森での戦闘が終わり、魔物も森へと撤退する中…
「ったく、なんで介入すっかね?」
二刀を腰の鞘へと戻し、ミノタウロスの眼に投げたダガーを回収してきたネクサスが周囲の警戒をしているリオに小声で話し掛ける。一応、この団体がどのようなものなのかわからないので、警戒しているという面もある。
「先生のご友人がいたらしくてね。心配してたからちょっと助けにね」
「さいかい」
同じく小声で返してきたリオの答えにネクサスは肩を竦めてみせながら、リオに倣って周囲を警戒していると…
「っと、どうもこの団体の代表っぽいのが来たようだぜ?」
気配を察してネクサスがリオに告げる。
ネクサスの言う通り、男性が1人、少女が1人、侍女が1人、さらに侍女の後ろに少女がもう1人という面子だ。特に少女2人と男性は貴族然とした佇まいをしていて、侍女に関しても全く隙が見当たらない。
それに気づき、リオも剣を腰の鞘に戻し、代表者達に一礼する。その間にネクサスが周囲の警戒を続けている。
「この度は窮地をお救いいただき、感謝いたします。私の名は『リーゼロッテ=クレティア』。この近くにあるアマンドの代官を務めています」
男性の隣に立つ少女が、スカートの裾をちょこんと摘まみ上げ、自己紹介をする。
(『リーゼロッテ=クレティア』だと…?)
少女…リーゼロッテの自己紹介を聞き、ネクサスがリオをチラ見する。
「……いえ、大したことはしていませんよ。私は『ハルト』と申します」
「? 自分は『シノブ』と申します」
どこか息を呑みながらもお辞儀して挨拶を返すリオを見て、少し違和感を覚えつつもネクサスも一礼する。
「ハルト様、にシノブ様……ですか」
(なんだ?)
リーゼロッテの、その僅かに息を呑んだ挙動を見逃さず、ネクサスは内心で疑問を浮かべながらも観察することにした。
「色々とお伺いしたいことはありますが、まずはこちらの方々をご紹介しますね。こちらにおわすお方はベルトラム王国の第二王女殿下であらせられる『フローラ・ベルトラム』様。そして、こちらの方がユグノー公爵家の現当主、『ギュスターヴ・ユグノー』様です」
だが、リーゼロッテはすぐに微笑を浮かべると、同行してきた少女『フローラ・ベルトラム』と男性『ギュスターヴ・ユグノー』を紹介する。
(おいおい…随分な大物じゃねぇか。なんで、こんなとこにいるんだよ。しかもガルアーク王国の貴族様とよ…)
ネクサスがその名を聞いて驚いている中、紹介されたフローラはと言うと…
「………………」
どこか呆けたようにリオを見ていた。
(? 王女さんがハルトを見てる?)
フローラの視線に気付き、ネクサスがリオをチラリと見やるが、当のリオも困り顔をしていた。
「フローラ様? いかがなさいましたか?」
呆けた様子のフローラにリーゼロッテが声を掛ける。
「え? あ、いえ、その…」
フローラも慌てたようにかぶりを振るが、それでもリオに窺うような視線を向けてしまう。その視線にネクサス、リーゼロッテ、ユグノー公爵もリオと何か関係があるのかと勘繰ってしまう。
「……恐れながら、私が何か知らずの内に無礼を働いてしまったでしょうか? もし、そうならお詫びのしようもありませんが…」
リーゼロッテとユグノー公爵の視線は仕方ないが、身内であるネクサスにまで疑いの視線を受けるとは思わなかったが、それでもリオはフローラに向けて恭しく言葉を発して右手を胸に当てて片膝を着いていた。
「い、いえ! 違うんです! そういうわけでなく…その、そういうことではなくて、ですね…」
するとフローラは勇気を出した様子で…
「どこかで…お会いしたことはありませんか?」
リオにそう尋ねていた。
「……私がフローラ王女殿下と、ですか? いえ、大変恐縮ですが、お会いしたことはありません。他人の空似ではありませんか?」
リオは些か驚いたような表情をしながらもキッパリと言い切る。
「そう、ですか……」
どこか納得しきれてない様子だが、リオから会ったことがないと言われては、フローラもそれ以上の質問も厳しいだろうと思ったが…
「ふむ…君はもしや、どこかの国に所属する貴族ではないのか?」
ユグノー公爵がフローラに代わり、リオに更なる質問をぶつけてみた。
「いえ、私達は各地を旅しながらお互いに研鑽を積む流れ者です。第一、王族や貴族のような方々と面識を持つような生まれでもありません」
リオは微苦笑を浮かべながらかぶりを振って否定する。
「ほぉ、君らのような剣客が、どこの国にも所属しておらず燻っているとはね。っと、失礼した。リーゼロッテくんの紹介に与った通りだが、私はギュスターヴ=ユグノー。貴族ではあるが、既に老骨さ」
「ご謙遜を。ユグノー公爵の名は、世情に疎い私の耳にも聞こえていますよ」
「ははは、そうかそうか。だが、私など大した者ではないよ」
「いえ、こちらこそ多分なるご評価、恐縮です」
リオとユグノー公爵はそんな風にお互いに愛想笑いを浮かべて謙遜しているが、どこか牽制しているようにも見える。
(リオも大したもんだな。相手は一応でも大貴族だろうに…)
その様子を傍から見てたネクサスは内心で溜息を吐いていた。
「あの、ご挨拶が遅れてすみません。フローラ=ベルトラムです。先程は危ないところを助けてくださり、ありがとうございました」
