奴隷商の商隊から離れ、街道を北へと進む一行。
リオが先頭を歩き、少し距離を置いて奴隷商から助け出した少年少女3人が真ん中、その後ろをネクサスが後頭部に両手を回しながら歩いていた。
(なんというか…空気が暗いし、重くていけねぇや。リオの様子もなんか変だし…)
そんな微妙な距離感を感じつつ、会話のとっかかりをしばし考えていると…
『……綺麗…』
まだ女の子と言っていい少女が夕暮れ時の紅く染まる地平線を見ながら呟いていた。
『ま、日本じゃなかなかお目にかかれない光景だからな』
これ幸いにとネクサスがその呟きに反応する。
『あ、その…』
呟いた少女が、どう返せばいいのかと逡巡していると…
『あ、あの…よろしいでしょうか?』
3人の中で最も年上…女子高生の少女がリオに声を掛ける。
『…なんでしょうか?』
一瞬、その少女の声にびくりと身体を震わせながらも、リオは振り返りながら答える。
『助けていただいて、本当にありがとうございました。あなた達が来てくれなかったら、私達はどうなっていたか…』
『いえ、当然のことをしたまでというか……色々と聞きたいこともあったので』
少女の言葉に、リオはどこか切なそうな目で少女を見ていたが、すぐにかぶりを振り…まるで自分に何かを言い聞かせるように言う。
『あの、私は綾瀬 美春と言います。あなた達のお名前を伺ってもよろしいですか? あと、その…こちらも色々とお話を聞かせてもらえないかと…』
女子高生の少女…美春は自己紹介をすると、2人の名前を聞いた。
『名前…名前、ですか……少々、事情があって…今は、
『俺のことは…そうだな。シノブとでも呼んでくれ。俺にもちょっとした事情があるんでな。あ、それと苗字もないから』
リオとネクサスが、それぞれ偽名を答えると…
『春、人…?』
リオの偽名を聞き、美春は呆然とその名を呟く。
『春人?』
女の子の方も複雑そうな面持ちでリオの偽名を呟く。その声音はどこか剣呑な雰囲気すらあったが…。
(? 何故、ハルトの名を聞いてこんな反応を…? まさか…知り合いか?)
ネクサスが美春と女の子の反応を後ろで眺めつつ、憶測を立てる。
『亜紀ちゃん』
美春が女の子の名を呼ぶと、亜紀と呼ばれた女の子はハッとする。
(あき…?)
だが、リオの方もその名を聞き、少し驚いたような反応を表に出さずに亜紀を見やる。
『……あの、何か?』
リオの視線に気付き、亜紀が尋ねると…
『あぁ、ごめん。俺の名前がどうかしたのかなって…』
リオが笑みという仮面を被って尋ね返す。
『あ、いえ、何でもないです』
どこかバツが悪そうに亜紀も答える。
『なぁなぁ、ハルト兄ちゃんにシノブ兄ちゃん。2人にはなんで苗字がないんだ? あ、俺は千堂 雅人っていうんだけどさ。亜紀姉ちゃんの弟な』
すると、黙って聞いていた少年…雅人が自己紹介しながら尋ねる。
『千堂、弟…』
『ふむ。ということはそっちの嬢ちゃんは千堂 亜紀ってのか?』
リオとネクサスがそれぞれ反応を示すと…
『あ、はい。ご挨拶が遅れてすみません。弟の言う通り、私は千堂 亜紀って言います』
亜紀が改めて挨拶し、ぺこりとお辞儀していた。
『…………』
リオがしばし逡巡してると…
『ハルト。もう夜も近い、今日はこの辺に陣を張ろうぜ? さっきの雅人の質問もそこで答えればいいさ』
ネクサスが助け舟を出していた。
『そう、だな。わかった』
リオもネクサスの意見に同意し、草原地帯の奥へと進んでいく。それを美春達も追い、最後尾にネクサスが続く。それから街道から見えなくなった適当なところで、その場で膝を突いて地面に手を置く。精霊術で地盤を安定させているのだ。
『『『?』』』
ただ、その行為に美春達は首を傾げている。
そして、リオが地盤を安定させてから立ち上がると…
「『
時空の蔵から岩の家を安定させた地盤の上に出現させる。
『な、なに…?』
突然現れた岩の建造物に3人が唖然としていると…
「ハルト。今日は俺もいいだろ? 流石にこれ以上は3人のキャパオーバーになりそうだし」
「あぁ、構わない。色々と説明しないとだしな」
リオとネクサスがこちらの世界で言葉を交わした後…
『さぁ、どうぞ。見た目は岩ですが、中は居住空間になってますから』
そう言ってリオは岩の家の扉を開け、美春達を招き入れる。
………
……
…
リオは美春達にリビングダイニングにあるソファに座って待ってるように言い、自分はキッチンに向かって人数分の飲み物を用意していた。ネクサスもそれを手伝っていたが…。
「なぁ、ハルト。もしかしてだけど…あの子達と知り合いか?」
