翌日の正午に結婚式のパレードが開始された。
パレードの部隊は南の大通りから王都へと入り、会場となる大神殿に向かって賑やかに進行している。
『シャルル=アルボー』と『セリア=クレール』を乗せた豪華な馬車の周りには6名の騎士が馬に跨って囲い、そのさらに周りを多くの兵士や楽隊が一糸乱れぬ行進を行っていた。
そのパレードを見ようと民衆が道沿いに所狭しと集まっていた。
そんな中、誰かがセリアを見て『白銀の花嫁』と言い、それが伝播したのか『白銀の花嫁』コールが響き渡る。
その声を聞き、優越感を抱いた笑みを浮かべるシャルル。
その様子を路地裏で影ながら見る者もいた。
「アレがシャルル=アルボー、か。如何にも俗物っぽいな」
小声というのもあるが、民衆の歓声もあって掻き消えたその声の主はローブを纏い、フードを被ったネクサスだった。
「そんな男の隣にいるのが、セリアさん、か。本当に年上か? 年下の間違いだろ…」
「あんまりその辺に触れるな。セリア先生も気にしてたんだから」
セリアの姿を見てネクサスが隣にいる同じくローブを纏い、フードを被ったリオに尋ねるが、リオもセリアのことを考えた発言をする。
「まぁ、年齢のことは置いとくとしても…見た目だけなら、向こうじゃ立派なロリコン野郎だな、あいつ…」
地球でのことを言ってるのだろうが、今はその話はいいのか…
「…行くぞ」
リオがネクサスに短く声を掛ける。それ以上は触れてはダメだろう、という意味もあるのだろう。
「あいよ」
ネクサスも頷き、裏路地を通って大神殿近くへと移動する。
「手筈はわかってるな?」
移動中にこれから行う計画の手筈を再確認する。
「霊体化したアイシアがセリアさんに接触し、軽く事情説明。その後、大神殿前に到着した段階でお前さんが表から仕掛ける。そこでセリアさんを人質にしながらお前からも事情を説明し、彼女の真意を問いただす。そこから先はアドリブだろ?」
「先生の真意次第では、誘拐することも厭わない」
「オーライ。それを俺やアイシアがサポートする訳だ」
そう言ってネクサスが右拳をリオに軽く突き出す。
「……頼む」
リオもネクサスの突き出した右拳に自分の右拳をコツンと合わせる。
「ダチの大一番だ。しっかりサポートしてやんよ」
ニッと笑ってネクサスがそう答える。
「じゃあ、行ってくる」
「おう。後でな?」
リオとネクサスもその場で別れ、それぞれの役割を果たすべく行動を開始する。
………
……
…
大神殿では国内外から参列しているVIPも大勢いた。『クリスティーナ・ベルトラム』を始めとした王族、近衛騎士団団長でありベルトラム王国最強の騎士と名高い『王の剣』と呼ばれる『アルフレッド・エマール』、プロキシア帝国の大使『レイス』などが待っており、祭壇下の階段前の通路には英雄然とした衣装を身に纏い、金髪をなびかせた爽やかな笑みを浮かべる少年…勇者『重倉 瑠衣』の姿もあった。
そして、シャルルとセリアが乗る馬車が大神殿前に到着した時に事態は動き出す。
「貴様、何者だ!! 止まれ!!」
シャルルがセリアに手を伸ばして馬車から降りようとしたところ、後方からそのような叫び声が上がり、場は騒然となる。
近くにいた騎士達が不審者を捕えようとするが、取り押さえられることはなく、魔道士隊や兵士達も加わって賊の確保に動く。
しかし、賊は人間離れした身体能力で、魔道士の攻撃を魔法を避け、横一列に隊列を組んだ兵士達の頭上を文字通り飛び越える。
さらに賊は護衛の騎士達6人を無手のまま相手取って無力化していた。
そして…
「こ、こい…がっ、はっ!?」
賊がシャルルとセリアの乗る馬車の台車へと跳躍して乗り込むと、殴り掛かってきたシャルルを手早く投げ飛ばし、その背中を踏みつけて動きを封じると、セリアを引き寄せてその首筋にナイフを突きつける。
『なっ!?』
その光景に誰もが息を呑む。
「セリアちゃん!? おい、誰かセリアちゃんを!」
「くっ…あのうつけ者が…我が家の恥を晒しおって…!」
大神殿の階段にいた2人の男性…クレール伯爵と、アルボー公爵が前に出ようとするが、兵士達に制止される。
「………………」
賊は、しばし黙ってセリアを人質に取っていると…
「き、貴様! いつまで私を足蹴にするつもりだ!? セリアと私を放せ! そして、所属と何が目的か、言…!?」
シャルルが何か喚いているが、賊がシャルルを踏む足に少し力を入れて黙らせる。
「黙れ。俺はアンタに恨みがあるんだ。今、どうしてやろうか考えてる最中だ。まぁ、このまま背骨を砕いてもいいんだがな?」
賊はそう言って周囲をチラリと見回す。
周りは非常に慌ただしく、参列者達の避難誘導と並行し、馬車を取り囲む包囲網を形成しつつあった。但し、人質を取られている関係上、賊を刺激しないように警備の者達も後手に回っているが…。
一方で…
(ハルトの身体能力なら、あの程度はどうってことはないか。問題は…)
大神殿に比較的近い家屋の屋根からネクサスが騒動の様子を観察していた。そう、今大立ち回りしている賊というのは紛れもない、リオだった。
(この状況でも冷静に指示を飛ばしてる、あの人と…妙に落ち着いてる勇者か)
大神殿に近い場で賊に対しての対応を指示している男性…『王の剣』こと『アルフレッド=エマール』と、通路から少し下がって様子を見ている勇者『重倉 瑠衣』を警戒していた。
(ん?)