「そちらの彼もありがとう。君達が来なければ、危うかった」
フローラも遅れて挨拶すると、ユグノー公爵がネクサスの方に声を掛ける。
「…いえ…」
いつもなら飄々とした態度を取るネクサスだが、相手が王族や貴族となると面倒と感じ、下手な言動は慎むことにしたのか、短く一言呟いてから一礼する。
すると…
「あ~、おい。誰なんだ、そいつらは? 知り合いなのか?」
金髪の少女を引き連れた見た目は豪奢な鎧を身に纏った日本人らしき男性がやってくる。
「あ、勇者様…」
その男性をフローラがそう呼び、リオとネクサスは目を見開く。
(こいつがユグノー公爵派のとこに召喚された勇者か…)
(確か名前は…『ヒロアキ=サカタ』)
ネクサスは勇者の名前を知らないが、リオは帰る途中で調べてきたので知っていた。情報共有の時間もなかったので、仕方ないが…。
「ハルト様とシノブ様と仰います。お2人共、私達の誰とも面識はございませんが、此度の戦闘において助けてくれた恩人ですので、お礼を申し上げておりました」
リーゼロッテがそのようにリオとネクサスを勇者『ヒロアキ=サカタ』へと紹介する。
「ご紹介に与りました、ハルトです」
「シノブです」
両者共に恭しく右手を胸に当てて軽くお辞儀する。このポーズは、シュトラール地方における単なるお辞儀以上に相手に敬意を払うフォーマルなものだ。リオはその辺りの礼儀を昔セリアに習っていて、ネクサスも暗部ながら暗殺対象が貴族の場合に接近すべく必要最低限の礼節は叩き込まれていた。まぁ、ネクサスに関しては披露することは結局なかったが…それでもこうして役に立ってるのだから、何が活きるかわからない。
ただ、その所作を観察してたリーゼロッテとユグノー公爵はリオだけでなく、ネクサスにも注目していた。リオは言葉遣いが慇懃なことも含めてただの平民とは思われず、ネクサスは口数が少なく周囲を警戒している姿から、リオの従者ではないかという予想を立てていた。
「ふ~ん? ふむふむ…なるほど、な」
(こいつ、あからさまに値踏みしやがったな?)
勇者の視線が自分達を値踏みしていることに気付き、内心で毒づきながらもポーカーフェイスを貫くネクサス。
「俺は『ヒロアキ=サカタ』。一応、勇者ってことでこの世界に召喚された。ま、よろしく頼む」
「……勇者様が召喚されたとは聞いていましたが…」
リオの方は特に気にするでもなく、さも驚いた様子で恐縮する。
「まぁ、信じられないかもだが、本物だぜ?」
「いえ、滅相もありません。お会いできただけでも恐悦至極でございます」
リオがへりくだった態度を取ったのをどう捉えたのか…
「ははは、そう卑下するもんじゃねぇ。お前達の戦いは見せてもらったぜ。なかなかじゃねぇの」
勇者はやや尊大な態度で笑っている。
「恐れ入ります。しかし、勇者様がいらっしゃったのなら、私どもの出番は本来なかったのでしょうね。出過ぎた真似をしました」
「ん? あ~、それは…まぁ、な」
(ん? なんか歯切れが悪いな。もしかして…?)
リオの言葉にやや罪悪感のありそうな表情を見せる勇者を見てネクサスが少し考察を立てる。
「僭越ながらヒロアキ様のお力は強大に過ぎます。このような小さな戦場では、お加減が難しかったのではないでしょうか?」
そう言って勇者を擁護するのは、一緒に来た金髪の少女だ。
「失礼しました。ロアナ=フォンティーヌと申します」
金髪の少女は一礼してから自らの名を『ロアナ=フォンティーヌ』と名乗っていた。
「ロアナはフォンティーヌ公爵家のご令嬢なんだってさ」
そこに勇者が補足するように付け加える。
「お初にお目にかかります。私はハルトと申します」
「自分はシノブと申します」
ロアナとも挨拶をしていると…
「う~ん…?」
勇者がなんだか訝しげな表情でネクサスを見る。
「…自分になにか…?」
ネクサスがポーカーフェイスのまま勇者に尋ねる。
「いや、シノブってのは本名か?」
「はい」
実際は偽名であるが、この場でそれを明かすこともないだろうとネクサスは鷹揚に頷く。
「ふ~ん…」
「ヒロアキ様、いかがなさいましたか?」
勇者の興味を引く何かがあったのか、ロアナが勇者に聞く。
「いやな。なんていうか…こいつらの名前が和風な感じがしてな」
「ワフウ?」
勇者の言葉にロアナが疑問符を浮かべる。
「「………………」」
リオは愛想笑いを浮かべたまま、ネクサスもポーカーフェイスを貫きつつも警戒していると…
「それにしても、お2人の戦いぶりは凄かったですね。あのミノタウロスなる魔物に臆した様子もなく立ち向かうとは」
リーゼロッテがそのように発言する。
「はい。物語の英雄のようでした」
その発言にフローラが乗っかり…
「確かに、私も年甲斐もなく心躍りましたな」
ユグノー公爵も賛同していた。リオとネクサスの偽名についての話が遮られ、その2人を称賛する声に…
「あ~、ごほん。とりあえず、立ち話もなんだし。無事な馬車に移動しないか?」
勇者がそう提案してきた。
(彼女の話題逸らしが無かったらちと危なかったか? それにしても目立ちたがり屋か? それとも単純に活躍の場を奪られたやっかみか……まぁ、いずれにしてもこりゃ相手するのも難儀しそうだ…)
勇者の言動を冷静に分析しつつも…
(しかし、絶妙な話題逸らしだったな。こりゃ、もしかするともしかするか…?)
