ネクサスが村から姿を消して1日が経った昼頃。
(いやはや…やっぱ、厳しいな…)
森の木陰で一休みしながら静かに息を整えていた。
(前世の肉体ならそうでもなかったと思うが…今の肉体だと、獣道を歩くのさえ辛い……いや、前世の肉体でもキツいことには変わりねぇか…)
生前の親戚による武術訓練の一環でサバイバル技術も叩き込まれていたが、それでも7歳の子供が森に単身で入り込んでいいものではない。
(それに向こうの野草の知識はあれど、こっちの野草って何が良くて悪いのかサッパリわからん…!)
前世の知識も活かせなければ意味がないのだと痛感していた。
(こういう知識も蓄えとかないとなぁ…)
息が整った頃合いを見てネクサスは再び森の中を移動し始めた。
(向こうはおそらく人海戦術で来る可能性が高いし、俺よりも森の進み方ってのも手慣れているだろう。子供の浅知恵と考えて森の深い場所を捜す可能性もある。となると、逆にそろそろ頃合いか?)
ネクサスは一旦は森の深い場所まで来たものの、そこからは獣道を使って森の浅い場所に引き返しながら移動していた。
(とは言え、何人かは絶対残ってるだろうし…その辺の見極めも重要だな)
そして、そろそろ頃合いと見てネクサスは街道が見えそうで見えない位置での移動を開始していた。
(神頼みなんてしたかねぇが…ま、その時はその時か…)
一度死んだ経験をしてるせいか、元々度胸もあった精神力がさらに肝が据わったような感じになっていた。
………
……
…
そうして時折街道の様子を見つつも浅くもなく深くもない森を進み続けていた。
(とにかく、距離は稼いでおいて損はないだろ…まぁ、気付かれたらおしまいなのは変わりないけどさ)
などと考えつつ、移動することさらに約半日。
(ふぅ…ちょっと休憩…)
辺りはすっかり夜の帳に包まれており、森の樹々の隙間から見える星空が綺麗だった。
(やっぱ、知らん星の配置だな…)
その隙間から見える星を見てネクサスは嘆息する。
焚き火はせず、持ってきた毛布に包まって固くなったパンを水に浸して食べる。
「うわ…不味っ…」
思わず小声で不満を漏らしてしまうが、それを聞くような人物は幸いにして周りにはいない。
(とは言え、少しは腹に流し込んどかないと次に動く時にキツいしな…背に腹は代えられんってのも、今だとよくわかるわ)
出来るだけ味わわないように、と思いつつも咀嚼しながらパンと水を腹へと流し込む。
(はぁ…これじゃあ、まるで逃亡生活だな)
実際、奴隷になるのが嫌で逃亡してるのだから表現としては間違ってはいないだろう。
(とにかく、進めるだけ進んでみるか。それで捕まるようなら…ま、最悪は腹を括るが……逃げた手前、あんまり優遇はされないだろうな…)
嫌な想像をしてやれやれと肩を竦めてしまう。
(ま、なるようにしかならんか…)
ネガティブ思考を打ち切り、しばしの休息を取ることにした。
(これで見つかったら…マジで詰むな…)
そんな風に考えながらも目を閉じて身体を休めることにするネクサスだった。
………
……
…
そうして数刻の時が流れて夜明けが間近に迫った頃。
「………………は!?」
ネクサスは飛び起きるように目覚める。
「やっべ、少し寝過ぎた?」
この世界に目覚まし時計があるかはともかく、空が少しずつ明るくなるのを確認してネクサスの表情は少し焦りが混じっていた。
(少しのつもりが、ガッツリ眠るとは…)
小休止を挟みながら森の中を進んでいたとは言え、ネクサスの精神年齢はともかく、肉体的にはまだ7歳の子供なのだ。眠る時間が長くなっても仕方ないと言える。
しかし、この時間が致命的になる場合もあるのも確かだ。
(今更後悔しても遅いか。とにかく、この場から動くか)
動くと決めるとネクサスの行動は早かった。毛布をリュックの中へと詰め込むと、すぐにその場から移動を開始する。
(とは言え、計画性のない逃亡だからな。いつ、不測の事態に陥ることか…)
一体今どのくらい移動して、都市までは後どのくらいかかるのか?
