雅人が風呂から上がり、ネクサスも外から戻ってくる頃にはちょうど夕食の準備も出来ていた。
『お、和食か。いいねぇ~。外面はこっちの世界の人間だが、中身は日本人の魂があるから、たまに食べたくなるんだよな~』
などとネクサスが美春や亜紀、雅人の緊張をほぐすように呟く。
それで緊張が解けたかは謎だが、食卓は穏やかな空気に包まれていった。
夕食後、満腹感と緊張の糸が切れたのか、亜紀と雅人が強烈な睡魔に襲われるのを見て、ネクサスが2人を客室に案内し、リオと美春が食器の片づけをしていた。
それから2人が眠るのを確認してから、リビングにネクサスが戻ってくると…
「美春ちゃんは?」
リオと一緒に食器を片付けていた美春の姿がないことにネクサスが首を傾げると…
「風呂に入ってもらってる。流石に彼女も疲れているだろうし、少しゆっくり考える時間も必要だろう?」
ネクサスがこちら側の世界の言葉で聞いてきたので、リオも同じ言葉で答える。
「そうかい。信用されてるな」
ネクサスが飲み物を用意した時の意趣返しとばかりにそう言うが…
「よしてくれ。そんなんじゃないよ…」
リオはやや暗い表情でそう返す。
「……悪かったよ。でも、ちょっと真面目な話もあるから、ちょうどいい」
「真面目な話?」
「あぁ…彼女達についてだ」
リオも洗い物をする手を止め、ネクサスの話を聞く。
「ハルト。彼女が失踪したのは、高1の春。間違いないな?」
「あぁ…俺も捜してたから間違いない。それが?」
「同時期。同じく失踪した者もいる。特に気になったのが、さっきの話で名前が出てきた沙月さんってのだ。彼女は、皇グループの御令嬢。俺が高1の時の春。まぁ、お前ともタメだから似たような時期だが、失踪して報道もされてたはずだ」
「……………」
「当時、皇グループの御令嬢の他にも重倉重工の御曹司も突如失踪したって報道もあったが、関連性が見つからなかった。だが、さっきの話を聞いてピンときた。彼女らはこっちの世界に来ちまったから地球では失踪したことになったんだ」
「……続けてくれ」
「警察はずっと捜索してたらしく、親父のとこにも伯父さんから捜査協力の依頼が来てたんだ。だが、遂に見つからなかった。それから4年後…俺達が死ぬことになったバス事故が起きた時点でも、確か見つかっていないはずだ」
「!?」
これまでのネクサスの話を聞き、リオもハッとした様子で何かに気付く。
「そう。俺達が死ぬまでの間に、こっちの世界にきた人間は帰ってきてない。最悪の場合、こちらの世界で暮らす羽目になるか、それとも死ぬか。希望的且つ楽観的な観測では、俺達が死んだ後の未来で帰還する可能性もあるだろうが…」
「最低でも…4年はこちらの世界にいることになる…?」
「あぁ。地球とこっちの時間の流れが一緒なら、という前提もあるが…」
リオの言葉をネクサスは首肯する。
「そんな…」
「俺達は既に向こうで死んだ身だ。彼女達には俺達の前世が日本人だったことを話したが、それは彼女達から見たら、未来の出来事の話だ。しかし、その事実を彼女達は知らない。いや、知ったところでどうしようもない。俺達が死んだ時、彼女達は地球にはいなかったんだから…」
「……っ」
リオも少なからず考えていたことを真正面からネクサスに言われ、やや動揺する。
「ハルト。その上で聞きたい。お前は…隠し通すつもりなのか? お前の前世を…お前の、未練を…」
「………………」
ネクサスの言葉に、リオは無意識に拳を強く握り締める。
「お前の進もうとしている道は知ってる。だが、それだけに囚われるな。未来を、誰かと共に歩める道も、必ずあるはずだ」
「……っ。お前に、俺の何が…!」
ネクサスのわかったような口調にリオが声を荒げようとしたが…
「俺は進めなかった。大事な妹達を置いて…死んだからな」
「ぇ…?」
次に発したネクサスの言葉に、リオは目を丸くする。
「そういや、言ってなかったっけか? 俺にも妹が2人いたんだよ。前世では、世話のかかる奴等だったが…それでも、巣立つ姿を見てやれなかった。もう、俺はあいつらに2度と会えないんだ。だから、正直お前が羨ましいよ」
「シノブ…」
「だからよ。心の片隅でもいい。考えておいてくれ…お前が、復讐を終えた後の、未来のことを…」
「………………」
ネクサスの言葉を受け、リオは黙ったまま、洗い物を再開する。
「話はそれだけだ。ちょっと頭を冷やしてくるわ」
そう言うと、ネクサスはもう一度外へと出て行った。
(ガラにもねぇことを言っちまったな…)
入り口の扉に背を預け、ネクサスはさっき言った自分の言葉を思い返して苦笑する。
「夜風が、冷てぇや…」
草原地帯に吹く乾いた夜風を感じながら、しばらく頭を冷やすのだった。
………
……
…
翌朝。
「ぅぇぇええええええ!!?」
「んぁ?」
なんだか知らないが、リオの叫び声で目を覚ますネクサス。
「ふぁぁ、っ…ハルトのやつ…こんな朝っぱらからなに騒いでんだ?」
欠伸を噛み殺しながらネクサスもリオの岩の家の客室にあるベッドから身を起こして軽く伸びをする。
「さて…不意に起きちまったし、起きるか」
若干ボケッとしているが、ネクサスがベッドから降りようとして…
ふさぁ…
(ふさぁ…?)
