リオ達が買い物に行き、ネクサス達が留守番してから約1ヶ月半の時が経つ。
美春、亜紀、雅人の3人は岩の家に引き籠ってこちら側の世界の言葉…シュトラール地方の共通語をリオとネクサスから徹底的に教わっていた。
読み書きは致し方ない部分もあるが、ともかく最低限の意思疎通…日常会話ができるレベルにまで達せないと、話にすらならないと判断し、リオとネクサスは飴と鞭を使い分けながら、つきっきりで教えていた。
そんな中、夜明け前の家の外でリオはネクサスにあることを相談していた。
「精霊の民の里に、3人をか?」
「あぁ、どう思う?」
相談とは、美春達を精霊の民の里で保護してもらえないかということだ。
「う~ん…俺もシンシアを置いてもらってるが…彼女達は事情が違うだろ? 言葉だって本来なら通じなかったんだ。その辺りの説明だってする必要がある。そこはどうするつもりだ?」
流石のネクサスも難色を示す。美春達の言葉が理解できる、ということは自分達のことも少なからず話す必要性が出てくることだ。盟友とまで言ってもらってる手前、今更隠し事をしてましたというのも心情的に心苦しいと感じていた。
「あの人達には、出来る限り誠実でありたいと思ってる。だから、機を見て話そうと考えてる。今回は完全な部外者を里に招き入れることになるから、その許しを得られればいいんだけど…」
「そうだな。シンシアも本来なら部外者なんだが、俺の連れってことで見逃してもらってるし、案外大丈夫だと思うが……楽観視はできんか。それに俺達の契約精霊のこともある」
「そうだな。アイシアやファングのことも話さないといけないけど…気になる点もある」
「勇者、か…」
リオは買い物に行った際に得た情報…六賢人に関する聖典で記されていた予言の6人の勇者についても、情報共有がされていた。その召喚された勇者が、美春達と共に行動していた2人ではないか、ということも可能性の一つとして話題に挙がっていた。
「あれだけの波動だ。里でも感知してるかもな」
「あぁ、その辺りの事情も軽く話してみるつもりだ」
「何かわかればいいんだがな…」
話し合いが一区切りすると…
「里には1人で行くのか?」
ネクサスがリオに尋ねる。
「そのつもりだ。本当はシノブにも来てほしいけど…」
「まぁ、厳しいわな。もう少し言語理解の成熟も必要だろう。何なら、俺が代わりに行ってもいいぞ?」
リオが難しい表情をしながらネクサスにそう言うが、ネクサスがもう少し美春達の言語理解を深めようと考え、代案を出す。
「でも、転移結晶を渡されたのは俺だし…ラティーファにも早く戻るとも言ったしな」
「堅いこと言うなよ。そこは俺からも上手く説明するさ。まぁ、ラティーファちゃんには怒られそうだが…」
しばしそのように談笑交じりに言い合っていたが…
「やっぱり、俺が行くよ。元々、保護すると言い出したのは俺なんだし…」
リオは決然としながら言う。
「そうかい。とは言え、俺よりもお前に残ってもらった方が、美春ちゃんも喜ぶだろうに…」
「……どうだろうな」
ネクサスの軽口にリオはどこか物憂げな表情をしながら答える。
「アイシアも残してくから、2人で美春さん達を守ってくれ」
「本当にいいのか?」
「あぁ…いいんだ。それにアイシアとファングだけ残すのもな…」
ネクサスの最終確認にリオはそう答える。
「あれだけ強いんだから心配はいらんと思うが…まぁ、備えは必要か。それにファングの力もよくわかってねぇのは事実だし…わかったよ。今回はお前さんに任せる。シンシアやサラ達には上手く言っておいてくれ」
観念したようにネクサスが頷き、シンシア達への説明もリオに任せた。
「わかった」
リオは頷くと、朝食の時にそのことを美春達に伝え、翌日には出発することを告げていた。
さらにその日は、アマンドの近郊に広がる森の中へと仮の引っ越しを行った。ちなみに移動は、リオが美春、ネクサスが雅人、アイシアが亜紀をそれぞれ抱えたり、背負ったりして空を飛んで移動していたりする。
以前、リオ達が買い物に行った際で得た情報の中に西側の街道で冒険者の行方不明者が続出するというのもあったので、岩の家は東側に設置することになった。
今回ネクサスが居残るのも、この冒険者の行方不明者の件もあって、リオが警戒を強めていた部分も少なからずある。
………
……
…
そして、翌朝。
『じゃあ、行ってくるよ』
『おう、気を付けてな』
リオが出るのを留守番組のみんなで見送る。
その際、アイシアが美春と仮のパスを繋いだとの話題も出る。どうも美春達の魔力量はそれなりに高いらしく、使う用途もないので、アイシアに魔力供給できるように仮のパスを繋いだという。
それが初耳だったリオとネクサスは若干驚くものの、アイシアへの魔力切れがないとわかり、リオは安心半分不安半分といった気持ちで精霊の民の里へと出発する。
とは言え、転移結晶があるので、本当に一瞬で向こうに着いただろうが…。
(今頃、ハルトは里の目と鼻の先かね?)
