リオ達が里を発ってから2週間が経過した。
一行はベルトラム王国の東端、ロダン侯爵領のとある森の中にて一泊し、翌日の午後にはベルトラム王国の王都ベルトラントへと到着していた。
リオとネクサス、アイシアはいずれもローブを羽織っており、人目を引きそうなアイシアはフードを被っている。偽装魔道具での変装もしているので、問題はないはずだ。
そんな一行は現在、城壁内部の商業ブロックの入り口にいた。
「にしても…なんか賑わってんな? ベルトラム王国の王都ってのは、こんな賑やかなのかい?」
ベルトラム王国に来たことのないネクサスが、数年前までここにいたリオに尋ねる。ちなみにファングは霊体化してネクサスの中で待機している。
「いや、どうだったかな? 以前と比べても、ちょっと賑わい過ぎてるような…」
リオも昔の記憶を遡ったようだが、その時とは違うように感じていた。
「とりあえず、二手に分かれて情報収集でもするか?」
「そうしようか。待ち合わせはどうする?」
ネクサスの提案にリオも頷き、合流時間を聞く。
「ん~…夕刻くらいでいいんじゃね?」
「わかった」
それからリオとアイシアは2人で、ネクサスは単独で情報収集を行うことにした。
なのだが…
(二手に分かれると言ったものの…俺、土地勘なかったわ)
今更なことに気付き、ネクサスは少し途方に暮れていた。
しかし、ここで突っ立てるわけにもいかず、とりあえずは歩いて王都内を散策することにした。とは言え、露店の数が妙に多い気がしていた。
(祭りか、なんかの祝い事でもあるのかね?)
王都内を散策しながらも、周囲の様子を観察する。
(警備の数もそれなりに多いな。つまり、国を挙げての祝い事ってとこか?)
ネクサスは警備の騎士にも目を向けつつも適当にブラブラと歩く。
(こういう時は…)
ネクサスは近くにある酒場へと入っていく。入った酒場では、昼間なのに既に酒盛り状態だった。
(随分と盛り上がってんな)
ネクサスが入った瞬間、一部の者がネクサスを見るが、ネクサスはそれを無視してカウンター席へと向かう。
「ご注文は?」
「酒を一つ貰えないかな? 長旅の疲れを癒したくてね」
店のマスターらしき人物がネクサスに注文を聞くと、ネクサスも適当な理由で酒を頼む。
「かしこまりました」
マスターが酒の用意をしていると…
「おう、兄ちゃん。見ねぇ顔だな。ここにはいつ来たんだ?」
ちょっとガラが悪そうな巨漢がネクサスに絡んでくる。片手にはジョッキが握られていて、酔っぱらっているのが丸わかりだ。
「旅の者でね。ベルトラントには特に用事はなかったんだが、なんだかお祭り騒ぎが気になってな。何のお祝い事だい?」
「あん? そんなことも知らねぇのか?」
「旅は行き当たりばったりが面白くてね。事前情報なんかも基本は耳にしない主義なんだ」
「ほぉ~? 変な兄ちゃんだな?」
「よく言われるよ」
ネクサスが絡んできた巨漢にそんな適当なことを言っていると…
「お待たせしました」
マスターがネクサスの前にジョッキに入った酒を持ってきた。
「あんがと」
「いえ」
「兄ちゃんもイケる口かい?」
「まぁ、ほどほどにね?」
ネクサスがジョッキを手に持つと…
「なら景気づけに、明日の貴族様の結婚式に乾杯だ!」
酔っぱらいの巨漢がそう言う。まぁ、昼間から飲める理由ができて嬉しいのだろうが…。
「ふむ、貴族様の結婚式? あぁ、だからこんなに街中も賑やかなのかい?」
「おうよ。どこの貴族様かは覚えちゃいねぇが、確かだいぶ地位の高い貴族様だったはずだぜ?」
「へぇ~」
ネクサスがちょっとだけ興味深そうに相槌を打ちながら、ジョッキの酒を煽る。
(貴族の結婚式…しかも明日か。そりゃお祭り騒ぎにもなるだろうが…国を挙げてするもんか? それとも、何かしら意図があるのか?)