飲み物を用意してる間、こちら側の言葉かつ小声でリオに尋ねていた。
「……どうして、そう思う?」
一瞬だけ動きを止めたリオは、ネクサスを横目で見ながら問い返す。
「お前の反応が明らかに変だったからな。それに彼女達…お前の前世の名前を聞いて反応してた。ま、理由としてはそんなもんだ」
「……流石は探偵の息子だな。よく見てるよ」
リオはよく見ていたネクサスにそう返す。
「茶化すなよ。で、どうなんだ?」
ネクサスが真剣な雰囲気で尋ねると…
「……多分…いや、間違いなく俺の知ってる人達だ。あっちがどう思ってるかはわからないけど…」
リオは素直に肯定する。
「…そうか。で、どうする気だ?」
「どうする、って?」
「前世のことだ。教えるのか?」
リオが若干緊張した様子で答えると、ネクサスが確信を突く。
「詳細は伏せる。でも、俺が前世の記憶を持つことは教える。証明にはならないけど、日本語を知ってる理由にはなる」
「お前は…それでいいのか?」
「良いも悪いも…今は彼女達に余計なストレスは与えたくない」
ネクサスの疑問にリオはそう答える。
「……そうかよ。わかった。お前がそう言うなら、俺も余計なことは言わないさ。ただ、最後に一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
ネクサスはリオにこれだけは聞いておきたかったようだ。
「彼女が…前に聞いた、お前の…未練か?」
「………………あぁ、そうだよ…」
しばしの沈黙の後、リオはネクサスの問いに首肯していた。
(例の失踪したって娘か。だが、あの見た目…前に聞いた失踪の時期からして、おそらくは高1。そして、俺達が転生するきっかけになったバスの交通事故は…)
その首肯を確認してから、ネクサスは脳内でリオ…いや、大学生になっていた春人と、美春達の失踪についての時系列を考えていた。
(もう一つ…ピースが欲しいな…)
ネクサスが密かにそんなことを考えているのを知らず、リオは飲み物を持ってリビングへと移動する。
それからリビングで異邦人である3人の話をすり合わせるべく、リオが中心になって話を振っていた。
何故、あの場所にいたのか。ここが地球ではないこと。3人が巻き込まれた時空魔術のこと。その時空魔術の難易度のこと。それらのことをゆっくりと順序立ててリオは話していき、ネクサスが話の補填をするように噛み砕いた言い方をしていた。
何も知らない3人は、現実で起きた今ある事実を呑み込むまでに時間を要したようだった。
そんな中…。
『あの…私達、この世界に来る直前、5人で行動していたんです。他の2人がいた形跡とかは?』
美春がそのように尋ねてくる。
『悪いが、俺達が見つけたのは君ら以外の形跡はなかったな』
変な期待を持たせても悪いと考え、ネクサスがキッパリと言う。
『そう、ですか…』
『ちなみに、巻き込まれる直前で何か見ていませんか? 時空魔術が発動したのなら、なにか歪みのようなものが見えたとか…』
ネクサスの言い方に3人の雰囲気が落ち込むが、すぐさまリオがそう尋ねる。
『歪み?』
雅人が首を傾げると…
『あ、私は兄と話してたんですけど…なんだか、兄が歪んで見えました』
『私は、沙月さんという先輩と話してたんですが、その沙月さんが歪んで見えて…その後に、その歪みが私達の方に押し寄せてきたようにも見えました』
亜紀と美春がそれぞれそのような証言をする。
すると…
『沙月…? どういう字だ?』
何か引っかかったのか、ネクサスが聞く。
『え、えっと…確か、サンズイに少ないに、月の字を書いたはずですけど…』
リオに対応するのと比べて、若干委縮…というよりも怖がってるようにしながら美春が答える。
『サンズイに少ない月、で沙月…? 沙月………………ッ! まさか、皇グループの?』
思わず、ネクサスがそう呟くと…
『? なんで沙月姉ちゃんの苗字が分かったんだ?』
雅人が不思議そうにネクサスに聞く。
『え? あ~、その、なんだ…前世の俺ってば、噂を集めるのが好きだったもんでな? その記憶がたまたまあったんだよ。ほら、大企業の御令嬢とか…ちょっと夢があるだろ?』
などとネクサスは適当な言い訳を答える。
(そうか! 春の失踪事件! そういや、皇グループと、重倉重工…それぞれの御令嬢と御曹司が突如失踪したとか報道されてたっけ。それで確か、伯父さんから親父にも依頼が来てたんだ。しかも俺達がバス事故に遭った時点ではまだ発見されていなかったはず…つまり、最悪の事態を想定しておく必要があるな…)
だが、その裏では高速で思考を巡らせていた。
(ネクサス…?)
