精霊幻想記~もう1人の転生者~   作:伊達 翼

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第四話『偽装』

 ネクサスとシンシアが帝都に侵入を果たし、幾ばくかの年月が経とうとしていた。

 ザックリと言えば、2年くらいだろうか?

 ネクサスは12歳となり、シンシアも11歳になっていた。

 一応、任務の期限も2~3年だったので、そろそろ潮時だろうといったところだろうか?

 無論、無事に帝都を抜けられたら、という条件が付くが…。

 

 2人は最初、闇に紛れやすくするために路地裏での生活を行っていた。

 隷属の首輪がある以上、表立って行動する訳にはいかないから仕方ないのだが…。

 しかもローブを目深に被っていたこともあり、路地裏でもちょっと目立ってしまっていた。

 帝都内を巡回する兵士達に見つからないようにしながら、闇に紛れて帝都での情報収集を行っていた。

 

 しかし、それも最初の一週間で頓挫する。

 黒ローブを目深に被った子供の2人組…これで怪しくないと言われることの方が不自然である。

 土地勘もない帝都の裏路地を逃げ回り、2人は地下へと逃げることとなる。

 そうして2人は地下に潜伏しながら時折地上に出ては帝都の情報を集めることを繰り返す日々を送っていた。

 

 とは言え、地下は迷路のような下水道が広がっており、衛生面ではかなり最悪と言わざるを得なかった。

 シンシアは最低限の魔法を修得していたので清潔にしていたが…ネクサスはそうもいかない。

 しかし、背に腹は代えられないため、シンシアの魔法を模倣した魔力で自身も清潔を保ち、シンシアを少なからず驚かせたのは新鮮な気持ちだった。

 

 食料は幸か不幸か地下が城壁外部の住宅街へと通じていたのもあって、闇に紛れて盗みを働くに至る。

 前世の記憶を持つネクサスは最初こそ躊躇いもしたが、殺しも経験したせいか、はたまた感覚が麻痺したのか…今更、食料を盗むことへの罪悪感が希薄になっていた。全ては生き残ることを優先したが故の言い訳かもしれない。だが、それでもネクサスは罪を重ねていった。

 いずれ報いを受けるのだとしても…生き残らなければ意味はないのだから…。

 

………

……

 

 そして、そんな地下生活を2年も続けたネクサスとシンシアは今まで集めたプロキシア帝国の情報を持ち帰るために帰還準備に入っていた。

 

(大した情報は得られなかったが…ま、帰還出来れば問題ないだろ)

 

 帝国城への潜入は流石にリスクがあり過ぎて果たせなかったが、それでも帝都内で集めれるだけの情報は集めたつもりだ。

 プロキシア帝国からの帰還者がいないことを考えれば、十分な成果を挙げたことにもなるだろう、とネクサスは考えていた。

 

(あとは、無事帰してくれるかどうかくらいか…)

 

 地下生活が主流になっていても2年もの間、帝都内にいたのだ。おそらくマークされている可能性が高いし、無事に帰してくれるとも考えられない。傭兵から成り上がった王の居城が聳え立つ帝都だ。そう簡単に帰れるとは思っていない。

 準備を整え、2人は下水道を進み始める。

 

(仮に仕掛けてくるなら…おそらくは帝都外部の住宅街からかな?)

 

 治安の悪さを理由にゴロツキ達を金で雇って始末させるとか、帝国の暗部が動いてくるかもしれない…そういうことを考えつつネクサスはシンシアと共に下水道を進んでいく。

 目指すは帝都外部の住宅街の方だ。

 夜に下水道から出て、闇夜に紛れて帝国の支配圏内から離脱するつもりだ。

 

(さてはて…上手くいくかどうか…)

 

 とは言え、細心の注意が必要なのは変わりなく、生き残るためならばネクサスは最終手段(・・・・)に打って出ることも考えていた。

 その最終手段とは、一体何なのかはネクサスにしかわからないが…。

 

「………………」

 

 一方のシンシアと言えば、この2年でも無口無表情は変わることはなかった。ネクサスはそんなシンシアに調子が狂うと何度も苦言を呈すが、特に改善されることもなく今まで一緒に過ごしてきた。ただ、2年も一緒にいれば多少の機微というものもわかるようになった……という気がする程度だが…。

 それでもシンシアも緊張しているのか、少し動きが固く感じていたりする。

 

「……なぁ、シンシア」

 

「………………?」

 

 下水道の出口に近付いた頃、不意にネクサスがシンシアに向けて言葉を発し、シンシアも少しだけ首を傾げる。

 

「お前さ。もし…仮にだけどな? この首輪が外れるとしたら、どうしたい?」

 

「………………」

 

 質問の意図がわからず、シンシアは沈黙を貫く。

 