ネクサスはリオが転移した気配を察知し、そのように考える。
『じゃあ、春人が帰ってくるまで3人はお勉強』
アイシアが淡々と美春達に言う姿を見て…
『ははは、アイシアの方がスパルタかもな?』
ネクサスは他人事みたいに笑っていた。
『うへぇ…ハルト兄ちゃんよりもアイシア姉ちゃんの方が厳しいのか…』
『仕方ないでしょ。言葉が喋れないと、1人じゃ外を出歩けないんだから。あんたが一番遅れてるんだから、頑張りなさいよ?』
雅人がネクサスの言葉に慄いていると、亜紀が発破をかける。
『ふふ、ハルトさんが帰ってきた時には成長した姿を見せて驚かせようね?』
美春がそんな風に微笑ましそうにしていた。
(ふむ…ハルトが戻ってくるまで、2週間くらいか…何もないといいが…)
リオが聞いたという冒険者の行方不明者の件を頭の片隅に置きながら、ネクサスは妙な胸騒ぎを覚えていた。
………
……
…
そこから1週間が経った頃のこと。
(ハルトが里に向かってから既に1週間…向こうに1、2日程度滞在したとして、今頃はこっちに向かってるところかな?)
夜になり、亜紀や雅人が寝静まった頃に日課の鍛錬を家の外で行っていたネクサスがそのようなことを考えていた。
ネクサスが外に出る分には危険は少ない。というよりも、例の件もあって警戒してることもあり、鍛錬と称して夜の見回りを行っていたのだ。とは言え、家の周りを気配を消して探り、異常がないか確認していたりしている程度だ。家には結界も完備しているが、それでも警戒しておくことに越したことはないとネクサスは判断している。
見回った後はアイシアと情報を共有しており、この1週間で異常は見当たらない。だが、ネクサスの胸騒ぎは消える様子がない。その感覚は、以前にも経験があった。それは、まるでプロキシア帝国を脱した時の感じに似ている、と…。だからこそ、ネクサスはしばらく夜の見回りを行ってるわけだが…。
(俺の気にし過ぎか? だが、ハルトがいない間に、美春ちゃん達を傷つける訳にもいかんしな…)
そう考えながらネクサスは家の中へと入り、しっかりと施錠する。
「おかえり」
それをアイシアが出迎える。
「あぁ、アイシアか」
「どうだった?」
「今日も異常はない」
「そう」
ネクサスの報告に、アイシアは淡白な反応を返す。
「美春ちゃんは?」
「お風呂。覗いちゃダメだよ?」
「覗かねぇよ」
ネクサスが美春のことを聞くと、アイシアがそう答えてから釘を刺してきたので、ネクサスも苦笑しながら返す。
「ただ、聞きたいことがあるんだよな…」
「聞きたいこと?」
「亜紀や雅人が眠ってる今の内に、ちょっとな」
「?」
ネクサスの言い方に、アイシアも首を傾げる。
それからネクサスは美春が風呂から上がるのをリビングで待つ。傍にはアイシアも控えていた。ちなみにネクサスの頭の上ではファングが眠ってる。
「あっ…し、シノブさん。おかえり、なさい…」
「やぁ、美春ちゃん。こっちの言葉もだいぶいい感じになってきたな?」
「ハルトさんや、シノブさんが、つきっきりで、教えて、くださいました、から」
「あはは、それは美春ちゃん達の努力の賜物だろうに」
ネクサスと少し距離を置きつつも、美春もたどたどしくだが、シュトラール地方の共通語で話す。
『っと、そうだ。話があるんだった。ちょっと込み入った話になるかもだから日本語にシフトするぜ?』
『あ、はい。な、なんでしょうか?』
ネクサスの対面のソファに腰掛け、美春も何の話だろうと首を傾げる。
『そう緊張しなくてもいい。大した話でもないし、答えたくないのなら答えなくてもいい質問だからな』
『質問、ですか?』
ネクサスがそう前置きを言うと、美春もキョトンとする。
『美春ちゃんはさ。好きな人とかいるのかい?』
『………………ふぇ!?///』
ネクサスの突然の質問に美春がビックリして変な声を漏らす。
『………………』
今のところ、アイシアは静観しているようだった。
『あ、あああ、あの!? そ、それは、どういう…!?///』
質問の意図がわからず、慌てた様子で美春が混乱する。
『まぁ、落ち着けって。最初に言ったろ? 答えたくないのなら、答えなくてもいいって』
『そ、それは、そうですけど……あぅ///』
顔が赤くなってしまった美春の様子を見つつ…
(まぁ、反応的にいる可能性が高いかな?)