ネクサスはリーゼロッテという少女に当たりをつける。
(問題はハルトがどう考えてるか…)
ネクサスがそんな風に思考を巡らせていると…
「リーゼロッテ様。ご歓談中、申し訳ありません。ご報告を、よろしいでしょうか?」
1人の侍女らしき少女がやってきて、恐る恐るといった感じでリーゼロッテに声を掛ける。
「なに?」
「魔物に吹き飛ばされた馬車はいかがいたしましょう? 幸い、一緒に吹き飛ばされていた馬は治癒魔法で回復できましたが…荷台の損傷が激しく、さらに車輪も外れてしまって走行が困難となっています。応急処置をしようにも職人がおりませんので…」
リーゼロッテが尋ねると、侍女の少女がそのように報告してくる。
(ん? この娘って…?)
その少女をどこかで見たような記憶があり、ネクサスが内心で首を捻っていると…
「僭越ながら、状態によっては修理が可能かもしれません。私が見てもよろしいでしょうか?」
「ハルト…」
リオがそのように安請け合いしていたので、ネクサスが思わずリオの偽名を呼ぶ。
「ハル、ト…?」
すると、侍女の少女が呆けたようにリオの偽名を口にし、まじまじとリオの顔を見つめる。
「『クロエ』。ハルト様、部下が失礼しました」
リーゼロッテが侍女の少女『クロエ』を叱るように言うと、上司としてリオに謝罪する。
「あ、も、申し訳ございません! 昔、一度だけ会った人と、同じ名前だったので…」
クロエの方もハッとし、慌てた様子でリオに謝罪する。
(クロエ? って…まさか…あの宿屋の…?)
その名を聞き、ネクサスはふとアマンドに潜伏していた1年間、世話になった宿屋の存在を思い出し、『そういえば、こんな娘いたような』と…記憶を掘り返していた。
「えっと…よろしければ、その方と出会った経緯を伺っても?」
リオもリオで、クロエに尋ねていた。
「クロエ。答えて差し上げなさい」
あわあわしてるクロエにリーゼロッテが助け舟を出すと…
「えっと、その…数年前。アマンドの宿屋に、お泊まりになりませんでしたか? そこ、私の実家で…えっと…私もそこで働いてて、客引きしたりもしてて」
そうクロエが答えると…
「………あぁ、あの時の」
リオも合点がいったらしく、当時の記憶が蘇ったようだ。リオはベルトラム王国を出奔した頃から既に『ハルト』という偽名を名乗っていたのだ。宿屋に泊まった時も偽名を使っていたので、それを覚えていたのだろう。
(流石に俺は名乗れねぇな…当時はまだ『シノブ』じゃなくて『ネクサス』で宿を取ってたはずだし…)
ネクサスはハルトを覚えていたくらいだから自分のことも覚えてるんだろうな、と思いつつも特に表情は変えなかった。ただ、流石に1年も宿にいりゃ顔ぐらい覚えられると思っていたし、髪や瞳も特徴的なのも相俟って印象深かったろうな、とは思っていた。だが、今は偽装魔道具で髪と瞳の色が変わってるし、当時の面影はないはず。声まで記憶されてたらマズいが、今のとこハルトの名を呼んだだけなので、大丈夫だろうとポーカーフェイスを貫くことにした。
「覚えていてくださったんですね!」
それに今はリオに気付いてもらえたのが嬉しいのか、そっちに意識が向いてるので、問題ないだろうと考えていた。
それから話し合いは一旦終わり、リオは先の戦闘で壊れた馬車の元へとネクサス、リーゼロッテ、護衛の侍女とクロエを連れて向かい、勇者やフローラ、ロアナは無事な馬車へと移動し、ユグノー公爵も騎士達の様子を見に向かうのだった。
この出会いがリオ達に何をもたらすのか?