ジョッキの酒を半分ほど飲んでから一旦ジョッキを置く。精霊の民の里で、霊酒などを飲んでるネクサスからしたら水のようなものなので、この程度では酔っぱらうことはない。
「そういや、風の噂で聞いたんだがよ。勇者様ってのはこの国にもいるのかい?」
結婚式の話題も気になるが、勇者の情報も集めておこうと、ネクサスは酔っぱらいの巨漢に尋ねる。
「あ? あぁ、城からのお触れ書きも出てたからな。それに城から光の柱も出てたからな。そりゃ大騒ぎよ」
「ふ~ん…」
「なんだよ、兄ちゃん。勇者様に興味があんのかい?」
「そりゃあ、まぁ、行く先々で噂になってたからね。気にはなるさ」
「ははは、勇者様も大変だぜ」
「まったくだ」
それからしばらくガラが悪そうでも酔っぱらいの巨漢はネクサスの話し相手になってくれた。
情報の精度は残念ながら低いが、それでも情報が全くないわけではなかった。ネクサスは酒代を支払うと、王都を見て回りたいと言って酒場から退散する。
(まだ明るいし、貴族街への侵入はやめとくか。今は情報の精度を引き上げるべきか…)
元暗部の人間として、貴族街でも情報収集できればと考えたが、未だ明るく警備の数も多いことから断念し、酒場で聞いた情報の精査に動くことにしたらしい。
しかし、午後から動いたこともあってか、あまり有益な情報が得られなかった。強いて挙げるならアルボー公爵家の人間が結婚する。勇者がその立会人になる。その2点ぐらいだろうか?
(大した収穫がなかったな。まぁ、下手に探ってボロが出るよりかはマシか?)
こんなお祭り騒ぎだ。近隣諸国からも使者が来てる可能性もあり、それを知らないというのも妙な話だ。酒場ではその辺は気にされなかったこともあり、多少は話せたが…。
(一旦ハルト達と合流だな)
ネクサスは宿屋のある方へ行くフリをしながら、路地裏で人目がつかないことを確認してから気配を消し、家屋の屋根へと跳び上がると、そのまま隠蔽の精霊術を使って屋根を伝い、リオ達の気配を探る。幸い、アイシアの気配が大きいので、わりと簡単に見つけられた。
「ハルト」
「シノブか。どうだった?」
「あんまり収穫はねぇな。どこもアルボー公爵家の結婚式の話題で持ちきりだ」
リオと合流したネクサスは肩を竦めながらそう答える。
「こっちも似たようなもんだな。勇者については?」
「今回の結婚式の立会人になるとかどうとかは聞いたが…名前まではまだだ」
「そうか」
リオもある程度の情報収集はしたらしいが、似たようなものだったらしい。
「これからどうする?」
「セリア先生に会いに行く。先生なら勇者のことも知ってるかもだし、今の情勢のことも聞けるかもしれない」
「わかった」
「うん」
リオの言葉にネクサスとアイシアも頷く。
………
……
…
それから3人は夜を待ち、夜の闇に紛れて空を飛び、王城に隣接する王立学院の敷地へと侵入する。
リオの先導と、アイシアの霊体化、ネクサスの警戒もあって3人は図書館塔へと辿り着き、2階のテラスから中へと忍び込み、地下通路へと向かう。
『セリア=クレール』というネームプレートの扉を見つけ、中にセリアがいないかアイシアに中を見てもらうものの、中はもぬけの殻だという。しかも最近使われた形跡はなく、部屋の荷物も撤去されているという。
「どういうことだ?」
アイシアの報告にリオも首を傾げる。
「教師をやめたって線は?」
「どうだろう? 情報が少ないから何とも言えないけど…仕方ない。居残ってる研究者に幻術を使って聞いてみよう」
ネクサスの問いにリオは口元に手を当てて考えると、少々危険な道を進むらしい。
「オーライ。ファング」
すると、ネクサスはファングを呼び出し…
「人の匂いがするとこへ案内してくれ」
『(コクリ)』
ネクサスの言い付けにファングも頷き、人の匂いのする方へと先導する。
『………………』
前脚で、微かに扉の隙間から光が漏れる部屋を指す。
「ここか。どうする?」
小声でリオ達に尋ねる。
「私が霊体化して入って幻術をかける。そしたら春人にを念話で呼ぶ」
「それでいこう」
「ファングは戻ってくれ」
『………………』
アイシアの提案にリオも頷くと、アイシアとファングが同時に霊体化する。
それからすぐにアイシアからの呼び出しがあり、リオとネクサスが部屋の中へと入る。
「やぁ」
中にいた壮年の男性研究者が親しそうな感じで声を掛けてくる。アイシア曰く『大事な仕事の客人が来た設定で、答えられる範囲での受け答えが可能』らしい。
「俺はこのまま廊下側を警戒してる。ハルトはその間に質問しろ」
そう小声で言うとネクサスが扉に背をつけ、廊下側を警戒し始める。
「夜分にすみません。セリア=クレールに用事があるのですが、彼女は今どちらに?」
「彼女なら、王城にいるのでは?」
(王城?)
