精霊幻想記~もう1人の転生者~   作:伊達 翼

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第三話『任務』

 ネクサスが奴隷となってから早1年が経とうとしていた。

 

(案外早かったな、1年ってのも)

 

 1年前、年貢を納めるために売られたネクサス。

 隷属の首輪を着けられ、馬車の荷台に押し込まれたネクサスは、そこで似たような境遇の子供達と出会うこととなった。

 皆、無気力で絶望した表情をしていた。これから俺もこの仲間入りか、という感情が少しだけ湧いたものの、ネクサスは村以外の外の世界に思いを馳せていた。

 閉鎖的な村から外の世界に出れたのだ。奴隷に堕ちるのも悪くない、と最初の頃は考えていた。

 

 そう、最初の頃は…。

 ネクサスを買い取った奴隷商の男はガルアーク王国内で奴隷を専門に扱う商人だった。

 その人脈はそれなりに幅広いようで、様々な種族の奴隷を取り揃えており、ネクサスもまたその内の1人…いや、一種の珍獣のような扱いを受けていた。

 やはり、髪に黒が混ざっているのが珍しがられていて何かと注目を浴びていたが、それも最初の内で次第に関心は離れていった。

 あとはどのような顧客に売られるか、という問題に直面する訳なのだが…こればかりは運次第だろう。

 

 結論から言うと、ネクサスを買い取ったのは…国の暗部に属する下部組織だった。

 ネクサスはそこで人を殺すための訓練を強いられていた。

 前世の記憶があったため、最初こそ抵抗を覚えたが、それもすぐに希薄になっていた。

 それは別に前世に未練があったとかそういうことではない。

 そうしなければ生き残れない、と悟ったからだ。

 改めて自覚した時、ネクサスは無感情を装いながらも自らの手を汚した実感で一睡も出来ずにいた。

 己の手を汚したのを実感した後は黙々と訓練に従い、身体技能を磨いていた。

 ただ、何故かネクサスは魔法の習得が出来ず、そのために素の身体能力を底上げするような訓練を課せられるようになったが…。

 それでも弱音を吐くこともなく(正確には弱音なんて吐いてる暇もなかったが)、ネクサスはこの1年間を人を殺すための技術の習得と身体強化に費やしていた。

 

(ま、あの村で何も知らず燻ってるよりはマシだったが…)

 

 それでも、普通に生きていくか、冒険者にでもなればよかったか、等と時折考える時があった。

 

(今更か。あの時、逃げおおせていたら、なんてたられば…もう遅い)

 

 今更そんなことを考えても詮無いことだと思っていたし、素直に従っていれば寝床もあるし、飯も出る。それ以上を現状で望むのは酷だろうな、と諦観の意思もあった。

 

 ただ、それでも…

 

(いつか、お天道様の下を堂々と歩きたいもんだな)

 

 まるで犯罪者にでもなった気分で、そのようなことを考えてしまっていた。

 

………

……

 

 それからさらに2年の月日が経った頃。

 ネクサスが10歳になった頃のこと。

 

「おい、欠陥品。お前に仕事だ」

 

 訓練の終わりに上官に呼び出しをくらったネクサスに告げられたのはそのような言葉だった。

 

(遂に初任務か…)

 

 奴隷となり、組織に買い取られてから3年…遂にネクサスにも任務が下されることになった。

 

 ただ、ネクサスは魔法が使えないとわかってからは欠陥品みたいな扱いを受けていた。

 今もその評価には違いないが、いつまでも遊ばせているわけにもいかず、組織はネクサスに実戦を経験させることを決定したのだ。

 実戦でこそわかる真価というものもある。

 今回はそれを見極めるための任務なのだろう。

 その結果いかんでは、ネクサスは処分される可能性も出てくるが…。

 

(ま、いずれにせよ…俺の未来が掛かった任務だわな)

 

 とは言え、そのような任務にネクサス1人で行かせることはないだろう。

 最低でも1人か2人、お目付け役というか監視役がいて、ネクサスの仕事ぶりを評価する人間が宛がわれるだろう。

 

(さてはて…どうしたもんかね…?)

 

 実を言うと、ネクサスは組織で魔法を覚えるようとした際、魔法を模倣するような技術を拙いながらも会得していた。

 元々、3年前の逃亡劇の際に魔力を知覚し、今では魔力を感覚的に操作することが出来るようになっていた。

 しかし、厳密には魔法という技術ではないことを鑑みて、ネクサスはこの事実を秘匿していた。

 正直、ネクサス自身もよくわかっていないが、これを口外する気にはなれなかったし、したらしたで面倒事しか起きない気がしたので黙っていた、というのが本当のところだ。

 そのため、魔法が使えないネクサスでも魔力を媒介に肉体を強化することには成功していたりする。

 魔力を視覚的に視認出来ない人間…まぁ、大抵はそうなのだが…にとってはネクサスが魔力を操作する様は見えないからネクサスが魔力で何かとしたところで証明しようもないのだ。