2人に警戒しながらも参列者の方から視線を感じたのか、ネクサスがそちらを向くと…
(!?)
参列者の中に混じった1人の男性と目が合った、ような気がした。
(この距離で見えてるのか? いや、そんなはずは…)
ネクサスがすぐその男性を見直すが、男性は既に兵士と話していて、こちらを見ていなかった。
(気のせい、か…?)
そのことに妙な違和感を覚えながらもネクサスも動き出す準備に入る。
その直後…
「決めた」
賊…リオは高らかに宣言する。
「!? わ、私を殺す気なのか!?」
「いや、恥をかけ。公衆の面前で、この人を攫う。お前の結婚相手なんだろう?」
リオはシャルルを挑発するように見下しながら言う。
「なっ、き、貴様! こ、この状況で逃げられると思っているのか!!?」
「じゃあ、捕まえてみろよ。お前に出来るものならな?」
シャルルの言葉を嘲笑うかのように言い放ったリオはナイフをしまうと、そのままセリアをお姫様抱っこで抱え、シャルルを踏み台に馬車から降りる。
「きゃっ!? ぁ、えっと…し、シャルル様ぁ!?」
セリアの方も一瞬驚いたようだが、連れ去られる演技をせねばとシャルルの名を呼ぶ。
「せ、セリア!」
「セリアちゃん!?」
連れ去られたセリアを呼ぶ声が2つ。1つはシャルル、もう1つはセリアの父であるクレール伯爵だ。
だが…
「セリア、ちゃん…?」
クレール伯爵に向けられたセリアの笑みにクレール伯爵は呆然となり、立ち尽くしてしまっていた。
「き、貴様ら! 何をしている! 早く取り押さえろ!!」
シャルルが喚き、兵士達に雑な指示を出すが…
「ダメだ! 動くな!!」
アルフレッドの制止と…
「何をしている! 早く動け!!」
シャルルの号令に兵士達が困惑するが、大多数の兵士はシャルルの命に従って動いてしまう。
「っ!?」
尋常ではない速度で迫るリオに兵士達が臆して手にしてた槍を下げてしまう。
「っ、いかん! 槍を構え直せ!!」
アルフレッドの再度の命令が下るが、それよりも先にリオが跳躍して兵士達の頭上を飛び越えてしまう。
「『光弾魔法』!」
包囲網に加わっていた一部の魔道士達がリオに向けて光弾を放つが…
ヒュゥ…ズドドドド!!
どこからともなく現れた瑠璃色の光弾が上空から飛来し、光弾魔法を迎撃していた。
「な、にぃ!?」
「仲間がいたのか!?」
その光景にシャルルとアルフレッドも驚く。その間にもリオはセリアを抱えたまま、駆け出していた。それにいち早く反応していたグリフォンを駆る空戦騎士団がリオの追跡を開始する。
「くっ。皆、聞けい! 既に空戦騎士団が奴の追跡をしている! これから動員できる全ての戦力を以って王都中に包囲網を敷く! 奴には仲間もいるようだ。ここの警備も引き続き、強化しろ! それ以外は包囲網へ!」
アルフレッドがその場にいる兵士や騎士、魔道士に向けて命令を飛ばす。
(王の剣、か。冷静に状況把握ができてるし、何より的確な判断だ。こりゃ、ちっと手こずるかもな)
隠蔽の精霊術で屋根に潜んでいたネクサスがアルフレッドの指示の仕方を見て、警戒度を引き上げていた。
その後、アルフレッドはシャルルといくつか言葉を交わした後に、リオを追うべく駆け出していく。
(王の剣は追跡に参加か。勇者は…)
見れば、勇者はどこかへと移動を開始していた。それが独自の判断なのか、請われてなのかはわからないが…。
(追跡に加わらない? 近距離系の武器は持ってないってことか?)