廊下側の警戒しながらも2人の会話に聞き耳を立てるネクサス。
研究者から聞き出せた話は大きく分けて3点。
セリア=クレールとシャルル=アルボーとの政略結婚について。
ベルトラム王国が対プロキシア帝国で要所を一つ取られての敗戦した後の国内情勢と、アルボー公爵による国王陛下への弾劾と、ユグノー公爵派の武力的な粛清。
そして、勇者『ルイ=シゲクラ(重倉 瑠衣)』、その名前について。
それらを聞いたリオ達は、研究者に礼を言いつつ退室し、一旦図書館塔を出ると、空へと舞い上がる。
「さて、ハルト。この国の情勢もなかなかに困ったことになってるな?」
眼下に王城を目視しながら夜空でネクサスがリオに話し掛ける。
「まだ情報が少ない。セリア先生に会って色々と聞かないと…」
リオも王城の方を見やりながらセリアに会うこと望む。
「俺としては勇者の方が気になるがな。失踪した重倉重工の御曹司が、ここにいるとは…」
ネクサスは何とも言えぬ表情で、王城を見る。
(美春ちゃん達みたく、巻き添えをくらった人間もいるのかね?)
ふとそんなことを考えていた。
「私がセリアを探してくる。霊体化すれば、見つかるリスクは低い」
すると、アイシアがそのように提案する。
「ファングも行かせたいが…生憎と俺もファングも、そのセリアって人の顔も匂いも知らねぇしな…」
その提案にネクサスもファングを行かせたかったようだが、流石に見ず知らずの人を探せる程、万能ではない。
その後、霊体化したアイシアが王城へと潜入し、セリアを探すのだった。
………
……
…
アイシアが潜入してから約1時間後。
セリアを見つけたとの報が届き、リオはそのまま迎賓館の上空へと向かい、アイシアの指示で王城に一番近い湖に囲まれた小島の離れ、その屋根に降り立つ。
そして、テラスから室内へと侵入し、セリアとの再会を果たすのだった。
その間、ネクサスはというと…
(ま、再会に水を差すほど、野暮ではないからな…)
雲に紛れる形で上空で待機していた。
(とは言え、手持ち無沙汰だな…いっそ、王城に忍び込むか?)
今の能力をフル活用すれば、王城内にも潜入できるかとも考えるネクサスだったが…
(いや、やめとこう。無用な騒ぎを起こしてハルトに怒られてもな…)
それからしばらくしてリオがアイシアを連れて戻ってきた。
「どうだった? 久しぶりの先生との再会は?」
戻ってきたリオにネクサスが尋ねる。ちなみに戻ってきたリオは、偽装魔道具の効果を解いているのか、黒髪だった。
「………………」
だが、当のリオは難しい表情をしたまま黙っていた。
「ハルト?」
「先生の本心が見えなかった…」
「? この結婚を望んでるわけじゃないとか?」
リオの呟きにネクサスが首を傾げると…
「そんなはずは、ないと思う。相手が
「……ふむ。どうも複雑な因果関係があるらしいな?」
セリアの結婚相手…シャルルの名を口にしたリオの語気はやや強かったので、ネクサスも何やら因縁めいたものがあるのだろうと察する。
「………………」
「……心が納得してないのなら…ま、もう一回確かめるべきだな」
しばし考え込むリオにネクサスはそう言う。
「だけど…セリア先生は…」
「ハルト。自分の気持ちに蓋をする必要はない。納得がいかないのなら、納得のいく答えに辿り着くまで模索しようぜ? 必要なら、俺も手を貸すからよ」
「私も、春人の力になる」
「ネクサス、アイシア…」
2人の言葉にリオは…
「ごめ…」
コツン…
「バ~カ。こういう時の言葉は違うだろ?」
謝ろうとしたリオの額を小突き、ネクサスが笑う。
「……ありがとう、2人共」
リオは改めて礼の言葉を言うと…
「うん」
「んじゃ、何からやりますかね?」
アイシアが頷き、ネクサスも肩を鳴らす。
「セリア先生とシャルル=アルボーの結婚の背景や経緯をもう少し探りたい」
リオが決然とした表情で言う。
「そうと決まれば、情報収集だな?」
「とは言え、騒ぎを起こして情報収集に支障をきたしたくもないから慎重に行く」
「オーライ」
「わかった」
そして、3人は夜の闇に紛れて動き出す。