「だから、この隷属の首輪が外れるなら、どうしたいってことだよ。外したいのか、外したくないのか…少なからずあるだろ? これじゃあ、いつまでも町にも出れないしな」

 

 ネクサスは沈黙するシンシアにそのようなことを問い掛けていた。

 

「………………」

 

 それでもシンシアは黙したままだった。

 

「俺は少なくとも外したいね。そして、自由に生きたい。ま、裏家業から足洗ったとしても何すりゃいいのか今は皆目見当もつかんがな…」

 

 ネクサスの独白に首輪が反応するが、それでもネクサスはやめない。

 

「ま、たらればの話をしたって仕方ねぇけどさ。俺はもっと自由に生きたいんだよ。誰に縛られることもなく、自由気ままに…旅でもしてな。ま、今更な話だが…もし、叶うのなら…俺は多少の苦痛には目を瞑るかな」

 

 そう言いつつも『これ、死亡フラグかねぇ?』と考える辺り、まだ前世の記憶も引きずっているような気がしたネクサスだった。

 

「………………」

 

 シンシアはそんなネクサスの独白に興味がないとばかりに黙していたが…それで多少の緊張もほぐれたのか、動きから固さが取れていた。

 

「さて…じゃあ、行きますか」

 

 それを確認しつつネクサスが下水道から帝都外部の住宅街へと躍り出る。それを追うようにシンシアも躍り出る。

 

 

 

 だが、それを見ていた者もいる。

 

「なんだ、まだガキじゃねぇか。俺が出るまでもねぇな。お前らで片しとけ」

 

 それは『天上の獅子団』と呼ばれる傭兵団の団長『ルシウス・オルグィーユ』であり、彼はネクサスとシンシアの姿を確認すると、その始末を部下に任せて帝国城へと引き返すのだった。

 団長であるルシウスに後を任された部下…4、5人程度が、ネクサスとシンシアの後を追うようにグリフォンで飛翔したのだった。

 

………

……

 

 ネクサスとシンシアが帝都外部の住宅街からガルアーク王国を目指して進むこと半刻。

 2人は帝都から少し離れた荒野を進んでいた。

 

(森まで少なく見積もっても…あと1、2週間はかかるか…)

 

 ネクサスがそのように考えているのには訳がある。

 

(ここ、上から丸見えなんだよな…仮に追手が来るなら、魔物も出てくるこの辺で仕掛けて亡骸を魔物なり、獣の餌にってのが俺の予想だが…)

 

 そう、騎乗用のグリフォンで追手が来た場合、そろそろ仕掛けてくる頃合いかと考えていたのだ。

 

(俺に攻撃魔法なんてものはないし…シンシアも長距離には対応出来てないはず。まぁ、俺の場合、そもそも攻撃魔法すら修得出来なかったわけだが、方法がないわけでもないけど…)

 

 その場合、どう誤魔化したもんかと悩みながら後方…の空をチラチラと気にしていた。

 

 と、その時だ。

 

キラッ!

 

 微かに夜空の星が瞬いたような気がして…

 

「ッ?!」

 

 流れ星でもないし、軌道はこちらに向かってくる。普通なら流れ星かと思うそれも、ネクサスは光弾魔法かもしれないという可能性を考慮し、咄嗟にシンシアの手を握って横に跳び出した。

 

「!?」

 

 シンシアも最初は驚いたものの、その直後…

 

チュドンッ!!

 

 2人がさっきまで歩いていた場所に鈍い音を立てて光弾魔法が着弾する音がした。

 

「くそ、追手か…!」

 

 ネクサスはそう言って夜空を見上げるが、当然暗くて何も見えない。

 

(空からの攻撃ってことは、恐らくグリフォンに乗ってやがる。一番嫌な展開だな)

 

 ネクサスが冷静に分析してる合間にも光弾魔法が放たれてくる。

 幸か不幸か、夜空で僅かに輝くことからその軌道がわかることだが、見える範囲で見えないとなると手の打ちようがなかった。

 

「ッ…逃げるぞ!」

 

「!!」

 

 すぐに決断したネクサスはシンシアの手を引っ張って逃げ始める。

 一瞬、シンシアが立ち止まろうとするが…

 

「相手は空でこっちは見えない。今は逃げの一手だ!」

 

 ネクサスの怒鳴りに近い声で、ハッとして走り始める。

 

「「身体能力強化魔術」」

 

 それと同時にネクサスとシンシアが同時に呟き、身体強化を施して走力を強化した。

 ただ、正確には発動したのはシンシアのみで、ネクサスの方はシンシアの術式を模倣しただけであり、声に出したのは不自然に見せないための措置だ。

 

「………………」

 

 この2年、ネクサスの魔法模倣は何度か見てきたため、シンシアは特に驚いた様子はない。仮に驚いたとしても表情に出ないからわかりづらいだけかもしれないが…。

 