何か知らない柔らかな感触が頬を撫でられて首を傾げる。
(はて…こんな羽毛みたいな感触のする調度品なんてあったか?)
寝起きであまり頭が働いてないせいか、ネクサスはさらに首を傾げる。
だが…
ペロッ
今度は何かに右頬を舐められた感触がダイレクトに伝わる。
「!?」
そこでネクサスの思考も急速に覚醒し、バッと右横を見る。
『………………』
そこにはこれまでの人生で見たことのない…どこかデフォルメされた、奇怪な生物が浮遊していた。
「な…なんだ、お前はぁぁあああ!?!?」
リオに引き続き、ネクサスの叫び声もまた響くのだった。
………
……
…
それからしばらくしてリオとネクサスがリビングに現れる。
どちらも妙に疲れた顔をしており、リオの傍らには桃色の髪をした美少女がいて、ネクサスの頭にはデフォルメされた奇怪な生物がリラックスしているかのように乗っかっている。
「ね…んん、シノブ。それは?」
「ハルトの方こそ…誰だよ、その娘は?」
「それは後で纏めて説明するよ。『その前に、美春さん』」
お互いに当然の疑問をぶつけ合うが、リオには先にしておきたいこともあったので、答える前にキッチンにいた美春に声を掛けていた。ちなみに亜紀と雅人はまだ起きていないようだった。あんな叫び声が2回もあったというのに…よほど疲れていたのか…。
『は、はい! なんでしょうか!?///』
「???」
美春の妙に気まずそうで頬を染めている理由がわからず、ネクサスが首を傾げていると…
『えっと…その、彼女ことで少しお話が…』
リオもリオでどこか気まずそうにしているのを傍目から見て、ネクサスも『何かあったのか?』と2人の会話に聞き耳を立てる。
『は、はい?』
『この世界には精霊という高次の生命体が存在するのですが…その、彼女がその精霊でして…』
『精霊、ですか?』
『ほぉ?』
そこからリオは精霊の少女について簡単な説明を美春にし、最後にこう付け加える。
『それで、その…今朝になって突然、彼女が目覚めまして、こうして表に出てきたのですが…どういうわけか、ベッドに潜り込んでて…決して、やましいことはしてないので!』
その説明を聞き…
(あ~…なるほど。女を連れ込んでたと思われてたのか。そら、印象悪いわな…特にハルトにとっちゃ初恋の相手…いや、未練があるってことは今も想ってるのか? まぁ、とにかく誤解は解きたいわな)
ネクサスが野次馬根性丸出しでそんなことを考える。
かくして美春の理解もあってリオの誤解は解けたものの、肝心の精霊の少女のことについてはわからないことの方が多かった。どうしてリオと契約したのか、自分がどういう精霊なのか、そして自分の名前も無いとのことでリオに名前を付けてもらいたいとも言っていた。
その後、亜紀と雅人も起きてきて、2人にも精霊のことや精霊の少女についての話が行われた。
『あと、こいつについても説明しておく』
その際、ネクサスも自らの頭に乗っかっているデフォルメされた奇怪な生物について説明した。
『おそらく、こいつが俺の契約精霊だ。まぁ、まだ意思疎通ってのがしっかり出来てないが…リオの精霊が突然目覚めたことも考えれば、不思議なことじゃない。俺の方も名前を決めないとかね?』
ネクサスがそう説明すると…
『なんていうか…可愛らしいですね?』
『いや、格好いいじゃん!』
デフォルメされてることから亜紀はちょっと疑問形の含んだ可愛い、見た目的に雅人はなんだか格好いい、と感じてそれぞれ感想を言っていた。
『あはは…ありがとよ』
ネクサスはそのように返すが…
(ドリュアス様から説明を受けた時は、もっと禍々しい印象だったんだがな。いや、案外その辺を感じて自らデフォルメしたのか?)