その変な言い訳をするネクサスの様子を見て、リオは怪訝に思ったようだった。
その後、亜紀と雅人の兄と、沙月という先輩もこちらに転移している可能性が高い、というよりもその2人の転移に近くにいた3人が巻き込まれたと仮定して話が進んでいき、しばらくは3人をリオとネクサスの保護下に置くことが決まった。
その際、リオとネクサスの非常識な行動などを2人の許可なく第三者に口外しないように誓約させていた。もちろん、命の危険があった場合は例外だが、基本的には口外しないようにと頼んでいた。
『さてと…難しい話はまた後々にして、今日はもう飯にするかね? どうせ、明日からちょっと忙しくなるんだしな』
ただ、その誓約を3人が承諾した直後、いい時間にもなっていたので、今日の話し合いはここまでにして飯にしようとネクサスが提案する。
『そうだな。確かにいい時間だし、夕食にしましょうか』
『な、なら、私もお手伝いします! 料理は得意なので…』
ネクサスの提案に頷きながらリオが美春達にそう言うと、美春がそのように手伝いを申し出る。
(客人なんだから、ってのは無粋かね? せっかくだし、ちょっとお節介でも焼いてみるか…リオとは、全員が寝静まった頃に話せばいい)
ネクサスも料理は出来るが、ここはリオと美春を2人きりにしてみるかと考え…
『ま、5人分作るなら、2人でもいいだろ。その間に俺が風呂に案内しとくぜ?』
『シレッとお前も食べてくんだな』
『水臭いことを言うなや。お前と俺の仲だろ?』
『まぁ、いいけど…』
リオの砕けた口調に美春達は少し驚いていたが、ネクサスは気にせず、亜紀と雅人を風呂に案内する。
『あ、ハルト。石鹸類の順番は?』
すると、思い出したようにリビングと風呂を繋ぐ廊下から顔だけを出したネクサスがリオに尋ねる。
『お前、それでよく案内するとか言ったな』
『まぁ、お前の家だしな。そこは流石に配置が違うと思ってな。で、順番は?』
『はぁ…右からシャンプー、トリートメント、洗顔料、ボディソープだ』
『サンキュー』
ネクサスの頭が引っ込むと、リオは嘆息しながら美春をキッチンに案内し、キッチンにある各種魔道具の説明を行い、料理を始めるのだった。
一方で…
『なぁなぁ、シノブ兄ちゃん。ハルト兄ちゃんとは付き合い長いのか?』
『ん? そうだな。かれこれ3、4年の付き合いだな』
雅人の質問にネクサスが答えると…
『へぇ~……って、なんか短くね!?』
2人の親しそうな感じにたったそれだけの期間なのかと驚いていた。
『雅人よ。人と人との繋がりはな、時間じゃねぇんだよ』
『???』
ネクサスの言っていることがわからず、雅人が首を傾げる。
『ま、その内わかるさ』
そう言ってネクサスは2人を浴場に案内すると、施設の使い方を教え、先程リオから聞いた石鹸類の配置も教えていた。
ちょっと豪勢な風呂にここまで黙っていた亜紀と、風呂場を見てはしゃぐ雅人はどっちが先に入るかで、壮絶なじゃんけんをしたとか…。
結果は亜紀の勝ちで、亜紀が入浴中の間は雅人は家の中をネクサスと共に散策していた。
その後、亜紀が風呂から出てきて、雅人も風呂に入ることになる。ネクサスについては、少しだけ外に出るとのことだった。その間、亜紀はリビングでアイスティーを飲みながら料理しているリオと美春を見て、妙な既視感を覚えていた。
それは過去に、いや、もしかしたら未来であるはずだった光景。
『天川 春人』の転生者であるリオと、異邦人としてこの世界にやってきてしまった美春。
2人が真実を知る時、2人はどのような未来を選ぶのか…?