いつ野生の獣や魔物が出るとも限らない状況で、いつまでも丸腰のままでいることの危険性。
焦ったところでどうにもならないと考えつつも、ネクサスとしての意識が焦りを感じ始める事実。
かと言って奴隷として売られる先の未来に救いや希望があるかどうか…。
それらがネクサスの中で不安となって渦巻いているが、忍としての意識がそれを押し込めて前に進むことを選んでいた。
(そうだ。未来は待つもんじゃねぇ。自分で切り拓くもんだろうが…)
最悪で逃げ道のない未来よりも、自分の進みたい道の未来を進む。
前世では出来なかった未来への活路を、ネクサスは自分で切り拓こうと前に進むのだった。
………
……
…
(……って、考えてた時期が俺にもありました…)
あの後、割とすぐに冒険者達に見つかったネクサスは呆気なく荷物を取り上げられて村へと連行されていた。
たった2日とは言え、逃亡した事実には変わりなく、周囲の冒険者達は「手間かけさせやがって」と言いたそうな剣呑な雰囲気だった。
それでも何も言わないのは早く雇い主である奴隷商の男の元にネクサスを届けることを優先しているからだろう。
(さらば、我が二度目の青春の日々よ)
連行されながらネクサスはこれからの生活を考えて憂鬱な気分になるものの、それを表情に出すことはなく黙って歩いていた。
(しっかし、驚いた。この世界、魔法なんてものがあったか…)
ネクサスが捕まった際、冒険者達の中に魔法を使う者が何名かおり、それによって簡単に捕まったというのもある。
育った村は辺境であり、魔法を使える者などいなかったから存在を知っていても実際に目の当たりにするのは初めてで驚いたのもあったりする。
(さてはて…習得したいことが増えたのは嬉しい誤算だが…正直、そんな環境に恵まれるかは運次第だよな~)
奴隷商に売られるということは、おそらくこれから先は奴隷として生きてくことだ。運良く良心的な貴族様に出会えるとは思えないし、最悪は裏組織で使い潰される未来しか見えそうになかった。
あとは、髪の色を珍しがられて珍獣のような扱いをされるか…。
ともかく、ネクサスはあまり良い未来が待ち受けているとは思えなかった。
(せめて俺も魔法なりが使えたらな…)
と、考えてみるものの、そう簡単に魔法が使えるはずもなく…。
(魔法ってことは、魔力なり何なりがあって然るべきだよな…とは言え、視覚的に見えるとも考えられ………………ん?)
そこでネクサスはあることに気付く。
(あれ? こんな光、さっきまで見えてたか?)
俯きながら歩いてたせいで気付くのが遅れたが、ふと自分の手を見れば、ちょっと独特の色をした虹色の光が包まれていた。独特というのは普通の虹の配色ではなく、白銀、瑠璃、深紅、黄金、漆黒、紅蓮、純白の7色が虹状になっている感じである。
(つか、なんだよこの色彩は…)
ふとネクサスはさっき魔法を使ってた冒険者をチラリと見やる。と、その冒険者の身体を包み込むように淡い光が存在しているが、ネクサスのように色彩豊かな感じじゃなく、青白いような感じだった。
(おいおい…これ、俺が異常みたいな感じ? つか、これ、本当に魔力的なやつなのか?)
視覚的に魔力を感知したのかどうか判断に困るが、確かに知覚出来てしまったという感触がネクサスにはあった。
(他の冒険者達も大なり小なり淡い光に包まれてるし…間違いなさそうだけど…え~?)
じゃあ、自分の身体を包み込んでいるこの色彩豊かな魔力(?)はなんなんだろうか?
(意味が分からん…しかも、気のせいか? 俺自身の魔力は…かなりの量があるように感じるんだけど…)
周囲の冒険者と比べ、ネクサスは自分の魔力が妙に多く感じてしまっていた。
(そこまで敏感な奴はいなさそうだし…とにかく、抑えろ抑えろ…)
ネクサスがそう念じると、ネクサスを包んでいた魔力も周りの冒険者達並みへと減少していた。ただ、それでも魔力は完全に消えないので、そういう仕様か、他にも理由があるのかもしれないと推測する。
(う~ん…異世界は不思議がいっぱいだな…)
前世の記憶を保持していることからネクサスは異世界は不思議なことだらけだと認識する。それと同時にネクサスとしての記憶から少し常識外れなこともあるんだな、という認識も生まれていた。
(そも、魔力とはこんな風に見えるものなのか?)
