現に一行は恭しく畏まるが、当のドリュアスの方から気さくに声を掛けていた。
「はい。ドリュアス様にご挨拶をと思い、お伺いしました。皆さんと料理も作ってきたので、ご一緒に食べませんか?」
「まぁ、わざわざありがとう。何もないとこだけど歓迎するわ。ついてらっしゃいな」
リオが代表してドリュアスに用向きを伝えると、ドリュアスも嬉しそうに一行を歓迎し、精霊殿へと案内する。
「ところで、2人の精霊はまだ目覚めていないのかしら? 気配的には前に会った時よりも強くなっているけど…」
「いえ…まだ見ていませんね」
「右に同じく。仮に起きた場合、どうなりますかね?」
ドリュアスが道すがらリオとネクサスに精霊のことを聞くが、2人はまだお目にかかってないことを伝え、ネクサスは精霊が起きた場合のことを尋ねる。
「そうね。多分、実体を得て顕現するんじゃないかしら?」
ドリュアスも曖昧に答えていた。おそらく、彼女自身も答えが見出せていないのかもしれない。それだけ2人の中で眠っている精霊は特別なのかもしれないが…。
「そうですか」
質問したネクサスもそれ以上は追及することはせず、成り行きに任せるようだった。
「まぁ、目が覚めたらもう一度私の元に来なさいな。話も聞きたいし、私から教えてあげられることもあるかもしれないしね」
「はい、ありがとうございます」
「その時はよろしく頼んます」
そんな風に会話していると、精霊殿に着き、正面の階段を登る。その先には儀式用の幅広いスペースの舞殿があるが、一行は舞殿には上がらずに、その脇にある扉から中に入る。位置的には舞殿の下に当たる。
その中には200平米くらいの生活空間があり、家具もあったりもする。
ドリュアスから来客用や儀式の準備で寝泊りする子達用に里の者が作ったゲストルームなのだとか…。
そのゲストルームでドリュアスを交えてのお食事会というかお茶会が始まり、リオとネクサスがヤグモ地方で覚えてきた料理を振る舞っていた。
そうして緩やかに時間は過ぎていき、楽しい時間を過ごしたリオ達が帰ることになったのだが…一点だけ問題があった。
どうもベラがアルスランも誘っていたのに、呼び忘れたらしく…彼の機嫌を直すのに一苦労したとか…。
………
……
…
2人が里に帰還してから2週間が経った頃。
この2週間の内にリオとネクサスは、オーフィアやフレイシアスの主催するお茶会に参加したり、サラやウズマなどの里の戦士達を手合わせしたり、アルマやドミニクと杯を交わし合ったり、ラティーファやシンシア、ベラ、アルスランと一緒に里の子供達と遊んだり、ヤグモ地方で覚えた料理を里の女性陣に教えたりと、充実して笑いの絶えない日々を送っていた。
そんな中、リオとネクサスはドミニクが主導している『持ち運べる家』の建設作業現場へと赴いていた。
「よう、リオにネクサス。来たか」
2人の姿を見つけ、監督作業をしていたドミニクがやってくる。
「こんにちは、ドミニクさん」
「ちっす」
ドミニクに挨拶する2人は、改めてドワーフ達が作っている家を見る。
「なんだが、想像以上に凄い家ができそうな…」
リオは目の前の60坪を軽く超える敷地を占領する巨岩を見て、驚くように呟く。
「へぇ~、天然の岩を加工するってリオから又聞きしてたけど、中をくり抜いて空間を作ってるんすか?」
「おう。土の精霊術でな。あとは空間魔術で一部を拡張するから、見た目に反して広く感じるはずだ。それに2階構造にするから部屋もたくさん作れる」
「一人暮らしには持て余るような気が…」
ドミニクの説明を聞き、リオが困ったように頬を掻く。
「ははは! リオもネクサスもいずれは所帯を持つんだ。このくらい広い方がいいだろ?」
「あ~、そういや、俺の分まで作ってくれるんでしたっけ?」
豪快に笑うドミニクの言葉にネクサスが思い出したように呟く。
「おう。そっちは隣で作業中だ。似たような造りだから、間違えないように印でも付けるか?」
「せっかくの偽装が台無しになりそうなんで、扉の方に刻印しといてください」
「おう、わかったぜ! デザインの希望はあるか?」
「じゃあ…狼で」
ネクサスがドミニクとそんなやり取りをしていると…
「お~い、ドミニクの最長老! ちょいといいですかい?」
工事をしてるドワーフの1人がドミニクを呼び、ドミニクもそれに応えて2人から離れる。その際、完成の暁には一杯やろうと誘われて…。
「……また、里の人達に借りができちゃうな」
「だな…」
2人して苦笑しながら現場を後にするのだった。
それから1ヶ月もしない内に岩でできた家が完成する。
見た目は非常に武骨…というか、入り口と随所にある通気用の小さな窓以外は岩そのものにしか見えないが、中身は打って変わって快適な生活空間が広がっていて、特注の家具や魔術的な処理まで施されているらしい。
ネクサスの分まで作られたが、ほぼ同じ造りである。差異があるとしたら、ネクサスの家の方には入り口の扉に狼の刻印があるくらいだろうか…。それ以外は、ほぼ同じと言ってもいい。
そして、新築祝いとしてどんちゃん騒ぎをしたりもしたが…。
そうしてそれぞれの家にリオとラティーファ、ネクサスとシンシアという組み合わせでお試しで住んでみて居心地を確かめていたのだった。