 

「欠陥品如きにこのような大役が務まるとは思えんが…上からの指令だ。一度しか言わないからよく聞け」

 

「………………」

 

 ネクサスも無表情を貫いて無駄口は叩かず、静かに耳を傾ける。

 上官はそんなネクサスの態度に軽く舌打ちしつつも指令書を広げると、その内容を読み上げる。

 

「目標地域はプロキシア帝国。現地での諜報活動が主任務。出来る限りの情報を持ち帰れ。期間は2年から3年だ。欠陥品でも役に立つのだと、せいぜい働くことだな」

 

 そう言いながら指令書を燃やす。

 

(要するに捨て駒同然の諜報活動ね。ま、敵国の情報収集なんて命懸けなんだし、それくらいはやるけどさ)

 

 敵国であるプロキシア帝国への諜報活動。

 これまでも何度か派遣されていたが、その度に帰還する者はいなかったらしい。

 だから、今回は欠陥品として扱っているネクサスを捨て駒同然に使い潰す気なのだろう。

 とは言え、そんなトカゲの尻尾切りも同然の任務に同行させられる人間も不運としか言いようがないが…。

 

「欠陥品。お前には過ぎた任務だ。明朝までに準備を整えろ。明朝には出発してもらう」

 

「……了解」

 

 上官の言葉に頷きながら…

 

(ま、期間も設けられていることだし、その間に何とかするかね)

 

 ネクサスは漠然とそんなことを考えていた。

 

 ちなみに未だ隷属の首輪は着けられたままだったりする。

 そのため、滅多なことは考えないようにしているが、如何せん苦痛にも耐えられるようにという名目でたまにそういう訓練も行われるのだから堪ったもんじゃない、と考えることもあった。

 しかし、その訓練の甲斐もあり、精神的な苦痛も今ではあまり苦ではなくなっている(あまり嬉しくない誤算ではあるのだが…)。

 

 ともかく、初任務が言い渡された以上、ネクサスも身辺整理…するものもないが、一応身支度くらいはしていた。と言っても、支給された黒装束と黒ローブに身を包み込むくらいだが…。寝起きする場所も牢屋同然だったから荷物もないし、組織内に親しい人間がいる訳でもないから別に挨拶とかもいいか、と考えていた。

 

(最初で最後の任務かもしれんし…ま、やれるだけはやりますかね)

 

 そのように考えつつ、明朝前まで仮眠を取ると、改めて上官の元へと向かった。

 

「来たか、欠陥品。時間だけは守れるようだな」

 

(別に訓練もサボったことはないけど?)

 

 上官の見下した態度にネクサスは辟易しながらも顔に出さないようにしていた。

 

「魔法の使えないお前のためにわざわざ用意した相方だ。せいぜい足を引っ張らないことだな」

 

 そう言って上官は傍らに立っていた黒ローブを纏ったネクサスよりも一つ下くらいの年端もいかない少女を指差す。その首にはネクサスと同様に隷属の首輪が着けられており、表情は感情がないような無表情だった。

 

(女の子、か…)

 

 この人選もどうかとは思ったが、ネクサスは無表情を貫いた。

 

「確か、お前よりも一つ下だが、魔法の適性や身体能力も優れている逸材だ。そんな優秀な相方を見て自分が如何に無能であるかを実感するといい」

 

(いちいち嫌味な言い方だな…)

 

「お前が途中で野垂れ死のうと勝手だが、せめてこいつだけは帰還させろ。欠陥品、お前がこいつの盾になれ」

 

(だったら最初から手元に置いとけよ…)

 

「こいつも実戦は未経験だからな。せいぜい、経験を積ませてこい」

 

(あっそ…)

 

 上官の言葉を無表情で聞き流しながらネクサスは内心で溜息を吐く。ちなみにネクサスの思考に首輪が微妙に反応してるが、ネクサスは慣れたようにそれを表情に出さずに流していたりする。

 

「では、以上だ。さっさと行け」

 

 そう言ってまるで野良犬に向かってシッシとするかのように手を振る。

 

(2人だけでかよ…こういうのって大人の1人も同行とかするんじゃねぇの?)

 

 完全に捨て駒扱いだな、と感じつつもそれ以上何か言えば、問題になりそうだったので仕方なくネクサスは外に出るための通路へと向かう。その後を少女もまたついて行く。

 

(はぁ…しっかし、どうしたもんかな…)

 

 チラッと後ろを見れば、少女が無表情でついてくる。お互いに首輪を着けた状態…ハッキリ言って悪目立ちすることこの上ない。

 

(しゃあない…地図は頭に入ってるし、出来るだけ人通りの少ない道を通って…あとは現地調達かね?)