少なくともネクサスとして生きていた7年間の記憶で、魔力を視覚したり知覚したりした覚えはない。やはり、前世の記憶が呼び覚まされ、魔法の発動を見たから、それらが何かの要因となって魔力が見えるようになったのだろうか?
そんな風にネクサスは考えていた。
(不確定要素が多いから、まだ何とも言えんか…そもそも俺と周りとじゃ、魔力の色が違うし…)
こんな妙な虹色の魔力なんて知らないし、周りの冒険者達を包み込んでいる青白い魔力とも異なる。流石に自分が異常なのか、と真剣に悩みそうになる。
(前世の記憶が戻る前の色がわかりゃ、この異常性もわかりやすいんだが…生憎とそんな都合よくわかるはずもないか…)
そんな風に考えていると…
「おい、小僧。止まれ」
不意に冒険者の1人がネクサスに立ち止まるように命令する。
「?」
意味がわからず、ネクサスもその場で立ち止まる。
それから周囲を見回してみると、冒険者達の空気がさっきよりも張り詰めてピリピリしているのを確認する。
(なんだ…?)
流石に異常事態が起きたのだろうと思いつつもネクサスは何やら背筋に薄ら寒いものを感じていた。
(殺気…?)
ここが既に戦場になりつつあることを本能的に察した。
「ったく、面倒くせぇ。こんなとこで魔物に遭遇するたぁな」
ネクサスに命令した冒険者がボヤくように呟く。
(魔物…野生の動物とは違う、んだよな?)
ネクサスもそこまで詳しくなかったが、野生の動物と魔物が別物くらいは知っていた。
「お前ら、ちゃっちゃと片付けて小僧を連れてくぞ。小僧! この隙に逃げようなんて考えるんじゃねぇぞ?」
おそらく彼がリーダーなのだろう。ネクサスに釘を刺すことも忘れず、周りの冒険者達に指示を出し始める。
(そんなこと言われてもな。魔法っぽいものがある以上、逃げても体力の無駄だしな。しゃあなし…大人しくしてるか…)
そう結論付けると、ネクサスは逃げるようなことはせずに魔法使いっぽい見た目の冒険者の近くで大人しくしていた。
(やけに素直だな。つか、こいつホントに小僧か? 妙に落ち着いてるし、騒いだり喚きもしねぇ…)
そんなネクサスの行動を見てリーダー格の冒険者が訝しげな目でネクサスをチラリと見るが…
(まぁいい。逃げたことには違いねぇが、戦闘の邪魔にならないだけマシか)
すぐに思考を魔物の殲滅に移行していた。
「「「
前衛らしき冒険者達が呪文を唱えると、彼等が装備していた腕輪の装飾品から魔法陣が現れ、冒険者達の身体を包み込む。
(見た感じの変化はなし。となると、身体強化みたいな魔法か…)
冒険者達を観察しながらそんな考察をするネクサス。
「行くぞ、お前ら!!」
身体強化を施したリーダー格が率先して突撃する。
ちなみに魔物はゴブリンと呼ばれる小人のような魔物で、集団で襲ってきていた。
「
ネクサスの近くに控えていた魔法使いっぽい冒険者が詠唱すると、光の弾丸を放ってゴブリン達を牽制していく。その隙に身体強化を施した冒険者達がゴブリン達を殲滅するために行動する。
(これが…この世界の、戦闘…)
ネクサスは血の気が引くのを感じつつも、目の前の光景から目を逸らすことはなかった。それはこの世界で生きていく上で必要な心構えを作るためのものだったのかもしれない。
(……キツいな。だが、生き抜くためには必要なことだ。じゃなきゃ、こちらが殺される。ここはもう地球じゃないんだ。なら、この世界で生きてくために…俺は…)
冒険者達のゴブリン殲滅の光景を目に焼き付けながら、ネクサスは静かに決意を固めるのだった。
その2日後、ネクサスは生まれ育った村へと連れ戻され、改めて奴隷商の男に引き渡されることとなった。
隷属の首輪を嵌められ、ネクサスの肉体と意思は自由を失うことになり、ネクサスは奴隷となった。
ちなみにネクサスを売ったことで得た金は年貢として国に納められた。一時的なものとはいえ、年貢を納めた村は翌年の豊作を願うが、果たしてどうなることやら…。