ネクサスはそう推測すると、リオが狙撃されても厄介だと考えてアルフレッドを追うよりも勇者を牽制した方がいいと考え、勇者の後を隠蔽の精霊術を使ったまま屋根伝いに追う。
(仮に狙撃するなら、あそこか?)
勇者の移動先を観察し、その先にある高い場所を見つけるべく探していると、とある尖塔を見つける。
案の定、勇者が尖塔の中へ入ると、ネクサスもそれを追って外から尖塔を跳び登る。
「ここからなら…」
それから勇者が尖塔の上に辿り着くと、弓をつがえる。すると、引っ張った弦に合わせて勇者の手にする弓に雷光の矢が現れる。
(どういう仕組みだよ? だが…!)
ネクサスは隠蔽の精霊術を解くと、わざと大きな気配と殺気を勇者へとぶつける。
「っ!?」
その気配と殺気に勇者も驚き、狙いをネクサスに切り替える。
(対応が思いの外、早い!?)
ネクサスはその対応の早さに驚くが…
(だが、動きは素人同然か…!)
すぐさま冷静に精霊術を用いて目の前に氷の壁を出現させると共に横に跳んで回避行動を取る。
ギンッ!!
勇者が放った雷光の矢は氷の壁にぶち当たり、四散するが…その威力は氷の壁に穴を開けていた。
「あなたが賊の仲間ですか?」
勇者が口を開くと、微妙な違和感を覚える。
(? なんだ、この妙な違和感は…?)
そんな考えを巡らすネクサスが黙っていると…
「だんまり、ですか。困りましたね。僕としても、ここであなたを逃がすわけにはいかないようです」
そう言う勇者をネクサスは注意深く観察している。そうやって両者が距離を保って睨み合っていると…
ゴォ!!
遠方で巨大な魔力の迸りを感じる。
「「ッ!!」」
それを合図に勇者は弓をつがえ、ネクサスは勇者との距離を詰めて一撃を加えようとする。
(この距離なら…外さない!)
勇者が必中を確信していると…
フッ…
突然、勇者の背後に別の気配が現れる。
「っ!?」
咄嗟のことに勇者も振り向くが、そこには
「シッ!」
ネクサスはそのまま勇者の腹部に掌底を打ち込み、壁へと吹き飛ばす。
「がっ!?」
今の一撃と、壁への激突で勇者は気絶する。
「ふぅぅ…」
ネクサスは息を深く吐き出すと…
「ファング。ありがとよ」
霊体化している契約精霊に礼を述べる。さっき勇者が感じたのは、ファングの気配であり、顕現したと同時に霊体化したのだ。だから勇者からしたら、何もいないように見えたのだ。
(それよりも、さっきの魔力の迸り…ハルトは大丈夫なのか?)
ネクサスがさっきの巨大な魔力の迸りを気にしていながらも…
(ともかく、撤退だな…)
尖塔の上から外に向かって飛び降り、尖塔の入り口付近へと着地すると…
「ひゃっ!?」
「へっ?」
飛び降りた先の目の前に
「っ!」
だが、その女子高生は
「ちょっ!?」
ネクサスも反射的にそれを躱すと、女子高生の鳩尾に一撃を加えてしまう。
「がはっ!?」
「あ…」
反射的とは言え、女の子に何してんだ、と今更ながら思ったネクサスだが…不運はまだ続く。
「貴様! 何をしている!?」
勇者の援護に来たであろう兵士達を鉢合わせし、女子高生もネクサスの方に倒れ込むようにして気絶してしまった。
「え、いや、これは…」
またも反射的な行動で女子高生を右肩に担いでしまい、下手な言い逃れができない。
「そもそも何故、ローブなんかを……ッ! まさか、賊の仲間か!?」
「い゛ぃ゛!?」
「捕えて仲間の居場所を吐かせろ!!」
怪しさ満点だったため、そういう結論…実際、その通りだし…になったらしい兵士達が押し寄せてくる。
「『
「ッ!!」
ネクサスは応援を呼ばれる前に魔法を使おうとした兵士に向かって跳躍すると、その顔を踏んで妨害し、そのまま逃走を図る。
「ま、待て! 人攫い!!」
それを追って兵士達も追うが、ネクサスのリオ並みに尋常でない速度に追いつけるはずもなく…
(やべぇ…ハルトになんて言い訳しよう?)
右肩に担いでしまっている気絶した女子高生をチラ見しながら、ネクサスは大きなため息を吐くのだった。
その後、ネクサスは隠蔽や身体強化の精霊術や気配を消す技術などを駆使して王都を抜け出すことになった。
女子高生を抱えたまま、だが…。