 

 向かうべきプロキシア帝国への道を頭の中で確認しつつ、ネクサスはローブを目深に被り、首輪が見えないようにする。それを見て少女もまた真似するようにローブを目深に被る。

 

(正直、俺は欠陥品扱いされてたからロクな武器を持たされてねぇしな………あぁ、自決用の毒くらいは渡されてたか…)

 

 その辺りの確認は森に入ってからにするか、と考えつつネクサスは少女と共に外へと出た。

 

 これがネクサスと少女にとっての人生の分岐点になるとは思わずに…。

 

………

……

 

 ガルアーク王国にある組織の拠点から出て北上すること約二ヶ月半。

 ようやっとプロキシア帝国の領土へと侵入し、帝都『ニードガルド』がある地点までやってきていた。

 

(やれやれ…やっと到着か…)

 

 2人は森を抜け、荒野を抜け、時に野盗の襲撃を返り討ちにして物資を得たりして装備や食料を整えながら進んでいたのだ。

 流石に隷属の首輪を着けた状態で街に入ることはせず、基本的には野宿しながら進んでいた。

 

 その間、2人の間に会話らしい会話は特になかった。

 唯一交わしたのは互いの名前を名乗ったくらいだろうか?

 今更沈黙が苦にはならなかったが、お互い名前くらい知っておいた方が何かと便利だろうということでネクサスから名乗ったのだ。

 それに対して少女は間を溜めて短く一言『………………シンシア』とだけ呟いたが…。

 お互い、それ以上は口を開くことはしなかった。

 それからはただただ黙々と歩いたり、野生の獣や魔物と戦闘したり、特に何も言わずに交代で見張りをしたりと、そんな移動生活を送っていた。

 

 その生活もプロキシア帝国の帝都が見えたことで終わりを告げたが、ここからが問題だった。

 

(さてはて、どう侵入したもんかね?)

 

 ネクサスは帝都を眺めながら、その高い城壁をどう攻略するかを考えていた。

 流石に正攻法で真正面から入るなんてことはしない。

 それともう一つ気になることもあった。

 ネクサスの眼には魔力が見えるのだが、どうも帝国城を円柱状の結界が張られているのが見えていた。

 まぁ、それも注意深く凝視してやっと見える程度なのだが…。

 

(おかしいな。確か、結界の魔法はまだ不安定だとか何とかで大規模な結界の開発は確立されてないとか聞いてたんだが…?)

 

 しかし、現実問題として目の前の帝国城らしき建造物には円柱状の結界が張られている。

 どんな効力があるかわからないが、このことを報告しても誰も信じねぇだろうな、という考えが浮かんだので、これは別に報告しなくてもいいだろ、と結論付ける。

 第一、結界が他の人にも見えたとして、どうすることも出来ないだろうと思ったのだ。

 おそらく結界の心臓部は帝国城の最深部に近い場所にあるだろうからどうこうするにしても攻めなければならないからだ。

 いずれにせよ、行動を起こすのなら夜がいいだろうか、と考えを纏めていると…。

 

「…………………」

 

 シンシアは無言のまま帝都に向かおうとした。

 

「はい。ちょっと待とうか」

 

 そんなシンシアの首根っこを掴んでネクサスが止めに入る。

 

「………………?」

 

 無表情のままシンシアが首を傾げる。

 

「お前さん、この首輪をどう説明するよ? どう足掻いたところで職質されるのがオチだろ?」

 

「………………?」

 

 職質、という単語を聞き、さらに首を傾げるシンシア。

 

「せめて外せればいいんだが…というか俺達はどう見ても子供だ。ろくな金は……まぁ、野盗から奪った大銀貨や小銀貨とかがあるけど…それでも子供2人が持ってたら不自然な金だ。とりあえず、しばらくは城壁を観察してどういう警備体制なのか確かめてから、警備の薄そうな場所から忍び込むぞ。いいな?」

 

「………………」

 

 シンシアはネクサスの言葉を聞き、コクリと小さく頷いた。

 

「よし…とりあえず、当分は城壁外部の住宅街に潜伏して…時が来たら一気に動きますか」

 

 と、ここでネクサスは気付く。

 

「なんか、久々に喋ったわ。そうか…会話ってこんな感じだったな…」

 

 今までシンシアと会話らしい会話をしてなかったせいで実感しなかったが、ネクサスは人と喋ることを思い出せたようだった。

 

「………………」

 

「惜しむらくは、相方が無口であることかね?」

 

 ネクサスの様子を見ていたシンシアを見ながらネクサスは苦笑して呟く。

 

 

 

 その後、一週間程度の期間を経てからネクサスとシンシアは帝都『ニードガルド』への侵入を試みたのだった。

 結果として2人はネクサスの宣言通り、警備の薄い城壁の壁を野盗から奪った質の悪いナイフを杭代わりにして登り、帝都内へと侵入を果たしたのだ。

 果たして、2人はこれから無事に諜報活動を行えるのだろうか…?

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