(さて…このまま逃げたとしてもグリフォンに乗ってる奴等から逃げおおせる自信はない。なら、やることは一つ、か……問題はあちらさんが引っ掛かってくれるかどうか…)

 

 そう思いつつネクサスは体内で魔力を練り込み始める。

 

 そうしてしばらく追いかけっこが続き、ネクサスとシンシアの体力が厳しい所まで来たところで…ネクサスが仕掛ける。

 

「シンシア。悪い!」

 

 岩場に隠れ、それだけ呟くとネクサスはおもむろに自分とシンシアの首に着けられている隷属の首輪に手を伸ばした。

 

「!?」

 

「『解呪魔法(ディスペル)』!」

 

 シンシアの驚きをよそにネクサスは模倣したその魔法を発動した。

 ガチャリ、という音と共に首輪が外れる。

 

「!!?」

 

 首輪が外れたことへの驚きでシンシアが固まると共にネクサスはすぐさま隷属の首輪を拾い上げて、カチャリと元に戻し、首から外れた状態の隷属の首輪を岩陰に置くと、そのままナイフを取り出して自らの腕を斬って血を付着させる。出来るだけ内側から吹き飛んだかのように細工して…。

 

「!?」

 

 その行動にシンシアがまたも驚いていると、すぐにネクサスは治癒の魔法を腕にかけて傷口を塞ぐ。これもシンシアが使っていた魔法を模倣したものだ。

 

「すぅ…ふぅ…」

 

 そして、深呼吸一つしてからネクサスは練り上げていた体内の魔力を活性化させ、少し大袈裟な魔法陣を組む。

 それは組織に居た頃、一度だけ見た…というよりも習得させられそうになった自爆用の魔法陣だ。

 シンシアもおそらく同じ魔法を修得させられているはずだが、ネクサスの場合は模倣した陣であり、初見では何が起こるかわかるはずもない。

 なので、ネクサスはその陣を発動させつつも陣の一部を改変させて閃光と爆風、爆音を撒き散らすものへと変化させていた。

 

 その結果…。

 

チュドォォンッ!!!

 

 実際の爆発ではないものの、偽装するには十分な威力の爆音と爆風、閃光が発生し、それに乗じてネクサスはシンシアを連れて別の岩陰へと駆け出し、息を殺して身を潜める。

 

 すると、ズドンと重い音が荒野に響き…

 

「自爆か?」

 

「逃げきれねぇと判断してか。ま、仕事が早く終わっていいけどよ」

 

「こりゃ、隷属の首輪か? 2人分あるから間違いねぇか」

 

「しっかし、思い切ったな。ま、あの世にいるんじゃもう意味はねぇか」

 

「よし、引き揚げるぞ。団長には跡形もなく消えたって報告しときゃいいだろ」

 

 5人分の男達の言葉が聞こえるが、ネクサスとシンシアは息を殺したまま動かない。

 

「一応、周りを確認しとくか?」

 

「おいおい。あの爆発だぞ? どうせ生きちゃいねぇよ」

 

「……それもそうだな」

 

 慎重派な人間もいたようだが、先の爆発モドキと仲間の言葉で取り消す。

 それから5人は2人の血の付いた隷属の首輪を持ってグリフォンに跨り、帝都へと引き返していく。

 

 それを岩陰からそっと様子を見ていたネクサスは、そのまま彼等が見えなくなるのを待ってから…

 

「はぁ~~……なんとかなったか…」

 

 一気に緊張の糸が解けたのか、ネクサスがぐったりと岩に背を預ける。

 

「にしても、首元が涼しいな…」

 

 そう言いながら首元をさすり、首輪がないことを実感する。

 

「………………」

 

 シンシアもまた呆然とネクサスを見つめながら自分の首元をさすっていた。

 

「しっかし、これで帰るに帰れなくなったな…」

 

 ネクサスは隷属の首輪という枷を外した訳だが、それには二重の意味があった。

 これは自由の他に組織への決別の意味も込められていた。

 逃げるために隷属の首輪を外したが、魔法の使えないネクサスがどうやって外したのか、帰還したらまずそれが論点になるだろうと予測出来ていた。だからネクサスはこのまま組織からも逃げ出そうと画策したのだ。どうせ、欠陥品扱いの自分なのだ。いなくなっても問題ないだろう、と…。

 ただ、シンシアはそうもいかないかもしれないが…。

 

「さてはて…どうしたもんかね?」

 

「………………」

 

 そんな風に笑うネクサスと、珍しく困った表情…少なくともネクサスにはそう見える…のシンシアはお互いの顔を見ていた。

 

 

 

 こうして2人は帰還すべき組織から人知れず逃げることとなった。

 帝都からの追手も上手く追い払ったが、2人は警戒しながら帝国圏内の地域からガルアーク王国の勢力圏へと移動するのだった。

 とりあえず、2人の旅はまだまだ終わりそうになかった。

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