内心で、自らの契約精霊について考えていた。
(とは言え…)
ネクサスは頭に乗っかる精霊を両手で抱えてから改めて観察する。
『?』
精霊はネクサスの顔を見ながらも首を傾げる。
(ドリュアス様は確か…7体の生物の特徴があり、狼がベースだと言ってたが…)
ネクサスの抱えてる精霊は、確かに複雑な構造をしていた。というよりも生物的にそれが有り得るのか、不思議なくらい奇怪な特徴を併せ持っていた。
まず、頭部は白銀の毛並みに素の状態のネクサスのような右が琥珀、左が真紅の瞳を持った狼を形成している。ここだけ見れば、サラの契約精霊であるヘルの親戚にも見えなくもない。デフォルメされていることからも子狼にしか見えない。
が、問題は首から下だ。
どういう構造なのかは不明だが、胴体は黒に黄金の刻印が刻まれた…何と形容すればいいのか、一番近そうなものがブラックワイバーンの…龍鱗に近いような鎧で覆われていて、その背には10枚にも及ぶ翼と、背中の中央にはイルカか、シャチのような瑠璃色の背鰭が存在している。しかも10枚もの翼だが、一番手前は巨大なコウモリの翼を思わせるものに対し、残る8枚の翼は鳥のような形状をしていた。色はコウモリの翼が深紅、鳥の翼が紅蓮となっている。
さらに四肢は虎を思わせるような、やや横にふっくらした感じだ。毛並みは白銀だが、蒼い刻印のような縞模様も見られる。尻尾に関しても毛並みは白銀なのだが…なんだか、狐を思わせる形状に数が9本もあるという異様さを見せる。まるで九尾の狐の如き多さである。
そして、さらに気になる点が2つある。
1つ目は、首に10色10個から形成される数珠っぽい装飾品が巻かれていること。
2つ目は、前脚の部分に篭手らしきプロテクターが装着されていて、手の甲、と言っていいのか不明だが、その部分に丸い何かを嵌め込むような窪みがあること。
(これは…複雑だ。色んな意味で…)
デフォルメされて小さいとは言え、この異様さにはネクサスも唖然としていた。
(いや、待てよ? 現状はデフォルメされてるが…もしこれが本来の姿じゃないとしたら…?)
オーフィアとフレイシアスの契約精霊であるエアリアルとスカーレットは自在に大きさを変えられたはずだと思い出し、ネクサスは今抱えている精霊を凝視する。
(有り得る。デフォルメしてるのは、おそらく顕現する際に部屋が狭かった可能性もある。つまり、結構大きい、のか?)
その可能性に辿り着き、ネクサスはしばし頭を抱える。
(その前に、名前も決めねぇとな…いつまでも名無しじゃ可哀想か……というか、こういうのってどう付けるべきなんだ? その辺をサラ達に聞いときゃよかったな…)
精霊の名前に関する事情というのを聞いてなかったことに少し後悔しながらも、ネクサスは精霊の名を考える。
『アイシア、なんてどうかな?』
ネクサスが自分の世界に浸ってる合間に、リオ達も色々と話し合っていたようで、リオが自らの契約精霊のことを『アイシア』と名付けていた。
『アイシア』。
精霊の民の古い言語で、『暖かい春』や『美しい春』を意味する言葉だ。
『アイシア…うん、それがいい』
精霊もその名前を気に入ったようだった。
『じゃあ、これからよろしく、アイシア』
リオが改めて精霊…アイシアに挨拶をする。
『うん。美春、亜紀、雅人、忍もよろしく』
アイシアも頷き返すと、美春や亜紀、雅人、ネクサスにも挨拶していた。
『あ? あ、あぁ…』
不意に声を掛けられ、生返事を返すネクサス。
(ん~…にしても、精霊の名前か…どうしたもんかね?)
未だ精霊の名前を悩むネクサスを尻目に、朝食の準備が進んでいく。
2人の中で眠っていた契約精霊の覚醒。
リオの契約精霊『アイシア』と、ネクサスの複雑怪奇な契約精霊。
謎多き2体の精霊と共に、リオとネクサスはそれぞれの道を進むことになるのだろうか?