洞察力や観察力にそれなりの自信があるネクサスとしては、今の美春の反応である程度の察しはついたらしいが…。
『な、なんで、そんな質問を…?///』
美春が顔を赤くしたまま、ネクサスに質問を返す。
『俺は前世で恋愛ってのをした記憶がなくてな。人を好きになるって気持ちが、時折わからなくなるんだ。だから、美春ちゃんみたいな娘がどんな人を好きになって、どうしてその人のことを好きになったのか、ちょっと聞きたくてな? まぁ、いないっていうなら無理に聞き出すつもりもないから、そこは安心してくれ』
『そう、だったんですね…』
ネクサスの本音8割、興味本位2割といった具合の答えに美春は少し意外そうな表情をしていた。
『どうして、好きになったか…』
すると、不意に美春はネクサスの答えた中にあった『どうしてその人を好きになったか』という単語を呟くと…
『約束、してくれましたから…』
『うん?』
美春が呟いた言葉にネクサスが首を傾げる。
『小さい頃の子供の口約束ですけど…結婚の約束をした人がいたんです。でも、私がこの世界に来ちゃったから、約束を破っちゃった、のかな? それに、向こうが覚えてるかもわからないですし……また、会いたかったな…
美春はどこか悲しそうに、そして寂しそうにその人の名を消え入りそうな声で呟く。
すると…
『忍。ちょっと踏み込み過ぎ』
アイシアからネクサスに注意が飛ぶ。
『……そうだな。悪いことを思い出させちまったみたいだ。すまない、美春ちゃん』
アイシアの注意もあり、ネクサスも美春に頭を下げる。その際、ファングが落っこちそうになるが、ネクサスが慌ててキャッチしたので問題ない。
『いえ、悪いことなんて、そんな…私にとっては、大切なことですから…』
『そっか。遅くに引き留めて悪かったな。もう寝な。明日からも勉強はあるしな』
美春がそう言うのを確認した後、ネクサスは美春に改めて謝罪し、寝るように言う。
「はい、おやすみ、なさい」
こちら側の世界の言葉で、挨拶をしてから美春が部屋へと行くのを見送り、残ったのはネクサスとアイシア、それとファングだけになった。
「アイシア…」
「なに?」
「こういうのを、残酷って言うのかね?」
ネクサスはリオと美春の、今の関係性を…残酷と評した。
「私には、わからない…」
「そうか。でも…悲しいな…」
「………………」
他人事ながら、ネクサスは2人の今後を考える。
(2人の想いは、確かに通じ合ってるはずなのにな…いったい何が、2人の運命を狂わせたんだろうな?)
ファングを膝の上に置いて、ネクサスはしばし天井を仰ぎ見ていた。
(ハルト…お前のことを美春ちゃんは覚えてたよ。だが、俺から言うわけにもいかないか…こればかりは、きっと2人の問題なんだから…)
「ありがとう」
どこか歯がゆそうなネクサスの表情を見ていたアイシアが突然そんなことを言う。
「うん?」
「春人と美春のことを真剣に考えてくれて…」
ネクサスがアイシアの方に顔を向けると、アイシアがそのように呟く。
「ハルトとはダチ、だからな。それに、2人には幸せになってほしいしよ」
「うん」
「だが、こればかりは…ハルト次第だ。あいつを縛るしがらみを、取っ払えればな…」
「………………」
それからしばらく無言の時間が続いたが、ネクサスとアイシアも部屋に戻って休むのだった。
リオが戻るまで、あと1週間程度。